326 / 329
第三部 異世界建築士と思い出の家
第304話:二人の晴れ姿
しおりを挟む
夜明けごろから始まった二人の着付けは、一刻どころか、もうすぐ二刻になるというのに、まだ終わらない。俺の方は、介添えもなく、数分で着替え終わったというのにだ。
このままでは、三刻半――およそ八時半、開庁前だというのに指定された、役所での宣誓式に間に合わなくなるんじゃないだろうか。
おろおろして立ったり座ったりしていると、ふらりとやって来たのはマレットさんだった。
「男はこういう時、することがなくて暇だよなあ。飲みに行くか?」
マレットさんは、そう言えば二回、結婚式をやっているんだよな。この地獄の待ち時間も、二回経験しているわけか。
「で、ですが新郎がそんなふらふら出歩いて、いいんですか?」
「どうせすることもないんだ、いなかったら表で飲んでるってことくらい、誰だって考える」
「ていうかですね、こんな早朝から開けている店なんて無いでしょう?」
「酒ならあるぞ、ウチに」
そう言って俺を部屋から引きずり出されようとしていたときだった。
「あなた? ムラタさんをどこへ連れて行くの?」
不意に、聞き慣れた声が聞こえてきた。
ドアが開いて、顔をのぞかせたのは、マイセルの母であるネイジェルさんだった。
「ああ、随分と時間がかかるからよ。ちょいと飲みに行こうとな」
「もう……あのときみたいにですか? あのとき、どれだけあなたのことを探し回ったと思ってるんですか!」
……マレットさん、まさか着付けの終わった嫁さんをほったらかして飲んでいたとかじゃないだろうな? というか、間違いなく、それだな。
ネイジェルさんに続いて、ペリシャさんが顔を出す。
「さあ、ムラタさん。お待たせしましたね。それでは参りましょう」
「……え? あの、リトリィたちは?」
「何を言っているのです。何のために馬車が二台、準備されていると思っているの? 顔合わせは、戸籍局の会場です。さ、参りますよ?」
え? じゃあ、何のために俺はこんなところで二時間も待ってなきゃならなかったんだ? 二人の晴れ姿を見られることを楽しみにして、ずっと待ってたのに。
素朴な疑問を口にした俺に、ペリシャさんがたちまち眉を吊り上げた。
「何を言っているのですか、ほんとうに。万が一の時、花嫁を守るのは夫となるあなたの役割でしょう! 夫の役割を何だと心得ているのですか!」
ネイジェルさんに説教を受けているマレットさんの隣で、今度は俺がペリシャさんに怒られる。
反省のないダメ男として、結婚式当日に怒られる二人。うーん、なんてこった。
本当ならもう半刻あとに開庁する戸籍局だが、俺が急にねじ込んだせいで、いつもより早く開けられたようだった。
ときどき、ひそひそと噂する声が聞こえてくる。基本的には、俺とナリクァンさんとの関係を詮索するものだ。こんな若造が、あのナリクァン商会の元会長と、どんな関係があるのかとか。
いや、俺はきっとどうでもよくて、リトリィびいきなだけなんですけどね!
なかなかに居たたまれない感じだ。せめてだれか付き添いがいてくれたらいいんだが、俺の親族はこの世界にはいないから、独りでこの部屋にいる。
……部屋といっても、通常の受付カウンターのある部屋の続きに設けられているのが、この宣誓室だ。石造りを基本とした、装飾のほとんどない質実剛健としたつくりだが、それだけに、木骨のアーチの組み合わせが味わい深い。
荘厳、というよりは、クラシックな装い、といったところか。この世界では一般的なんだろうけど。
手持ち無沙汰に花嫁を待つ間、小箱を開けた。
中には、首鐶――同じデザインで色違いの、革製のチョーカー・ネックレスが三つ、入っている。
本当は、あの婚約首鐶、リボンのものでよかったらしい。
だからペリシャさんは、「ヴァン・サレンティフスを讃える日」のプレゼント――婚約首鐶を選ぶとき、リボン製のチョーカーを俺に薦めたんだ。
この宣誓式で、婚約首鐶を結婚首鐶に着け替えることを見越して。
ただ、宣誓式当日には婚約首鐶を仮のものに付け替えておいて、改めて婚約首鐶を結婚首鐶として宣誓式で着け直すという例も、無いわけではないそうだ。
俺はこの、形を揃えた三人分の首鐶の意匠を気に入っていたから、新鮮味には欠けるけれど、これで通すことにした。リトリィたちもそれで納得してくれたのがありがたい。
そのとき、ドアがノックされた。準備ができたようだ。箱を懐にしまう。
やって来た職員に促され、褐色の地に、金糸の幾何学模様が描かれた絨毯の上で、扉が開くのを待つ。
扉が開き、そして――四人が、入って来た。
花嫁二人は、ともに白をベースにした花嫁衣裳を身にまとっていた。
その美しさに、俺は息を呑んだ。
なんと声をかけたらいいのだろう。
どんな言葉をかけても、彼女たちを形容するにふさわしいとは思えない。
すべての言葉が、彼女たちの存在を前に、色あせてしまう――そのように思えた。
向かって左側のマイセルは、ほのかにピンクを感じさせる色合いだ。
花をイメージさせるレースがふんだんにつかわれたシースルーの布地が多用されていて、露出自体は少ないものの、その健康的な肌の色が透けて見える。
彼女が被るヴェールも、その全体に細かな花模様が入れられていて、美しい。ピンクの大きな花をあしらった可憐なティアラが、ヴェールの上でキラキラと輝く。
両肩には花をイメージしたような飾りがあり、それで固定されたショールのようなシースルーの布が、何枚も重ねられるようにしている。まるで、日本の昔話の羽衣みたいだ。きっと背中側にも、幾重にも巻かれているのだろう。
隣のリトリィの衣装と似ているので、これがおそらく、追加された布ではないだろうか。
彼女の控えめだったはずの胸元は大きく盛り上がり、リトリィほどではないはずだが、一体何をどうしたらそうなるのかと、思わず勘繰りたくなる豊かさだ。
だが、重ねられたショールのせい――もとい! ショールのおかげで、胸元が強調されていても、煽情的な感じには見えない。
よくみたら胸の谷間が透けて見えそうな気がする、程度には守られている感じだ。
で、マイセルが恥ずかしそうにうつむいてしまったのを見て、俺の視線に気づいたのだと理解する。
やばいっ! 胸をじろじろ見る変態野郎と思われたか!? 慌てて視線を下げる。
その胸から下、フラウディルの特徴たる前開きの胴衣を交差して縛る紐は、紐というより巨大なピンクのリボンで、結ばれたそれはまるでピンクのアゲハチョウか何かのようだ。
幾重にもレースを重ねたようなスカートは、腰回りからふわりと広がる形状になっている。ベルラインというやつだろうか? 長さはひざ下、スネの中ほどまでで、多分、披露宴でのダンスのために動きやすさを重視しているのだろう。
足は、これまた花柄が可愛らしい純白のタイツで覆われていて、微妙な透け感が、清楚さと色気を両立させている。
全体的に、様々な形の花模様をもつレースを幾重にも組み合わせた、可愛らしさと清純さを感じさせる装いだ。ところどころに巻かれた金鎖、銀鎖が、窓から差し込む日光にキラキラと輝いて、華やかな印象を添える。
ゴーティアスさん、マイセルの可憐さを最大限に引き出せるように、細心の注意を払ったんだな。
「ムラタさん――」
リトリィの声に、俺ははっとなる。
思わず顔をあげて、彼女を見つめた。
リトリィの衣装は、以前、あの奴隷商人から女性たちを救出したあとの凱旋パレードで見た、あの衣装――のはずだった。
基本は、あのときに見た衣装だ。純白の布のあちこちに、リトリィが得意とするような刺繍がいくつも入れられている。水色、桃色、そして金糸、銀糸を含めた、華やかな、けれども淡い色合いで清楚な印象の花々が、純白の布地によく映えている。
マイセルとは違って、ヴェール全体には模様はなく、やや厚めの花柄のレースで縁どられている。淡い青色と白の可愛らしい花で飾られたティアラは、装飾の少ないヴェールと相まって、リトリィに楚々とした印象を与えている。
胴衣のほうは 前開きの部分を縛るものが以前の紐と違って、これまた緻密な花柄のレースの、淡い青のリボンだった。マイセルほど大きくはないが、花のような形に結ばれている。
でもって、極めて挑戦的な意匠なのも相変わらずだ。ヴェールが清らかな印象なのに、大きく開いた襟ぐりのせいで、胸の尖端がこぼれそうなデザイン。
以前見たときもきわどかったけど、今はなお一層こぼれ落ちそうだ。ほんとに、その先端がかろうじて引っかかってるだけじゃないのか、くらいまでに。
ダンス中にポロリとかなったらどうすんだ、と心配になってくるレベルのきわどさだ。以前よりも胸が大きくなったのか? ……成長期も終わってるだろうし、そんなわけないか。
そしてもう一つ。以前と違うのが、肩から胸、そしてまた反対の方に渡されている、ショールのようなレースの布だ。きわめて薄くてよく透けているその布が幾重にも重なっているおかげで、胸の尖端のまわりの、コーラルピンクの部分が見えちゃっているその部分を、絶妙に隠している。
おい仕立て職人。ひとの嫁さんの胸を放り出させる勢いの、このギリギリデザイン。いい加減にしろ。グッジョブ過ぎる。できればそれを隠す薄布の追加のない、元のデザインのままでしたら、もっと喜んだでしょう。俺が。
などと、思わず胸に見入ってしまっていたものだから、リトリィが小首をかしげ、小さく笑った。
そして、すこし両腕を引き締めると、胸をわずかに突き出してみせる。
「こちらへ、いらして……?」
ぐおっ……! リトリィさすがだよ俺の欲望をよく見抜いたうえで胸を強調してみせながら言ったな今! もう君には敵いませんッ!
平静を装い、役所に提出した書類通り、第一夫人たるリトリィの前に、まず立つ。
リトリィのスカートは、足首あたりまですっぽりと覆うロングスカート。腰から三角に広がる王道の、Aラインとかいう奴に近いかもしれない。かなりひだが多いから、もしかしたら、全円のスカートなのではないだろうか。
ふっくらとしているように感じるのは、中のペチコートだかパニエだかってやつのおかげだろう。スカートの下に履く、ふわふわのスカートみたいなやつ。
ダンスのとき、彼女の立ち回り次第では大きく広がるところを見られるかも。ちょっと楽しみになる。
スカートにも薄布が追加されていて、より一層華やかな印象になった。マイセルと同じく、腰には幾重にも金鎖、銀鎖が巻かれている。
二人とも同じようなものを巻き付けているということは、何かしらの意味があるものなのかもしれない。こちらも日の光を浴びて、衣装の美しさに、さらに花を添えている。
そして――向かってリトリィの右隣に立つ男に、俺は声をかけた。
このままでは、三刻半――およそ八時半、開庁前だというのに指定された、役所での宣誓式に間に合わなくなるんじゃないだろうか。
おろおろして立ったり座ったりしていると、ふらりとやって来たのはマレットさんだった。
「男はこういう時、することがなくて暇だよなあ。飲みに行くか?」
マレットさんは、そう言えば二回、結婚式をやっているんだよな。この地獄の待ち時間も、二回経験しているわけか。
「で、ですが新郎がそんなふらふら出歩いて、いいんですか?」
「どうせすることもないんだ、いなかったら表で飲んでるってことくらい、誰だって考える」
「ていうかですね、こんな早朝から開けている店なんて無いでしょう?」
「酒ならあるぞ、ウチに」
そう言って俺を部屋から引きずり出されようとしていたときだった。
「あなた? ムラタさんをどこへ連れて行くの?」
不意に、聞き慣れた声が聞こえてきた。
ドアが開いて、顔をのぞかせたのは、マイセルの母であるネイジェルさんだった。
「ああ、随分と時間がかかるからよ。ちょいと飲みに行こうとな」
「もう……あのときみたいにですか? あのとき、どれだけあなたのことを探し回ったと思ってるんですか!」
……マレットさん、まさか着付けの終わった嫁さんをほったらかして飲んでいたとかじゃないだろうな? というか、間違いなく、それだな。
ネイジェルさんに続いて、ペリシャさんが顔を出す。
「さあ、ムラタさん。お待たせしましたね。それでは参りましょう」
「……え? あの、リトリィたちは?」
「何を言っているのです。何のために馬車が二台、準備されていると思っているの? 顔合わせは、戸籍局の会場です。さ、参りますよ?」
え? じゃあ、何のために俺はこんなところで二時間も待ってなきゃならなかったんだ? 二人の晴れ姿を見られることを楽しみにして、ずっと待ってたのに。
素朴な疑問を口にした俺に、ペリシャさんがたちまち眉を吊り上げた。
「何を言っているのですか、ほんとうに。万が一の時、花嫁を守るのは夫となるあなたの役割でしょう! 夫の役割を何だと心得ているのですか!」
ネイジェルさんに説教を受けているマレットさんの隣で、今度は俺がペリシャさんに怒られる。
反省のないダメ男として、結婚式当日に怒られる二人。うーん、なんてこった。
本当ならもう半刻あとに開庁する戸籍局だが、俺が急にねじ込んだせいで、いつもより早く開けられたようだった。
ときどき、ひそひそと噂する声が聞こえてくる。基本的には、俺とナリクァンさんとの関係を詮索するものだ。こんな若造が、あのナリクァン商会の元会長と、どんな関係があるのかとか。
いや、俺はきっとどうでもよくて、リトリィびいきなだけなんですけどね!
なかなかに居たたまれない感じだ。せめてだれか付き添いがいてくれたらいいんだが、俺の親族はこの世界にはいないから、独りでこの部屋にいる。
……部屋といっても、通常の受付カウンターのある部屋の続きに設けられているのが、この宣誓室だ。石造りを基本とした、装飾のほとんどない質実剛健としたつくりだが、それだけに、木骨のアーチの組み合わせが味わい深い。
荘厳、というよりは、クラシックな装い、といったところか。この世界では一般的なんだろうけど。
手持ち無沙汰に花嫁を待つ間、小箱を開けた。
中には、首鐶――同じデザインで色違いの、革製のチョーカー・ネックレスが三つ、入っている。
本当は、あの婚約首鐶、リボンのものでよかったらしい。
だからペリシャさんは、「ヴァン・サレンティフスを讃える日」のプレゼント――婚約首鐶を選ぶとき、リボン製のチョーカーを俺に薦めたんだ。
この宣誓式で、婚約首鐶を結婚首鐶に着け替えることを見越して。
ただ、宣誓式当日には婚約首鐶を仮のものに付け替えておいて、改めて婚約首鐶を結婚首鐶として宣誓式で着け直すという例も、無いわけではないそうだ。
俺はこの、形を揃えた三人分の首鐶の意匠を気に入っていたから、新鮮味には欠けるけれど、これで通すことにした。リトリィたちもそれで納得してくれたのがありがたい。
そのとき、ドアがノックされた。準備ができたようだ。箱を懐にしまう。
やって来た職員に促され、褐色の地に、金糸の幾何学模様が描かれた絨毯の上で、扉が開くのを待つ。
扉が開き、そして――四人が、入って来た。
花嫁二人は、ともに白をベースにした花嫁衣裳を身にまとっていた。
その美しさに、俺は息を呑んだ。
なんと声をかけたらいいのだろう。
どんな言葉をかけても、彼女たちを形容するにふさわしいとは思えない。
すべての言葉が、彼女たちの存在を前に、色あせてしまう――そのように思えた。
向かって左側のマイセルは、ほのかにピンクを感じさせる色合いだ。
花をイメージさせるレースがふんだんにつかわれたシースルーの布地が多用されていて、露出自体は少ないものの、その健康的な肌の色が透けて見える。
彼女が被るヴェールも、その全体に細かな花模様が入れられていて、美しい。ピンクの大きな花をあしらった可憐なティアラが、ヴェールの上でキラキラと輝く。
両肩には花をイメージしたような飾りがあり、それで固定されたショールのようなシースルーの布が、何枚も重ねられるようにしている。まるで、日本の昔話の羽衣みたいだ。きっと背中側にも、幾重にも巻かれているのだろう。
隣のリトリィの衣装と似ているので、これがおそらく、追加された布ではないだろうか。
彼女の控えめだったはずの胸元は大きく盛り上がり、リトリィほどではないはずだが、一体何をどうしたらそうなるのかと、思わず勘繰りたくなる豊かさだ。
だが、重ねられたショールのせい――もとい! ショールのおかげで、胸元が強調されていても、煽情的な感じには見えない。
よくみたら胸の谷間が透けて見えそうな気がする、程度には守られている感じだ。
で、マイセルが恥ずかしそうにうつむいてしまったのを見て、俺の視線に気づいたのだと理解する。
やばいっ! 胸をじろじろ見る変態野郎と思われたか!? 慌てて視線を下げる。
その胸から下、フラウディルの特徴たる前開きの胴衣を交差して縛る紐は、紐というより巨大なピンクのリボンで、結ばれたそれはまるでピンクのアゲハチョウか何かのようだ。
幾重にもレースを重ねたようなスカートは、腰回りからふわりと広がる形状になっている。ベルラインというやつだろうか? 長さはひざ下、スネの中ほどまでで、多分、披露宴でのダンスのために動きやすさを重視しているのだろう。
足は、これまた花柄が可愛らしい純白のタイツで覆われていて、微妙な透け感が、清楚さと色気を両立させている。
全体的に、様々な形の花模様をもつレースを幾重にも組み合わせた、可愛らしさと清純さを感じさせる装いだ。ところどころに巻かれた金鎖、銀鎖が、窓から差し込む日光にキラキラと輝いて、華やかな印象を添える。
ゴーティアスさん、マイセルの可憐さを最大限に引き出せるように、細心の注意を払ったんだな。
「ムラタさん――」
リトリィの声に、俺ははっとなる。
思わず顔をあげて、彼女を見つめた。
リトリィの衣装は、以前、あの奴隷商人から女性たちを救出したあとの凱旋パレードで見た、あの衣装――のはずだった。
基本は、あのときに見た衣装だ。純白の布のあちこちに、リトリィが得意とするような刺繍がいくつも入れられている。水色、桃色、そして金糸、銀糸を含めた、華やかな、けれども淡い色合いで清楚な印象の花々が、純白の布地によく映えている。
マイセルとは違って、ヴェール全体には模様はなく、やや厚めの花柄のレースで縁どられている。淡い青色と白の可愛らしい花で飾られたティアラは、装飾の少ないヴェールと相まって、リトリィに楚々とした印象を与えている。
胴衣のほうは 前開きの部分を縛るものが以前の紐と違って、これまた緻密な花柄のレースの、淡い青のリボンだった。マイセルほど大きくはないが、花のような形に結ばれている。
でもって、極めて挑戦的な意匠なのも相変わらずだ。ヴェールが清らかな印象なのに、大きく開いた襟ぐりのせいで、胸の尖端がこぼれそうなデザイン。
以前見たときもきわどかったけど、今はなお一層こぼれ落ちそうだ。ほんとに、その先端がかろうじて引っかかってるだけじゃないのか、くらいまでに。
ダンス中にポロリとかなったらどうすんだ、と心配になってくるレベルのきわどさだ。以前よりも胸が大きくなったのか? ……成長期も終わってるだろうし、そんなわけないか。
そしてもう一つ。以前と違うのが、肩から胸、そしてまた反対の方に渡されている、ショールのようなレースの布だ。きわめて薄くてよく透けているその布が幾重にも重なっているおかげで、胸の尖端のまわりの、コーラルピンクの部分が見えちゃっているその部分を、絶妙に隠している。
おい仕立て職人。ひとの嫁さんの胸を放り出させる勢いの、このギリギリデザイン。いい加減にしろ。グッジョブ過ぎる。できればそれを隠す薄布の追加のない、元のデザインのままでしたら、もっと喜んだでしょう。俺が。
などと、思わず胸に見入ってしまっていたものだから、リトリィが小首をかしげ、小さく笑った。
そして、すこし両腕を引き締めると、胸をわずかに突き出してみせる。
「こちらへ、いらして……?」
ぐおっ……! リトリィさすがだよ俺の欲望をよく見抜いたうえで胸を強調してみせながら言ったな今! もう君には敵いませんッ!
平静を装い、役所に提出した書類通り、第一夫人たるリトリィの前に、まず立つ。
リトリィのスカートは、足首あたりまですっぽりと覆うロングスカート。腰から三角に広がる王道の、Aラインとかいう奴に近いかもしれない。かなりひだが多いから、もしかしたら、全円のスカートなのではないだろうか。
ふっくらとしているように感じるのは、中のペチコートだかパニエだかってやつのおかげだろう。スカートの下に履く、ふわふわのスカートみたいなやつ。
ダンスのとき、彼女の立ち回り次第では大きく広がるところを見られるかも。ちょっと楽しみになる。
スカートにも薄布が追加されていて、より一層華やかな印象になった。マイセルと同じく、腰には幾重にも金鎖、銀鎖が巻かれている。
二人とも同じようなものを巻き付けているということは、何かしらの意味があるものなのかもしれない。こちらも日の光を浴びて、衣装の美しさに、さらに花を添えている。
そして――向かってリトリィの右隣に立つ男に、俺は声をかけた。
0
お気に入りに追加
31
あなたにおすすめの小説
無一文で追放される悪女に転生したので特技を活かしてお金儲けを始めたら、聖女様と呼ばれるようになりました
結城芙由奈
恋愛
スーパームーンの美しい夜。仕事帰り、トラックに撥ねらてしまった私。気づけば草の生えた地面の上に倒れていた。目の前に見える城に入れば、盛大なパーティーの真っ最中。目の前にある豪華な食事を口にしていると見知らぬ男性にいきなり名前を呼ばれて、次期王妃候補の資格を失ったことを聞かされた。理由も分からないまま、家に帰宅すると「お前のような恥さらしは今日限り、出ていけ」と追い出されてしまう。途方に暮れる私についてきてくれたのは、私の専属メイドと御者の青年。そこで私は2人を連れて新天地目指して旅立つことにした。無一文だけど大丈夫。私は前世の特技を活かしてお金を稼ぐことが出来るのだから――
※ 他サイトでも投稿中
正妃として教育された私が「側妃にする」と言われたので。
水垣するめ
恋愛
主人公、ソフィア・ウィリアムズ公爵令嬢は生まれてからずっと正妃として迎え入れられるべく教育されてきた。
王子の補佐が出来るように、遊ぶ暇もなく教育されて自由がなかった。
しかしある日王子は突然平民の女性を連れてきて「彼女を正妃にする!」と宣言した。
ソフィアは「私はどうなるのですか?」と問うと、「お前は側妃だ」と言ってきて……。
今まで費やされた時間や努力のことを訴えるが王子は「お前は自分のことばかりだな!」と逆に怒った。
ソフィアは王子に愛想を尽かし、婚約破棄をすることにする。
焦った王子は何とか引き留めようとするがソフィアは聞く耳を持たずに王子の元を去る。
それから間もなく、ソフィアへの仕打ちを知った周囲からライアンは非難されることとなる。
※小説になろうでも投稿しています。
悪女の指南〜媚びるのをやめたら周囲の態度が変わりました
結城芙由奈
恋愛
【何故我慢しなければならないのかしら?】
20歳の子爵家令嬢オリビエは母親の死と引き換えに生まれてきた。そのため父からは疎まれ、実の兄から憎まれている。義母からは無視され、異母妹からは馬鹿にされる日々。頼みの綱である婚約者も冷たい態度を取り、異母妹と惹かれ合っている。オリビエは少しでも受け入れてもらえるように媚を売っていたそんなある日悪女として名高い侯爵令嬢とふとしたことで知りあう。交流を深めていくうちに侯爵令嬢から諭され、自分の置かれた環境に疑問を抱くようになる。そこでオリビエは媚びるのをやめることにした。するとに周囲の環境が変化しはじめ――
※他サイトでも投稿中
拝啓、婚約者様。ごきげんよう。そしてさようなら
みおな
恋愛
子爵令嬢のクロエ・ルーベンスは今日も《おひとり様》で夜会に参加する。
公爵家を継ぐ予定の婚約者がいながら、だ。
クロエの婚約者、クライヴ・コンラッド公爵令息は、婚約が決まった時から一度も婚約者としての義務を果たしていない。
クライヴは、ずっと義妹のファンティーヌを優先するからだ。
「ファンティーヌが熱を出したから、出かけられない」
「ファンティーヌが行きたいと言っているから、エスコートは出来ない」
「ファンティーヌが」
「ファンティーヌが」
だからクロエは、学園卒業式のパーティーで顔を合わせたクライヴに、にっこりと微笑んで伝える。
「私のことはお気になさらず」
私が美女??美醜逆転世界に転移した私
鍋
恋愛
私の名前は如月美夕。
27才入浴剤のメーカーの商品開発室に勤める会社員。
私は都内で独り暮らし。
風邪を拗らせ自宅で寝ていたら異世界転移したらしい。
転移した世界は美醜逆転??
こんな地味な丸顔が絶世の美女。
私の好みど真ん中のイケメンが、醜男らしい。
このお話は転生した女性が優秀な宰相補佐官(醜男/イケメン)に囲い込まれるお話です。
※ゆるゆるな設定です
※ご都合主義
※感想欄はほとんど公開してます。
(完)貴女は私の全てを奪う妹のふりをする他人ですよね?
青空一夏
恋愛
公爵令嬢の私は婚約者の王太子殿下と優しい家族に、気の合う親友に囲まれ充実した生活を送っていた。それは完璧なバランスがとれた幸せな世界。
けれど、それは一人の女のせいで歪んだ世界になっていくのだった。なぜ私がこんな思いをしなければならないの?
中世ヨーロッパ風異世界。魔道具使用により現代文明のような便利さが普通仕様になっている異世界です。
冤罪だと誰も信じてくれず追い詰められた僕、濡れ衣が明るみになったけど今更仲直りなんてできない
一本橋
恋愛
女子の体操着を盗んだという身に覚えのない罪を着せられ、僕は皆の信頼を失った。
クラスメイトからは日常的に罵倒を浴びせられ、向けられるのは蔑みの目。
さらに、信じていた初恋だった女友達でさえ僕を見限った。
両親からは拒絶され、姉からもいないものと扱われる日々。
……だが、転機は訪れる。冤罪だった事が明かになったのだ。
それを機に、今まで僕を蔑ろに扱った人達から次々と謝罪の声が。
皆は僕と関係を戻したいみたいだけど、今更仲直りなんてできない。
※小説家になろう、カクヨムと同時に投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる