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第二十一話

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 目が覚めたとき、ミナミは学園の検査室のベッドに横になっていた。
 見慣れた牢の灰色の天井ではなく、ここがどこなのか理解するのに時間がかかった。
 しかも何故か皆でミナミを取り囲んでいる。
 
 (死んだわけじゃないんだけど……)
 
 白衣を着た男は、ミナミが目覚めたことに気付いて声をかけた。
 
「……君のベッドを整理していたらこれが出てきたんだがこれはどういうことだい?」
 
 男は白衣のポケットから見覚えのある小瓶を取り出した。
 それは性検のときにナカに出された精液……ではなく、全くの偽物の方である。
 
「あっ……そ、それ……精液! 精液です! フェリックスさん忙しいから誰ともヤれないときに使っていいって渡された……」
 
 ミナミは咄嗟に嘘をついた。
 枕の下に隠しておいたのが見つかってしまったのだ。
 今まで掃除は各自で行うルールで、牢の居室へ入られたことなどなかったのに。
 
「……だ、そうだけどノルダール君」
 
「断じて違いますあれは作り物です」
 
「は!? ちょっと! 裏切り者!」
 
 しかもどういう訳か、仲間だと思っていたはずのフェリックスはあっさりと偽精液であることを暴露している。
 
「ご存知かと思いますが、精液は時間が経つと色が透明に変化しますよね。これは発見してから少なくとも三時間は経過していますが、白いままですし固まってもいません。これは精液ではあり得ないことです」
 
「フェリックスさん……」
 
 フェリックスはミナミの自信作を正々堂々論破してみせた。
 彼は自分の唯一の理解者ではなかったのか。
 急な心変わりにミナミは意気消沈し、開いた目を再び閉じた。
 
 (奇跡を祈ろう……それしかない……もう一度前世へ生き返りますようにって……)
 
 ミナミは胸の前で手を組んで神に祈った。
 布団の中だから、これくらい許してくれるだろう。
 現実逃避を始めたミナミに、思いがけない言葉が降ってきた。
 
「あれは誰の精液も混ざっていない完全なる不純物です。なのでミナミの子の父は俺で間違いないと思われます……」
 
 (………………え? 子? )
 
「果物より焼菓子を好むミナミがグレープフルーツと言った時点でおかしいとは思ったけど」
 
「グレープフルーツと言ったら懐妊した女が突然好む食べ物ナンバーワンだもんなー。」 
 
 ミナミは状況が読みこめずにポカンと口を開けていた。
 
「性検のときの数値も軒並み凄かったもんな」
 
「フェリの繁殖に成功するなんて名器中の名器だよね」
 
 ……しかしどうやら妊娠したというのは本当のようだ。
 そういえば生理もここしばらく来ていなかったし、心当たりがない訳じゃない。
 だけど……、ミナミはお腹に手をあててみる。
 いつもと変わらないぷにぷにのお肉あるだけだ。
 ここに自分とは別の人がいるなんて信じられないし、これからどうすればいいのかなんて全くわからない。
 いや、実際には少しの知識はあったのだが、"ミナミの子の父は俺で間違いない"という、彼女にとっては衝撃的な事実を聞いた途端、余裕はどこかへ消え去ってしまった。
 自分一人の身体ではなくなってしまったという漠然とした不安が押し寄せて、胸を打つ鼓動が瞬く間に速さを増した。
 
「……」
 
 子どもができたら産む以外の選択肢はこの国にはない。
 身体にどんな変化が起こるのかわからないし、出産は絶対痛いだろう。
 無事に産まれる保証はないし、産んでも自分のものにならない。
 それなのに妊娠してしまった。
 
 (どうしよう……本当にどうしよう……! )
 
 ミナミはショックで顔がどんどん青ざめていく。
 
「ミナミ? 大丈夫か? 気分でも悪いのか?」
 
 心配して覗き込むフェリックスの手をギュッと握った。
 
「怖い」
 
「……懐妊したことがか?」
 
 ミナミはコクリと頷く。
 ミナミはフェリックスのことが好きだ。
 だからもしフェリックスとの間に子どもができたら、自分は喜ぶのだろうと思っていた。
 だが現実はどうだろう。
 脳内を埋め尽くすのは、喜びどころか不安と恐怖、それに驚きばかりだ。
 
「ごめんな……」
 
「ち、違います」
 
 謝ることではないのだ。
 この国でも前世でも、これがめでたいことに変わりはない。
 それにフェリックスは義務を果たしただけで、この国の法に触れることは一切していない。
 彼は何も悪くないのだ。
 
「フェリックスさんが謝ることじゃないです……。妊娠したくらいでこんなふうになるミナミのメンタルの問題です……」
 
 ミナミはいつの間にか泣きじゃくっていた。
 
「大丈夫だよミナミ、多くの人がちゃんと産めてるよ」
 
「多くって何? 全員じゃないよですよね!? 死ぬかも知れないのによくそんなことが言えますね!」
 
「ミナミ……」
 
 自分の意思とは関係なく妊娠させられて、悪阻や出産に耐えた上で、その上待っているのは絶え間ないセックスと死のみとか。
 
「あなたは男だから! 所詮他人事だからそんなことが言えるんです! 痛いのも苦しいのも全部女の子だから! 分かったような口聞かないでもらえますか!」
 
 溢れ出る感情を抑えることができず、ミナミはフェリックスの胸ぐらを掴んだ。
 押しても引っ張ってもビクともしない彼の身体は、生まれついた性の優位さを物語っている。
 
「ミナミ……」
 
 フェリックスは泣いているミナミを抱きしめた。
 
「触らないで! 今そういう気分じゃないから!」
 
「俺がどういう気分か分かるか?」
 
「……え?」
 
 フェリックスは腕の中にミナミを閉じ込めたまま、尚更強く抱きしめた。
 顔を見ようと振り返ろうと身をよじったが、厚い身体で挟まれそれは叶わない。
 
「俺、何年この日を待っていたと思う? 八年だよ、八年」
 
「知らないよそんなの! 誰でも良かったんでしょ、産めれば! 自分の子ども産んでもらえれば!」
 
「それは……」
 
 フェリックスにとって最優先すべきは、奴隷落ちを防ぐことだ。
 
「そうかも知れないが……」
 
 図星を突かれて、言葉の端が尻込みしている。
 それ見たことかとミナミは唇を噛み締める。
 そんなミナミの唇に、フェリックスはそっと人差し指を添える。
 
「だが、本当に嬉しくて、天にでも昇るような気持ちなんだ。」
 
「そりゃあ、百人中出しで全員かすりもしなかったんだからね! 当然ですよね! やっとやっと授かった奇跡の子宮持ってるんだからミナミは!」
 
 差し出された指が憎たらしく、太刀打ちできない自分がもどかしく、その指に喰いつく。
 彼の節だった指は少し荒れて、さらにそこにくっきりと歯形が残る。
 こんなことをしても彼の身体には血ひとつ出ない。
 彼は自分と違って失うものは何もない。
 命の危険のみならず、艶やかな髪も、張りのある胸も、綺麗な歯も、出産にて失われるであろう全てが自分の負担だ。
 
「どうして!? どうしてミナミはこんな世界に来たの!? こんなとこ来たくなかったのに! 何にも悪いことしてないのに! 普通に生きてて、でも死んで……どうしてもっとまともなとこにしてくれなかったの!」
 
 大粒の涙はフェリックスの胸元に張り付き、彼のシャツを濡らした。
 フェリックスは暴れるミナミの手首を掴み、涙が滴る彼女の口元に口付けをした。
 
「俺は俺の子を孕んだのがお前だから嬉しいんだ。お前みたいな人間になってほしいと、産まれる前から思ってる。……変な国で、ごめんなミナミ。でも俺はお前に会えて、とても幸せなんだ」
 
 
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