7 / 7
第七話
しおりを挟む
「ウィリー、顔色が悪いわよ。またあの話?」
「マリー様……」
薔薇園の隅で、ウィリーはぐったりと項垂れていた。日差しがやけに暑いような気がする。
フランシスカはウィリーとほぼ同時に日中を宮殿敷地内で過ごすようになったが、当初は今のように奔放ではなかった。淑やかで慎ましかった妹はどこへいってしまったのか。ウィリーは項垂れた。
「僕の妹がご迷惑をおかけして、申し訳ございません……」
「今さらよ。フランシスカの愛が重いのなんてずっと前から知ってるわ」
「そのことじゃないんですよ……」
「?」
ウィリーはマリーに言うべきか、言っていいのか迷った。フランシスカの一連の奇行は彼女に気にいられるためのものではあるが、内容がひどく淫らで、言いふらしたら彼女に引かれてしまうだろう。自分のいないところで大好きなマリーに嫌われてしまったと知ったら、フランシスカはきっと悲しむだろう。フランシスカはウィリーにとって、気弱で幼げな、大事な家族であることに変わりはないのだ。フランシスカにはなるべく心苦しい思いをさせたくない。
「大輪の花を咲かせる為に間違った肥料をあげてしまった感じでしょうか」
ウィリーは悩んだ末、曖昧に事実を伝えた。大人になっていく妹を受け入れることはできなかった。
女性は恋人ができると美しくなるらしいが、性行為によって色気が磨かれたという意味ではない。恋人に気に入られ、自信をつけて輝くからだとウィリーは思っている。フランシスカは綺麗になったとは思うが、その理由を挙げるとするなら"目標のために頑張っている"からだ。頑張っている人はカッコいいし、そりゃあ魅力も増すだろう。
「……マリー様は、どう思いますか?」
不意に名を呼ばれ、マリーはドキッとした。マリーはウィリーのことが気になって色々質問しているが、質問されるのは珍しかった。
「どうって……」
「好きな男性……いや、好きな人の為なら何でもやれるんでしょうか。例え悪事でも、結ばれるためには手段を選ばないのが愛なんでしょうか……」
ウィリーはいまいち恋が分からなかった。小さい頃から草花や植物に熱中し、誕生日のプレゼントにはフランシスカがおもちゃのピアノをリクエストする横で花の苗木を選び、大人を驚かせていた。友人が女性から声をかけられたと聞いても特に羨ましい気持ちは湧かず、ひとり造園の楽しさに夢中になった。
「あたしは……」
「ん?」
「……いやっ、まぁ……その……」
マリーの好きな人は勧善懲悪主義だ。みんなに平等に接し、個人的な好き嫌いに関わらずきちんと公正に評価する。論理に反したことに手を染めるなど考えられないし、いつだって正す側だ。
彼女はチラッと目の前の彼を見た。
ウィリーは悩みに苛まれながらもいつものように穏やかにマリーの傍らに腰かけている。マリーがベンチに並ぶ距離の近さにドキドキしていることも、緊張して言葉に詰まっていることも彼は知らないだろう。
質問に対するマリーの答えは「イエス」だが、色恋沙汰に鈍い彼に理解できるかと考えたとき、ちょっと無理だなと、クスッと笑みがこぼれた。
「好きな人は分からないけど、お世話になった人に感謝の気持ちを伝えたい気持ちはあるわ」
「へぇ……?」
「些細な言葉でも、落ち込んでたらすごく嬉しく感じるじゃない? でもそういうときほど、胸がいっぱいで気の利いた言葉が出てこないのよ。だからあたし決めてるんだ。好きな人でもそうじゃなくても、助けてくれた人がピンチになったら、今度はあたしが絶対力になるって」
マリーは屈託のない表情で微笑んだ。施設から引き取って愛情をもって育ててくれた養父母も、日々の愚痴って聞いてくれるウィリーも大好きだし、少々面倒臭いが自分の全てを認めてくれるフランシスカにも感謝している。
マリーは基本的に人見知りせず、コミュニケーションが上手で人間が大好きだ。しかし一方、より良い人間関係を維持するためには偽の笑顔を振り撒くことも必要で、不平不満がない訳ではない。皆の求める『明るくて純な聖女マリー』を維持できているのは、周りの人たちのおかげなのだ。
「そうか」
ウィリーはマリーのそばで安らかに頷いた。
聖女の名にふさわしく、聡明で凛とした雰囲気を纏うマリー。立ち振舞いはフランシスカより上手く、皆の理想になるのが彼にでも理解できるが、聖女という肩書きを取れば妹のフランシスカと大きく変わらない普通の少女なのだ。迷いながら青年時代を生きる、どこにでもいる女の子。
「君に褒められたら嬉しいだろうな」
ウィリーはマリーから抱きしめられるフランシスカを想像し、顔が綻びた。願わくば妹の想いが届きますように、と彼女がいるであろう騎士団の居室棟の方角に目を向けた。
「やあ、ソレールくん。仕事に戻らなくてもいいのかい?」
けれども、目が合ったのはゼルギウスであった。
「マリー様……」
薔薇園の隅で、ウィリーはぐったりと項垂れていた。日差しがやけに暑いような気がする。
フランシスカはウィリーとほぼ同時に日中を宮殿敷地内で過ごすようになったが、当初は今のように奔放ではなかった。淑やかで慎ましかった妹はどこへいってしまったのか。ウィリーは項垂れた。
「僕の妹がご迷惑をおかけして、申し訳ございません……」
「今さらよ。フランシスカの愛が重いのなんてずっと前から知ってるわ」
「そのことじゃないんですよ……」
「?」
ウィリーはマリーに言うべきか、言っていいのか迷った。フランシスカの一連の奇行は彼女に気にいられるためのものではあるが、内容がひどく淫らで、言いふらしたら彼女に引かれてしまうだろう。自分のいないところで大好きなマリーに嫌われてしまったと知ったら、フランシスカはきっと悲しむだろう。フランシスカはウィリーにとって、気弱で幼げな、大事な家族であることに変わりはないのだ。フランシスカにはなるべく心苦しい思いをさせたくない。
「大輪の花を咲かせる為に間違った肥料をあげてしまった感じでしょうか」
ウィリーは悩んだ末、曖昧に事実を伝えた。大人になっていく妹を受け入れることはできなかった。
女性は恋人ができると美しくなるらしいが、性行為によって色気が磨かれたという意味ではない。恋人に気に入られ、自信をつけて輝くからだとウィリーは思っている。フランシスカは綺麗になったとは思うが、その理由を挙げるとするなら"目標のために頑張っている"からだ。頑張っている人はカッコいいし、そりゃあ魅力も増すだろう。
「……マリー様は、どう思いますか?」
不意に名を呼ばれ、マリーはドキッとした。マリーはウィリーのことが気になって色々質問しているが、質問されるのは珍しかった。
「どうって……」
「好きな男性……いや、好きな人の為なら何でもやれるんでしょうか。例え悪事でも、結ばれるためには手段を選ばないのが愛なんでしょうか……」
ウィリーはいまいち恋が分からなかった。小さい頃から草花や植物に熱中し、誕生日のプレゼントにはフランシスカがおもちゃのピアノをリクエストする横で花の苗木を選び、大人を驚かせていた。友人が女性から声をかけられたと聞いても特に羨ましい気持ちは湧かず、ひとり造園の楽しさに夢中になった。
「あたしは……」
「ん?」
「……いやっ、まぁ……その……」
マリーの好きな人は勧善懲悪主義だ。みんなに平等に接し、個人的な好き嫌いに関わらずきちんと公正に評価する。論理に反したことに手を染めるなど考えられないし、いつだって正す側だ。
彼女はチラッと目の前の彼を見た。
ウィリーは悩みに苛まれながらもいつものように穏やかにマリーの傍らに腰かけている。マリーがベンチに並ぶ距離の近さにドキドキしていることも、緊張して言葉に詰まっていることも彼は知らないだろう。
質問に対するマリーの答えは「イエス」だが、色恋沙汰に鈍い彼に理解できるかと考えたとき、ちょっと無理だなと、クスッと笑みがこぼれた。
「好きな人は分からないけど、お世話になった人に感謝の気持ちを伝えたい気持ちはあるわ」
「へぇ……?」
「些細な言葉でも、落ち込んでたらすごく嬉しく感じるじゃない? でもそういうときほど、胸がいっぱいで気の利いた言葉が出てこないのよ。だからあたし決めてるんだ。好きな人でもそうじゃなくても、助けてくれた人がピンチになったら、今度はあたしが絶対力になるって」
マリーは屈託のない表情で微笑んだ。施設から引き取って愛情をもって育ててくれた養父母も、日々の愚痴って聞いてくれるウィリーも大好きだし、少々面倒臭いが自分の全てを認めてくれるフランシスカにも感謝している。
マリーは基本的に人見知りせず、コミュニケーションが上手で人間が大好きだ。しかし一方、より良い人間関係を維持するためには偽の笑顔を振り撒くことも必要で、不平不満がない訳ではない。皆の求める『明るくて純な聖女マリー』を維持できているのは、周りの人たちのおかげなのだ。
「そうか」
ウィリーはマリーのそばで安らかに頷いた。
聖女の名にふさわしく、聡明で凛とした雰囲気を纏うマリー。立ち振舞いはフランシスカより上手く、皆の理想になるのが彼にでも理解できるが、聖女という肩書きを取れば妹のフランシスカと大きく変わらない普通の少女なのだ。迷いながら青年時代を生きる、どこにでもいる女の子。
「君に褒められたら嬉しいだろうな」
ウィリーはマリーから抱きしめられるフランシスカを想像し、顔が綻びた。願わくば妹の想いが届きますように、と彼女がいるであろう騎士団の居室棟の方角に目を向けた。
「やあ、ソレールくん。仕事に戻らなくてもいいのかい?」
けれども、目が合ったのはゼルギウスであった。
0
お気に入りに追加
4
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
義弟の為に悪役令嬢になったけど何故か義弟がヒロインに会う前にヤンデレ化している件。
あの
恋愛
交通事故で死んだら、大好きな乙女ゲームの世界に転生してしまった。けど、、ヒロインじゃなくて攻略対象の義姉の悪役令嬢!?
ゲームで推しキャラだったヤンデレ義弟に嫌われるのは胸が痛いけど幸せになってもらうために悪役になろう!と思ったのだけれど
ヒロインに会う前にヤンデレ化してしまったのです。
※初めて書くので設定などごちゃごちゃかもしれませんが暖かく見守ってください。
巨乳令嬢は男装して騎士団に入隊するけど、何故か騎士団長に目をつけられた
狭山雪菜
恋愛
ラクマ王国は昔から貴族以上の18歳から20歳までの子息に騎士団に短期入団する事を義務付けている
いつしか時の流れが次第に短期入団を終わらせれば、成人とみなされる事に変わっていった
そんなことで、我がサハラ男爵家も例外ではなく長男のマルキ・サハラも騎士団に入団する日が近づきみんな浮き立っていた
しかし、入団前日になり置き手紙ひとつ残し姿を消した長男に男爵家当主は苦悩の末、苦肉の策を家族に伝え他言無用で使用人にも箝口令を敷いた
当日入団したのは、男装した年子の妹、ハルキ・サハラだった
この作品は「小説家になろう」にも掲載しております。
今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
骸骨と呼ばれ、生贄になった王妃のカタの付け方
ウサギテイマーTK
恋愛
骸骨娘と揶揄され、家で酷い扱いを受けていたマリーヌは、国王の正妃として嫁いだ。だが結婚後、国王に愛されることなく、ここでも幽閉に近い扱いを受ける。側妃はマリーヌの義姉で、公式行事も側妃が請け負っている。マリーヌに与えられた最後の役割は、海の神への生贄だった。
注意:地震や津波の描写があります。ご注意を。やや残酷な描写もあります。
借金まみれで高級娼館で働くことになった子爵令嬢、密かに好きだった幼馴染に買われる
しおの
恋愛
乙女ゲームの世界に転生した主人公。しかしゲームにはほぼ登場しないモブだった。
いつの間にか父がこさえた借金を返すため、高級娼館で働くことに……
しかしそこに現れたのは幼馴染で……?
人形な美貌の王女様はイケメン騎士団長の花嫁になりたい
青空一夏
恋愛
美貌の王女は騎士団長のハミルトンにずっと恋をしていた。
ところが、父王から60歳を超える皇帝のもとに嫁がされた。
嫁がなければ戦争になると言われたミレはハミルトンに帰ってきたら妻にしてほしいと頼むのだった。
王女がハミルトンのところにもどるためにたてた作戦とは‥‥
婚約破棄寸前の悪役令嬢に転生したはずなのに!?
もふきゅな
恋愛
現代日本の普通一般人だった主人公は、突然異世界の豪華なベッドで目を覚ます。鏡に映るのは見たこともない美しい少女、アリシア・フォン・ルーベンス。悪役令嬢として知られるアリシアは、王子レオンハルトとの婚約破棄寸前にあるという。彼女は、王子の恋人に嫌がらせをしたとされていた。
王子との初対面で冷たく婚約破棄を告げられるが、美咲はアリシアとして無実を訴える。彼女の誠実な態度に次第に心を開くレオンハルト
悪役令嬢としてのレッテルを払拭し、彼と共に幸せな日々を歩もうと試みるアリシア。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる