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第二十話

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 よく見てみると女性は性行為の真っ最中だった。
 仕事帰りだろうか、企業のロゴが入った赤いサロンエプロンを身に着けたまま、抵抗することなく男たちに囲まれている。
 この国に来てから学園内ではよく見聞きする行為だけど、話に聞いていた通り外の世界も同じだったのだ。
 ミナミは遠巻きに見つめる。
 
「俺たちはさ、こういう世界で育ったから性欲がセーブできなくなる奴も多いんだ。そういう男のため交尾要員。あの人は誰の挿入も拒否できないんだ」
 
「拒否できない……」
 
「あぁ。繁殖したことがないから。子孫を残さなければ残すまでヤるだけだ。相手を選ばずね」
 
 ミナミはフェリックスの瞳の先を見た。
 ちょうど一人の男が射精し終わって次の人に交代しようとしていた。
 正常位で脚を開脚したままの女性の足首にはシルバーのアンクレットが嵌めてあり、太股の付け根は綺麗なままである。
 
「あのアクセサリーは"自由交尾"の印。子を成せないと卒業時に付けられる」
 
 フェリックスの友人が言った。
 
「そして太股には排出した、させた児の人数が刻まれるんだ。ほらこれ見ろよ」
 
 友人はスカートの左側にあるファスナーを下ろし、上腿部を露出させた。
 ローマ数字でいくつかの文字が彫られてある。
 
「毎年学年末に、その年の排出人数が彫師によって入れられる。オレもたいした数じゃねぇけど、まぁこれがあるから卒業後も人権は保証されるっつーわけ」
 
 この学園ーーもとより、この国が性行為の際に衣服を全部脱ぐ文化はない。
 よって学生たちも、女は男の興奮を促すために全裸になることもままあるが、男は効率化を図るため肉竿のみ出すのが一般的である。
 産んだことのないミナミはこんな印があることは全く知らなかった。
 
「誤魔化そうとしたってこれの有無でバレるんだ。嫌でも腹をくくって諦めるしかないよな……」
 
 フェリックスはひとりごちた。 
 女性は騎乗位になるよう指示され、自ら男根を胎内へ埋める。
 無の表情で腰を振り、淡々と絶頂へと導いている。
 何人の相手をしているのだろうか、無表情のその顔には疲れた色が滲んでいる。
 
「ミナミはあぁなりたいか? 四年間我慢すればいいんだ。長い人生のうちの、たった四年だ。孕んだ方がいい、ミナミは繁殖できる身体なんだからーー」
 
 フェリックスは力強く言い放った。
 隣で、彼の友人もうんうん、と頷く。
 気づけば、彼女だけではなく別の女性にも男たちが群がっていた。
 女性はやはり慣れた様子で下着を脱ぎ、前開きのシャツを寛げ、一人の男の性器を咥える。
 口で五十代位の男に奉仕し、淫裂で三十歳前後の男をもてなす。
 周りには他に三人の男が、それをオカズに吐精しようと彼女を取り囲んでいる。
 
「……っ」
 
 不快な気分が喉に込み上げる。
 子どもができなければ、学校を卒業しても、仕事をしても、永遠に続く性生活。
 レイプされて交番に駆け込んだって、この国の警察は手を差し伸べてはくれない。
 むしろ何故繁殖しようとしないのだと咎められられ、警察からも強姦されてしまうのだ。
 実際に今だって、近くに交番がありながら中の駐在員は平和そうに珈琲をすすっている。
 窃盗や殺人などは前世と同じく犯罪なのだろうが、恐らく強姦は違う。
 "自由交尾"の人を選んですれさえすれば、その行為は犯罪とはいえない。
 本当はやめて欲しくたって、絶対に口にすることは許されない。
 それは一生、犯罪の被害者になり続けることと同意なのだ。
 
「ミナミは落ち着いて暮らしたいんだろう? 家族で、幸せに。なら今のうちに孕んだ方が絶対いい。おじさんに抱かれなくて済むし、家族という形態は難しいけど、良い就職先に恵まれ衣食住に困らない。素晴らしいことじゃないか」
 
「そうですかね……」
 
「そうだってー。しかもフェリみたいに恵まれることも滅多にないんだからな? あのオッサンは男女平等に愛しているし、色んな子飼ってるから身体の負担も少ない。子無しとしては当たりの部類だから。普通はあの人みたいな底辺落ち。何よりも繁殖優先させなきゃなんないんだからね」
 
 フェリックスの友人も、ミナミの将来を案じた。
 
「……そうですよね……」
 
 この国から抜け出せるという確固たる確証はない。
 地理も文化も何にも詳しくないミナミには簡単なことじゃない。
 もしも捕まってしまったら、妊娠していないことがバレてあのアンクレットを取り付けられる。
 捕まらずとも、国境まではまだまだ遠い。
 他国まで誰の手も借りずに行くことができるだろうか。
 手を貸してくれる人が良い人だといえるのだろうか。
 この国の常識で考えれば、ミナミの年齢の女性が妊娠していないことは異常。
 善意から孕ませようとしてきてもおかしくはないのだ。
 宿屋の旦那が就寝中に襲ってきたって、奥さんも誰も止めない。
 むしろ良いことをしたと褒め称えるのだ。
 そんなリスクを背負って、旅に出ることができるだろうか。
 無事に目的地にたどり着けるだろうか。
 
「……ミナミは……」
 
 ミナミは自信がなくなってきた。
 確かに一度学園の外に出てしまえば、困ったときに頼りになる人はいなくなる。
 フェリックスのように気軽に話ができる人もいなくなる。
 目的の為なら頑張りたいけれど、ミナミにとってはここは異世界で、繁殖主義という価値観を除いても知らないことが多すぎるのだ。
 客観的にみて、明らかに危険だ。
 フェリックスが引き留めるのも最もな気がしてきた。
 
「産むだけですよね、育てる義務はない……」
 
「あぁ、そうだよ。排出するだけ。国に人間を増やせばいいだけ」
 
 割りきってしまうのが重要なのかも知れない。
 いつまでも前世の価値観で生きていたらダメなのかも知れない。
 ここは異世界……繁殖主義という別世界なのだから。
 
「わかりました……」
 
 ミナミは渋々返事をした。
 本当は産みたくなんかなかったけど、この国の女性が幸せに生きていくにはそれが欠かせないものだから。
 
 
 
「……」
 
 ずっと考え続け無意識に息を吐くのをためらっていたせいだろうか。
 返事をしたら急に目の前が真っ暗になった。
 
「ミナミ? どうした?」
 
「ごめんなさい、なんか目の前が暗くて……」
 
 フェリックスが自分を呼ぶ声がどんどん小さくなっていき、ミナミは不意に後ろに倒れた。
 
「ミナミ!? ミナミ!!」 
 
 (やだなー、なんで貧血なんか……あ、そっか、久しぶりに外に出たから……)
 
 ぼんやり思いながら、ミナミは意識を失った。 
 
 
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