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新しい家 3
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「じゃあ、ほんとに……」
「ここで働いてくれるかな?」
そう言って差し出された手を、俺はすぐに強く握り返した。
「ありがとうございます、よろしくお願いします」
藤原さんの手は、すごく冷たかった。
「あ、あのこれ。お願いします」
俺は藤原さんに封筒を差し出した。
「ん? なに?」
昼間、やっぱりどうしても落ち着かなくて。急いでコンビニで用紙を買って、証明写真のボックスで写真も撮った。数年ぶりに、履歴書を書いた。
「丁寧に……ありがとう。本当にいい子だね」
藤原さんは、目を細めて褒めてくれるけれど。昨日の失態が、こんな事でチャラになるわけがないし、履歴書を出すのは当たり前の事だ。
なのに、そんな事にまでお礼を言ってくれる藤原さんの方が、よっぽどいい人だ。こんなに素敵な人と働けると思うだけで、心があったかくなる。
だけど、俺はもう二五歳だ。いい子、だなんて言われる歳じゃないし、履歴書を見てガッカリさせたらどうしようと心配になってくる。高卒だし、なんの資格も無い。あるのは車の免許だけだ。
「せっかく書いてくれたし、見せてもらおうかな」
そう言って、藤原さんは封筒から引き出した履歴書を広げる。
「高校を卒業してから、ずっと頑張って働いて来たんだね」
藤原さんが目を上げて俺に言ったのは、それだけだった。
「あ……はい」
「会社、残念だったね」
「はい……」
「うちは、車の免許があれば、出来る仕事だし。乙都君みたいにちゃんとしてる子なら、任せられると思うから」
「本当に、俺で良いんですか?」
どうしても不安で、聞き返さずにはいられなかった。
「乙都君がいいって、オーナーの僕が思うんだから」
真っ直ぐに俺の目を見て、そう言ってくれる。本当に、心の底からありがたいと思った。
「藤原さん……ありがとうございます」
「与一でいいよ」
「……与一、さん」
「うん。じゃあ、せっかく来てくれたし、部屋、見ておく? まだ片付いてないんだけど」
「はい、ありがとうございます」
昨日は気が付かなかったけれど、お客さんの入るフロア側は吹き抜けだけど、カウンター横に階段があって、その奥は二階建てになっていた。
与一さんについて階段を登って行くと、部屋がふたつあった。
「こっちは物置になってるんだけど、乙都君の部屋は、ここになる予定だよ」
そう言って与一さんがドアを押すと、想像していたよりも広い部屋が現れた。電気を付けると、中はがらんとしていて、何も無かった。
それに、今暮らしている4畳半の寮よりも、ずいぶん広い。窓が無いのが少し悲しいけれど、そんな贅沢は言えない。
「明後日までに、綺麗にしておくから」
「や、そんなの自分でします、こんな、良い部屋」
「それくらいはさせて貰わないと、雇用主としてね」
「そう……ですか?」
「そうだよ。乙都君は、何色が好き?」
「え? なんでも」
突然そんな事を聞かれて、よく考えもせずにそう口走った。
「なんでもは駄目だよ、よく考えて答えて。カーテンの色だよ」
好きな色を、よく考える……普段好きな色なんて、誰にも聞かれたりしない。今の部屋だって、備え付けのベージュのカーテンが付いていて、それが好きなのか嫌いなのかもよく分からないままだ。
だけど、考えろって言われたから、ちゃんと本気で考えてみる。
「みどり……です」
「そう、緑ね、分かった」
与一さんは、嬉しそうにうんうんと頷いた。その後、シャワーやトイレも見せてくれた。少し古そうだけど、十分すぎると思った。キッチンは、営業時間以外は、店のカウンターの奥にあるのを自由に使っていいと言ってくれた。
店が始まるのは22時だから、それまでに夕食を済ませれば全く問題がない。
下に降りて行く与一さんの後をついて歩きながら、ふと思った。
窓のない部屋にもカーテンって必要なのかな、って。
「ここで働いてくれるかな?」
そう言って差し出された手を、俺はすぐに強く握り返した。
「ありがとうございます、よろしくお願いします」
藤原さんの手は、すごく冷たかった。
「あ、あのこれ。お願いします」
俺は藤原さんに封筒を差し出した。
「ん? なに?」
昼間、やっぱりどうしても落ち着かなくて。急いでコンビニで用紙を買って、証明写真のボックスで写真も撮った。数年ぶりに、履歴書を書いた。
「丁寧に……ありがとう。本当にいい子だね」
藤原さんは、目を細めて褒めてくれるけれど。昨日の失態が、こんな事でチャラになるわけがないし、履歴書を出すのは当たり前の事だ。
なのに、そんな事にまでお礼を言ってくれる藤原さんの方が、よっぽどいい人だ。こんなに素敵な人と働けると思うだけで、心があったかくなる。
だけど、俺はもう二五歳だ。いい子、だなんて言われる歳じゃないし、履歴書を見てガッカリさせたらどうしようと心配になってくる。高卒だし、なんの資格も無い。あるのは車の免許だけだ。
「せっかく書いてくれたし、見せてもらおうかな」
そう言って、藤原さんは封筒から引き出した履歴書を広げる。
「高校を卒業してから、ずっと頑張って働いて来たんだね」
藤原さんが目を上げて俺に言ったのは、それだけだった。
「あ……はい」
「会社、残念だったね」
「はい……」
「うちは、車の免許があれば、出来る仕事だし。乙都君みたいにちゃんとしてる子なら、任せられると思うから」
「本当に、俺で良いんですか?」
どうしても不安で、聞き返さずにはいられなかった。
「乙都君がいいって、オーナーの僕が思うんだから」
真っ直ぐに俺の目を見て、そう言ってくれる。本当に、心の底からありがたいと思った。
「藤原さん……ありがとうございます」
「与一でいいよ」
「……与一、さん」
「うん。じゃあ、せっかく来てくれたし、部屋、見ておく? まだ片付いてないんだけど」
「はい、ありがとうございます」
昨日は気が付かなかったけれど、お客さんの入るフロア側は吹き抜けだけど、カウンター横に階段があって、その奥は二階建てになっていた。
与一さんについて階段を登って行くと、部屋がふたつあった。
「こっちは物置になってるんだけど、乙都君の部屋は、ここになる予定だよ」
そう言って与一さんがドアを押すと、想像していたよりも広い部屋が現れた。電気を付けると、中はがらんとしていて、何も無かった。
それに、今暮らしている4畳半の寮よりも、ずいぶん広い。窓が無いのが少し悲しいけれど、そんな贅沢は言えない。
「明後日までに、綺麗にしておくから」
「や、そんなの自分でします、こんな、良い部屋」
「それくらいはさせて貰わないと、雇用主としてね」
「そう……ですか?」
「そうだよ。乙都君は、何色が好き?」
「え? なんでも」
突然そんな事を聞かれて、よく考えもせずにそう口走った。
「なんでもは駄目だよ、よく考えて答えて。カーテンの色だよ」
好きな色を、よく考える……普段好きな色なんて、誰にも聞かれたりしない。今の部屋だって、備え付けのベージュのカーテンが付いていて、それが好きなのか嫌いなのかもよく分からないままだ。
だけど、考えろって言われたから、ちゃんと本気で考えてみる。
「みどり……です」
「そう、緑ね、分かった」
与一さんは、嬉しそうにうんうんと頷いた。その後、シャワーやトイレも見せてくれた。少し古そうだけど、十分すぎると思った。キッチンは、営業時間以外は、店のカウンターの奥にあるのを自由に使っていいと言ってくれた。
店が始まるのは22時だから、それまでに夕食を済ませれば全く問題がない。
下に降りて行く与一さんの後をついて歩きながら、ふと思った。
窓のない部屋にもカーテンって必要なのかな、って。
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