転生先は繁殖主義国家だけど、普通に幸せになりたいです!

葉月とに

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第十話

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 フェリックスが声を張り上げると、男たちは一目散に退散していった。
 フェリックスは汗や白濁液にまみれた姿のミナミをシャワールームへ案内すると、自分は扉の外に腰を下ろした。
 シャワーヘッドから暖かいお湯が霧雨のように降り注ぐ。
 ホースがついておらず可動域は狭いものの、身体の汚れを落とし、ミナミの心を洗い流すには充分であった。
 
「シャワーさせてくれるんですね。精液は神聖なものだから、気持ち悪くてもそのままだと思ってました」
 
「本来はそうだが、あいつらは不法侵入、強奪、性的悪戯の犯罪者だしな。そんな効果はない。それにお前だって、嫌だろうそのままじゃ」
 
 フェリックスの落ち着いた声に、ミナミは耳をすました。
 シャワーの水流でかき消される低い声を取りこぼすまいと、耳に意識を集中させて。
 
「お前はあれが貫通だった。この国だと入学したばかりの十二歳と同じってことだ。精液に対する耐性もないし、ただ嫌なだけだっただろう。 酷だという人もいるからな、この国の精液信仰は」
 
 シャワーの湯気でガラスが曇って、曖昧にぼやけるフェリックスの姿が写る。
 
「逃げ出したいのか?」
 
 綺麗な横顔から急に核心を突く質問が投げかけられ、身体を洗う手が止まる。
 確かに逃げ出したいけれど、それをこの人に言ってもいいのだろうか。
 そんなに信用できる人なのだろうか。
 ミナミはシャワーの蛇口をひねり水を止めた。
 シャワールームの扉を少しだけ開くと、胡座を組んで座るフェリックスの後頭部が見えた。
 
「だとしたらどうするんですか? 逃げ道でも教えてくれるんですか?」
 
 フェリックスから後ろ手にタオルを受け取り、ふかふかの綿に顔を埋める。
 女の子の裸なんて見慣れているはずなのに、ミナミを気遣って顔を背けてくれている。
 さりげない気配りにミナミはフフッと笑みをこぼす。
 
「モテそうですね。生まれる国が違っていたらフェリックスさんは間違いなくモテますよ」
 
「モテる? なんだそれは」
 
「色んな女の子に言い寄られるってことです。色んな女の子選び放題で、密かにカッコいいと思ってる人もいっぱいいるような人ですかね」
 
 フェリックスはいい人だが、性格だけじゃなくて外見も多分、悪くはない方だ。
 この世界の男性はミナミがいた世界よりも平均身長が10センチほど高いが、その身長よりもさらに10センチくらい高い。
 課せられた警護や警備の任務によって、腹筋は程よくムキッとしてるし、低くていい声だし。
 
 (セックスは上手いし)
 
 逆にフェリックスが転生したら良かったのでは、とミナミは気の毒に思ってしまった。
 
「言い寄られて、選んで、それでどうするんだ?」
 
「付き合うんですよ」
 
「付き合うとは?」
 
「二人で色んなところ遊びに行ったり、キスしたり、性的な関係を持つ権利があるということです。フェリックスさんには信じられないでしょうけど、ミナミの国では誰にでも股を開くなんてことしないし、恋人やパートナー以外の人とヤると二股とか不倫だとか言われて、社会的にアウトなんですよ」
 
 フェリックスはふぅん……と相づちを打った。
 
「そうしないとヤれないのか」
 
「基本的にはね。残念でしょう?」
 
 性行為には依存性がある。
 ドーパミンが大量放出し、脳の根幹からまたセックスしろと求めてくるという。
 フェリックスのように幼い頃から慢性的に性交渉している人間は、結局それなくしては生きていけないんじゃないかと思う。
 ミナミが問いかけると、フェリックスは神妙な面持ちなった。
 
「いや……羨ましいよ。無理にでも自分を奮い立たせて、ずっと妊娠のプレッシャーと戦わないといけないんだ。そういうのがないのだろう?」
 
 フェリックスは自分を見下ろすミナミを見つめた。
 
「愛し合う為だけのセックスってどんななんだろうなぁ……」
 
「……っ」
 
 群青と深紅の彼の瞳が、小窓から覗く夕焼けの光に照らされて眩しく輝く。
 自分を見つめる幻想的な色の瞳は、どこかゆらゆらと揺らいでいる気がする。
 ミナミが教えてあげようか、と思わず口にしそうになって、咄嗟に口を押さえた。
 
 (何考えてるの自分……! )
 
「ミナミの世界でのかっこよさの基準が俺なんだとしたら、ミナミもそう思ってくれているのか?」
 
 フェリックスは立ち上がって距離を詰めた。
 
「え……えぇと……」
 
「前に言ってくれたよな? 子どもができなくても俺に価値があるって。カッコいいって。俺あのとき本当に嬉しかったんだ。普段妊孕性でしかその人を見ることはないから、あんな風に言ってくれたのミナミが初めてだったんよ」
 
 フェリックスは更にミナミに歩み寄る。
 バスタオル一枚だったことに気づいて、ミナミは急に恥ずかしくなって顔を赤らめる。
 
「ふっ、可愛いな。もうシたんだから別に恥ずかしがることないだろう」
 
 フェリックスは満面の笑みで頭を撫でた。
 
「~~~!!?」
 
 その破壊力に、心臓がとんでもなく脈打った。
 
 (だ、だから、どうしちゃったの自分! )
 
 ミナミは一生懸命自分で自分を落ち着かせようと試みたが、フェリックスが繰り出す無意識の攻撃に、ますます沼に落ちるだけだった。
 
「もう一回するか? ここは床痛いからどっか移動して……」
 
「しません! そういうことじゃないです!」
 
「あ……っ、バック? 後方挿入派? じゃあ行為室行かなくてもどこでも大丈夫か。そこの窓枠の出っ張りに手をつい……」
 
「だからそういうことでもないです!」
 
「じゃあどういう交尾ならミナミとできるんだ? 俺ただミナミの可愛い顔が見たいだけなんだ。今でも可愛いけど、俺を欲しそうにねだるミナミ最高に可愛いからもう一度見たい。一回でいいんだ、脳裏に焼き付けておくから……!」
 
 フェリックスの猛攻に、ミナミは彼の両頬をムニッと挟んだ。
 そして真っ直ぐに彼を見た。
 
「フェリックスさん、ミナミはフェリックスさんとセックスがしたいから一緒にいたいんじゃないんです。そのことは知ってますよね? ミナミには"結婚して穏やかな家庭を築く"っていう夢があったんです。もう無理ですけど……。でも、"好きな人と幸せに暮らす"っていうとこは諦めてないんです。その相手がフェリックスさんだったらいいなって、ちょっと思っただけです……!」
 
 言い終わり、カァーッと顔が熱くなるのを感じた。
 先ほど裸を意識したときとは比べ物にならないくらい。
 フェリックスは目を丸くしていたが、照れるミナミを腕の中に引き寄せて抱きしめた。
 
「そうだな、交尾しなくても充分幸せだ」
 
 
 夕食を知らせるベルが鳴った。
 ぎゅっと強く抱え込んでいたフェリックスだったが、それを合図にフッと手を離した。
 
「だが、お前にとってこの国はやはり生きづらいだろう。しばらく元の牢で待ってろ、国外へ出れる方法を俺も模索してみるから、な?」
 
 何故だか胸が痛んだ。
 逃げ出す方法があれば越したことはないのに、逃亡したら彼にはもう会えなくなることが、この上なく寂しいことのように思えた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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