引きこもり令嬢が完全無欠の氷の王太子に愛されるただひとつの花となるまでの、その顛末

藤原ライラ

文字の大きさ
上 下
4 / 24
本編

4.世界の色

しおりを挟む
「幼馴染だったらしい」
 最初はそれが何のことなのかわからなかった。

「小さい頃から傍にいたんだが、他の者と結婚するとなってかけがえのない存在だと気づいたと」
 ああ、これはきっと、駆け落ちしたという王太子妃候補のことだ。

「私から婚約を破棄してもよかったんだが、それはそれでややこしくなる。できる限りの伝手は教えたつもりなんだが、それでも苦労は尽きないだろうな」
 この人は全てを知っていたのだ。その上で、二人を送り出した。

「次に誰が妃候補になるかまで考えが及んでいなかったんだ。妹の言うことにも一理ある。君には君の事情があるだろう。婚姻についてはよく考えてくれ」

「あの、そのことをロジータ殿下は」
あれ・・は思っていることがすぐ顔に出るし口からも出る性格でな。悪いが君も黙っていてくれると助かる」
 あの剣幕だと確かにそうだろう。リリアーナは頷いた。

「君の意に反して無理強いをするようなことはしない。断っても家に害が及ぶようなことはない。約束する」

 断るためだけに来たつもりだった。それは今も変わっていないけれど。

「わたし、ちゃんと、人を好きになったことが、なくて」
 どうしてこんなことを言い始めてしまったのだろう。こんなこと、高貴なお方に聞かせる話ではないことだけはわかるのに。

「ですから、それについてお気遣いは不要です……」
「そうか」
 シルヴィオはただ静かにそう返してきた。

「私もだ」
「へっ」

 同意をされるとは思ってもみなかった。シルヴィオならいつも山ほどの好意を向けられてきただろうに。なんでも手に入れられる人が、誰のことも好きになったことがないだなんて。

「一体どんな気分なんだろうな」

 表情自体に大きく変化があるわけではない。けれど、小さくなってしまったロジータとその騎士の後ろ姿を見つめる青い目は普通の兄のようだった。さらにその向こうに何かを重ねているようにも。
 彫像のごとく思えた横顔に、ほんの僅かな寂寞が宿る。

 恋とも呼べないような淡い思いを抱いたことがないわけではない。けれど、全てを投げ打ってしまえるほどの激情を理解はできなかった。そして自分に応えてくれる人がいるとも。

 たった一人、自分と一生をともにする人の手と手を取り合って。その手に身を預けて飛び出していく。
 リリアーナには想像もつかない世界だ。それは一体、どんな色をしているのだろう。

「すっかり冷めてしまったな。淹れなおそう」

 カップに手を伸ばしたシルヴィオが淡々と侍女に命じる。
 結局そのままぽつぽつと世間話をしながらあたたかい茶を飲んで。
 リリアーナは婚姻を断ることができずに帰路についたのだった。





「ねえ、リリィ姉様。どうだった? 間近で見る“氷の王太子”殿下は!!」
 屋敷に帰りついてから、開口一番、妹のミレーナが尋ねてきたのはそれだった。

「どうって……それはそれはお美しかったわよ」
 まともに顔が見られないぐらいには本物の美形だった。

「どうして断っちゃうかなー。わたしのお義兄にい様がシルヴィオ殿下になるところだったのになー」
「それがね……」

 リリアーナはロジータの乱入について話をした。先代の王太子妃候補については心にしまっておくことにした。

 ミレーナは「さすがロジータ殿下ね。赤い薔薇はひと味違うって感じ」と頷く。

「でもそうなるとリリィ姉様も断りづらいわね」
「あら、どうして?」
 次に会う時は絶対に断ろうと決めていたのに。

「だって、断ったらお姉様もシルヴィオ殿下のことを『ちょっと身分が高くて顔がいいだけの男』って思ってるみたいにならない?」

「それは……そうかもしれないわね」
 ただただ引きこもりなので断るだけなのだが、そう思われてしまうのはよくない。シルヴィオはちゃんと立派に政務に取り組む王太子だ。
 顔がいいことは、まあそうだとは思うけれど。

 どうしてリリアーナが引きこもりなのかを話せば、聡明な彼はきっと理解してくれるだろう。けれど、それを話すのは気が引けた。同情されるのもあまりにも自分が惨めで嫌だった。

「面倒なことになったわ……」
「ね、やっぱり王太子妃になっちゃわない?」
「あなた、人のことだと思って」

 どこの世界も妹とはこういうものなのかもしれないなと、あの眩いばかりの金髪を思い出しながらリリアーナはくすりと笑った。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

とまどいの花嫁は、夫から逃げられない

椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ 初夜、夫は愛人の家へと行った。 戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。 「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」 と言い置いて。 やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に 彼女は強い違和感を感じる。 夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り 突然彼女を溺愛し始めたからだ ______________________ ✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定) ✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです ✴︎なろうさんにも投稿しています 私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

平凡令嬢の婚活事情〜あの人だけは、絶対ナイから!〜

本見りん
恋愛
「……だから、ミランダは無理だって!!」  王立学園に通う、ミランダ シュミット伯爵令嬢17歳。  偶然通りかかった学園の裏庭でミランダ本人がここにいるとも知らず噂しているのはこの学園の貴族令息たち。  ……彼らは、決して『高嶺の花ミランダ』として噂している訳ではない。  それは、ミランダが『平凡令嬢』だから。  いつからか『平凡令嬢』と噂されるようになっていたミランダ。『絶賛婚約者募集中』の彼女にはかなり不利な状況。  チラリと向こうを見てみれば、1人の女子生徒に3人の男子学生が。あちらも良くない噂の方々。  ……ミランダは、『あの人達だけはナイ!』と思っていだのだが……。 3万字少しの短編です。『完結保証』『ハッピーエンド』です!

【完結】妻至上主義

Ringo
恋愛
歴史ある公爵家嫡男と侯爵家長女の婚約が結ばれたのは、長女が生まれたその日だった。 この物語はそんな2人が結婚するまでのお話であり、そこに行き着くまでのすったもんだのラブストーリーです。 本編11話+番外編数話 [作者よりご挨拶] 未完作品のプロットが諸事情で消滅するという事態に陥っております。 現在、自身で読み返して記憶を辿りながら再度新しくプロットを組み立て中。 お気に入り登録やしおりを挟んでくださっている方には申し訳ありませんが、必ず完結させますのでもう暫くお待ち頂ければと思います。 (╥﹏╥) お詫びとして、短編をお楽しみいただければ幸いです。

美しい公爵様の、凄まじい独占欲と溺れるほどの愛

らがまふぃん
恋愛
 こちらは以前投稿いたしました、 美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛 の続編となっております。前作よりマイルドな作品に仕上がっておりますが、内面のダークさが前作よりはあるのではなかろうかと。こちらのみでも楽しめるとは思いますが、わかりづらいかもしれません。よろしかったら前作をお読みいただいた方が、より楽しんでいただけるかと思いますので、お時間の都合のつく方は、是非。時々予告なく残酷な表現が入りますので、苦手な方はお控えください。 *早速のお気に入り登録、しおり、エールをありがとうございます。とても励みになります。前作もお読みくださっている方々にも、多大なる感謝を! ※R5.7/23本編完結いたしました。たくさんの方々に支えられ、ここまで続けることが出来ました。本当にありがとうございます。ばんがいへんを数話投稿いたしますので、引き続きお付き合いくださるとありがたいです。この作品の前作が、お気に入り登録をしてくださった方が、ありがたいことに200を超えておりました。感謝を込めて、前作の方に一話、近日中にお届けいたします。よろしかったらお付き合いください。 ※R5.8/6ばんがいへん終了いたしました。長い間お付き合いくださり、また、たくさんのお気に入り登録、しおり、エールを、本当にありがとうございました。 ※R5.9/3お気に入り登録200になっていました。本当にありがとうございます(泣)。嬉しかったので、一話書いてみました。 ※R5.10/30らがまふぃん活動一周年記念として、一話お届けいたします。 ※R6.1/27美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛(前作) と、こちらの作品の間のお話し 美しく冷酷な公爵令息様の、狂おしい熱情に彩られた愛 始めました。お時間の都合のつく方は、是非ご一読くださると嬉しいです。※R6.5/18お気に入り登録300超に感謝!一話書いてみましたので是非是非! *らがまふぃん活動二周年記念として、R6.11/4に一話お届けいたします。少しでも楽しんでいただけますように。 ※R7.2/22お気に入り登録500を超えておりましたことに感謝を込めて、一話お届けいたします。本当にありがとうございます。

国王陛下は愛する幼馴染との距離をつめられない

迷い人
恋愛
20歳になっても未だ婚約者どころか恋人すらいない国王ダリオ。 「陛下は、同性しか愛せないのでは?」 そんな噂が世間に広がるが、王宮にいる全ての人間、貴族と呼ばれる人間達は真実を知っていた。 ダリオが、幼馴染で、学友で、秘書で、護衛どころか暗殺までしちゃう、自称お姉ちゃんな公爵令嬢ヨナのことが幼い頃から好きだと言うことを。

責任を取らなくていいので溺愛しないでください

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
漆黒騎士団の女騎士であるシャンテルは任務の途中で一人の男にまんまと美味しくいただかれてしまった。どうやらその男は以前から彼女を狙っていたらしい。 だが任務のため、そんなことにはお構いなしのシャンテル。むしろ邪魔。その男から逃げながら任務をこなす日々。だが、その男の正体に気づいたとき――。 ※2023.6.14:アルファポリスノーチェブックスより書籍化されました。 ※ノーチェ作品の何かをレンタルしますと特別番外編(鍵付き)がお読みいただけます。

君のためだと言われても、少しも嬉しくありません

みみぢあん
恋愛
子爵家の令嬢マリオンの婚約者、アルフレッド卿が王族の護衛で隣国へ行くが、任期がながびき帰国できなくなり婚約を解消することになった。 すぐにノエル卿と2度目の婚約が決まったが、結婚を目前にして家庭の事情で2人は……    暗い流れがつづきます。 ざまぁでスカッ… とされたい方には不向きのお話です。ご注意を😓

【短編】旦那様、2年後に消えますので、その日まで恩返しをさせてください

あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
「二年後には消えますので、ベネディック様。どうかその日まで、いつかの恩返しをさせてください」 「恩? 私と君は初対面だったはず」 「そうかもしれませんが、そうではないのかもしれません」 「意味がわからない──が、これでアルフの、弟の奇病も治るのならいいだろう」 奇病を癒すため魔法都市、最後の薬師フェリーネはベネディック・バルテルスと契約結婚を持ちかける。 彼女の目的は遺産目当てや、玉の輿ではなく──?

処理中です...