転生先は繁殖主義国家だけど、普通に幸せになりたいです!

葉月とに

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第二十九話

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 精液をスペシャルリスペクトしている彼らに、随所でその非性能を説くのは、裏付けすることが難しいこの世界では骨の折れる仕事だった。
 
「精液は万能薬ではないから過信しない」
 
「妊婦にはもっと栄養のあるものを与えて、お腹が張ったら休ませる」
 
「産後一ヶ月は悪露という出血がある。これはまだ休みが必要という証だから交尾しない」
 
 ミナミはそういうことを折に触れて説明した。
 価値観の異なる彼らにも分かってもらうために、噛み砕いて色んな角度から言い表した。
 
 結果は思ったよりすぐに表れた。
 妊娠初期の性行為を禁止することで初期流産が減り、お腹の張りに悩まされる女の子も減った。
 悪阻のときは精液ではなく各々が欲しがる物をできるだけ食べさせた結果、はっきりと顔色が良くなりミナミは彼女たちに感謝された。
 もちろん体重管理にも気をつけた。
 この国にはひと昔前のような"赤ちゃんのぶんまで二人ぶん食え"のような文化はなかったが、やはり体重が増えすぎるのも良くない。
 ミナミ自身も妊婦なのもあって、食べられる妊婦組では一緒に食事を抑えた。
 産道に余計な肉がつかなくなったことで、分娩にかかる時間も減少した。
 逆子で、この国の技術ではどうにもならなそうなときは、医療技術が進んでいる国へ当事者を送る提案をした。
 帝王切開技術は発達していないが、胎児外回転術という技術を用いれば、母親も子どもも助かる可能性が上がるだろうと踏んだ。
 
 妊婦や出産にまつわるミナミの知識は、ゆっくりだが確実に学校の常識を変えていった。
 ミナミ自身はまだ出産経験がないものの、頼りになる人物として次第に広まっていった。
 入学時一対一だった男女比が徐々に男性に傾いてしまうほどの恐ろしい死亡率が、目に見えて減っていった。
 
 そうしてミナミの噂が再び先生の耳に入ったとき、ミナミはフェリックスとパートナーとして半永久的に学校近くの居住地に住むことを許可されたのだった。
 その頃になると、ミナミはすでに産み月に入っていた。
 
 
 二人の家は近代ヨーロッパ風のアパートメントが立ち並ぶ居住区に決まった。
 ミナミが出産後も学校へ通うことから近い方がいいだろうと特別に学校側が用意してくれたものだった。
 
「綺麗な街だね。こんなによくしてもらっちゃって、逆に申し訳ない感じ」
 
「生徒のこれからの生き方の一例として、こんなふうに生きるのも有りだと認めてくれているんだ。だがそれだけだ。ちゃんと繁殖するかどうか監視しやすいっていうのもあるし、繁殖義務がなくなる訳じゃないから本当の意味で自由になったとは言えない」
 
 フェリックスはレンガ造りの三階建てのアパートを見上げた。
 
「でも、俺も嬉しいよ。やっとここまで来れたな。頑張ってきた甲斐があったな。ミナミがずっと笑っていられるように、俺もずっと支えるよ」
 
 フェリックスは繋いだ左手に力を込めた。
 ミナミは照れくさそうにクスッと笑った。
 昔、剣と盾時代のときの名残で、右手で剣を持ち左手で大事な人を守るから右手は空けておくという説を思い出した。
 そういうの本当にあるんだなぁと、指を絡め直して握り返した。
 無意識に右側に立たれることが、守ってくれているようで嬉しいのだ。
 例え、妊娠出産分野では本当に役に立たないとしても。
 
「ちょっと疲れたから休みますね、はぁーよっこいしょ……」
 
 妊娠後期は身体が重い。
 寝返りを打つのもただ座っているのでさえも、胎児や羊水等々の重さが、四六時中のしかかっている。
 ミナミはベンチに腰かけ、ゆっくりと息を吐いた。
 その瞬間、何かが漏れたような感覚がした。
 
「……! これ、"はすい"じゃないか!? 」
 
「……!!」
 
 
 
 結論から言うと、フェリックスは本当に役に立たなかった。
 と言うと失礼だが、やはり出産は女しかできない、女の仕事であると痛感した。
 
 フェリックスは慌ててミナミを抱えあげ、子どもを産むための部屋へ走った。
 本当はアパートで誰にも見られず出産したかったし、それを彼にも言ってあったのだが、いざそのときになると頭から抜け落ちてしまったらしい。
 ミナミも突然の破水に驚いて立ち尽くしてしまったのだが、あまりにパニックになる彼を見て、冷静さを取り戻した。
 出産は痛かった。
 痛そうに顔を歪める友人らを見て、どれほどなのかちょっと経験してみたい気持ちもあったけど、そんなふうに舐めてかかっていた自分を恨みたい。
 しかしながら、出産過程や子どもには何のトラブルも予兆もなく、チートスキルに改めて感謝したのだった。
 
 濃紺の髪と同じ色の瞳を持って産まれた赤子は、母親が異世界から来た転生者などとは微塵も感じさせない面持ちだった。
 それがちょっと寂しくはあるけれど、腕の中の温かくて小さい存在は、ミナミが今まで見た誰よりも可愛らしく、誇らしい気持ちにさせてくれた。
 生きていかなければと思った。
 
 (ミナミはもうひとりじゃない。ミナミの周りは、優しい人たちで溢れている。ここがミナミの生きていく場所、そして、これからも絆が生まれていく場所ーー)
 
 
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