お母さん、私のなまえ覚えてる?

LIN

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本編

初めての友達

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「ちょっとあんた!早く退きなさい!みんなを待たせて迷惑なのよ!」

またお母さんの怒鳴り声がした。私の腕を無理矢理引っ張って立たせた。

私は抵抗する気になれなくて、そのままお母さんの後ろを歩いて壁際まで連れて行かれた。

ぼぅっとおばあちゃんの眠る棺を遠くから眺めていた。

(おばあちゃん、何をしたって無駄なんだよ。誰も私と友達になってくれないの)

私は何もかもが嫌になって、何もする気になれなかった。それでも一度習慣になってしまったからなのか、走らないとなんだか気持ち悪くて、毎日走っていた。


(化粧水、頑張っても無駄だったな…)

そんな事を思いながらも、私はお姉さんのいるお店に来てしまった。

「お化粧に興味があるの?」

帰ろうとした私に、お姉さんは前回と同じ様に優しく話し掛けてくれた。

私は黙って頷いた。


「そうなんだね。でも、お化粧はちょっと早いかもね。これを使ってみたらどうかな?」

今回のお姉さんも優しかった。私はそれが嬉しくて、化粧水を買って帰った。

(こんな事をしたって、何も変わらなかったのにな…)

そんな風に思いながら、習慣になってしまった運動とスキンケアを続けていた。


そんなある日、また化粧水を買いに来た私は、お姉さんが誰かと話しているのを見つけて商品棚にサッと隠れた。

(もしかして、私の話をしてるの…?)

私は聞き耳を立てた。優しいお姉さんが私を悪く言っていたらどうしようと、不安だったんだ。


「あんたもよくやるよね。お人好しって言うかさぁ」

「そんなんじゃないよ。私も昔肌荒れが酷かったから、なんか気になっただけだよ。それに、頑張ってるあの子を見てると応援したくなるっていうか、そんな感じかな?」

「まぁ、確かにね。どんどん痩せて、肌も綺麗になってるもんね。私も頑張れって思うわ」

「ね、そう思うでしょう?さ、仕事しましょう」

お姉さん達はそのまま仕事に戻って行った。


レジに並んだ私にお姉さんが気が付いて、挨拶をしてくれた。

(お姉さんはやっぱり優しい人だった!努力を見てくれたんだ!私を応援してくれる人がいたんだ!)

味方になってくれる人がいて、私は嬉しかった。


私は今回の人生では違う学校に行くことに決めた。

きっとお姉さん達みたいに私を受け入れてくれる人がいるんだ。そう願って勉強も頑張った。

もう何回も繰り返していたからだろう。

成績はどんどん上がっていった。私は少し遠い学校を選んだ。同級生が居ないところに行きたかったからだ。

「お母さん、私この高校に行きたいんだけど…」

お母さんにパンフレットを渡すと、お母さんはチラッと表紙を見て、そのままテーブルの上に投げ捨てた。

「あんたの人生なんだから、好きにすれば?」

お母さんはそう言って、自分の部屋に戻って行ってしまった。


私は無事に志望校に合格することができた。今までとは違う新しい制服を着て、アイメイクをして部屋を出た。お母さんはやっぱり何も言わなかった。

(お母さん…私に興味がないのかな…?)


新しい高校は、みんな真面目で大人しそうな子ばっかりだった。「よろしくお願いします。」自己紹介も平和に終わった。

放課後、後ろの席の女の子が私に話し掛けてくれた。

「ねぇねぇ、杉下さんってアイメイクしてるよね?」

「え?うん…そうだよ」

私は嬉しかったけど、怖くもあった。


「やっぱり?凄いなぁ。私もやってみたいんだけど、よく分からなくて…」

「私もそうだったんだけど、お店のお姉さんが教えてくれたの」

「そうなんだ!良いなぁ。私一人っ子だから、教えてくれるお姉さんが羨ましいなぁ」

私はこうやって話して貰えた事が嬉しくて、一緒にお店に行くか聞いてみる事にした。

「瀬川さんも良かったら一緒に行く?あ…でも、私の家は小布杉市なんだけど…ちょっと遠いよね…?」

「うそっ!私は出無杉市だよ!隣だね!」

私達は、次の週末に一緒に商店街のお店に行くことになった。瀬川さんはとても優しい子で、一緒にいる時間がとても居心地がよくて、私はすぐに好きになった。


「ここだよ」

私達はお店に入って、お姉さんを探した。

「こんにちは。今日はお友達と来てくれたんだね」

お姉さんが私に気付いて来てくれた。

「はい!あの、高校の友達で…私の時みたいにお勧めのアイシャドウを教えて欲しくて…」

「ちょっとだけ待っててね。すぐに戻るから」

お姉さんはそう言って仕事に戻って、またすぐに来てくれた。

「これだと初めてでも使いやすいと思うよ」

そう言ってアイシャドウを1つ持って瀬川さんに渡した。

「わぁ。すごく可愛い色!これ買います!」

瀬川さんもお姉さんに勧められるまま買っていた。

「ありがとうございました」

「また来てね」

お姉さんは忙しい中で、私達に対応してくれていた。

「杉下さん、連れて来てくれてありがとう!」

「また学校でね」そう言って私達は家に帰った。


私と瀬川さんはもっと仲良くなって、同じ製菓倶楽部に入った。

お昼休みも、教室移動も、いつも一緒だった。倶楽部に入ってからは、他の子達とも喋れるようになれた。

それでも私は瀬川さんが一番好きだった。


ある日の放課後、隣のクラスの小山君に呼び出された。

「杉下さん、俺と付き合ってください!」

突然の告白に私は驚いたけど、同時に嬉しくもあった。私を好きになってくれる男の子なんていないと思っていたから、感激した。でも、やっぱり不安は消えなかった。

「でも、小山君のことよく知らないし…」

「じゃぁ、友達からでも良いから!」

「友達でいいなら…」

私は小山君と友達になった。小山君はお昼休みに教室に来たり、放課後に図書室で一緒に勉強したり、何かと声をかけてくれた。

(付き合ってみるのも良いかな…?信じてみても良いのかもな…)

そんな風に思っていたある日の放課後、製菓倶楽部で作ったクッキーを渡そうと思って小山君の教室に行ったら、私は聞いてしまったんだ。


「トモキって最近いつも杉下さんといるよな?好きなの?」

「え!付き合ってんの?もうチューしたわけ?」

「べ、別に好きじゃないよ!付き纏われて迷惑してんだよね」

小山君は友達にそんな事を言っていた。


(小山君から話し掛けてくれてると思ってたのに、迷惑だったの…?あの告白は悪戯だったの…?)

私はこれ以上聞きたくなくて、自分の教室に戻った。


「あ、お帰り。クッキー渡せた?」

瀬川さんが教室で待っててくれた。

「ううん。もう帰っちゃったみたい」

私は嘘をついた。自分が惨めで、悲しかったんだ。


次の日、図書室で一人で勉強していたら小山君が来た。だから私は小山君に言ったんだ。

「もう友達は止めよう?私に付き纏われて迷惑だったんだよね?」

「あ、あれは…」

「気が付かなくてごめんね。もう話し掛けないから」

私はそう言って、席を立って図書室を出ようとした。

「お前みたいなブスこっちから願い下げだし」

「そんなブスに付き合ってって言ったのは小山君なのにね…」

小山君の言葉に、思ったことが声に出てしまったんだ。

「なっ!」

小山君は怒って手を振り上げた。


(殴られる…)

そう思った瞬間、白い光に包まれた。

(殴られなくて良かった)

私は意識を失った。


『麗華、大丈夫だよ』

いつもぼんやりと聞こえていたおばあちゃんの声が、ハッキリと聞こえた気がした。
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