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ヒヤシンス3
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金属の扉がギッと音を立てると、俺はパッと振り返った。
「与一さんっこんにちはっ」
「……乙都君」
与一さんが反応するまでに、一瞬目を丸くしたのが分かった。おっと、と心の中で呟いた。
与一さんが来たのが嬉しくて……なんだかはしゃいだ様な声が出たから恥ずかしくなってしまった。そう、毎日与一さんが来るこの時間になると、ソワソワしてしまう。
ただ人恋しいのか、それが与一さんだからなのか。
横田君ならきっと、なんの曇りもない瞳でサラッと与一さんに会えて嬉しいって、言えるんだろう。
どうして、俺はそれを躊躇うんだろう。
「乙都君? どうしたの?」
「えっ? あっ、え、いいえ、なんにも」
与一さんが近くに来ていた事に全く気が付かなくて、突然顔を覗き込まれて妙に狼狽えてしまった。
「ん?」
与一さんは掛けていたサングラスを外すと、綺麗な薄茶色の瞳で俺を覗き込む。
そんな風にじっと見つめられると、グッと息が詰まってまともに呼吸も出来なくなってしまう。
与一さんは怖い人じゃないし、怒られる様な事をしでかした訳でもないのに。
「あっ、荷物受け取りました。冷凍庫に入ってます」
妙な空気を追い払おうと、お腹に力を入れてそう告げると、与一さんはにっこりと微笑んだ。
「ありがとう、本当に助かるよ」
与一さんはそう言って俺の肩に手を乗せた。
「あ、あと、徳さん元気でした。与一さんによろしく伝えてって、言ってました」
「うん、さっき電話くれたよ。乙都君の事、凄く褒めてた」
「……へ?」
自分のどこにそんな要素があるのか、本当によく分からない。
意味が分からなくて首を傾げていると、ずっしりと重い与一さんの手が頭に乗ってくる。
「ほんとに、乙都君が来てくれてよかったよ。ありがとう」
「え? あ、そう……ですか?」
誰にでも出来る仕事を、ただ普通にしているだけだって自覚はちゃんとある。なのに、そんな風に真っ直ぐな瞳で面と向かって褒められると、まるで自分が特別な偉業でも成し遂げたのかと勘違いしてしまいそうになる。
「俺の方が、ここで働かせてもらえて、ほんと、良かったです」
俺は、与一さんがくれる熱量の何倍もの誠意を込めて、そう言った。
それは、本当に本当に、心からの気持ちだ。
「与一さん、寒いですか? ストーブもっと着けます?」
ふいに頬を掠めた与一さんの指がすごく冷たくて、俺は咄嗟にそう言った。
「ああ、ありがとう、大丈夫だよ。でも、着けようか」
与一さんはそう言うと、しゃがんで近くにあったストーブを点火する。
お客さんの居ない間は、アウターを着て、作業をする近くのストーブだけを着けることにしている。
「乙都君、前にも言ったけど、薄着で大丈夫な温度にしなきゃだめだよ。外にいるんじゃないんだから」
「はい、すみません」
貧乏性が抜けなくて、頼まれてもいないのに節約に努めようとしてしまう。
明日からは、与一さんが来る少し前に店を温めておこうと心に誓う。
「そうじゃなくて、乙都君に風邪引かせたくないから。ちゃんと暖かいところで仕事して。上司命令だよ、分かってる?」
「え? あ、はい」
とりあえず頷いたけれど……いや、本当に分かっていなかった。
「それと、二階のエアコンも使ってる? 電気代チェックしてちゃんと使ってるか確かめるからね。我慢とかしてたら、怒るからね」
与一さんは冗談ぽく笑いながら、そんなヘンテコな命令を下す。電気代が安過ぎると怒られるなんて、なんて変なシステムなんだ。
前の工場の社長だってすごくいい人だった。
だけど、この与一さんの優しさは、普通じゃないと思う。ただのスタッフの俺にそんなにも優しくしなくてもいいし、気を遣ってくれなくてもいい。
そう、心の中では思うけれど、口には出せない。
ばあちゃん以外の人に、人生でこんなにも優しくされた事が無くて。正直、色んなタイミングで、時々鼻の奥がツンとするほど、グッと来る時がある。
「与一さんっこんにちはっ」
「……乙都君」
与一さんが反応するまでに、一瞬目を丸くしたのが分かった。おっと、と心の中で呟いた。
与一さんが来たのが嬉しくて……なんだかはしゃいだ様な声が出たから恥ずかしくなってしまった。そう、毎日与一さんが来るこの時間になると、ソワソワしてしまう。
ただ人恋しいのか、それが与一さんだからなのか。
横田君ならきっと、なんの曇りもない瞳でサラッと与一さんに会えて嬉しいって、言えるんだろう。
どうして、俺はそれを躊躇うんだろう。
「乙都君? どうしたの?」
「えっ? あっ、え、いいえ、なんにも」
与一さんが近くに来ていた事に全く気が付かなくて、突然顔を覗き込まれて妙に狼狽えてしまった。
「ん?」
与一さんは掛けていたサングラスを外すと、綺麗な薄茶色の瞳で俺を覗き込む。
そんな風にじっと見つめられると、グッと息が詰まってまともに呼吸も出来なくなってしまう。
与一さんは怖い人じゃないし、怒られる様な事をしでかした訳でもないのに。
「あっ、荷物受け取りました。冷凍庫に入ってます」
妙な空気を追い払おうと、お腹に力を入れてそう告げると、与一さんはにっこりと微笑んだ。
「ありがとう、本当に助かるよ」
与一さんはそう言って俺の肩に手を乗せた。
「あ、あと、徳さん元気でした。与一さんによろしく伝えてって、言ってました」
「うん、さっき電話くれたよ。乙都君の事、凄く褒めてた」
「……へ?」
自分のどこにそんな要素があるのか、本当によく分からない。
意味が分からなくて首を傾げていると、ずっしりと重い与一さんの手が頭に乗ってくる。
「ほんとに、乙都君が来てくれてよかったよ。ありがとう」
「え? あ、そう……ですか?」
誰にでも出来る仕事を、ただ普通にしているだけだって自覚はちゃんとある。なのに、そんな風に真っ直ぐな瞳で面と向かって褒められると、まるで自分が特別な偉業でも成し遂げたのかと勘違いしてしまいそうになる。
「俺の方が、ここで働かせてもらえて、ほんと、良かったです」
俺は、与一さんがくれる熱量の何倍もの誠意を込めて、そう言った。
それは、本当に本当に、心からの気持ちだ。
「与一さん、寒いですか? ストーブもっと着けます?」
ふいに頬を掠めた与一さんの指がすごく冷たくて、俺は咄嗟にそう言った。
「ああ、ありがとう、大丈夫だよ。でも、着けようか」
与一さんはそう言うと、しゃがんで近くにあったストーブを点火する。
お客さんの居ない間は、アウターを着て、作業をする近くのストーブだけを着けることにしている。
「乙都君、前にも言ったけど、薄着で大丈夫な温度にしなきゃだめだよ。外にいるんじゃないんだから」
「はい、すみません」
貧乏性が抜けなくて、頼まれてもいないのに節約に努めようとしてしまう。
明日からは、与一さんが来る少し前に店を温めておこうと心に誓う。
「そうじゃなくて、乙都君に風邪引かせたくないから。ちゃんと暖かいところで仕事して。上司命令だよ、分かってる?」
「え? あ、はい」
とりあえず頷いたけれど……いや、本当に分かっていなかった。
「それと、二階のエアコンも使ってる? 電気代チェックしてちゃんと使ってるか確かめるからね。我慢とかしてたら、怒るからね」
与一さんは冗談ぽく笑いながら、そんなヘンテコな命令を下す。電気代が安過ぎると怒られるなんて、なんて変なシステムなんだ。
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だけど、この与一さんの優しさは、普通じゃないと思う。ただのスタッフの俺にそんなにも優しくしなくてもいいし、気を遣ってくれなくてもいい。
そう、心の中では思うけれど、口には出せない。
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