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氾濫

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 ……と思っていたのに、なぜか私はクレンセシアに来ている。
 結局あれからレオンハルト王子ともウィルフレッド様ともまともに話せず旅立つことになってしまった。

 あの日の夜に、皇帝陛下から緊急の呼び出しがあった。皇帝陛下の元へと急ぐと、ウィルフレッド様やレオンハルト王子はもちろん、帝国の重鎮たちが集まっていた。

 「大森林で氾濫がおきた」

 皇帝陛下のこの一言で、室内に動揺が走る。 
 
 大森林は奥に行くほど強い魔物が住んでおり、岩壁を越えると竜種などの桁違いの魔物が住んでいる。
 その奥地や岩壁の向こうで何かが起きて強力な魔物が浅い場所まで移動してくると、それから逃げるように浅い場所の魔物が森から出てくることが稀にあるのだ。
 浅い場所とはいえ、大森林の魔物はそもそもが強力。他の地では奥地にいるような魔物がゴロゴロいるため、大森林の氾濫は特に危険度が高い。

 「今はまだクランセシアの兵たちが食い止めているが、そう長くは保たない。急いで軍を向かわせる必要がある」

 皇帝陛下の指示を受け、騎士団長や軍務大臣、財務大臣たちがバタバタと軍を出す準備に走る。

 「レオンハルト王子には、申し訳ないがもうしばらくここにいてもらう必要があるな。今はまだ詳しい状況もわからないが、幸いここから大森林までは距離もある。万が一はないようにするが、魔物がここまで来るようなことがあればその時は守りを固めて獣国へ脱出してもらう」

 レオンハルト王子の性格から自分も戦いに出ると言うかと思ったが、予想外に大人しく言うことをきいていた。

 「風竜1匹相手に戦うことすら出来なかったんだ。大森林の奥地の魔物をどうにかできる自信があれば自分も出ると言ったが、そんな自信はこの間の狩りで砕け散ったさ」、とのこと。

 「私はノアとネージュと共に出ます」

 「アールグレーン嬢! いくらアールグレーン嬢が強いとはいえそれは危険すぎる!」

 レオンハルト様に止められようと、私の意思は固い。
 ウィルフレッド様は私の強さを知っているからか強く止めることはないが、それでも不安そうにこちらを見る。

 「アールグレーン嬢。これはいつものように狩りに行くのとは訳が違う。大勢の魔物が一斉に襲ってくるだろう。それも奥地の強力な魔物も含まれる。町や人を守りながらという制限もあるだろう」

 そう話す皇帝陛下はいつのもの飄々とした雰囲気とは違う。

 「今更だが、アールグレーン嬢はまだ婚約者であって、この国で何かをしなければならない義務など何一つない。ましてや最前線に出るなんて……」

 そんなの、皇太子妃になってもないよ。と皇帝陛下は言う。

 「それでも私は参ります。ウィルフレッド様の婚約者としての義務がないというならば、冒険者リアとして」

 それに、クランセシアの家だってまだ一度も見れてないんだから!! 住む前に魔物に壊されるなんてあってたまるもんですか!

 「冒険者として……か。それでは私には何も言えないね。冒険者は、自由だ」

 皇帝陛下の許可は降りた。レオンハルト様はやめるよう何度も言うが、レオンハルト様に私を止める権利はない。

 「……オレリア」

 そう言ってこちらを見るウィルフレッド様の瞳は不安で揺れている。
 ウィルフレッド様も私を止めるのだろうか。

 「……私も、すぐに軍を連れて向かおう。それまで耐えてくれ」

 私の肩を抱き寄せグッと言葉を飲み込み、そう絞り出すように言ったウィルフレッド様の唇は微かに震えていた。 









 食料など必要なものは常にアイテムボックスに山程入っている。
 私はすぐにノアとネージュの元へと向かい、クレンセシアへと飛び立つ。

 「もうあんなに魔物が……!!」

 上空から見るとより分かる、クレンセシアの現状。町を囲む壁にびっちりと魔物がへばりつき、倒され魔物が山になっている。

 「指揮をしているのは……、あそこね!」

 壁にへばりついている奴らをどうにかしないと……! とりあえず危なそうなところに数発の魔法を落とし、指揮をする領主の元へ向かう。

 「お久しぶりでございます! Aランク冒険者のリアです!」

 辺境伯とは皇太子殿下の婚約者として参加したパーティでも会っているが、今日ここには冒険者として来ているから冒険者として挨拶をする。
 辺境伯も戦いに参加しているのか、ところどころ擦り切れ血が滲んでいる。

 「お、おぉ!! よく来てくださった! 助かった! 兵たちとここまで耐えたが……、ご覧の通り、もうそろそろ限界です」

 辺境伯は悔しげにギリリと奥歯を噛み締める。

 戦っている兵士たちをみても、怪我のないものは1人もいない。
 本当に崩壊寸でのところでなんとか間に合ったようだ。

 「私が出ます」

 そう言うと、辺境伯は何かを言おうと口を開き、飲み込んだ。

 「……、本来ならこんなことをたった1人に背負わせるなど、あってはならないことだ。だが、もうこの町の兵には余力がない。すでに一杯一杯だ。……どうか、この町を頼む……!!」

 私は深く頷き、ノアと共に空へと飛び立った。
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