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第三部 異世界建築士と思い出の家

第197話:私闘

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「その辺にしておきましょう、リファル君。ギルド員同士の私闘はご法度です。分かっているでしょう?」

 舌打ちをしつつ身を起こしたリファルの背後に立っていたのは、俺よりも若干背が高かったリファルを、さらに頭一つ分越える高さの男だった。これまた筋骨隆々とした、やたらと四角い顔の上に、ヘルメットのような坊ちゃん刈りのサラサラ髪が印象的な。

 リトリィが、その男の後ろで頭を下げている。そうか、リトリィがギルドに仲裁を求めに行ってくれたのか。

 しかしこの男、でかい! さっきの、俺の両隣に座っていた男並みにでかい! 身長は二メートル以上あるんじゃないだろうか。なんだろう、大工になる条件に「高身長」とでも入っているのだろうか。

「やあ、すみませんでした。まさかこんなことになるとは」

 巨漢が、四角い顔に笑みを浮かべ、右手を差し伸べてくる。
 俺もつられて左手を上げると、その手を掴んで引き起こしてくれた。

「わたくしは、ムスケリッヒと申します。以後、お見知りおきを」

 俺が立ち上がってほこりをはらうと、それに合わせて、巨漢ムスケリッヒは体をやや縮めるようにして、俺とリファルを交互に見比べながら、困ったような笑顔で聞いてきた。
 ……腹の前でセルフ握手するかのような、妙に筋肉を見せつけるようなポージングをしながら。

「ただ、ギルドの掟で私闘は禁じられています。その場合、両成敗となってしまいます。ここであったのは、私闘ですか?」
「……いや、違う」

 リファルが、ぶっきらぼうに答える。
 うんざりしているように見えるのは、私闘に対するペナルティの内容を知っているからか、それとも筋肉ダルマムスケリッヒの暑苦しいポージングが鬱陶しいからか。

 それに対して小さくうなずいたムスケリッヒの、四角い顔にかべた笑みの、その細い目が、しかし、鋭く俺をねめつける。
 ……なるほど。私闘ではなかった、そう収めなければ……と言いたいわけだな。

「私の連れ合いに対する侮辱に対し、謝罪を要求しておりました。、私闘ではありません」
「連れ合いへの、侮辱……?」

 ムスケリッヒが、リファルの方を向く。

「てっ……てめえ! この卑怯者が!」
「リファル君? どういうことでしょうか?」
「――――ッ!!」

 糊のきいたシャツに浮かぶ体格からも、その引き締まった、鍛え上げられた肉体の様子が分かる巨漢。そんな男が、奇妙な笑みを顔に張り付けたまま、妙に丁寧な言葉を使って、詰問している。
 やはり、意味不明に筋肉を誇示するようなポージングをしながら。
 ……不気味だ。

 リファルはしばらくためらっていたが、やがて舌打ちをすると、深々と俺に向かって頭を下げた。

「……あなたの連れ合いへの侮辱を行った事実を、認めよう。申し訳ない」
「――これでよろしいですか? ……ええと」
「……ムラタです」
「そうそう、今日からギルドのメンバーになった、ムラタ君ですね。これで、お互いに納得ですか?」

 改めて顔を上げたリファルが、納得しろ、と言いたげににらみつけてくる。

「いいえ。私は、自分に謝罪が欲しいのではありません。連れ合いに向かって謝罪を求めたのです」
「……連れ合いというと、こちらのお嬢さんに、ですか?」

 ムスケリッヒは、自身の後ろに隠れるようにしていたリトリィを見下ろした。奴がリトリィを見下ろす様子は、小学生を相手にするおっさんのように見える。しかし、いちいち大げさにポージングしないでほしい。リトリィが、隠れつつも怯えている。

「なるほど。リファル君、事実ですか?」
「……知らないな。何の話だ?」

 こいつ――!
 俺には頭を下げても、リトリィにはできないって言いたいのか。
 城内街に住む連中ってのは、つまりこういう奴なんだな。そしてそれを、当たり前として生きてきたわけだ。
 あのドライフルーツの屋台の女も、広場で俺とリトリィに絡んできたクソガキどもも、そしてこいつリファルも!

「……なるほど。よく分かった。リトリィに謝るつもりはないんだな?」
「俺は仲裁人の前で謝罪をした。これ以上の謝罪は、ギルドの掟に照らしても、法に照らしても、不要のはずだ」

 妙に自信たっぷりの様子から、リファルにはおそらく、相応の自信があるのだろうと判断する。仲裁人とは、この場合、ムスケリッヒのことに違いない。
 仲裁人ムスケリッヒの前で、リファルは俺に謝罪してみせた。先に事実を認めて謝罪をしたのだから、それ以上を要求するならば相応の代償が必要とか、そういうことなのかもしれない。

 ――そうか、そうか。あくまでもリトリィに頭を下げたくないわけか。

 そっちがその気なら、こっちだって意地ってものがある。二十七年間、人生をあきらめていた童貞男がやっとつかんだ希望の光、それを穢す奴には、全力で報復してやるからな。

「ムスケリッヒさん、私闘は、でしたね?」
「はい、その通りです」
「では、私はリファルという男と、私闘をしていたことを認めたいと思います」
「そうですね。それがいい……は?」

 にこやかに答えかけたムスケリッヒが、そのにこやかな顔のまま、固まる。
 一瞬ののち、全力疾走してきたリファルが、俺の胸元を両手でつかんで叫んだ。もう、なにやら泣き出さんばかりの勢いで。

「おいぃぃぃいいいいッッ!! 何を口走ってんだ、てめえはぁぁぁあああ!!」
「何って、さっきの争いを私闘と認めたいと、そう言ったんだ」
「取り消せ! 今すぐ取り消せ!! 私闘だぞ!? 懲罰だぞ!! お前にも懲罰が下るんだぞ!?」

 異様な迫力で詰め寄ってくるリファルの様子から、奴にとって、その懲罰とやらの効果は抜群なのだろうと、内心ほくそ笑む。

「そうだな。それが何か?」
「それが何か、じゃねえぇぇぇええええッッ!! お前ッ! 最低でも一カ月、下手したら三カ月は営業停止処分のうえ、ギルドで無償奉仕をやらされるんだぞ!! それも、多額の懲罰金を納めたうえでだ!!」

 ――なるほど、それは知らなかった。なあに、毒を食らわば皿までだ。お前を巻き込んで困らせることができるなら、甘んじてその処分、受けようじゃないか。

「ふ、ふざっけんじゃねえ!! たかがケモノふぜいに頭を下げなかっただけで、なんでそんな懲罰を食らわなきゃならねえんだよ!!」
「ムスケリッヒさん、今から私闘を再開したら、懲罰はより重くなりますか?」
「おいコラ、何言ってんだてめえぇぇぇえええええッッ!?」

 ムスケリッヒさん、「……たしかに、重くはなりますが……」と、これまた悩まし気なポージングを取りながら答える。いや、そのポージングは必要ないだろ。

「……ですが、いいのですか? あなたも当然、その懲罰は重くなるのですよ?」
リファルこいつが苦しむなら、望外の喜びです」
「バカやめろてめえ、ふざけんじゃねえぇぇッ!!」

 こいつがこれだけ嫌がるってことは、少なくともこいつにとっては相当に嫌な罰ということだな。これはやりがいがある。
 がっくんがっくん揺さぶられ、いい加減首が痛くなってきたところだ。ここらで反撃といきたいところだ。

「よし、今からあまり痛くないように殴ってやるから、お前も俺を殴っていいぞ、というか殴れ。私闘の再開だ」
「だからやめろっつってんだろうが、おいッッ!!」
「ムスケリッヒさん、仲裁者の目の前で、あえて私闘を再開するわけですから、最大級の懲罰をんですよね?」

 がくがくと、ほとんど振り回されるような勢いで揺さぶられながら笑顔で問いかけた俺に、ムスケリッヒさんは眉間にしわを寄せながら、暑苦しいポージングを披露した。

「……まあ、理屈の上では、ありうるでしょうね」
「やめろこのキチガイ野郎がぁぁああああああッッ!!」
「ちなみに最大で、どんな懲罰が課せられるのですか?」
「……ギルドの永久追放です」
「そうですか、私はギルド員になったその日のうちに、リファルと一緒に追放されるんですね。残念ですが、仕方ないですね」
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!! コイツはぁぁあああああああッッ!!」



 結局、俺の要求するまま、リファルはしぶしぶ、本当にしぶしぶ、リトリィに頭を下げて、彼女のことを獣臭い奴、ケモノ呼ばわりしたことを謝罪した。
 俺もそれを認め、私闘は無かったこととなった。つまり、懲罰も無しに終わった。

 正直、あそこまでリファルが取り乱すとは思わなかったが、生活が懸かっているのなら、確かに重い罰だっただろう。俺だって、ナリクァンさんから頂いた報酬がなければ、食っていけなかったわけだしな。結局、俺の力ではなく、ナリクァンさんの施しで思わぬ勝利を拾ったようなものだ。

「……むなしい勝利だった」
「てめえ……覚えてろよ!」

 別れ際に、視線だけで俺を殺せそうな勢いの目で、リファルがすごんでみせた。
 俺の隣にいるリトリィには、不自然なほど視線が向かないのが、かえって笑えた。
 だから俺は肩をすくめてみせると、右手を軽く上げて、笑ってみせた。

「ああ、死ぬまで覚えておくよ、リファル。お前がリトリィに対して、『公衆の面前で辱めるような言動を二度と取らない』と誓ったという事実を」
「……死ね、このエセ野郎めが!!」
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