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第三部 異世界建築士と思い出の家
第204話:マイセルの特別な日(5/5)
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マイセルのケーキを食後にいただきながら、職人としての修行の進み具合について聞いてみた。
地雷だった。
「聞いてくださいムラタさん!」
……よっぽど話したくてたまらなかったらしい。釘もねじも使わずイスを作るらしいのだが、何個も作っては失敗しているだの、マレットさんのゲンコツが痛いだの、延々と語り続けた。
マレットさんが、今マイセルに出している課題は、四本の脚に支えられたイスだった。
しかし、よく聞いてみると、それはかなりの高難度のイスだった。「四方転び」と呼ばれる、脚が末広がりに広がっているものだったのだ。
要するに、脚が、どの方向から見ても斜めに、台形型に広がっている形のものなのである。
これはとても難しい。
実は日本の大工の『建築大工技能士』二級が、まさにこの試験なのだ。正確にはイスを作るのではなく、「柱立て四方転び」という、一見踏み台にしか見えないものを作るのだが、まあ、ほぼ同じものと言っていいだろう。
学校の木工室にあるような、直方体型のイスなら、木材と木材を直角に組むだけだから簡単だ。
しかし四方転びのイスは、脚が外に向かって斜めに突き出る形になる。つまり、木と木を組み合わせる「ほぞ」を、木材に対して直角ではなく、斜めにくりぬかなければならないのだ。
しかも、隣り合う二つの柱で、角度を合わせて正確にくりぬかないと、脚と脚を下の方でつなぐ、貫と呼ばれる横木があらぬ方を向いてしまって、組み合わせることがなくなってしまうのである。
この、斜めにした分だけ斜めに掘り抜く、それを計算し、角度を見越して加工しなければならない。
「でしょう!? ムラタさんならその大変さ、分かってくれるって思ってました!」
マイセルが鼻息荒く、同意した俺に父親の暴虐を訴えた。
「お父さんたら、こんなもんできて当然だなんて。私、やっとほぞ組みが上手にできてきたっておもったら、これですよ! ムラタさん、私、このままじゃ嫁き遅れちゃう!」
……まあ、マイセルの言いたいことは分かる。マレットさん、これはさすがに無茶だろ。マイセルは今まで、大工仕事をほとんどやったことがなかったんだろう?
俺も、CADなしでやれと言われたら――いや、それ以前にCADで図面を引いてもいいからすべて手作業で加工しろと言われたら、作れる気がしない。
工業高校出身の友人には見せてもらったことがあるが、ほんとシンプルなくせに、実際に作れと言われたら難しい、そんな逸品なんだよ四方転びのイスってやつは!
すまん、日本全国の二級建築士のみなさん! 俺には四方転びのイスを、分度器の一つもないこの世界では、今さら手作りなんてできません!!
「……ムラタさん?」
ああダメだダメだ、現実逃避していても仕方がない。とりあえず紙に、ラフで図面を描いてみる。
改めて、図面を引くって大切だと思う。頭の中だけではこんがらがりそうなところも、思考の流れを整理することができる。
たとえ大雑把でも、図面や文字という形で残していくと、それまでつながらなかった思考が、ふと、気づかなかった線に導かれるように繋がっていくことがあるのだ。
俺が、タブレットを貸与されながら、アイデアや学んだことなどを全て紙のノートに記録していたのは、その繋がる奇跡を信じていたからだ。
ああ~!
思い出すほど辛くなる!
この世界に転移してきて何が辛いってそりゃ全部だけど、一番辛いってそりゃ、アイデアノートを紛失したことだよ!
疑問に思ったらすぐネット、それができないこの世界でこそ、あのノートは力を発揮しただろうに。残念だ……。
それはともかく、イスの作り方については、マイセルもある程度理解をしてくれたようだ。はじめは質問ばかりだったのが、やがて絵を前に考え込むようになり、そして、だんだん目が輝いてくる。
「……ムラタさん、なんとなく、わかった気がします!」
「なんとなくでいいのか? 帰ったあと、結局肝心なことは忘れてしまった、なんてことにならないだろうな?」
「大丈夫ですよぅ! ムラタさん、ひどいです!」
むくれてみせるマイセルに、しばし笑いが起こる。でも、だいぶ理解が進んだのは嬉しい。彼女が一歩前進する力になれたなら、時間をかけて説明したかいがあったというものだ。
「じゃあ、もうお休みしませんか?」
リトリィの言葉に、随分と夜も更けていたことに気づく。
ああ、月もだいぶ高い。長く話した自覚はあったが、この月の高さだと、二時間は話していたことになりそうだ。
「……そうだな、じゃあ……」
「マイセルちゃん、夜着はありますか?」
リトリィの言葉に、なんの気無しに寝るか、と言いかけた俺は、はたと気づいた。
マイセル、どこで寝るんだ?
ていうか、マイセル、泊まっていくのか!?
「はい。お母さんたちの、その……ムラタさんのお家で泊まるお許しも、……もらいました」
ランプの明かりの中に浮かび上がる、その愛らしい、うつむき、照れた表情。
お許しはもらったの、なるほどー。
……なんて、納得できるか! などと言いたくなるが、実質、彼女はすでに俺の婚約者同然なわけで。
でもって、結婚三儀式の一つである「三夜の臥所」のうち一夜は、清い関係を保ったとはいえ、すでに済ませているわけで。
よって、彼女を寝室に迎えない理由がないわけで。
つまり、リトリィがさっき夜着について聞いたのは、マイセルが泊まる前提あってのことだったのだ。俺が何も考えていなかったのに対して。
……い、いいのか?
俺が、マイセルを……抱く?
いや、理屈はわかる。
この街は、多夫多妻が認められている。
そして実際に二人の妻をもつマレットさんの娘、それがマイセル。
十五歳で成人として扱われ、多夫多妻が認められているこの世界だ。
リトリィ以外に妻をもち、その女を抱く。
――それは、この街において、倫理的にも、制度的にも、なんの問題もない。
そのはず、なのだが……。
「ムラタさん?」
リトリィが、訝しげに、下からのぞき込んでいた。俺の顔を。目と鼻の先で。
のけぞりかけたところで、全力でとどまる。
「マイセルちゃんの夜着は、わたしのものを貸してあげればいいですよね?」
「あ……ああ、そう、そうだな。そうしてあげればいいと思うよ」
たどたどしい俺の返事に、リトリィの顔がほころぶ。
「よかった……マイセルちゃん、今夜はおそろいですよ?」
「やったあ! お姉さまとおそろい!」
何がそんなにうれしいのか、二人で手を取り合ってぴょんぴょん跳ねている。リトリィに気兼ねして悩んでいた俺が、馬鹿みたいだ。
……ああもう、どうにでもなれ!
さっきまで、リトリィとマイセルは、たらいの水を使って、二人で体を拭いていた。いつもなら俺とリトリィで拭き合っているのだが、今日は女性二人で拭いてもらって、俺はその間、外で月を眺めていた。リトリィの裸体はもう見慣れたものだが、さすがにマイセルの方は、そういうわけにもいかないだろうと思ったからだ。
はじめのうちこそ、窓からは二人の――というか、マイセルのはしゃぐ声、くすぐったがる声などが聞こえてきたが、いつのまにか、静かになっていた。
ときどき、手ぬぐいを水に浸して絞る音が聞こえてきたから、単に無言で拭き合っていたのは間違いないだろう。だが、さっきまであんなに楽しげにしていたのに、と、少し、気になる。
だが、のぞくわけにもいかない。じっと耐えて待っていると、窓が開いてリトリィが呼ぶ声がした。
「ムラタさん、お待たせしました。お湯、ありがとうございました。まだ温かいですから、ムラタさんも使ってください」
実は、調理のあと、リトリィに、余熱オーブンの中に水を入れたたらいを入れておくように指示しておいたのだ。狙いはドンピシャ、いつもなら冷たい水での体拭きが、今夜は湯でできた。これからもこうすることにしよう。そうすれば、薪を余分に使わずに湯を使うことができる! 我ながらナイスアイデア。
家に戻ると、マイセルの濡れた髪を、リトリィが拭いているところだった。リトリィの方がよっぽど濡れているように見えるのだが、彼女は自分で加減を知っているためか、大して濡れていないらしい。
「はい。マイセルちゃん、おしまいですよ。
――では、わたしたちはさきに寝床に入っておりますから、お湯浴みが終わりましたら、いらしてくださいな」
リトリィが微笑みながら言うその傍らで、マイセルはきゅっと口を一文字に結び、うつむき加減にして黙っている。
――ああ、彼女も、緊張しているのだな。
「……ああ、いいよ。先に行っていてくれ」
「はい。……マイセルちゃん、寝床は二階ですから。行きましょう?」
リトリィに促され、すこし、ためらうようにうつむいたあと、しかし一度だけ大きく息を吸ったマイセルは、俺の顔をまっすぐと見上げた。
「あの……お、お待ちしています、ムラタさん!」
地雷だった。
「聞いてくださいムラタさん!」
……よっぽど話したくてたまらなかったらしい。釘もねじも使わずイスを作るらしいのだが、何個も作っては失敗しているだの、マレットさんのゲンコツが痛いだの、延々と語り続けた。
マレットさんが、今マイセルに出している課題は、四本の脚に支えられたイスだった。
しかし、よく聞いてみると、それはかなりの高難度のイスだった。「四方転び」と呼ばれる、脚が末広がりに広がっているものだったのだ。
要するに、脚が、どの方向から見ても斜めに、台形型に広がっている形のものなのである。
これはとても難しい。
実は日本の大工の『建築大工技能士』二級が、まさにこの試験なのだ。正確にはイスを作るのではなく、「柱立て四方転び」という、一見踏み台にしか見えないものを作るのだが、まあ、ほぼ同じものと言っていいだろう。
学校の木工室にあるような、直方体型のイスなら、木材と木材を直角に組むだけだから簡単だ。
しかし四方転びのイスは、脚が外に向かって斜めに突き出る形になる。つまり、木と木を組み合わせる「ほぞ」を、木材に対して直角ではなく、斜めにくりぬかなければならないのだ。
しかも、隣り合う二つの柱で、角度を合わせて正確にくりぬかないと、脚と脚を下の方でつなぐ、貫と呼ばれる横木があらぬ方を向いてしまって、組み合わせることがなくなってしまうのである。
この、斜めにした分だけ斜めに掘り抜く、それを計算し、角度を見越して加工しなければならない。
「でしょう!? ムラタさんならその大変さ、分かってくれるって思ってました!」
マイセルが鼻息荒く、同意した俺に父親の暴虐を訴えた。
「お父さんたら、こんなもんできて当然だなんて。私、やっとほぞ組みが上手にできてきたっておもったら、これですよ! ムラタさん、私、このままじゃ嫁き遅れちゃう!」
……まあ、マイセルの言いたいことは分かる。マレットさん、これはさすがに無茶だろ。マイセルは今まで、大工仕事をほとんどやったことがなかったんだろう?
俺も、CADなしでやれと言われたら――いや、それ以前にCADで図面を引いてもいいからすべて手作業で加工しろと言われたら、作れる気がしない。
工業高校出身の友人には見せてもらったことがあるが、ほんとシンプルなくせに、実際に作れと言われたら難しい、そんな逸品なんだよ四方転びのイスってやつは!
すまん、日本全国の二級建築士のみなさん! 俺には四方転びのイスを、分度器の一つもないこの世界では、今さら手作りなんてできません!!
「……ムラタさん?」
ああダメだダメだ、現実逃避していても仕方がない。とりあえず紙に、ラフで図面を描いてみる。
改めて、図面を引くって大切だと思う。頭の中だけではこんがらがりそうなところも、思考の流れを整理することができる。
たとえ大雑把でも、図面や文字という形で残していくと、それまでつながらなかった思考が、ふと、気づかなかった線に導かれるように繋がっていくことがあるのだ。
俺が、タブレットを貸与されながら、アイデアや学んだことなどを全て紙のノートに記録していたのは、その繋がる奇跡を信じていたからだ。
ああ~!
思い出すほど辛くなる!
この世界に転移してきて何が辛いってそりゃ全部だけど、一番辛いってそりゃ、アイデアノートを紛失したことだよ!
疑問に思ったらすぐネット、それができないこの世界でこそ、あのノートは力を発揮しただろうに。残念だ……。
それはともかく、イスの作り方については、マイセルもある程度理解をしてくれたようだ。はじめは質問ばかりだったのが、やがて絵を前に考え込むようになり、そして、だんだん目が輝いてくる。
「……ムラタさん、なんとなく、わかった気がします!」
「なんとなくでいいのか? 帰ったあと、結局肝心なことは忘れてしまった、なんてことにならないだろうな?」
「大丈夫ですよぅ! ムラタさん、ひどいです!」
むくれてみせるマイセルに、しばし笑いが起こる。でも、だいぶ理解が進んだのは嬉しい。彼女が一歩前進する力になれたなら、時間をかけて説明したかいがあったというものだ。
「じゃあ、もうお休みしませんか?」
リトリィの言葉に、随分と夜も更けていたことに気づく。
ああ、月もだいぶ高い。長く話した自覚はあったが、この月の高さだと、二時間は話していたことになりそうだ。
「……そうだな、じゃあ……」
「マイセルちゃん、夜着はありますか?」
リトリィの言葉に、なんの気無しに寝るか、と言いかけた俺は、はたと気づいた。
マイセル、どこで寝るんだ?
ていうか、マイセル、泊まっていくのか!?
「はい。お母さんたちの、その……ムラタさんのお家で泊まるお許しも、……もらいました」
ランプの明かりの中に浮かび上がる、その愛らしい、うつむき、照れた表情。
お許しはもらったの、なるほどー。
……なんて、納得できるか! などと言いたくなるが、実質、彼女はすでに俺の婚約者同然なわけで。
でもって、結婚三儀式の一つである「三夜の臥所」のうち一夜は、清い関係を保ったとはいえ、すでに済ませているわけで。
よって、彼女を寝室に迎えない理由がないわけで。
つまり、リトリィがさっき夜着について聞いたのは、マイセルが泊まる前提あってのことだったのだ。俺が何も考えていなかったのに対して。
……い、いいのか?
俺が、マイセルを……抱く?
いや、理屈はわかる。
この街は、多夫多妻が認められている。
そして実際に二人の妻をもつマレットさんの娘、それがマイセル。
十五歳で成人として扱われ、多夫多妻が認められているこの世界だ。
リトリィ以外に妻をもち、その女を抱く。
――それは、この街において、倫理的にも、制度的にも、なんの問題もない。
そのはず、なのだが……。
「ムラタさん?」
リトリィが、訝しげに、下からのぞき込んでいた。俺の顔を。目と鼻の先で。
のけぞりかけたところで、全力でとどまる。
「マイセルちゃんの夜着は、わたしのものを貸してあげればいいですよね?」
「あ……ああ、そう、そうだな。そうしてあげればいいと思うよ」
たどたどしい俺の返事に、リトリィの顔がほころぶ。
「よかった……マイセルちゃん、今夜はおそろいですよ?」
「やったあ! お姉さまとおそろい!」
何がそんなにうれしいのか、二人で手を取り合ってぴょんぴょん跳ねている。リトリィに気兼ねして悩んでいた俺が、馬鹿みたいだ。
……ああもう、どうにでもなれ!
さっきまで、リトリィとマイセルは、たらいの水を使って、二人で体を拭いていた。いつもなら俺とリトリィで拭き合っているのだが、今日は女性二人で拭いてもらって、俺はその間、外で月を眺めていた。リトリィの裸体はもう見慣れたものだが、さすがにマイセルの方は、そういうわけにもいかないだろうと思ったからだ。
はじめのうちこそ、窓からは二人の――というか、マイセルのはしゃぐ声、くすぐったがる声などが聞こえてきたが、いつのまにか、静かになっていた。
ときどき、手ぬぐいを水に浸して絞る音が聞こえてきたから、単に無言で拭き合っていたのは間違いないだろう。だが、さっきまであんなに楽しげにしていたのに、と、少し、気になる。
だが、のぞくわけにもいかない。じっと耐えて待っていると、窓が開いてリトリィが呼ぶ声がした。
「ムラタさん、お待たせしました。お湯、ありがとうございました。まだ温かいですから、ムラタさんも使ってください」
実は、調理のあと、リトリィに、余熱オーブンの中に水を入れたたらいを入れておくように指示しておいたのだ。狙いはドンピシャ、いつもなら冷たい水での体拭きが、今夜は湯でできた。これからもこうすることにしよう。そうすれば、薪を余分に使わずに湯を使うことができる! 我ながらナイスアイデア。
家に戻ると、マイセルの濡れた髪を、リトリィが拭いているところだった。リトリィの方がよっぽど濡れているように見えるのだが、彼女は自分で加減を知っているためか、大して濡れていないらしい。
「はい。マイセルちゃん、おしまいですよ。
――では、わたしたちはさきに寝床に入っておりますから、お湯浴みが終わりましたら、いらしてくださいな」
リトリィが微笑みながら言うその傍らで、マイセルはきゅっと口を一文字に結び、うつむき加減にして黙っている。
――ああ、彼女も、緊張しているのだな。
「……ああ、いいよ。先に行っていてくれ」
「はい。……マイセルちゃん、寝床は二階ですから。行きましょう?」
リトリィに促され、すこし、ためらうようにうつむいたあと、しかし一度だけ大きく息を吸ったマイセルは、俺の顔をまっすぐと見上げた。
「あの……お、お待ちしています、ムラタさん!」
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