上 下
88 / 100
第三章

こんな形は望んでいなかった

しおりを挟む
 今日もマーガレット達は二人で街に出掛けていた。

ただ、いつもと違うのは、二人には一切会話がなかった事だった。


(いつもはどのような事を話していたのかしら…?)

マーガレットはそんな事を考えていたが、ギルバートの顔を見ることも、話しかけることもできずにいたのだった。


その時、ギルバートがすっとマーガレットに近付いた。

前から子供たちが走ってきたので、ぶつからないようにマーガレットを庇っただけだったのだが、マーガレットはそんなギルバートの行動に鼓動を早めていた。

(いつもと同じなのに、どうしてこんなにドキドキとしてしまうのかしら…)


「マーガレット嬢…?」

マーガレットを心配したギルバートが不思議に思って問いかけたが、マーガレットはただ自分の鼓動が益々早くなっていくのを感じただけだった。

「なんでもないわ。ギル、ありがとう」

「そうかい…?それなら先を行こうか」

ギルバートは自然と手を差し出したのだが、慌ててその手を引っ込めた。

「あ…すまない…」

「いえ、大丈夫よ…」

ギクシャクとしながら、二人は街を歩いていたのだった。


その様子を離れた所から覗いていたセバスは、どうしたものかと頭を悩ませていた。

(スザンヌ様の目を掻い潜って来てみたのはいいものの…いつの間にこんな風になっていたんだ…?ビクトール様に報告など出来るはずもない…帰ったらクロードさんに相談してみよう…)

屋敷に戻ったセバスはクロードに相談したのだが、結局良い案は思い浮かばなかった。それどころか、話しているのをスザンヌに聞かれてしまい、二人の監視を禁止されてしまう始末だった。

「ビクトール様には監視をしろと言われ、スザンヌ様にはするなと言われてしまいました…」

「しかし、相手は皇太子殿下です。下手な事はできませんし…一体どうすればいいのか、皆目検討も付きませんね…」

長い執事人生の中で、最大級の難問に行く手を阻まれてしまったクロード達だった。


そんな中で、ギクシャクとしていたマーガレット達を楽しそうに眺めている人物がいた。

スザンヌだ。

(あと一歩というところね…何かないかしら?)

スザンヌはある計画を思い付き、マーガレットと母娘だけで茶会をすることにした。


「メグ、今日はお茶会をしましょう?偶には二人で話してみるのもいいと思うの」

「まぁ!お母様と二人でだなんて、とても嬉しいですわ」

スザンヌは全ての使用人達を遠くに待機させ、マーガレットと二人だけで話し始めたのだった。


「最近は何か良いことでもあったかしら?」

スザンヌはマーガレットに尋ねた。

「毎日とても楽しく過ごしていますわ。ケナード領はとても良い所なのだと実感しましたの。使用人達にも感謝しかありませんわ。オリビアも…ギ、ギルにも…」

スザンヌはマーガレットが吃ったのを見逃さなかった。顔も少し赤くなっているように見えた。

「まぁ、それは良かったわね!ギルとはギジルのことかしら?」

「えぇ。本当の名前はギルバートなのです。なので、ギルと…」

「そうなのね?ギルは髪の色も変わっていたものね…もしかしたら、何かを隠しているのかしら…?」

スザンヌの言葉に、マーガレットは戸惑っていた。

「ギル…」

(お母様がギルと呼ぶと、なんだか嫌な気持ちになってしまうわ…どうしてかしら…?)

そんなマーガレットの様子をスザンヌは微笑んで見ていた。

(まぁ、メグったらとてもわかり易いわ。これは時間の問題かも知れないわね…)

心の中でギルバートを応援するスザンヌだった。


そんなマーガレットの気持ちの変化に気付かないギルバートは、一人焦っていた。

(このままでは何もできずにシルベスタへ帰ることになってしまう…)

名前も髪の色も、偶然によってではあるが、マーガレットに曝け出したギルバート。身分だけが偽りのままだった。

(どうにかして伝えたいが…機会を誤ると敬遠されてしまうだろう。どうしたものか…)

ギルバートはもう少しマーガレットとの仲を深めてから正体を伝えようと思っていた。だが、仲を深める方法が思い付かなかったのだった。


残された期限が残り二週間と迫っていたある日、マーガレット達はケナード領にある一番大きな商業街に訪れていた。

二人が歩いていると、ギルバートは突然声をかけられた。

「もしかして…ギルバート皇太子殿下ではございませんか?どうしてこんな所にいらっしゃるのでしょうか…?」

ギルバートが振り返った先に居たのは、綺麗に着飾った若い女性だった。

「君は…?」

ギルバートが尋ねると、女性は美しいカーテシーをして答えた。

「シルベスタ帝国ウォンバート公爵家が長女バイオレットにございます。皇太子殿下にご挨拶を申し上げます」

「ウォンバート公爵のご令嬢が何故ここに…?」

ギルバートの問いに、バイオレットは美しい微笑みで答えた。

「今度開かれる王城での夜会の為でございます。そこで皇太子殿下のご婚約が決まるというお噂をお聞きしたもので…恥ずかしながら、その日のための装飾品を見に来たのです」

「そうか…そのような話が出ているのだな…」

「えぇ。この様な所に来ることははばかれましたが、こうして皇太子殿下にお会いできましたもの。まるで運命のようですわね?」

上目遣いで自分を見上げて来るバイオレットに、ギルバートは辟易していた。

(面倒な相手に会ってしまったな…)

そう思ったギルバートだったが、ハッと我に返ってマーガレットを見た。


「ギルバート皇太子殿下…?」

「まぁ、あなた!皇太子殿下のご尊顔もご存知なかったの?これだから田舎者は…」

「なっ!」

バイオレットを注意しようと思ったギルバートだったが、マーガレットが走り去ってしまい、慌てて後を追おうとした。


「ギルバート殿下、こうしてお会いできたのも何かの縁ですわ。一緒に私に似合う宝石を選んでくださいまし」

ギルバートの腕にしがみ付いたバイオレットの腕を必死に放した時には、既にマーガレットの姿は見当たらなかった。

「放してくれ!君に私の名を呼ぶことを許した覚えなどない!」

「ギルバート殿下!」

大きな声で叫ぶバイオレットを置いて、ギルバートは馬車が止めてある所に向かったが、そこはもぬけの殻だった。

(屋敷に戻ってしまったのか…)

ギルバートは急いでケナード家の屋敷に向かった。


ドンドンドンッ

「マーガレット嬢!ドアを開けてくれ!私の話を聞いて欲しい」

ギルバートの必死の呼びかけに、マーガレットの返事は返ってこなかった。

(最悪だ…この様な形で知られてしまうなんて…)
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

無一文で追放される悪女に転生したので特技を活かしてお金儲けを始めたら、聖女様と呼ばれるようになりました

結城芙由奈 
恋愛
スーパームーンの美しい夜。仕事帰り、トラックに撥ねらてしまった私。気づけば草の生えた地面の上に倒れていた。目の前に見える城に入れば、盛大なパーティーの真っ最中。目の前にある豪華な食事を口にしていると見知らぬ男性にいきなり名前を呼ばれて、次期王妃候補の資格を失ったことを聞かされた。理由も分からないまま、家に帰宅すると「お前のような恥さらしは今日限り、出ていけ」と追い出されてしまう。途方に暮れる私についてきてくれたのは、私の専属メイドと御者の青年。そこで私は2人を連れて新天地目指して旅立つことにした。無一文だけど大丈夫。私は前世の特技を活かしてお金を稼ぐことが出来るのだから―― ※ 他サイトでも投稿中

残念な婚約者~侯爵令嬢の嘆き~

cyaru
恋愛
女の子が皆夢見る王子様‥‥でもね?実際王子の婚約者なんてやってられないよ? 幼い日に決められてしまった第三王子との婚約にうんざりする侯爵令嬢のオーロラ。 嫌われるのも一つの手。だけど、好きの反対は無関心。 そうだ!王子に存在を忘れてもらおう! ですがその第三王子、実は・・・。 ※作者都合のご都合主義です。 ※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。 ※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。 ※頑張って更新します。目標は8月25日完結目指して頑張ります。

悪役令嬢に転生したら病気で寝たきりだった⁉︎完治したあとは、婚約者と一緒に村を復興します!

Y.Itoda
恋愛
目を覚ましたら、悪役令嬢だった。 転生前も寝たきりだったのに。 次から次へと聞かされる、かつての自分が犯した数々の悪事。受け止めきれなかった。 でも、そんなセリーナを見捨てなかった婚約者ライオネル。 何でも治癒できるという、魔法を探しに海底遺跡へと。 病気を克服した後は、二人で街の復興に尽力する。 過去を克服し、二人の行く末は? ハッピーエンド、結婚へ!

初耳なのですが…、本当ですか?

あおくん
恋愛
侯爵令嬢の次女として、父親の仕事を手伝ったり、邸の管理をしたりと忙しくしているアニーに公爵家から婚約の申し込みが来た! でも実際に公爵家に訪れると、異世界から来たという少女が婚約者の隣に立っていて…。

王太子エンドを迎えたはずのヒロインが今更私の婚約者を攻略しようとしているけどさせません

黒木メイ
恋愛
日本人だった頃の記憶があるクロエ。 でも、この世界が乙女ゲームに似た世界だとは知らなかった。 知ったのはヒロインらしき人物が落とした『攻略ノート』のおかげ。 学園も卒業して、ヒロインは王太子エンドを無事に迎えたはずなんだけど……何故か今になってヒロインが私の婚約者に近づいてきた。 いったい、何を考えているの?! 仕方ない。現実を見せてあげましょう。 と、いうわけでクロエは婚約者であるダニエルに告げた。 「しばらくの間、実家に帰らせていただきます」 突然告げられたクロエ至上主義なダニエルは顔面蒼白。 普段使わない頭を使ってクロエに戻ってきてもらう為に奮闘する。 ※わりと見切り発車です。すみません。 ※小説家になろう様にも掲載。(7/21異世界転生恋愛日間1位)

ヒロインに躱されて落ちていく途中で悪役令嬢に転生したのを思い出しました。時遅く断罪・追放されて、冒険者になろうとしたら護衛騎士に馬鹿にされ

古里@3巻電子書籍化『王子に婚約破棄され
恋愛
第二回ドリコムメディア大賞一次選考通過作品。 ドジな公爵令嬢キャサリンは憎き聖女を王宮の大階段から突き落とそうとして、躱されて、死のダイブをしてしまった。そして、その瞬間、前世の記憶を取り戻したのだ。 そして、黒服の神様にこの異世界小説の世界の中に悪役令嬢として転移させられたことを思い出したのだ。でも、こんな時に思いしてもどうするのよ! しかし、キャサリンは何とか、チートスキルを見つけ出して命だけはなんとか助かるのだ。しかし、それから断罪が始まってはかない抵抗をするも隣国に追放させられてしまう。 「でも、良いわ。私はこのチートスキルで隣国で冒険者として生きて行くのよ」そのキャサリンを白い目で見る護衛騎士との冒険者生活が今始まる。 冒険者がどんなものか全く知らない公爵令嬢とそれに仕方なしに付き合わされる最強騎士の恋愛物語になるはずです。でも、その騎士も訳アリで…。ハッピーエンドはお約束。毎日更新目指して頑張ります。 皆様のお陰でHOTランキング第4位になりました。有難うございます。 小説家になろう、カクヨムでも連載中です。

離縁の脅威、恐怖の日々

月食ぱんな
恋愛
貴族同士は結婚して三年。二人の間に子が出来なければ離縁、もしくは夫が愛人を持つ事が許されている。そんな中、公爵家に嫁いで結婚四年目。二十歳になったリディアは子どもが出来す、離縁に怯えていた。夫であるフェリクスは昔と変わらず、リディアに優しく接してくれているように見える。けれど彼のちょっとした言動が、「完璧な妻ではない」と、まるで自分を責めているように思えてしまい、リディアはどんどん病んでいくのであった。題名はホラーですがほのぼのです。 ※物語の設定上、不妊に悩む女性に対し、心無い発言に思われる部分もあるかと思います。フィクションだと割り切ってお読み頂けると幸いです。 ※なろう様、ノベマ!様でも掲載中です。

長編版 王太子に婚約破棄されましたが幼馴染からの愛に気付いたので問題ありません

天田れおぽん
恋愛
 頑張れば愛されると、いつから錯覚していた?  18歳のアリシア・ダナン侯爵令嬢は、長年婚約関係にあった王太子ペドロに婚約破棄を宣言される。  今までの努力は一体何のためだったの?  燃え尽きたようなアリシアの元に幼馴染の青年レアンが現れ、彼女の知らなかった事実と共にふたりの愛が動き出す。  私は私のまま、アナタに愛されたい ――――――。 ✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼   他サイトでも掲載中 ✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼  HOTランキング入りできました。  ありがとうございます。m(_ _)m ★⌒*+*⌒★ ☆宣伝☆ ★⌒*+*⌒★  初書籍 「婚約破棄された不遇令嬢ですが、イケオジ辺境伯と幸せになります!」  が、レジーナブックスさまより発売中です。 よろしくお願いいたします。m(_ _)m

処理中です...