ムラタのむねあげっ!~君の居場所は俺が作る!異世界建築士の奮闘録~

狐月 耀藍

文字の大きさ
上 下
314 / 502
第三部 異世界建築士と思い出の家

第293話:スポンサーの意向

しおりを挟む
 ナリクァンさんは、ナリクァン商会の元会長である。だから、現役はすでに退いている。けれど、女性ながら商会を切り盛りしてきたその影響力はいまだ絶大で、なかなか忙しいひとらしい。
 そのため、面会するにはアポイントメントが必要で、それも実は結構予約待ちなのだそうだ。今までホイホイ会えたことの方が、奇跡に近いのだとか。

 そんなわけで、最初に門前の警備兵に取次ぎを頼んだとき、紹介状もないのだからと、一カ月後を指定された。
 リトリィが帽子を脱いで、もうすこし早まらないかと懇願したら、警備兵は慌てて奥に引っ込んで、即座に面会が成立した。

 この点だけでも、いかにリトリィが可愛がられているかということが分かったわけだが、つまりナリクァンさんにとって、俺はあくまでもリトリィの付属品であって、どうでもいい存在なのかもしれない。ちょっと腐る。

 即座に、といっても、さすがにいま会談している本来の客を追い出すわけにもいかなかったのだろう。部屋に案内され、お茶を出され、さらにそれから三十分くらい待たされた。それでも、俺たちと会う時間をねじ込んでくださったのだから、感謝しかない。

「なるほど……おうちで、『契り固め』を済ませてこられたのですね」

 ナリクァンさんが微笑みながら、リトリィと、そしてマイセルを見る。
 静かに頭を下げるリトリィと、カチコチに緊張しているマイセルの、蚊の鳴くような返事。

 リトリィにしてみれば、厳格だが優しい祖母のようなひと、それがナリクァンさんらしい。

 対してマイセルにとっては、この街で大きな力を握っているナリクァン商会の、その頂点に君臨する女傑なのだ。いつもの明るく元気な少女っぷりが鳴りを潜めるのも、まあ、分かる。

 なにせ、俺にとってナリクァンさんは、目的のためなら手段を選ばない非情さをもつ、辣腕らつわん経営者というイメージなのだから。

「それで、ジルアン――ジルンディール殿は、式にはお出でになるのかしら?」

 親父殿は出席するのか――ナリクァンさんの問いに、リトリィの顔が一瞬、曇る。
 それを見て即座に、ナリクァンさんは察したようだ。

「いいのですよ。あなたの親族の席、末席でよろしいから、私を混ぜてくださらないかしら。それを確かめたかっただけなのですから」

 ま、待ってくださいナリクァンさん!
 そんなことできるわけないじゃないですか!
 あなたを末席になんて置いたら、ナリクァングループの偉い人たちが「扱いが不当だ」とか言って、今後絶対に嫌がらせをしてくるに決まってるでしょ!

 慌てる俺に、ナリクァンさんはころころと笑ってみせる。

「あら、かわいがっている孫のような子を、親族席から見たいというだけですよ?」

 マイセルも、今の言葉に目の玉が飛び出さんばかりに目を見開いている。ナリクァンさんに孫のように扱われる、たしかにそんな破格の扱いを実際に目の前で見せられると、驚きもするだろう。

 それにしても、親族席から眺めたいだけ?
 絶対にそれだけで済むはずがない。幹部連中やSPがぞろぞろやってくるに決まっている。
 第一それをやられたら、絶対にマイセル側にはゴーティアスさんがやってくるだろう。ますます収拾がつかなくなるのは目に見えている。

 とはいえ、リトリィのドレスはナリクァンさんが全額出資しているのだ。とても嫌だと言い出せない。
 ああ、玩具メーカースポンサーの意向に振り回されて、定期的に新型装備や新メンバーを追加しなければならない、戦隊モノとか仮面バイク乗りとかプリティーな癒しバトル少女たちとかの製作者たちの苦労が、こんなところで偲ばれるとは。

「……そう、ですね。検討しておきます」
「あらうれしい。楽しみにしておきますね。誰の隣に座れるのかしら」

 日本的なやんわり拒否は、即座に埋められた。だめだ、通用しなかった。



 リトリィたちは、ドレスの仕上がりの確認と試着のために、席を外している。マイセルも同行させられたのは、どうやらマイセルのスポンサーにゴーティアスさんが付いたということを、どこかから聞きつけたためらしい。

「ある程度、マイセルちゃんが可哀想ですからね。いまならまだ、ドレスに追加の布を当てるくらいの要望は、通るでしょうし」
「……ええ、まあ……そう、……ですね……」

 ひきつった笑顔を浮かべるしかない俺の首筋を、嫌な汗が流れる。
 怖い、怖いぞナリクァンさん……!

「ふふ、どうかしらね。さて……」

 ナリクァンさんの後ろに控えるSPを除けば、二人きりになった部屋。

「こうして二人で話すのは、あのとき以来ですわね」

 左の小指のつま先に、あるはずのない痛みが走る。
 ……ああ、あのとき、以来……!

「あらためてご結婚、おめでとうございます。ムラタさん……?」

 微笑みを浮かべてはいるが、目が笑っていない。

 そうだろうな。この前の騒動で、俺はリトリィを泣かせた――彼女を悲しませるようなことをする男だ、という評価がついているのだから。
 リトリィが俺を選んだから黙っているだけで、ナリクァンさん自身は、本当は俺が、彼女にふさわしい男だと思っているわけではないのだろう。

 ――ああ、その通りだ。なにせ俺自身が、彼女は俺になどもったいないと思っているくらいなのだから。

「いまさらどうしろと申し上げるつもりはございませんけれども」

 ナリクァンさんは、窓の外を見てつぶやいた。シェクラの花が、だいぶ開いてきている。満開まで、それほどかからないだろう。

「三人で、ともに結婚式を挙げるなど、随分と思い切ったことを考えましたわね……?」
「三人で決めたことです」
「山のご家族の方々は反対されなかったのですか?」
「反対されましたが、最終的に納得はしてもらえました」
「そうですか……」

 ナリクァンさんは、小さなため息をついた。

「まあ、いいでしょう。あなた方が納得されているのであれば、私からとやかく言うことではありませんからね」

 ナリクァンさんの言葉に、こちらも安堵の溜息をつく。彼女に認められるかどうかは、一つ重大な問題だったのだ。

「ただ一つ、これだけは忘れないで下さいね?」

そう言って、ナリクァンさんは、薄く笑ってみせた。

「私はね? あの子のことを個人的に気に入っているのですよ、前にもお話したと思いますけれど」

 もちろん覚えている。リトリィの人柄を愛しているからこそ、ナリクァンさんは彼女を可愛がっているのだ。

原初のプリム・獣人族ベスティリングということで、余計な苦労を背負うことも多かったでしょうに――あの子は、育ての親御さんの言うことをよく聞いて、あれほどまでに素直で愛らしい娘さんに育ってくれました。だからこそ、あの子には幸せになってもらいたいのです。なんとしてでもね」

 その言葉に、俺も大きく頷く。

「自分も、彼女にたくさんのものをもらいました。今度は彼女の側で、そのもらったものを返していきたいと思っています」

 俺の言葉に、ナリクァンさんの眉がわずかに上がる。

「もらった? 何をですか?」
「自信です、一人の人間としての」
「まあ……」

 ナリクァンさんは、わずかながら目を見開いた。

「自信ですって? そんなもの、女からつけられなければ、あなたはもてなかったと言うのですか?」
「そうですね……。正しくは、彼女が揺るぎないものにしてくれた、と言った方がいいでしょうか」
「……そんな大事なものを女の力を借りなければ得られなかったなんて、ましてそれを私に言うなど、恥ずかしいと思わないのですか?」

 ナリクァンさんが、オーバーなくらいに手を広げ、首を横に振った。
 よほど呆れているらしい。
 だが、俺は続けた。彼女への思いを込めて。

「思いませんね。彼女のおかげで今の俺がある。それは、紛れもない事実ですから」
「あなたに、男としての矜持はないのですか」
「もちろんありますよ。ですが、そんなちっぽけなものより、彼女から受け取ったもののほうがよほど大きいというだけです。そしてそれは、誰にだって、胸を張って伝えたいことなんです。今の自分があるのは、この人のおかげなんだと」
「……呆れたひとですこと」

 ナリクァンさんは、背後に控える黒ずくめの男たちに、小声で何かの指示をする。一人が部屋を抜け、もう一人が残った。

「そうやって堂々と惚気のろけてみせる人は、なかなか見ませんわね。私のような世界に身を置いていますと」
「……いえ、事実を申し上げているだけで、惚気ているわけでは……」
「先程の言葉が、惚気でなくてなんなのですか」

 ナリクァンさんの表情が、いくぶんか和らいで見えるのは、気のせいではないだろう。先ほどまでの、薄ら笑いを貼り付けた顔ではなく、リトリィに見せるような、柔和な笑みだ。

「……いいでしょう。この私に向かって、そこまで堂々と惚気られるほど、あなたはあの子を愛しているのですね」

 それはもう、間違いなく。大きくうなずくと、ナリクァンさんは笑った。

「先日は、本当にどうしてくれようかと思いましたけれど……愚かな選択をしてしまうことも、たまにはあることでしょう。でも――」
「はい。彼女を幸せにする……それは、もう、この先、私の全てをかけて」

 まっすぐナリクァンさんの目を見て、胸を張ってみせる。
 ナリクァンさんは、やや厳しい目でしばらく俺をじっと見つめたあと、ふっと、小さく笑った。

「そう……いい覚悟ですね」
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

騎士団寮のシングルマザー

古森きり
恋愛
夫と離婚し、実家へ帰る駅への道。 突然突っ込んできた車に死を覚悟した歩美。 しかし、目を覚ますとそこは森の中。 異世界に聖女として召喚された幼い娘、真美の為に、歩美の奮闘が今、始まる! ……と、意気込んだものの全く家事が出来ない歩美の明日はどっちだ!? ※ノベルアップ+様(読み直し改稿ナッシング先行公開)にも掲載しましたが、カクヨムさん(は改稿・完結済みです)、小説家になろうさん、アルファポリスさんは改稿したものを掲載しています。 ※割と鬱展開多いのでご注意ください。作者はあんまり鬱展開だと思ってませんけども。

転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~

恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん) は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。 しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!? (もしかして、私、転生してる!!?) そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!! そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?

義兄に甘えまくっていたらいつの間にか執着されまくっていた話

よしゆき
恋愛
乙女ゲームのヒロインに意地悪をする攻略対象者のユリウスの義妹、マリナに転生した。大好きな推しであるユリウスと自分が結ばれることはない。ならば義妹として目一杯甘えまくって楽しもうと考えたのだが、気づけばユリウスにめちゃくちゃ執着されていた話。 「義兄に嫌われようとした行動が裏目に出て逆に執着されることになった話」のifストーリーですが繋がりはなにもありません。

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

【完結】『飯炊き女』と呼ばれている騎士団の寮母ですが、実は最高位の聖女です

葉桜鹿乃
恋愛
ルーシーが『飯炊き女』と、呼ばれてそろそろ3年が経とうとしている。 王宮内に兵舎がある王立騎士団【鷹の爪】の寮母を担っているルーシー。 孤児院の出で、働き口を探してここに配置された事になっているが、実はこの国の最も高貴な存在とされる『金剛の聖女』である。 王宮という国で一番安全な場所で、更には周囲に常に複数人の騎士が控えている場所に、本人と王族、宰相が話し合って所属することになったものの、存在を秘する為に扱いは『飯炊き女』である。 働くのは苦では無いし、顔を隠すための不細工な丸眼鏡にソバカスと眉を太くする化粧、粗末な服。これを襲いに来るような輩は男所帯の騎士団にも居ないし、聖女の力で存在感を常に薄めるようにしている。 何故このような擬態をしているかというと、隣国から聖女を狙って何者かが間者として侵入していると言われているためだ。 隣国は既に瘴気で汚れた土地が多くなり、作物もまともに育たないと聞いて、ルーシーはしばらく隣国に行ってもいいと思っているのだが、長く冷戦状態にある隣国に行かせるのは命が危ないのでは、と躊躇いを見せる国王たちをルーシーは説得する教養もなく……。 そんな折、ある日の月夜に、明日の雨を予見して変装をせずに水汲みをしている時に「見つけた」と言われて振り向いたそこにいたのは、騎士団の中でもルーシーに優しい一人の騎士だった。 ※感想の取り扱いは近況ボードを参照してください。 ※小説家になろう様でも掲載予定です。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

処理中です...