与一さんと俺のクロニクル

茂久白果

文字の大きさ
上 下
20 / 22

ヒヤシンス4

しおりを挟む
「あ、ヒヤシンス、」
 与一さんと見つめ合うとなんだか息が苦しくなって、気を逸らそうと、思い出した事を口に出した。
 今日与一さんが来たら絶対に言いたかった事だ。
「ん?」
「ヒヤシンス、咲きました」
 俺はステンドグラスの窓の下の棚に並んでいる、球根の入ったたくさんのグラスを指差した。
「ああ……いい香りがすると思った」
 与一さんは窓辺に目をやると、目を細める。
「あ、分かります? めちゃくちゃいい匂いですよね、俺、初めてで知らなかった」
 与一さんに着いてヒヤシンスの方へ行くと、グラスに手を伸ばして一つ手に取る。
 白や紫やピンクの花が見事に開いて、甘い香りがする。

 ズラッと並べられたグラスに水が入っていて、そこに球根が植っている。俺がムーンライズに来た頃には、葉っぱと茎に、蕾のような物が付いていた。
 毎日グラスの水を変えるのも、仕事の一つだった。
 植物を育てた事なんて初めてで、この二ヶ月の間だけ、横田君から引き継いだだけなのに。絶対に枯らしてなるものかと少し怖い気もした。
 だから見事に花を咲かせてくれた達成感は、感じた事がないくらいの嬉しさだ。
 今朝部屋から降りて来た時、嬉しくて何度も匂いを嗅いだ。
 ヒヤシンスの香りが、ほんとにいい匂いで、窓辺に近づくと、甘い香りに癒される。
「ありがとう、乙都君のお陰で綺麗に咲いたね」
 与一さんは俺に向き直ると、にっこり微笑む。
 与一さんは、些細な事も伝えてくれる。仕事なのに。この二ヶ月で、すでに過去一年分以上のありがとうを聞いた気がする。

「あの……与一さん。俺の方が、ありがたいです。植物育てたのも初めてだし、こんな綺麗だって知らなかったし、この窓も凄く綺麗で、そういうのが好きって、自分でも知らなかったし……なんか、初めての事がいっぱいで。そういうの、知れたのは全部与一さんのお陰だから」
 与一さんがしてくれる様に、俺も思ったことは伝えていこうと、最近心掛けている。
「乙都君……いい子に育って」
「へっ?」
 与一さんは微笑みながらまたヘンテコな事を口にする。
「え? 子じゃないですよ」
 思わず吹き出した俺の頭を、与一さんは掻き回す。
 もう子どもじゃないし、成長も見守られてないし、ツッコミどころが多過ぎるけれど、この二ヶ月間ずっとこんな調子だから、与一さんだしな、なんて少しずつ受け流せる様になって来た。

 二十五にもなって頭を撫でられるなんて、変だって思うのに。
 慣れっていうのは怖い物だ。
 初めは変だと思って気まずかったのに、今はそれが何だか嬉しくて……すんなりと受け入れているんだから。

 ひとりを寂しく感じたり、スキンシップを心地よく思ったり。
 ここへ来てから、自分の知らない自分がどんどん出てきて。なんだか不思議だし変な感じがする。


「乙都君、そろそろ上がって良いよ」
「あ、はい」
「これ、部屋にひとつ持って行くといいよ」
 与一さんは、ヒヤシンスをひとつ差し出して言う。
「いいんですか?」
「うん、育てたのは乙都君だしね」
「嬉しい、ありがとうございます」
 渡された白いヒヤシンスから、甘い香りがする。ベッドサイドの窓辺に置こう。きっと良い香りがするはずだ。
「どういたしまして」
 そう言うと、与一さんは優しく目を細めた。
 
「天津飯、食べる?」
「食べますっ」
 部屋に上がろうと奥に歩いて行く背中に声を掛けられて、反射的に勢いよく返事をした。
「あ、」
 図々しかったかな、って思ったけど、振り返ると与一さんはもう卵を手にしていた。ケラケラと楽しそうに笑っている。
「少ししたら降りて来て」
「はいっ、ありがとうございます」
 2階への階段を上がりながら、危ない危ないって、思う。
しおりを挟む
script?guid=on
感想 0

あなたにおすすめの小説

切なくて、恋しくて〜zielstrebige Liebe〜

水無瀬 蒼
BL
カフェオーナーである松倉湊斗(まつくらみなと)は高校生の頃から1人の人をずっと思い続けている。その相手は横家大輝(よこやだいき)で、大輝は大学を中退してドイツへサッカー留学をしていた。その後湊斗は一度も会っていないし、連絡もない。それでも、引退を決めたら迎えに来るという言葉を信じてずっと待っている。 そんなある誕生日、お店の常連であるファッションデザイナーの吉澤優馬(よしざわゆうま)に告白されーー ------------------------------- 松倉湊斗(まつくらみなと) 27歳 カフェ・ルーシェのオーナー 横家大輝(よこやだいき) 27歳 サッカー選手 吉澤優馬(よしざわゆうま) 31歳 ファッションデザイナー ------------------------------- 2024.12.21~

王冠にかける恋【完結】番外編更新中

毬谷
BL
完結済み・番外編更新中 ◆ 国立天風学園にはこんな噂があった。 『この学園に在籍する生徒は全員オメガである』 もちろん、根も歯もない噂だったが、学園になんら関わりのない国民たちはその噂を疑うことはなかった。 何故そんな噂が出回ったかというと、出入りの業者がこんなことを漏らしたからである。 『生徒たちは、全員首輪をしている』 ◆ 王制がある現代のとある国。 次期国王である第一王子・五鳳院景(ごおういんけい)も通う超エリート校・国立天風学園。 そこの生徒である笠間真加(かさままなか)は、ある日「ハル」という名前しかわからない謎の生徒と出会って…… ◆ オメガバース学園もの 超ロイヤルアルファ×(比較的)普通の男子高校生オメガです。

後輩に嫌われたと思った先輩と その先輩から突然ブロックされた後輩との、その後の話し…

まゆゆ
BL
澄 真広 (スミ マヒロ) は、高校三年の卒業式の日から。 5年に渡って拗らせた恋を抱えていた。 相手は、後輩の久元 朱 (クモト シュウ) 5年前の卒業式の日、想いを告げるか迷いながら待って居たが、シュウは現れず。振られたと思い込む。 一方で、シュウは、澄が急に自分をブロックしてきた事にショックを受ける。 唯一自分を、励ましてくれた先輩からのブロックを時折思い出しては、辛くなっていた。 それは、澄も同じであの日、来てくれたら今とは違っていたはずで仮に振られたとしても、ここまで拗らせることもなかったと考えていた。 そんな5年後の今、シュウは住み込み先で失敗して追い出された途方に暮れていた。 そこへ社会人となっていた澄と再会する。 果たして5年越しの恋は、動き出すのか? 表紙のイラストは、Daysさんで作らせていただきました。

フローブルー

とぎクロム
BL
——好きだなんて、一生、言えないままだと思ってたから…。 高二の夏。ある出来事をきっかけに、フェロモン発達障害と診断された雨笠 紺(あまがさ こん)は、自分には一生、パートナーも、子供も望めないのだと絶望するも、その後も前向きであろうと、日々を重ね、無事大学を出て、就職を果たす。ところが、そんな新社会人になった紺の前に、高校の同級生、日浦 竜慈(ひうら りゅうじ)が現れ、紺に自分の息子、青磁(せいじ)を預け(押し付け)ていく。——これは、始まり。ひとりと、ひとりの人間が、ゆっくりと、激しく、家族になっていくための…。

幸せの温度

本郷アキ
BL
※ラブ度高めです。直接的な表現もありますので、苦手な方はご注意ください。 まだ産まれたばかりの葉月を置いて、両親は天国の門を叩いた。 俺がしっかりしなきゃ──そう思っていた兄、睦月《むつき》17歳の前に表れたのは、両親の親友だという浅黄陽《あさぎよう》33歳。 陽は本当の家族のように接してくれるけれど、血の繋がりのない偽物の家族は終わりにしなければならない、だってずっと家族じゃいられないでしょ? そんなのただの言い訳。 俺にあんまり触らないで。 俺の気持ちに気付かないで。 ……陽の手で触れられるとおかしくなってしまうから。 俺のこと好きでもないのに、どうしてあんなことをしたの? 少しずつ育っていった恋心は、告白前に失恋決定。 家事に育児に翻弄されながら、少しずつ家族の形が出来上がっていく。 そんな中、睦月をストーキングする男が現れて──!?

壁乳

リリーブルー
BL
俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 (作者の挿絵付きです。)

初恋はおしまい

佐治尚実
BL
高校生の朝好にとって卒業までの二年間は奇跡に満ちていた。クラスで目立たず、一人の時間を大事にする日々。そんな朝好に、クラスの頂点に君臨する修司の視線が絡んでくるのが不思議でならなかった。人気者の彼の一方的で執拗な気配に朝好の気持ちは高ぶり、ついには卒業式の日に修司を呼び止める所までいく。それも修司に無神経な言葉をぶつけられてショックを受ける。彼への思いを知った朝好は成人式で修司との再会を望んだ。 高校時代の初恋をこじらせた二人が、成人式で再会する話です。珍しく攻めがツンツンしています。 ※以前投稿した『初恋はおしまい』を大幅に加筆修正して再投稿しました。現在非公開の『初恋はおしまい』にお気に入りや♡をくださりありがとうございました!こちらを読んでいただけると幸いです。 今作は個人サイト、各投稿サイトにて掲載しています。

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】

彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』 高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。 その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。 そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?

処理中です...