一五年後のある町で

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一五年後のとある町で

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 ある日の明け方、なんだか不思議な夢で目を覚ました。僕が仕事をしているときにどこからか僕を名前を呼ぶ声が聞こえるという夢だった。その声はなんだか聞き覚えのある声だった。
 大学を卒業してから七年。僕は卒業後、地元のスーパーに就職した。スーパーでは食品加工や品出しなどが主な仕事だ。最初は手間取ることがあったが、経験を積み今では新入社員やバイトの教育係を任せてもらえるまでになった。だが、仕事は充実していたがプライベートはなんだか物足りなかった。この原因は何なのだろう。
 例の夢を見た翌日、僕はスーパーに出勤し、品出しをしていた。この日は土曜日。店内は家族連れが多かった。品出しをしているとき横から「コウジくん?」と女性の声が聞こえた。顔を向けるとショートヘアーの女性が一人で買い物に来ていた。「あれ、もしかして…」ぼくはもしやと思い勇気を出して「もしかしてヒロコちゃん?」すると「そうだよ。覚えててくれたんだ」やはりその女性はヒロコだった。昨日の夢はこの場面を予知していたのだろうか。
 「コウジくんここで働いていたんだね」「うん。やっぱり地元で働きたかったし、子どもの頃からこのお店が好きだったからね」ヒロコと偶然再会した嬉しさもあって会話が弾んだ。ヒロコは現在、保育士として働いている。仕事は順調のようだ
 「ヒロコちゃんこの町に戻ってきたんだ」「うん。実は、保育実習で何度か戻ってきて。私が在籍していた保育所で当時のクラスの担任の先生から『うちにおいでよ』って声をかけてもらって。それでこっちに戻ってくることを決めたの」
 ヒロコは中学生の頃から保育士になる夢を持っていた。その夢を見事叶えたのだ。
 僕は一つ気になっていたことがある。ヒロコが結婚しているのかどうかだ。(ヒロコなら引く手数多だ。男性が放っておくわけがない)(昔告白してくれたけどさすがにもうそんな気はないよな)そんな考えが頭の中を駆け巡る。勇気を出して「ねえ、ヒロコちゃんってさ…」「ん?」「いや、なんでもない」「へんなの」ヒロコは笑いながらそう返した。昔と同じで聞くのが怖くて聞けなかった。
 ヒロコは精肉コーナーの商品を見て何を買うか決めていた。すると聞こえるか聞こえないかくらいの声で「コウジくん何が好きなんだろ?」そう呟いていた。僕は一瞬耳を疑った。ヒロコは焦ったように「違うの。なんでもないよ。じゃあこれ以上仕事の邪魔しちゃうといけないから行くね。仕事頑張ってね」そう言い残し、ヒロコは早足でレジに向かった。あれは僕のことなのか別の男性のことだったのか。そんな疑問が頭を駆け巡った。
 数日後、中学時代の友人から食事に誘われた。その日は休日だったため、承諾した。当日、待ち合わせ場所に行くとヒロコの姿もあった。ヒロコは僕と目が合うと恥ずかしそうに眼をそらしていた。先日のこともあってか、僕も少し恥ずかしかった。店に着くと男女それぞれ向かい合って座った。僕はヒロコの斜め前に座った。しかし、ヒロコとなかなか話すことができなかった。僕は途中でお手洗いに立った。そしてお手洗いから出るとヒロコが向こうから歩いてきた。ヒロコは話がしたいと僕を店の外へ連れ出した。
 「この前のことちゃんと伝えたいと思って」ヒロコの眼差しは真剣だった。先日のスーパーでの出来事のことだろう。「この前言ってたコウジくんってあなたのことだったの。この前スーパーで偶然再会したとき、昔のあなたへの気持ちが甦ってきて」「実は僕も」ヒロコは俯けた顔を上げた。「実は中学生の頃から君のことが好きで。思いを伝えたかったんだけどなかなかそれができなくて」僕はついにヒロコに思いを伝えることができた。ヒロコはその言葉を聞き笑みを浮かべていたが目が少し赤くなっていた。「どうしたのー?早く戻って来いよー」友人が戻ってくるのが遅い僕たちを呼びに来た。「あ、ごめんごめん。いろいろ話しててさ」「なんだよそれー。ははは」席に戻った僕たちは皆で昔の思い出を語り合った。
 帰り際、ヒロコが途中まで一緒に帰ろうと誘ってくれた。「嬉しかった。コウジくんの思いが知れて。ずっと気になってたんだ、私のことどう思っているのか」ヒロコは嬉しそうな表情を浮かべていた。「思いを伝えるのに一五年かかっちゃった」「コウジくんらしいね」そんな会話をしながら帰り道を歩いた。まるでこれからも一緒に歩いていくかのように。
 「お父さん仕事行く時間だよ」「もうこんな時間か。行ってきまーす」僕は今、ある町で奥さんと二人の子どもと幸せに暮らしている。奥さんは中学時代大好きだったあの女性。
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