ムラタのむねあげっ!~君の居場所は俺が作る!異世界建築士の奮闘録~

狐月 耀藍

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第三部 異世界建築士と思い出の家

第301話:前日準備と騒夜祭(2/2)

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 家の前の石畳が、色とりどりの陶磁器の破片ですさまじいことになっていくのを見ていると、もはや笑うしかない。

 虚ろに笑っていると、見慣れた、ふわふわの綿毛に包まれたような垂れ耳が、向こうからやってくるのが見えた。あのロップイヤー風のウサギ耳の、あの母娘おやこだ。炊き出しでよく来ている、あのふたり。

 手には何も持っていないから、純粋に祝福しに来てくれたのだろう。大きく手を振ると、少女の方が、歓声を上げて駆け寄って来た。

 で、大きな破片を拾い上げては、楽しそうに放り投げ始める。
 ……なるほど、質量的に増やしはしないが、数的に増やしにかかるわけだな。ああもう、好きにしてくれ。

 母親の方はリトリィの側に行くと、何やら話し始めた。リトリィも嬉しそうに受け答えしているところを見ると、祝福の言葉をいただいているんだろう。

 あの作戦で彼女たちを見つけたとき、やっぱりここに捕らわれていたのか、という絶望と、けれど見つけることができて良かった、という思いにもなったものだ。無事とは言い難い状況ではあったけれど、それでもこうして、幸せをおすそ分けできる状況になれたのは、お互いによかった。

 ……とかほのぼのした思いで見てたら、近所の子供たちも、ウサ耳少女ちゃんと同じように大きな破片を手に取り、嬉しそうに地面にたたきつけたり、踏み砕いたりし始めた。
 よく見たら皆さん、わざわざ木靴で来ているところをみると、慣れたものというか、一つの楽しみにしているんだろう。

 マレットさんなど、クラムさんに抱かれている赤ん坊のザンクくんに、小さな皿を触らせ、それを落とさせてやることで割らせている。

 ああ、こうして文化って奴は継承されていくんだな、と、しかし乾いた笑いで見守るしかない。
 これ、あとで俺たち新婚夫婦になる三人だけで片付けるのだとマイセルが言っていたが、マジで三人でやらなきゃならんのか? もう、もとの石畳の色も分からないくらいだぞ?

 つーかナリクァンさん、追加の皿が到着しましたからみなさんどうぞって、勘弁してくれよ。通行人の皆々様も、嬉しそうに手に取らないでください投げないでください割らないでください、いやマジで。

 ていうか、おいハマー。地面に落とすんじゃなくて叩きつけてるハマー! マイセルを取られるのがそんなに悔しいか! ネイジェルさん、「あらあら」じゃないですよ! 息子さんを止めてください!

 と思ったら、いつのまにかリトリィがナリクァンさんからもらった皿を両手に持って、えい、とか言って投げてんの。

 まず一枚が平たく落ちて木っ端みじん、派手な音が響く。ギャラリーから歓声が沸き、これは縁起がいいとか言われて二枚目もチャレンジ。こちらも見事に粉々になってこれまた大歓声。

 実に嬉しそうに尻尾を振り回しながら、次はマイセルちゃんですよ、と、マイセルに皿を渡している。なんてこった。

 深々とため息をついていると、背中をぽんと叩かれた。

「これはまた、派手にやっておるな」

 日本語・・・で話しかけてきたのは、瀧井さんだった。隣で腕を組んでいるのは、ペリシャさん。相変わらず、仲の良いカップルだ。俺も、こんな爺さんになってもラブラブなカップルでいたいものだ。

「……派手どころじゃないですよ。ナリクァンさんが大量の皿を配るものだから、とんでもないことになってます」
「ああ、あの人はいつもだからな」

 瀧井さんも、さすがに苦笑いの案件らしい。

「ああやって、祝い事にご婦人が顔を出せば、当然良い意味での顔が売れる。しかもあんな大盤振る舞いだ、商会の力を見せつけることにもなる。宣伝だ。ただ――」

 瀧井さん、一度話を切ってニヤリと笑う。

「あの御仁が、こういう幸せの騒ぎごとが大好きだということも、大きいのだろうがな。ま、趣味みたいなものだ」

 ……趣味で騒ぎを大きくしないでください、イヤほんとマジで。

「ところで、今日はどうしてこちらに?」
「どうしてですって? 決まっているでしょう?」

 隣のペリシャさんが、やたらでっかい、精緻な模様の美しい皿を見せる。
 え、ちょっと待って?
 それ、ひょっとして、めっちゃくちゃ高くないですか?
 
「大切な人の門出を祝うのと、厄払いですからね。そりゃあ奮発しますとも」
「い、いや、割るの、もったいでしょう。なんなら譲ってください、大事に使いますから……」
「何を言っているの、こういうものを割るからいいんじゃない」

 あああ、やめてぇぇぇえええ!
 さすがに、周りからもどよめきが起こる。
 ……が、瀧井夫妻は二人で手にした皿を惜しげもなく放り投げ――

 大歓声。
 あああああ、もったいないぃぃぃいいッ!

「やってるやってるゥ。元気ィ?」
「あ、アムティ?」

 頭を抱えて悲鳴を上げていた俺に話しかけてきたのは、以前、リトリィを助けるために共に戦った、赤髪の女冒険者。隣には、眼鏡の男のヴェフタールもいる。

「明日は藍月だからさァ。街のあちこちで、おんなじこと、やってるんだよねェ。アンタ、ひょっとしてェ……この前助けた、そこのコと結婚するのォ?」

 言われて頷く。リトリィも、深々と礼をしてみせた。マイセルも、慌てて礼をしてみせる。

「……へえ。アンタ、まさか一度に二人と結婚するわけェ?」
「そうだけど?」

 アムティの笑みが、なにか、邪悪に歪む。

「……やるじゃん。アタシの連れはさァ、逃げ回ってばかりで、全然そんな甲斐性を見せないってのにねェ……?」

 なぜかヴェフタールが目をそらす。

 そしてアムティはナリクァンさんから何枚も皿を受け取ると、玄関のドアにぶつけまくったのだった。
 おいちょっと待てやコラ!
 あーすっきりしたァ、じゃねえよ!
 ドアが傷だらけになっちまったじゃねえかおい!!
 いや、ナリクァンさんの皿は刺さったままなんですけどね!?



 半刻ほどで皿割り自体は終わったのだが、話はこれで終わらなかった。参加者たちが、綺麗な模様の残るかけらを、奪い合うように拾い集め始めたのである。
 特に熱心だったのは子供たちだが、大人も一緒だった。まるで宝探しのように。

 ペリシャさんが、「この破片を使って家具を飾ると、縁起がいいとされているのですよ」と教えてくれた。

 瀧井夫妻が、あれほど高価そうな、精緻な模様の皿をあえて割ったのは、そういう意味があったからか。俺たちの門出を祝う破片を、縁起のいいものとして喜んでもらえるように。
 こういうのが、親心という奴なのかもしれない。

 ちびっこたちが、自分が拾った破片の美しさを競っている。
 お前らも、いずれ同じことをされる番が回ってくるからな?
 楽しい思い出にできるように、綺麗な破片を拾っておけよ?

 ……少しでも俺の労力が減らせるからとか、そんなことは考えてないからな?

 で、残った大量の破片を、俺たち三人だけで片付ける。これには、何事も夫婦で力を合わせて解決していく、という意味が込められているらしい。
 リトリィもマイセルも、実に楽しげにほうきを動かす。だが、陶器の破片は、細かく割れていてもそれなりに重いから、ほうきでは時間がかかる。

 というわけで俺は家に駆け戻ると、余っていた資材で、グランド整備などに使うトンボのようなものを即席で組み立て、そいつで一気にかき集めることにした。
 ギャラリーは、戻ってきた俺をブーイングで迎えたものの、俺が持ってきたモノで瓦礫を一気に押し集め始めると、皆がどよめいた。そもそも、グランド整地用のトンボなるものを知らなかったようだ。ビバ、合理主義!

 とりあえず大きな破片は俺が集めて木箱へ入れる。
 細かい破片は、リトリィとマイセルがほうきで集めて、門の前の木箱へ。

 この破片は、陶工ギルドの人たちが回収し、細かく粉砕して、焼き物やモルタルの原料にするらしい。騒夜祭の縁起物として皿を売りつけておいて、その破片を回収し再利用。
 やるじゃないか陶工ギルド。まさかお前らが流行らせたんじゃないだろうな、この行事。



 掃除が終わるまで、ギャラリーのほとんどは残ったままだった。俺たちの掃除の様子を、談笑しながら見守っている。
 なぜなら、俺たちがこれから配るものが目当てだからだ。

 それがこれ。リトリィとマイセルが、かごいっぱいに持ってきた、ねじり揚げパン。厄除けを人たちに配るのである。

 ねじり合わされたパンは、夫婦が寄り添い、仲睦まじい様子を表す、縁起ものなのだそうだ。
 そういう由来のあるものだから、本来は二本のパンがねじられているものなのだが、俺たちは三人で一緒に式を挙げる。そのため、三本のパンがまとめてねじられている特製のものだ。どーだ、食い応え抜群だろう!

 ただ、コイツ、実はちょっと困り者だったのだ。
 二本のパンの真ん中あたりに、腸詰肉を埋め込んであるのである。イメージとしては、Hの字を想像してもらうと分かりやすいだろうか。Hの字の、縦二本がパン。横棒が腸詰肉。それをねじって作る。三本を貫通させたうえでねじるのは難しかったのだ。努力はした。形で味も変わらないだろうし、ゲストの皆さん、気にするな。

 ただ、この腸詰肉。

「いいですね? 絶対、絶対にこのお店ですよ?」

 マイセルによって、地図を示され店を指定された。「結婚式用の腸詰肉」を売っている店らしい。

 で、太さに関してはリトリィに、これまた厳格に指定された。
 リトリィの手のサイズで、親指と中指を輪にして、さらに小指の先一本分空けた、Cの字で示された太さ。
 俺の手だと、親指と人差し指で輪を作り、指の先と先が触れるか触れないかの微妙な太さ。

「必ず、この太さにしてくださいね?」

 何度も念を押され、マイセルには「そ、そんなに大きいんですか!?」と顔を赤くされ、奥様方には笑われた。

 で、店に着いたとき、うっかり太さの加減を忘れて、リトリィが示した感じに、親指と中指で太さを指定すると、おっさんには方眉を吊り上げられ、「わお!」と奥さんが口元を覆い、「そんなに立派なものだと、在庫はあまりないわねえ」と、婆さんに笑われた。

 祝い物が足りないのは問題だから、少しサイズダウン――直径五センチメートル足らず程度のもの――して、在庫の多いものを購入して帰る。

「すこし、太めですけれど……うん、ありがとうございました」

 大量の腸詰肉を嬉しそうに受け取るリトリィに対して、「これが、……入るの?」などと不安げなマイセル。確かに、彼女の小さな口で正面からかじりつくのは大変かもしれないが、噛み切れば問題ないだろう?
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