27 / 30
第二十七話
しおりを挟む
「女の子……ですか?」
一概には言えないが、これはミナミの国では有名なジンクスである。
お腹の出方が、前にせりだしていると男の子、全体的に丸くなっていると女の子。
また、悪阻のときに塩辛いものを好むと男の子、甘いものを好むと女の子などなど。
産まれてしまえばどちらでも可愛いけれど、希望の性別が産まれるかどうかは未だに神の采配によるもの。
だからエコーで確認が取れるまでは気になるポイントのひとつである。
「嬉しい?」
ミナミは少女に尋ねた。
育てやすさから一姫二太郎が良いと言われたりするけれど、育てる義務のないこの国には関係のない話だが。
「嬉しいとか……考えたことないです。どっちでもいいし。強いていえば男の子の方がいいかな、とは思いますけどね。男ならこんな思い、何度もしなくていいし。精液出すだけでいいし……うん、男の子がいいな……」
10分感覚の陣痛に耐えながら会話を交わす少女に、ミナミはハッとした。
なんと失礼な質問をしてしまったのだろうと、自分を責めた。
気になるか否か以前に、性別を予想して楽しむ余裕なんてこの国の女の子たちにはなかったのだ。
悪阻のときだって、プリンやアイスクリームを食べたとは言っていない。
食べたと思い込んで飲み込んでいると言った。
この国で崇拝されているのは専ら精液なので、滋養強壮に良いと飲ませられているに違いない。
気持ち悪さを紛らわすためにフライドポテトを食べられる前世とは、悪い意味でレベルが違う。
(変なもの栄養ドリンクにするこの国の価値観をぶっ壊さなければ! )
ミナミは一層気合いが入る。
陣痛は十分間隔と言えどもそれなりに痛いことを、彼女は助産師の母に聞かされよく知っている。
既に五時間は経過しており、廊下や階段を時折立ち止まりながら歩く。
少女の額には大量の汗がにじんでいる。
「辛いよね、きっと今日中には終わるからね」
先生が後ろから後を追いつつ、ひっそりと見守っている。
出産に関わる介助は学生同士で行うというのが、いつの間にか通例になっていたから、彼が実際に出産に挑む女の子を見るのはこれが初めてであった。
「……男にできることはないのか?」
「……ないです。邪魔にならないように励ますことだけです」
「そうか……」
先生は、自分よりも一回りもふた回りも若い少女が増し続ける痛みに苦しむ姿を目の当たりにし、ここではそれ以上言葉を発することはなかった。
何往復しただろうか、ふとミナミを呼び止める声がして振り向くと、フェリックスが壁にもたれかかかって休んでいるところだった。
彼はこの時間は補講をしていたはずなのだが、懐妊数ゼロ人の男女に対し性的行為を義務づけるものなので、これに該当しなくなった彼はこの時間は自由になったのだ。
とは言え、ルームメイトとの性行為はなくならないが。
上半身裸でいかにも暑そうなフェリックスの姿を見て情事の後を思い出し、新しいルームメイトはどんな子なのだろうと、こんな世界でこの期に及んでもそんなことが気になってしまうのだ。
「どうした? 何か機嫌悪くないか? あれか? 起きたら俺がいなくなっていたからか? 勝手に出て行ってごめんな、すっかり言うの忘れてて」
「そう……だけど、そうじゃない」
ミナミはギュッと制服のスカーフをつかむ。
分かりやすく不安を表すミナミの顔を、フェリックスは息を切らしながら覗き込む。
「あなたが他の女の子を抱くのも嫌だし、他の男の子が私のこと抱くのも嫌なんです。この国でそんなわがまま許されないんですけどね」
「ミナミ……」
積極的な交尾には体力が必要とのことで、国もこの学園でも体力づくりが奨励されている。
自由になった時間を利用して、彼もどこかを走って来たのだろう。
なかなか整わない吐息が、うるさく聞こえる。
「でも、フェリックスさんに会えて嬉しいです! まだルームメイトの顔見てないんですけど、今こうして会えたから、フェリックスさんだと思って耐えれそうです」
ミナミは彼を心配させすぎないよう、努めて明るく笑顔を向けた。
無理して口角を上げる彼女の顔には内面が滲み出ているようで、フェリックスは彼女を優しく腕の中に引き入れた。
「フェリックスさん……!? 」
「無理するな。嫌だったら同室になる奴と数時間こっそり入れ替わってもいいんだぞ?」
「それはちょっと……ルール違反ていうか」
ミナミはクスッと笑みをこぼす。
その表情にホッとし、フェリックスは首にかけてあるタオルでようやく玉の汗を拭う。
そして、辺りをあちこち見渡して、ミナミの置かれている状況を把握する。
「……排出介助中か? 試験か何かなのか? ミナミの国のやり方を伝授したいと言っていたもんな」
「そう。これはチャンスなんです。ミナミ、絶対にあなたと一緒に暮らしたいんです。あなたじゃなきゃ嫌なんです。ミナミが絶対に幸せにします! これを成功させて、卒業したら一緒に幸せな家庭築きませんか? 仕事もするし、家事もします! フェリックスさんのことだって、ずっと面倒みてあげますよ!!」
ミナミは顔を赤く蒸気させて訴えた。
しかしこれは紛れもない本音だ。
経験も確証も何もない、あるのは熱意と、前世の少しの知識だけだ。
けれども切羽詰まったらやるしかないのだ。
士気を高めて、進むしかない。
進んだ先にしか、求めるものはないのだから。
「ミナミは頼りになるな。そんな小さい身体して、心は活気に満ち溢れている」
フェリックスが顔をくしゃっとして笑った。
ほぼ同時に、バシャッと、水が一気に弾けるような音がした。
驚き固まっている少女の足元は、水溜まりのように濡れていた。
「破水だ! やばい! フェリックスさん、その子を抱えてこっちに運んでもらえますか!」
「えっ!? あ、はい!」
"破水"の知識がないフェリックスは思わず敬語になりがら、狼狽える少女の膝下に手を差し込んで抱き抱えた。
少女とフェリックス、ミナミ、そして先生は、排出室へとUターンした。
一概には言えないが、これはミナミの国では有名なジンクスである。
お腹の出方が、前にせりだしていると男の子、全体的に丸くなっていると女の子。
また、悪阻のときに塩辛いものを好むと男の子、甘いものを好むと女の子などなど。
産まれてしまえばどちらでも可愛いけれど、希望の性別が産まれるかどうかは未だに神の采配によるもの。
だからエコーで確認が取れるまでは気になるポイントのひとつである。
「嬉しい?」
ミナミは少女に尋ねた。
育てやすさから一姫二太郎が良いと言われたりするけれど、育てる義務のないこの国には関係のない話だが。
「嬉しいとか……考えたことないです。どっちでもいいし。強いていえば男の子の方がいいかな、とは思いますけどね。男ならこんな思い、何度もしなくていいし。精液出すだけでいいし……うん、男の子がいいな……」
10分感覚の陣痛に耐えながら会話を交わす少女に、ミナミはハッとした。
なんと失礼な質問をしてしまったのだろうと、自分を責めた。
気になるか否か以前に、性別を予想して楽しむ余裕なんてこの国の女の子たちにはなかったのだ。
悪阻のときだって、プリンやアイスクリームを食べたとは言っていない。
食べたと思い込んで飲み込んでいると言った。
この国で崇拝されているのは専ら精液なので、滋養強壮に良いと飲ませられているに違いない。
気持ち悪さを紛らわすためにフライドポテトを食べられる前世とは、悪い意味でレベルが違う。
(変なもの栄養ドリンクにするこの国の価値観をぶっ壊さなければ! )
ミナミは一層気合いが入る。
陣痛は十分間隔と言えどもそれなりに痛いことを、彼女は助産師の母に聞かされよく知っている。
既に五時間は経過しており、廊下や階段を時折立ち止まりながら歩く。
少女の額には大量の汗がにじんでいる。
「辛いよね、きっと今日中には終わるからね」
先生が後ろから後を追いつつ、ひっそりと見守っている。
出産に関わる介助は学生同士で行うというのが、いつの間にか通例になっていたから、彼が実際に出産に挑む女の子を見るのはこれが初めてであった。
「……男にできることはないのか?」
「……ないです。邪魔にならないように励ますことだけです」
「そうか……」
先生は、自分よりも一回りもふた回りも若い少女が増し続ける痛みに苦しむ姿を目の当たりにし、ここではそれ以上言葉を発することはなかった。
何往復しただろうか、ふとミナミを呼び止める声がして振り向くと、フェリックスが壁にもたれかかかって休んでいるところだった。
彼はこの時間は補講をしていたはずなのだが、懐妊数ゼロ人の男女に対し性的行為を義務づけるものなので、これに該当しなくなった彼はこの時間は自由になったのだ。
とは言え、ルームメイトとの性行為はなくならないが。
上半身裸でいかにも暑そうなフェリックスの姿を見て情事の後を思い出し、新しいルームメイトはどんな子なのだろうと、こんな世界でこの期に及んでもそんなことが気になってしまうのだ。
「どうした? 何か機嫌悪くないか? あれか? 起きたら俺がいなくなっていたからか? 勝手に出て行ってごめんな、すっかり言うの忘れてて」
「そう……だけど、そうじゃない」
ミナミはギュッと制服のスカーフをつかむ。
分かりやすく不安を表すミナミの顔を、フェリックスは息を切らしながら覗き込む。
「あなたが他の女の子を抱くのも嫌だし、他の男の子が私のこと抱くのも嫌なんです。この国でそんなわがまま許されないんですけどね」
「ミナミ……」
積極的な交尾には体力が必要とのことで、国もこの学園でも体力づくりが奨励されている。
自由になった時間を利用して、彼もどこかを走って来たのだろう。
なかなか整わない吐息が、うるさく聞こえる。
「でも、フェリックスさんに会えて嬉しいです! まだルームメイトの顔見てないんですけど、今こうして会えたから、フェリックスさんだと思って耐えれそうです」
ミナミは彼を心配させすぎないよう、努めて明るく笑顔を向けた。
無理して口角を上げる彼女の顔には内面が滲み出ているようで、フェリックスは彼女を優しく腕の中に引き入れた。
「フェリックスさん……!? 」
「無理するな。嫌だったら同室になる奴と数時間こっそり入れ替わってもいいんだぞ?」
「それはちょっと……ルール違反ていうか」
ミナミはクスッと笑みをこぼす。
その表情にホッとし、フェリックスは首にかけてあるタオルでようやく玉の汗を拭う。
そして、辺りをあちこち見渡して、ミナミの置かれている状況を把握する。
「……排出介助中か? 試験か何かなのか? ミナミの国のやり方を伝授したいと言っていたもんな」
「そう。これはチャンスなんです。ミナミ、絶対にあなたと一緒に暮らしたいんです。あなたじゃなきゃ嫌なんです。ミナミが絶対に幸せにします! これを成功させて、卒業したら一緒に幸せな家庭築きませんか? 仕事もするし、家事もします! フェリックスさんのことだって、ずっと面倒みてあげますよ!!」
ミナミは顔を赤く蒸気させて訴えた。
しかしこれは紛れもない本音だ。
経験も確証も何もない、あるのは熱意と、前世の少しの知識だけだ。
けれども切羽詰まったらやるしかないのだ。
士気を高めて、進むしかない。
進んだ先にしか、求めるものはないのだから。
「ミナミは頼りになるな。そんな小さい身体して、心は活気に満ち溢れている」
フェリックスが顔をくしゃっとして笑った。
ほぼ同時に、バシャッと、水が一気に弾けるような音がした。
驚き固まっている少女の足元は、水溜まりのように濡れていた。
「破水だ! やばい! フェリックスさん、その子を抱えてこっちに運んでもらえますか!」
「えっ!? あ、はい!」
"破水"の知識がないフェリックスは思わず敬語になりがら、狼狽える少女の膝下に手を差し込んで抱き抱えた。
少女とフェリックス、ミナミ、そして先生は、排出室へとUターンした。
0
お気に入りに追加
74
あなたにおすすめの小説
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
嫌われ女騎士は塩対応だった堅物騎士様と蜜愛中! 愚者の花道
Canaan
恋愛
旧題:愚者の花道
周囲からの風当たりは強いが、逞しく生きている平民あがりの女騎士ヘザー。ある時、とんでもない痴態を高慢エリート男ヒューイに目撃されてしまう。しかも、新しい配属先には自分の上官としてそのヒューイがいた……。
女子力低い残念ヒロインが、超感じ悪い堅物男の調子をだんだん狂わせていくお話。
※シリーズ「愚者たちの物語 その2」※
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
借金まみれで高級娼館で働くことになった子爵令嬢、密かに好きだった幼馴染に買われる
しおの
恋愛
乙女ゲームの世界に転生した主人公。しかしゲームにはほぼ登場しないモブだった。
いつの間にか父がこさえた借金を返すため、高級娼館で働くことに……
しかしそこに現れたのは幼馴染で……?
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
南洋王国冒険綺譚・ジャスミンの島の物語
猫村まぬる
ファンタジー
海外出張からの帰りに事故に遭い、気づいた時にはどことも知れない南の島で幽閉されていた南洋海(ミナミ ヒロミ)は、年上の少年たち相手にも決してひるまない、誇り高き少女剣士と出会う。現代文明の及ばないこの島は、いったい何なのか。たった一人の肉親である妹・茉莉のいる日本へ帰るため、道筋の見えない冒険の旅が始まる。
(全32章です)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
転生したら乙女ゲームの主人公の友達になったんですが、なぜか私がモテてるんですが?
rita
恋愛
田舎に住むごく普通のアラサー社畜の私は車で帰宅中に、
飛び出してきた猫かたぬきを避けようとしてトラックにぶつかりお陀仏したらしく、
気付くと、最近ハマっていた乙女ゲームの世界の『主人公の友達』に転生していたんだけど、
まぁ、友達でも二次元女子高生になれたし、
推しキャラやイケメンキャラやイケオジも見れるし!楽しく過ごそう!と、
思ってたらなぜか主人公を押し退け、
攻略対象キャラからモテまくる事態に・・・・
ちょ、え、これどうしたらいいの!!!嬉しいけど!!!
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
キャンプに行ったら異世界転移しましたが、最速で保護されました。
新条 カイ
恋愛
週末の休みを利用してキャンプ場に来た。一歩振り返ったら、周りの環境がガラッと変わって山の中に。車もキャンプ場の施設もないってなに!?クマ出現するし!?と、どうなることかと思いきや、最速でイケメンに保護されました、
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる