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エドとしての人生

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(もう駄目かもしれない…)

エイドリアンは何日も歩き続け、遂に力尽きて倒れてしまった。まるで走馬灯のように、今までの幸せな出来事が頭に浮かんでは消えていった。

「私…では…な…い…」

エイドリアンはそう呟き、意識を失った。


………


「ここは…?」

エイドリアンが目を覚ますと、知らない所にいた。それどころか、柔らかいベッドの中だった。

(私は道で意識を失った筈では…?ここがあの世なのか?それにしても生々しい…)

ガチャッ

エイドリアンが不思議に思って部屋の辺りを見回していると、ドアが開いて少女が入ってきた。

「あ、気が付いたみたいだね」

「君が助けてくれたのか?君の名は?それに、ここは何処だろうか?」

「ちょっと待ってて。今お父さんを呼んで来るから…質問はその時にしてね」

そう言って少女は部屋から出て行ってしまった。


(少女の父君が私を助けてくれたのだろうか…?)

エイドリアンがそんな事を考えていると、ドアがノックされた。

「入ってもいいかい?」

「あぁ、大丈夫だ」

入ってきたのは、少女に少し似た顔立ちの厳しそうな男だった。

「気分はどうだい?」

男がベッドの脇にある椅子に座った。

「私は大丈夫だよ。あなたが私を助けてくれたのだろうか?恩に着るよ。もう駄目だと諦めていたんだ」

「お礼を言うならベラに言うといい。あの子が倒れている君を見つけたんだよ」

「そうか、彼女が…」

その時、ドアの向こうからベラの声が聞こえた。

「お父さーん、ドアを開けてくれる?手が塞がっちゃって…」

男がドアを開けると、お盆を持ったベラが立っていた。

「お腹が空いていると思って作ったんだよ。何日も寝ていたから、固形は止めた方が良いと思って…見た目は悪いけど味は保証するから!」

そう言ってベラがサイドテーブルに置いた食事は、良い匂いがした。

ぐぅ…

「何日も食事はしていなかったな…」

お腹の音を誤魔化すように言ったエイドリアンだったが、ベラも男も笑っていた。

「身体が食事を求めるという事は元気な証拠だ。しっかり食べて、しっかり休みなさい。話はそれからだよ」

男はそう言って部屋から出て行った。


「一人で食べられそう?」

ベラがエイドリアンに尋ねた。

「子供ではないから大丈夫だよ」

そう言ったエイドリアンだったが、手に力が入らず、スプーンを落としてしまった。

「新しいスプーン持ってくるからちょっと待っててね」

ベラが部屋から出て、新しいスプーンを持って戻って来た。

「はい、どうぞ?」

ベラが食事をスプーンで掬い、エイドリアンの口元に運んだ。恥ずかしく思ったエイドリアンだったが、自分で食べる事も出来ないので、そのまま従った。

「美味しい…」

「でしょう?腕には自信があるの」

そう言ってベラは笑った。

ベラに食事の世話をしてもらい、全て食べ切ったエイドリアンは、そのまま寝てしまった。


エイドリアンが再び目を覚ましたのは翌朝だった。

「起きているかい?」

ドアがノックされ、男の声がした。

「あぁ、起きているよ」

男が部屋に入り、ベッドの脇にある椅子に座った。

「さてと、私はマーカスだよ。聞きたい事は何でも答えるよ」

「ベラは…?」

エイドリアンがマーカスに尋ねた。

「ベラは出掛けているよ。あの子には聞かせられないからね…そうでしょう?エイドリアン第一王子」

マーカスはエイドリアンの正体を知っていたのだ。



「何故私が王子だと…?」

エイドリアンは警戒して尋ねた。

「伝手がある、とだけ…エイドリアン第一王子は病死したと言われているけどね」

「病死?そうか、父上が…」

悲しむエイドリアンを見て、マーカスが言った。

「既に葬儀も終わっているよ。悲しむ聖女様の為に、あなたの話をしてはいけないと言われている」

「母上…」

エイドリアンの目には涙が浮かんでいた。

「私ではない…私は何もしていないんだ…」

エイドリアンは力のない声で呟いた。


「それでも、あなたはもう王子ではない。新しい人生を歩みなさい」

「しかし…」

マーカスは深いため息を吐いた。

「あなたはこれからエドと名乗りなさい。今までの自分を捨て、エドとして生きていきなさい。それがあなたに残された道だ」

マーカスはそう言って部屋を出ていった。

「エド…」

エイドリアンは塞ぎ込んでいた。

(私はもうエイドリアンには戻れないのか?城に、家族に会えないのか?何故こんな事になってしまったんだろう…)


そんなエイドリアンを心配して、ベラはよく話しかけていた。

「エド、今日のご飯は美味しくできたよ!」

「その名で呼ぶな!」


「エド、今日は一緒に買い物に行こう?」

「一人で行ってくれ!」


「エド、今日の夜はお魚にしようと思うの。一緒に釣りに行こう?」

「煩いな!私に構わないでくれ!」

「今日は何が何でも連れて行くから!ずっと部屋にいたら気が滅入っちゃうでしょう?」

そう言ってベラは、嫌がるエイドリアンを引っ張って川岸まで連れて行った。


「何故私がこの様な事を…」

地面に腰掛けて釣り竿を持ったエイドリアンがボソッと呟いた。

「良いじゃない。お陽様の日差しを浴びないと大きくなれないわよ?あ、釣れたみたい」

どんどん魚を釣り上げるベラ。エイドリアンは一匹も釣れなかった。

「ずっと部屋に籠もっていたからね。魚もエドに釣られたくないって思ってるのかも」

馬鹿にした様に笑ったベラに苛立ったエイドリアンは、釣りに集中した。

「大物を釣るから今に見ていろ!」

怒鳴って川を凝視しているエイドリアンを見て、ベラは微笑んでいた。


「釣れた!どうだ?私の魚が一番大きいだろう?」

長い時間を掛けてようやく一匹の魚を釣ったエイドリアンだった。

「そうね。それと、三匹だけ残して後は川に返しましょう」

ベラは折角自分が釣り上げた魚を川に戻していった。

「何故戻すんだ?」

「私達三人しか居ないのに、全部食べられないじゃない」

「そうか…」


二人で家まで帰る途中、ベラが嬉しそうに言った。

「エドの笑った顔が見れて良かった。また行こうね」

(私は笑っていたのか…そういえば、釣りをしている時は何も考えずに楽しんでいた気がする)

「そうだな。また行こう」


その日の夕食はエイドリアンの釣った魚がメインだった。

「お父さん、この魚はエドが釣ったんだよ」

「そうか。楽しかったかい?」

マーカスに聞かれてエイドリアンは恥ずかしそうに答えた。

「あぁ。また行きたいと思う」

「それは良かった」


それからというもの、エイドリアンはベラに誘われるがまま外に出かけ、笑顔を見せるようになっていった。

(あれこれ考えたってエイドリアンには戻れないんだ。私はエドとして生きていこう)

こうしてエイドリアンはエドとして生きて行くことに決めたのだった。
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