上 下
216 / 329
第三部 異世界建築士と思い出の家

第197話:私闘

しおりを挟む
「その辺にしておきましょう、リファル君。ギルド員同士の私闘はご法度です。分かっているでしょう?」

 舌打ちをしつつ身を起こしたリファルの背後に立っていたのは、俺よりも若干背が高かったリファルを、さらに頭一つ分越える高さの男だった。これまた筋骨隆々とした、やたらと四角い顔の上に、ヘルメットのような坊ちゃん刈りのサラサラ髪が印象的な。

 リトリィが、その男の後ろで頭を下げている。そうか、リトリィがギルドに仲裁を求めに行ってくれたのか。

 しかしこの男、でかい! さっきの、俺の両隣に座っていた男並みにでかい! 身長は二メートル以上あるんじゃないだろうか。なんだろう、大工になる条件に「高身長」とでも入っているのだろうか。

「やあ、すみませんでした。まさかこんなことになるとは」

 巨漢が、四角い顔に笑みを浮かべ、右手を差し伸べてくる。
 俺もつられて左手を上げると、その手を掴んで引き起こしてくれた。

「わたくしは、ムスケリッヒと申します。以後、お見知りおきを」

 俺が立ち上がってほこりをはらうと、それに合わせて、巨漢ムスケリッヒは体をやや縮めるようにして、俺とリファルを交互に見比べながら、困ったような笑顔で聞いてきた。
 ……腹の前でセルフ握手するかのような、妙に筋肉を見せつけるようなポージングをしながら。

「ただ、ギルドの掟で私闘は禁じられています。その場合、両成敗となってしまいます。ここであったのは、私闘ですか?」
「……いや、違う」

 リファルが、ぶっきらぼうに答える。
 うんざりしているように見えるのは、私闘に対するペナルティの内容を知っているからか、それとも筋肉ダルマムスケリッヒの暑苦しいポージングが鬱陶しいからか。

 それに対して小さくうなずいたムスケリッヒの、四角い顔にかべた笑みの、その細い目が、しかし、鋭く俺をねめつける。
 ……なるほど。私闘ではなかった、そう収めなければ……と言いたいわけだな。

「私の連れ合いに対する侮辱に対し、謝罪を要求しておりました。、私闘ではありません」
「連れ合いへの、侮辱……?」

 ムスケリッヒが、リファルの方を向く。

「てっ……てめえ! この卑怯者が!」
「リファル君? どういうことでしょうか?」
「――――ッ!!」

 糊のきいたシャツに浮かぶ体格からも、その引き締まった、鍛え上げられた肉体の様子が分かる巨漢。そんな男が、奇妙な笑みを顔に張り付けたまま、妙に丁寧な言葉を使って、詰問している。
 やはり、意味不明に筋肉を誇示するようなポージングをしながら。
 ……不気味だ。

 リファルはしばらくためらっていたが、やがて舌打ちをすると、深々と俺に向かって頭を下げた。

「……あなたの連れ合いへの侮辱を行った事実を、認めよう。申し訳ない」
「――これでよろしいですか? ……ええと」
「……ムラタです」
「そうそう、今日からギルドのメンバーになった、ムラタ君ですね。これで、お互いに納得ですか?」

 改めて顔を上げたリファルが、納得しろ、と言いたげににらみつけてくる。

「いいえ。私は、自分に謝罪が欲しいのではありません。連れ合いに向かって謝罪を求めたのです」
「……連れ合いというと、こちらのお嬢さんに、ですか?」

 ムスケリッヒは、自身の後ろに隠れるようにしていたリトリィを見下ろした。奴がリトリィを見下ろす様子は、小学生を相手にするおっさんのように見える。しかし、いちいち大げさにポージングしないでほしい。リトリィが、隠れつつも怯えている。

「なるほど。リファル君、事実ですか?」
「……知らないな。何の話だ?」

 こいつ――!
 俺には頭を下げても、リトリィにはできないって言いたいのか。
 城内街に住む連中ってのは、つまりこういう奴なんだな。そしてそれを、当たり前として生きてきたわけだ。
 あのドライフルーツの屋台の女も、広場で俺とリトリィに絡んできたクソガキどもも、そしてこいつリファルも!

「……なるほど。よく分かった。リトリィに謝るつもりはないんだな?」
「俺は仲裁人の前で謝罪をした。これ以上の謝罪は、ギルドの掟に照らしても、法に照らしても、不要のはずだ」

 妙に自信たっぷりの様子から、リファルにはおそらく、相応の自信があるのだろうと判断する。仲裁人とは、この場合、ムスケリッヒのことに違いない。
 仲裁人ムスケリッヒの前で、リファルは俺に謝罪してみせた。先に事実を認めて謝罪をしたのだから、それ以上を要求するならば相応の代償が必要とか、そういうことなのかもしれない。

 ――そうか、そうか。あくまでもリトリィに頭を下げたくないわけか。

 そっちがその気なら、こっちだって意地ってものがある。二十七年間、人生をあきらめていた童貞男がやっとつかんだ希望の光、それを穢す奴には、全力で報復してやるからな。

「ムスケリッヒさん、私闘は、でしたね?」
「はい、その通りです」
「では、私はリファルという男と、私闘をしていたことを認めたいと思います」
「そうですね。それがいい……は?」

 にこやかに答えかけたムスケリッヒが、そのにこやかな顔のまま、固まる。
 一瞬ののち、全力疾走してきたリファルが、俺の胸元を両手でつかんで叫んだ。もう、なにやら泣き出さんばかりの勢いで。

「おいぃぃぃいいいいッッ!! 何を口走ってんだ、てめえはぁぁぁあああ!!」
「何って、さっきの争いを私闘と認めたいと、そう言ったんだ」
「取り消せ! 今すぐ取り消せ!! 私闘だぞ!? 懲罰だぞ!! お前にも懲罰が下るんだぞ!?」

 異様な迫力で詰め寄ってくるリファルの様子から、奴にとって、その懲罰とやらの効果は抜群なのだろうと、内心ほくそ笑む。

「そうだな。それが何か?」
「それが何か、じゃねえぇぇぇええええッッ!! お前ッ! 最低でも一カ月、下手したら三カ月は営業停止処分のうえ、ギルドで無償奉仕をやらされるんだぞ!! それも、多額の懲罰金を納めたうえでだ!!」

 ――なるほど、それは知らなかった。なあに、毒を食らわば皿までだ。お前を巻き込んで困らせることができるなら、甘んじてその処分、受けようじゃないか。

「ふ、ふざっけんじゃねえ!! たかがケモノふぜいに頭を下げなかっただけで、なんでそんな懲罰を食らわなきゃならねえんだよ!!」
「ムスケリッヒさん、今から私闘を再開したら、懲罰はより重くなりますか?」
「おいコラ、何言ってんだてめえぇぇぇえええええッッ!?」

 ムスケリッヒさん、「……たしかに、重くはなりますが……」と、これまた悩まし気なポージングを取りながら答える。いや、そのポージングは必要ないだろ。

「……ですが、いいのですか? あなたも当然、その懲罰は重くなるのですよ?」
リファルこいつが苦しむなら、望外の喜びです」
「バカやめろてめえ、ふざけんじゃねえぇぇッ!!」

 こいつがこれだけ嫌がるってことは、少なくともこいつにとっては相当に嫌な罰ということだな。これはやりがいがある。
 がっくんがっくん揺さぶられ、いい加減首が痛くなってきたところだ。ここらで反撃といきたいところだ。

「よし、今からあまり痛くないように殴ってやるから、お前も俺を殴っていいぞ、というか殴れ。私闘の再開だ」
「だからやめろっつってんだろうが、おいッッ!!」
「ムスケリッヒさん、仲裁者の目の前で、あえて私闘を再開するわけですから、最大級の懲罰をんですよね?」

 がくがくと、ほとんど振り回されるような勢いで揺さぶられながら笑顔で問いかけた俺に、ムスケリッヒさんは眉間にしわを寄せながら、暑苦しいポージングを披露した。

「……まあ、理屈の上では、ありうるでしょうね」
「やめろこのキチガイ野郎がぁぁああああああッッ!!」
「ちなみに最大で、どんな懲罰が課せられるのですか?」
「……ギルドの永久追放です」
「そうですか、私はギルド員になったその日のうちに、リファルと一緒に追放されるんですね。残念ですが、仕方ないですね」
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!! コイツはぁぁあああああああッッ!!」



 結局、俺の要求するまま、リファルはしぶしぶ、本当にしぶしぶ、リトリィに頭を下げて、彼女のことを獣臭い奴、ケモノ呼ばわりしたことを謝罪した。
 俺もそれを認め、私闘は無かったこととなった。つまり、懲罰も無しに終わった。

 正直、あそこまでリファルが取り乱すとは思わなかったが、生活が懸かっているのなら、確かに重い罰だっただろう。俺だって、ナリクァンさんから頂いた報酬がなければ、食っていけなかったわけだしな。結局、俺の力ではなく、ナリクァンさんの施しで思わぬ勝利を拾ったようなものだ。

「……むなしい勝利だった」
「てめえ……覚えてろよ!」

 別れ際に、視線だけで俺を殺せそうな勢いの目で、リファルがすごんでみせた。
 俺の隣にいるリトリィには、不自然なほど視線が向かないのが、かえって笑えた。
 だから俺は肩をすくめてみせると、右手を軽く上げて、笑ってみせた。

「ああ、死ぬまで覚えておくよ、リファル。お前がリトリィに対して、『公衆の面前で辱めるような言動を二度と取らない』と誓ったという事実を」
「……死ね、このエセ野郎めが!!」
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

旦那様が多すぎて困っています!? 〜逆ハー異世界ラブコメ〜

ことりとりとん
恋愛
男女比8:1の逆ハーレム異世界に転移してしまった女子大生・大森泉 転移早々旦那さんが6人もできて、しかも魔力無限チートがあると教えられて!? のんびりまったり暮らしたいのにいつの間にか国を救うハメになりました…… イケメン山盛りの逆ハーです 前半はラブラブまったりの予定。後半で主人公が頑張ります 小説家になろう、カクヨムに転載しています

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

【完結】愛したあなたは本当に愛する人と幸せになって下さい

高瀬船
恋愛
伯爵家のティアーリア・クランディアは公爵家嫡男、クライヴ・ディー・アウサンドラと婚約秒読みの段階であった。 だが、ティアーリアはある日クライヴと彼の従者二人が話している所に出くわし、聞いてしまう。 クライヴが本当に婚約したかったのはティアーリアの妹のラティリナであったと。 ショックを受けるティアーリアだったが、愛する彼の為自分は身を引く事を決意した。 【誤字脱字のご報告ありがとうございます!小っ恥ずかしい誤字のご報告ありがとうございます!個別にご返信出来ておらず申し訳ございません( •́ •̀ )】

奪われたものは、もう返さなくていいです

gacchi
恋愛
幼い頃、母親が公爵の後妻となったことで公爵令嬢となったクラリス。正式な養女とはいえ、先妻の娘である義姉のジュディットとは立場が違うことは理解していた。そのため、言われるがままにジュディットのわがままを叶えていたが、学園に入学するようになって本当にこれが正しいのか悩み始めていた。そして、その頃、双子である第一王子アレクシスと第二王子ラファエルの妃選びが始まる。どちらが王太子になるかは、その妃次第と言われていたが……

婚約者様、王女様を優先するならお好きにどうぞ

曽根原ツタ
恋愛
オーガスタの婚約者が王女のことを優先するようになったのは――彼女の近衛騎士になってからだった。 婚約者はオーガスタとの約束を、王女の護衛を口実に何度も破った。 美しい王女に付きっきりな彼への不信感が募っていく中、とある夜会で逢瀬を交わすふたりを目撃したことで、遂に婚約解消を決意する。 そして、その夜会でたまたま王子に会った瞬間、前世の記憶を思い出し……? ――病弱な王女を優先したいなら、好きにすればいいですよ。私も好きにしますので。

隣人はクールな同期でした。

氷萌
恋愛
それなりに有名な出版会社に入社して早6年。 30歳を前にして 未婚で恋人もいないけれど。 マンションの隣に住む同期の男と 酒を酌み交わす日々。 心許すアイツとは ”同期以上、恋人未満―――” 1度は愛した元カレと再会し心を搔き乱され 恋敵の幼馴染には刃を向けられる。 広報部所属 ●七星 セツナ●-Setuna Nanase-(29歳) 編集部所属 副編集長 ●煌月 ジン●-Jin Kouduki-(29歳) 本当に好きな人は…誰? 己の気持ちに向き合う最後の恋。 “ただの恋愛物語”ってだけじゃない 命と、人との 向き合うという事。 現実に、なさそうな だけどちょっとあり得るかもしれない 複雑に絡み合う人間模様を描いた 等身大のラブストーリー。

王妃となったアンゼリカ

わらびもち
恋愛
婚約者を責め立て鬱状態へと追い込んだ王太子。 そんな彼の新たな婚約者へと選ばれたグリフォン公爵家の息女アンゼリカ。 彼女は国王と王太子を相手にこう告げる。 「ひとつ条件を呑んで頂けるのでしたら、婚約をお受けしましょう」 ※以前の作品『フランチェスカ王女の婿取り』『貴方といると、お茶が不味い』が先の恋愛小説大賞で奨励賞に選ばれました。 これもご投票頂いた皆様のおかげです! 本当にありがとうございました!

【1/23取り下げ予定】あなたたちに捨てられた私はようやく幸せになれそうです

gacchi
恋愛
伯爵家の長女として生まれたアリアンヌは妹マーガレットが生まれたことで育児放棄され、伯父の公爵家の屋敷で暮らしていた。一緒に育った公爵令息リオネルと婚約の約束をしたが、父親にむりやり伯爵家に連れて帰られてしまう。しかも第二王子との婚約が決まったという。貴族令嬢として政略結婚を受け入れようと覚悟を決めるが、伯爵家にはアリアンヌの居場所はなく、婚約者の第二王子にもなぜか嫌われている。学園の二年目、婚約者や妹に虐げられながらも耐えていたが、ある日呼び出されて婚約破棄と伯爵家の籍から外されたことが告げられる。修道院に向かう前にリオ兄様にお別れするために公爵家を訪ねると…… 書籍化のため1/23に取り下げ予定です。

処理中です...