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第三部 異世界建築士と思い出の家
第316話:そして日常へ
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目を覚ましたら昼過ぎだった。
目の前にあったのは、あまりに無防備な、マイセルの寝顔。
――そうだ、俺たちは、共に暮らす家族になったんだっけ。
初夜明けのダンスを終えて解散、皆を見送ったあと、俺たちは、とにかくベッドに倒れ込むようにしてしまったことを思い出す。
マイセルなど、倒れ込むと即座に眠ってしまったくらいだ。
それにしても、花嫁衣装のままに眠るマイセル。
こんなこと、日本なら、あり得ないことだったはずだ。
友人の結婚式を思い出してみても、ウエディングドレスのまま一日過ごすとか、そんなことあり得なかった。だって、間違いなく一回は「お色直し」と称してドレスを変えてたぞ? ドレスがレンタルだからこそできたんだろう。
もちろん、披露宴だって二時間でおしまいだった。一晩中踊って騒ぐ、なんてありえなかった。
確かに準備は大変だったし、新婚カップル――主役でありながらもてなすのは大変だったけど、でも考えてみれば、俺たちの結婚を祝いに来てくれた人たちをもてなすんだ。これが、本来の「披露宴」のありかただったのかもしれない。
『もてなすのが大変だ? なに言ってやがる。当然だろう、この女は俺のものだ、孕ませるのは俺だから手を出す奴は許さねえぞってことを見せびらかすための宴だぞ。お前が進めないでだれが宴を進めるんだ』
そんなマレットさんの言葉が示す、披露宴の意味。実に野卑な言葉だったが、しかし、本来はそういうことなんだろう。男、女に限らず、パートナーの独占を宣言するための宴。
――ああ、これからは正式に独占できるのだ。彼女たちを。
すう、すうと、可愛らしい寝息を立てているマイセルを起こさぬように、そっと身を起こした俺は、リトリィの姿がないことに気が付いた。
まさか、ベッドから落ちている? そう思った俺が馬鹿だった。
いい香りがする。
彼女がいつも作ってくれる、あの、スープの香り。
――そうか、先に起きていたのか。
「……もう。けさも、いっぱいしたのに」
花嫁衣装のまま眠ったマイセルと違って、リトリィは、あの可愛らしいフリルとレースがたっぷりの、いつものエプロン姿だ。上目遣いに怒ってみせる。
しかし、怒ってみせているだけなのがよく分かる、それがまた、可愛らしい。
「それだけ、君が魅力的すぎるんだって」
「……口ばっかりお上手になって。ほんとうに、もう……」
実はベッドに入ったあと、たっぷり彼女を抱いたんだ。
マイセルが寝ている、その隣で。
徹夜明けのテンションで、花嫁衣装姿のリトリィ相手に。
うん、まあ、新婚カップルということで許してほしい。
だって、綺麗だったんだよ、本当に!
窓から横向きに差し込む朝日の中で輝く彼女が!
一日着てヨレてしまったとはいえ、純白の花嫁衣装に身を包んだ彼女が!
あらためてつけてくれたヴェールの端を噛み締め、必死に声を殺して首を振りながら、それでも俺を悦ばそうとする彼女が!
そんな感じで二人運動会を繰り広げていたのに、薬でも盛られたかのように起きなかったマイセルは、実に神経が太いというか、大変に寝付きのよい健康的なひとというべきか。
リトリィを下にしたり上にしたり後ろからしたり――もう二度と着ないだろう花嫁衣装を堪能すべく、さんざん楽しんだんだ。
「ムラタさん、お顔がにやけていますよ? いつでもさわれるあなたのリトリィなんですから、わたしのおしりは後回しにして、お皿を準備していただけますか?」
そんなことくらいお安いご用だ。いつもの棚から、いつも通りに皿を出す。
いつも通りにテーブルに皿を並べて戻ってくると、いつも通りに、そのふわふわのしっぽに手を伸ばし――
「……だめですよ?」
いつも通りに、しっぽで手を払われる。
いつも通り――いつも通りのその日常。
これまでは恋人として。
これからは夫婦として。
こんな他愛もないことを、けれども日常として積み上げてゆくのだ。
そう考えると、いろんなことが、楽しい。
だから、性懲りもなく、もう一度手を伸ばす。
今度は、拒絶されなかった。
ふわりとした感触。
彼女のしっぽが、腕に絡む。
「……しかたのないひと」
困ったような顔で微笑んでみせる彼女の唇をふさぐと、背後から、もう一度彼女を抱きすくめる。
――俺のせいじゃないぞ? さっきも言ったけど、君が魅力的すぎるのが悪い。
俺の言葉に、リトリィは頬を膨らませてみせるが、何も言わず、キッチンの天板に体を投げ出すと、腰を押し付けてきた。
大きく、柔らかく、そしてふわふわの感触。
「……何を、してほしいのかな?」
あえて聞いてみる。
リトリィは少しためらったあと、持ち上げたしっぽを、しとどに濡れたそこをさらけだした尻を、ゆらゆらと左右に振りながら、か細い声で答えた。
「……あなた、いじわる、しないで……?」
……だめだ。
それを聞いて、我慢できる男などいるものか。
結局、彼女の方が俺より数段、上手ということなんだろう。
マイセルに、「朝からお元気ですね……っ!」と、真っ赤な顔で階段の上からのぞかれていたことに気づくまで、俺もリトリィも、行為に没頭してしまっていた。
「ムラタさん、お皿が足りませんよ?」
言われて気づく。しまった、そういえば今日から三人暮らしなんだ。
「もう。ご自身の分を忘れたんですか? お嫁さんがふたりもできて舞い上がるお気持ちは分かりますけれど」
リトリィが腰に手を当て呆れてみせる。マイセルが笑いながら、俺の分の皿を、リトリィから場所を聞いて取り出していた。
ごめん。
「いつも通り」過ぎて、俺は、自分とリトリィの分しか用意してなかったんだ。それなのに、マイセルに嫌な思いをさせまいとしてあえて言ってくれたんだな、『自分の分を忘れたのか』と。
「リトリィ、……ありがとう」
「なにがですか?」
ふふ、と笑ってみせる彼女は、けれどちゃんとわかっているようで、そっとしっぽを触れさせてくると、「今夜、そのぶん、また可愛がってくださいね?」とウインクしてみせた。
……敵わないな、本当に。
「まあまあ、今日くらいお休みなさればよかったのに」
ゴーティアスさんが、呆れたように俺たちを出迎えた。
ゴーティアスさんは、シヴィーさんと一緒に披露宴に顔を出してくれていた。一度、夕方前には帰られたが、今朝のダンスにまた顔を出してくださった。
なによりマイセルの花嫁衣装――もともとマレットさんたちが、いずれ来るだろう娘の結婚式のために密かの用意しておいたもの――を、さらに華美にしてくれたということもある。
だからこそ、披露宴の興奮もまだ冷めやらぬうちに、一言礼を言っておきたかったのだ。
「そんな下らないことを考える暇がありましたら、お嫁さんたちにご奉仕なさい。昨日の宴では、本当によく働いたのですから」
「ええ、それはもう。ただ、マイセルが大変世話になりましたから」
俺は改めて、礼を述べる。彼女の美しい花嫁衣装、そして立ち居振る舞いの指導。マイセルの魅力を最大限に引き出してくださったゴーティアスさんには、感謝しかない。
「……それにしても、ずいぶんと不思議な縁になったものね」
「不思議な縁、ですか?」
「だってそうでしょう?」
そう言ってゴーティアスさんは笑った。
「あなたが建てた家のうわさを聞いて、うちの嫁があなたにうちの改装のお話をもっていって。はじめは乗り気でなかった私でしたけれど、あなたのお嫁さんがさらわれたって話になって――」
シヴィーさんも、一緒になって笑う。
「お義母さまのおっしゃる通り、ご縁というのは、不思議なものですわね。私自身、まさかムラタさんご夫妻と、このような親密な関係になるとは思っていませんでしたわ」
……確かに、そうだ。
シヴィーさんが俺たちの家に来てから、本当に俺の周りではとんでもないことが立て続けに起こった。そのせいで、俺とリトリィの仲も終わってしまうかもしれないとすら思うような波乱もあった。
でも、いま、こうして、三人で共に生きる誓いを立てることができた。
そして、一つの仕事もまた、終わろうとしている。
「ムラタさん。お嫁さんを、大切にしてあげるのですよ? 私は、そのためにあなたにお仕事を任せたようなものなのですから」
「も、もちろんです」
妻二人の前で約束をさせられる。
昨日、もっと仰々しく誓い合ったはずなのに、改めて素朴に約束させられるというのは、なんだか気恥ずかしい。
「え、ええと! 先ほども見せていただいた時に申し上げましたが、内装担当の者の話では、あと二、三日もあればすべての仕上げが整うとのことですので、掃除も含めて、あと四、五日でお引き渡しができるようになります。そうすれば、こちらでお休みいただくことができるようになりますよ」
「……そうね、いよいよですわね」
少し、もの寂しげにうつむきながら、ティーカップを手に取るゴーティアスさん。この工事では、彼女の思い出の落書きが、いかに傷つかずに移植されているかが一つのポイントだった。
その点に関しては、万全だと言いたい。そのために作った昇降機は、実に素晴らしい働きをしてくれた。階段をずらせないか――そのリトリィの言葉から生まれた、エレベーターを設置するというアイデア。本当に、リトリィのおかげだ。
内装については、二階のゴーティアスさんの寝室の壁紙を含め、できる限り忠実に再現した。すでに、ベッドやサイドテーブルなどの小物類も運び込んである。
そのため、ベッドに寝転がったときの視界に限れば、実は天井を含めて、かなり忠実に二階の寝室を再現してあるのだ。
この点に関しては、内装屋が本当に頑張ってくれた。
本来、ここまでやる予定はなかったし、当然、予算上、そんな余裕などなかった。
その点に関しては、俺の持ち出しだ。なにせ、俺の命を救い、リトリィとの仲を修復してくださった方々だ。
だから、内装屋にもあらかじめそう言った。これは、俺の個人的なお礼を兼ねた工事だと。一階寝室の内装に関わる工事費は俺が出すから、できるだけ忠実な再現を頼むと。
最初、ひと様の家の工事を、わざわざ金を出して行うという話をしたとき、内装屋たちの顔は驚きと戸惑いを隠せない様子だった。だが、その心意気を汲んでもらえたようで、最終的には胸を叩いてみせてくれた。
任せておけ、と。
だから、一階にしつらえた寝室だけならば、実はもう、工事は終わっているといっても過言ではない。二階の工事完了のタイミングに合わせているだけだ。
「もうすぐです。もうすぐで、以前の日常へ戻ることができますよ」
俺の言葉に、ゴーティアスさんはにっこりと笑ってみせた。
「そうですわね……。ムラタさん。今回、あなたに頼んで、本当によかったと思っていますわ。できればこれからも、相談事があれば乗ってほしいのだけれど」
「もちろんです。こちらこそ、よろしくお願いいたします」
――――――――――
お読みいただきありがとうございます。
感想や評価をいただくたび、本当にありがたく読ませていただいています。
もしよろしければ「♡応援する」へのチェックや★の評価、感想などをいただけると、作者の励みになります。
よろしくお願いいたします。
目の前にあったのは、あまりに無防備な、マイセルの寝顔。
――そうだ、俺たちは、共に暮らす家族になったんだっけ。
初夜明けのダンスを終えて解散、皆を見送ったあと、俺たちは、とにかくベッドに倒れ込むようにしてしまったことを思い出す。
マイセルなど、倒れ込むと即座に眠ってしまったくらいだ。
それにしても、花嫁衣装のままに眠るマイセル。
こんなこと、日本なら、あり得ないことだったはずだ。
友人の結婚式を思い出してみても、ウエディングドレスのまま一日過ごすとか、そんなことあり得なかった。だって、間違いなく一回は「お色直し」と称してドレスを変えてたぞ? ドレスがレンタルだからこそできたんだろう。
もちろん、披露宴だって二時間でおしまいだった。一晩中踊って騒ぐ、なんてありえなかった。
確かに準備は大変だったし、新婚カップル――主役でありながらもてなすのは大変だったけど、でも考えてみれば、俺たちの結婚を祝いに来てくれた人たちをもてなすんだ。これが、本来の「披露宴」のありかただったのかもしれない。
『もてなすのが大変だ? なに言ってやがる。当然だろう、この女は俺のものだ、孕ませるのは俺だから手を出す奴は許さねえぞってことを見せびらかすための宴だぞ。お前が進めないでだれが宴を進めるんだ』
そんなマレットさんの言葉が示す、披露宴の意味。実に野卑な言葉だったが、しかし、本来はそういうことなんだろう。男、女に限らず、パートナーの独占を宣言するための宴。
――ああ、これからは正式に独占できるのだ。彼女たちを。
すう、すうと、可愛らしい寝息を立てているマイセルを起こさぬように、そっと身を起こした俺は、リトリィの姿がないことに気が付いた。
まさか、ベッドから落ちている? そう思った俺が馬鹿だった。
いい香りがする。
彼女がいつも作ってくれる、あの、スープの香り。
――そうか、先に起きていたのか。
「……もう。けさも、いっぱいしたのに」
花嫁衣装のまま眠ったマイセルと違って、リトリィは、あの可愛らしいフリルとレースがたっぷりの、いつものエプロン姿だ。上目遣いに怒ってみせる。
しかし、怒ってみせているだけなのがよく分かる、それがまた、可愛らしい。
「それだけ、君が魅力的すぎるんだって」
「……口ばっかりお上手になって。ほんとうに、もう……」
実はベッドに入ったあと、たっぷり彼女を抱いたんだ。
マイセルが寝ている、その隣で。
徹夜明けのテンションで、花嫁衣装姿のリトリィ相手に。
うん、まあ、新婚カップルということで許してほしい。
だって、綺麗だったんだよ、本当に!
窓から横向きに差し込む朝日の中で輝く彼女が!
一日着てヨレてしまったとはいえ、純白の花嫁衣装に身を包んだ彼女が!
あらためてつけてくれたヴェールの端を噛み締め、必死に声を殺して首を振りながら、それでも俺を悦ばそうとする彼女が!
そんな感じで二人運動会を繰り広げていたのに、薬でも盛られたかのように起きなかったマイセルは、実に神経が太いというか、大変に寝付きのよい健康的なひとというべきか。
リトリィを下にしたり上にしたり後ろからしたり――もう二度と着ないだろう花嫁衣装を堪能すべく、さんざん楽しんだんだ。
「ムラタさん、お顔がにやけていますよ? いつでもさわれるあなたのリトリィなんですから、わたしのおしりは後回しにして、お皿を準備していただけますか?」
そんなことくらいお安いご用だ。いつもの棚から、いつも通りに皿を出す。
いつも通りにテーブルに皿を並べて戻ってくると、いつも通りに、そのふわふわのしっぽに手を伸ばし――
「……だめですよ?」
いつも通りに、しっぽで手を払われる。
いつも通り――いつも通りのその日常。
これまでは恋人として。
これからは夫婦として。
こんな他愛もないことを、けれども日常として積み上げてゆくのだ。
そう考えると、いろんなことが、楽しい。
だから、性懲りもなく、もう一度手を伸ばす。
今度は、拒絶されなかった。
ふわりとした感触。
彼女のしっぽが、腕に絡む。
「……しかたのないひと」
困ったような顔で微笑んでみせる彼女の唇をふさぐと、背後から、もう一度彼女を抱きすくめる。
――俺のせいじゃないぞ? さっきも言ったけど、君が魅力的すぎるのが悪い。
俺の言葉に、リトリィは頬を膨らませてみせるが、何も言わず、キッチンの天板に体を投げ出すと、腰を押し付けてきた。
大きく、柔らかく、そしてふわふわの感触。
「……何を、してほしいのかな?」
あえて聞いてみる。
リトリィは少しためらったあと、持ち上げたしっぽを、しとどに濡れたそこをさらけだした尻を、ゆらゆらと左右に振りながら、か細い声で答えた。
「……あなた、いじわる、しないで……?」
……だめだ。
それを聞いて、我慢できる男などいるものか。
結局、彼女の方が俺より数段、上手ということなんだろう。
マイセルに、「朝からお元気ですね……っ!」と、真っ赤な顔で階段の上からのぞかれていたことに気づくまで、俺もリトリィも、行為に没頭してしまっていた。
「ムラタさん、お皿が足りませんよ?」
言われて気づく。しまった、そういえば今日から三人暮らしなんだ。
「もう。ご自身の分を忘れたんですか? お嫁さんがふたりもできて舞い上がるお気持ちは分かりますけれど」
リトリィが腰に手を当て呆れてみせる。マイセルが笑いながら、俺の分の皿を、リトリィから場所を聞いて取り出していた。
ごめん。
「いつも通り」過ぎて、俺は、自分とリトリィの分しか用意してなかったんだ。それなのに、マイセルに嫌な思いをさせまいとしてあえて言ってくれたんだな、『自分の分を忘れたのか』と。
「リトリィ、……ありがとう」
「なにがですか?」
ふふ、と笑ってみせる彼女は、けれどちゃんとわかっているようで、そっとしっぽを触れさせてくると、「今夜、そのぶん、また可愛がってくださいね?」とウインクしてみせた。
……敵わないな、本当に。
「まあまあ、今日くらいお休みなさればよかったのに」
ゴーティアスさんが、呆れたように俺たちを出迎えた。
ゴーティアスさんは、シヴィーさんと一緒に披露宴に顔を出してくれていた。一度、夕方前には帰られたが、今朝のダンスにまた顔を出してくださった。
なによりマイセルの花嫁衣装――もともとマレットさんたちが、いずれ来るだろう娘の結婚式のために密かの用意しておいたもの――を、さらに華美にしてくれたということもある。
だからこそ、披露宴の興奮もまだ冷めやらぬうちに、一言礼を言っておきたかったのだ。
「そんな下らないことを考える暇がありましたら、お嫁さんたちにご奉仕なさい。昨日の宴では、本当によく働いたのですから」
「ええ、それはもう。ただ、マイセルが大変世話になりましたから」
俺は改めて、礼を述べる。彼女の美しい花嫁衣装、そして立ち居振る舞いの指導。マイセルの魅力を最大限に引き出してくださったゴーティアスさんには、感謝しかない。
「……それにしても、ずいぶんと不思議な縁になったものね」
「不思議な縁、ですか?」
「だってそうでしょう?」
そう言ってゴーティアスさんは笑った。
「あなたが建てた家のうわさを聞いて、うちの嫁があなたにうちの改装のお話をもっていって。はじめは乗り気でなかった私でしたけれど、あなたのお嫁さんがさらわれたって話になって――」
シヴィーさんも、一緒になって笑う。
「お義母さまのおっしゃる通り、ご縁というのは、不思議なものですわね。私自身、まさかムラタさんご夫妻と、このような親密な関係になるとは思っていませんでしたわ」
……確かに、そうだ。
シヴィーさんが俺たちの家に来てから、本当に俺の周りではとんでもないことが立て続けに起こった。そのせいで、俺とリトリィの仲も終わってしまうかもしれないとすら思うような波乱もあった。
でも、いま、こうして、三人で共に生きる誓いを立てることができた。
そして、一つの仕事もまた、終わろうとしている。
「ムラタさん。お嫁さんを、大切にしてあげるのですよ? 私は、そのためにあなたにお仕事を任せたようなものなのですから」
「も、もちろんです」
妻二人の前で約束をさせられる。
昨日、もっと仰々しく誓い合ったはずなのに、改めて素朴に約束させられるというのは、なんだか気恥ずかしい。
「え、ええと! 先ほども見せていただいた時に申し上げましたが、内装担当の者の話では、あと二、三日もあればすべての仕上げが整うとのことですので、掃除も含めて、あと四、五日でお引き渡しができるようになります。そうすれば、こちらでお休みいただくことができるようになりますよ」
「……そうね、いよいよですわね」
少し、もの寂しげにうつむきながら、ティーカップを手に取るゴーティアスさん。この工事では、彼女の思い出の落書きが、いかに傷つかずに移植されているかが一つのポイントだった。
その点に関しては、万全だと言いたい。そのために作った昇降機は、実に素晴らしい働きをしてくれた。階段をずらせないか――そのリトリィの言葉から生まれた、エレベーターを設置するというアイデア。本当に、リトリィのおかげだ。
内装については、二階のゴーティアスさんの寝室の壁紙を含め、できる限り忠実に再現した。すでに、ベッドやサイドテーブルなどの小物類も運び込んである。
そのため、ベッドに寝転がったときの視界に限れば、実は天井を含めて、かなり忠実に二階の寝室を再現してあるのだ。
この点に関しては、内装屋が本当に頑張ってくれた。
本来、ここまでやる予定はなかったし、当然、予算上、そんな余裕などなかった。
その点に関しては、俺の持ち出しだ。なにせ、俺の命を救い、リトリィとの仲を修復してくださった方々だ。
だから、内装屋にもあらかじめそう言った。これは、俺の個人的なお礼を兼ねた工事だと。一階寝室の内装に関わる工事費は俺が出すから、できるだけ忠実な再現を頼むと。
最初、ひと様の家の工事を、わざわざ金を出して行うという話をしたとき、内装屋たちの顔は驚きと戸惑いを隠せない様子だった。だが、その心意気を汲んでもらえたようで、最終的には胸を叩いてみせてくれた。
任せておけ、と。
だから、一階にしつらえた寝室だけならば、実はもう、工事は終わっているといっても過言ではない。二階の工事完了のタイミングに合わせているだけだ。
「もうすぐです。もうすぐで、以前の日常へ戻ることができますよ」
俺の言葉に、ゴーティアスさんはにっこりと笑ってみせた。
「そうですわね……。ムラタさん。今回、あなたに頼んで、本当によかったと思っていますわ。できればこれからも、相談事があれば乗ってほしいのだけれど」
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