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第二十七話

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「女の子……ですか?」
 
 一概には言えないが、これはミナミの国では有名なジンクスである。
 お腹の出方が、前にせりだしていると男の子、全体的に丸くなっていると女の子。
 また、悪阻のときに塩辛いものを好むと男の子、甘いものを好むと女の子などなど。
 産まれてしまえばどちらでも可愛いけれど、希望の性別が産まれるかどうかは未だに神の采配によるもの。
 だからエコーで確認が取れるまでは気になるポイントのひとつである。
 
「嬉しい?」
 
 ミナミは少女に尋ねた。
 育てやすさから一姫二太郎が良いと言われたりするけれど、育てる義務のないこの国には関係のない話だが。
 
「嬉しいとか……考えたことないです。どっちでもいいし。強いていえば男の子の方がいいかな、とは思いますけどね。男ならこんな思い、何度もしなくていいし。精液出すだけでいいし……うん、男の子がいいな……」
 
 10分感覚の陣痛に耐えながら会話を交わす少女に、ミナミはハッとした。
 なんと失礼な質問をしてしまったのだろうと、自分を責めた。
 気になるか否か以前に、性別を予想して楽しむ余裕なんてこの国の女の子たちにはなかったのだ。
 悪阻のときだって、プリンやアイスクリームを食べたとは言っていない。
 食べたと思い込んで飲み込んでいると言った。
 この国で崇拝されているのは専ら精液なので、滋養強壮に良いと飲ませられているに違いない。
 気持ち悪さを紛らわすためにフライドポテトを食べられる前世とは、悪い意味でレベルが違う。
 
 (変なもの栄養ドリンクにするこの国の価値観をぶっ壊さなければ! )
 
 ミナミは一層気合いが入る。
 
 
 陣痛は十分間隔と言えどもそれなりに痛いことを、彼女は助産師の母に聞かされよく知っている。
 既に五時間は経過しており、廊下や階段を時折立ち止まりながら歩く。
 少女の額には大量の汗がにじんでいる。
 
「辛いよね、きっと今日中には終わるからね」
 
 先生が後ろから後を追いつつ、ひっそりと見守っている。
 出産に関わる介助は学生同士で行うというのが、いつの間にか通例になっていたから、彼が実際に出産に挑む女の子を見るのはこれが初めてであった。
 
「……男にできることはないのか?」
 
「……ないです。邪魔にならないように励ますことだけです」
 
「そうか……」
 
 先生は、自分よりも一回りもふた回りも若い少女が増し続ける痛みに苦しむ姿を目の当たりにし、ここではそれ以上言葉を発することはなかった。
 
 
 何往復しただろうか、ふとミナミを呼び止める声がして振り向くと、フェリックスが壁にもたれかかかって休んでいるところだった。
 彼はこの時間は補講をしていたはずなのだが、懐妊数ゼロ人の男女に対し性的行為を義務づけるものなので、これに該当しなくなった彼はこの時間は自由になったのだ。
 とは言え、ルームメイトとの性行為はなくならないが。
 上半身裸でいかにも暑そうなフェリックスの姿を見て情事の後を思い出し、新しいルームメイトはどんな子なのだろうと、こんな世界でこの期に及んでもそんなことが気になってしまうのだ。
 
「どうした? 何か機嫌悪くないか? あれか? 起きたら俺がいなくなっていたからか? 勝手に出て行ってごめんな、すっかり言うの忘れてて」
 
「そう……だけど、そうじゃない」
 
 ミナミはギュッと制服のスカーフをつかむ。
 分かりやすく不安を表すミナミの顔を、フェリックスは息を切らしながら覗き込む。
 
「あなたが他の女の子を抱くのも嫌だし、他の男の子が私のこと抱くのも嫌なんです。この国でそんなわがまま許されないんですけどね」
 
「ミナミ……」
 
 積極的な交尾には体力が必要とのことで、国もこの学園でも体力づくりが奨励されている。
 自由になった時間を利用して、彼もどこかを走って来たのだろう。
 なかなか整わない吐息が、うるさく聞こえる。
 
「でも、フェリックスさんに会えて嬉しいです! まだルームメイトの顔見てないんですけど、今こうして会えたから、フェリックスさんだと思って耐えれそうです」
 
 ミナミは彼を心配させすぎないよう、努めて明るく笑顔を向けた。
 無理して口角を上げる彼女の顔には内面が滲み出ているようで、フェリックスは彼女を優しく腕の中に引き入れた。
 
「フェリックスさん……!? 」
 
「無理するな。嫌だったら同室になる奴と数時間こっそり入れ替わってもいいんだぞ?」
 
「それはちょっと……ルール違反ていうか」
 
 ミナミはクスッと笑みをこぼす。
 その表情にホッとし、フェリックスは首にかけてあるタオルでようやく玉の汗を拭う。
 そして、辺りをあちこち見渡して、ミナミの置かれている状況を把握する。
 
「……排出介助中か? 試験か何かなのか? ミナミの国のやり方を伝授したいと言っていたもんな」
 
「そう。これはチャンスなんです。ミナミ、絶対にあなたと一緒に暮らしたいんです。あなたじゃなきゃ嫌なんです。ミナミが絶対に幸せにします! これを成功させて、卒業したら一緒に幸せな家庭築きませんか? 仕事もするし、家事もします! フェリックスさんのことだって、ずっと面倒みてあげますよ!!」
 
 ミナミは顔を赤く蒸気させて訴えた。
 しかしこれは紛れもない本音だ。
 経験も確証も何もない、あるのは熱意と、前世の少しの知識だけだ。
 けれども切羽詰まったらやるしかないのだ。
 士気を高めて、進むしかない。
 進んだ先にしか、求めるものはないのだから。
 
「ミナミは頼りになるな。そんな小さい身体して、心は活気に満ち溢れている」
 
 フェリックスが顔をくしゃっとして笑った。
 
 ほぼ同時に、バシャッと、水が一気に弾けるような音がした。
 驚き固まっている少女の足元は、水溜まりのように濡れていた。
 
「破水だ! やばい! フェリックスさん、その子を抱えてこっちに運んでもらえますか!」
 
「えっ!?  あ、はい!」
 
 "破水"の知識がないフェリックスは思わず敬語になりがら、狼狽える少女の膝下に手を差し込んで抱き抱えた。
 少女とフェリックス、ミナミ、そして先生は、排出室へとUターンした。
 
 
 
 
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