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第七話

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「ウィリー、顔色が悪いわよ。またあの・・話?」
 
「マリー様……」
 
 薔薇園の隅で、ウィリーはぐったりと項垂れていた。日差しがやけに暑いような気がする。
 フランシスカはウィリーとほぼ同時に日中を宮殿敷地内で過ごすようになったが、当初は今のように奔放ではなかった。淑やかで慎ましかった妹はどこへいってしまったのか。ウィリーは項垂れた。
 
「僕の妹がご迷惑をおかけして、申し訳ございません……」

「今さらよ。フランシスカの愛が重いのなんてずっと前から知ってるわ」

「そのことじゃないんですよ……」

「?」

 ウィリーはマリーに言うべきか、言っていいのか迷った。フランシスカの一連の奇行は彼女に気にいられるためのものではあるが、内容がひどく淫らで、言いふらしたら彼女に引かれてしまうだろう。自分のいないところで大好きなマリーに嫌われてしまったと知ったら、フランシスカはきっと悲しむだろう。フランシスカはウィリーにとって、気弱で幼げな、大事な家族であることに変わりはないのだ。フランシスカにはなるべく心苦しい思いをさせたくない。

「大輪の花を咲かせる為に間違った肥料をあげてしまった感じでしょうか」

 ウィリーは悩んだ末、曖昧に事実を伝えた。大人になっていく妹を受け入れることはできなかった。
 女性は恋人ができると美しくなるらしいが、性行為によって色気が磨かれたという意味ではない。恋人に気に入られ、自信をつけて輝くからだとウィリーは思っている。フランシスカは綺麗になったとは思うが、その理由を挙げるとするなら"目標のために頑張っている"からだ。頑張っている人はカッコいいし、そりゃあ魅力も増すだろう。
 
「……マリー様は、どう思いますか?」

 不意に名を呼ばれ、マリーはドキッとした。マリーはウィリーのことが気になって色々質問しているが、質問されるのは珍しかった。

「どうって……」

「好きな男性……いや、好きな人の為なら何でもやれるんでしょうか。例え悪事でも、結ばれるためには手段を選ばないのが愛なんでしょうか……」

 ウィリーはいまいち恋が分からなかった。小さい頃から草花や植物に熱中し、誕生日のプレゼントにはフランシスカがおもちゃのピアノをリクエストする横で花の苗木を選び、大人を驚かせていた。友人が女性から声をかけられたと聞いても特に羨ましい気持ちは湧かず、ひとり造園の楽しさに夢中になった。

「あたしは……」

「ん?」

「……いやっ、まぁ……その……」

 マリーの好きな人は勧善懲悪主義だ。みんなに平等に接し、個人的な好き嫌いに関わらずきちんと公正に評価する。論理に反したことに手を染めるなど考えられないし、いつだって正す側だ。
 彼女はチラッと目の前の彼を見た。
 ウィリーは悩みに苛まれながらもいつものように穏やかにマリーの傍らに腰かけている。マリーがベンチに並ぶ距離の近さにドキドキしていることも、緊張して言葉に詰まっていることも彼は知らないだろう。
 質問に対するマリーの答えは「イエス」だが、色恋沙汰に鈍い彼に理解できるかと考えたとき、ちょっと無理だなと、クスッと笑みがこぼれた。

「好きな人は分からないけど、お世話になった人に感謝の気持ちを伝えたい気持ちはあるわ」

「へぇ……?」

「些細な言葉でも、落ち込んでたらすごく嬉しく感じるじゃない? でもそういうときほど、胸がいっぱいで気の利いた言葉が出てこないのよ。だからあたし決めてるんだ。好きな人でもそうじゃなくても、助けてくれた人がピンチになったら、今度はあたしが絶対力になるって」

 マリーは屈託のない表情で微笑んだ。施設から引き取って愛情をもって育ててくれた養父母も、日々の愚痴って聞いてくれるウィリーも大好きだし、少々面倒臭いが自分の全てを認めてくれるフランシスカにも感謝している。
 マリーは基本的に人見知りせず、コミュニケーションが上手で人間が大好きだ。しかし一方、より良い人間関係を維持するためには偽の笑顔を振り撒くことも必要で、不平不満がない訳ではない。皆の求める『明るくて純な聖女マリー』を維持できているのは、周りの人たちのおかげなのだ。

「そうか」

 ウィリーはマリーのそばで安らかに頷いた。
 聖女の名にふさわしく、聡明で凛とした雰囲気を纏うマリー。立ち振舞いはフランシスカより上手く、皆の理想になるのが彼にでも理解できるが、聖女という肩書きを取れば妹のフランシスカと大きく変わらない普通の少女なのだ。迷いながら青年時代を生きる、どこにでもいる女の子。

「君に褒められたら嬉しいだろうな」

 ウィリーはマリーから抱きしめられるフランシスカを想像し、顔が綻びた。願わくば妹の想いが届きますように、と彼女がいるであろう騎士団の居室棟の方角に目を向けた。


「やあ、ソレールくん。仕事に戻らなくてもいいのかい?」

 けれども、目が合ったのはゼルギウスであった。
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