ムラタのむねあげっ!~君の居場所は俺が作る!異世界建築士の奮闘録~

狐月 耀藍

文字の大きさ
上 下
205 / 502
第三部 異世界建築士と思い出の家

第186話:思い出の庭で

しおりを挟む
「そこで、何をなすっておいでですかな?」

 背後から突然声を掛けられ、俺はもう少しで声を上げるところだった。

 思わず伸びた背筋をそのままに、ゆっくり――あえてゆっくり振り返ると、そこにいたのは、歳のころ七~八十かそこらの、腰の曲がったおばあさんだった。右手には、上品かつ繊細な細工の杖が握られている。

「あ、ええと、ですね。素敵なおうち――お庭だなと」

 嘘ではない。
 マレットさんに教えられた区画にやって来たものの、表札という文化がないこの世界では、どの家がシヴィーさんの家なのかが分かりづらく、しばらく、様子を見てうろうろしていたのだ。

 おまけに、城内街というのも、居心地の悪さに拍車がかかる。リトリィの方に、チラチラとぶしつけな視線が向けられるのを、俺も感じていた。

「ええと、実はですね、シヴィーさんのお宅を探しておりまして」
「シヴィー? うちの嫁が、なにか?」

 首をかしげるおばあさん。
 だが、その言葉に俺は思わずたじろいた。
 ちょっと待て、うちの嫁・・・・……?

「ええと、シヴィライゼス・モリニューさんの……?」
「はい、うちの嫁でございますが、あなた様は?」

 そうか、この人が。
 シヴィーさんの義母。



「まあ、シヴィーが。あの嫁も、たまには役に立つのですね」

 シヴィーさんの紹介で――と答えたらこれである。この一言で、大体、シヴィーさんの立ち位置が伺えた。なるほど、これはシヴィーさん、苦労していそうだ。

「わあ、かわいいお庭ですね!」

 リトリィはレンガの門をくぐってすぐ、目を輝かせた。

 門を通り抜けて少し奥に行くと、こじんまりとした空間にたどり着く。そこには、冬だというのに、花壇には色とりどりの可憐な花が咲き、飛び石のようにまばらな石畳が独特の模様を描く、緑豊かな庭が広がっていた。

 家はそれほど大きくないが、よく手入れがなされている昔ながらの石造りの家で、緑の庭に重厚な白い石の壁がよく映えている。
 玄関を挟んで左右対称の構造だが、右側の窓のほうには、玄関から延びる通路からつながるように、木造のテラスが設けられていた。

 なるほど、これが、マレットさんが基礎を手伝ったというテラスか。なんというか、おしゃれで可愛らしい庭なのに、そこだけ妙に角ばっていて無骨ぶこつな印象を受ける。
 マレットさんの話によればこの家の主の手による手作りらしいから、その辺は本人の気性が反映しているのか、あるいは技術的な限界か。

 それでも、テラス自体の大きさは、ざっと見た感じは、通路を含めた全体の幅がおよそ十五メートルほどか。狭い通路部分は奥行き三メートル、広い場所になると奥行き十メートル、といったところだろう。
 中央には丸いテーブルが設けられ、可愛らしい意匠の椅子が四脚、据えられている。

 マレットさんの言葉にあった通り、たった一人でこの規模のテラスを作ったのだとしたら、称賛されてしかるべきだ。

「ムラタさん、とおっしゃいましたか。どうです、テラスは修理、できそうですか?」

 老女に尋ねられ、俺は、ひきつった笑みを浮かべ、「修理自体は可能だと思われますよ」と答えるしかなかった。

「お恥ずかしい話ですが、いつもわたくしが、庭を見てはこぼしておりましたもので。あの気の利かぬ嫁も、動かざるを得なかったのでしょうねえ」

 ……どうにも居心地が悪い。シヴィーさんは、話こそ長かったものの、悪印象などなかったのだ。義母――このおばあさんのことも、別に悪く言っていた記憶はない。
 むしろ、歳を経るごとに関節痛を抱えるようになった義母のことを、大変案じていた。今回のリフォームの依頼も、それに端を発しているはず。

 にもかかわらず、このばあさん、どうもシヴィーさんのことが好きではないみたいだ。話がしづらい。
 おまけに、俺のことを外構がいこう屋か庭師かと思ったのだろうか、テラスの修理?

 シヴィーさんの話と、このばあさんの要望が食い違っている。だから、返事がしづらくって仕方がない。シヴィーさんのいないところで下手な返答をして、食い違いが拡大するとろくでもないことになるに決まっているから、うかつに答えられないところがまた、難しい。

 そういえば、マレットさんの話の中にあったっけか。このばあさん、シヴィーさんと、その旦那さん――ホプラウスといったか。たしか、結婚に反対していたんだよな?

 あれだろうか。やっぱり、シヴィーさんが獣人族ベスティリングだから、こんな冷たい言い方になるんだろうか。だとしたら、これはかなり厄介そうな依頼かもしれない。

 ……というか、リトリィ、大丈夫なのか!? あんなに庭を嬉しそうにあちこち花の匂いをかいで回っているが、このばあさんの怒りを買う前に……!

「ええと、リトリィさん、でしたか。わたくしどもの庭は、お気に召されましたか?」
「はい! とっても! この季節にこんなに花を咲かせることができるなんて、とっても素敵です! どうなさっているんですか?」
「ほ、ほ、ほ……大したことはございませんのよ」

 ……ばあさん、めちゃくちゃ機嫌がよさそうだ。リトリィ、グッジョブ……!!

「わたくしの知り合いが庭師をしておりまして、ついでにやってもらっているのですよ。ついでと言いつつ、なかなかのものでしょう?」
「ついでだなんて、そんな! だってこのプライムルのお花なんて、あとひと月は先のお花ではありませんか?」
「ふ、ふ……あなたは、たいへんお花好きな方に育てていただけたのですね?」



 その後、どうやら気に入られたらしいリトリィは、庭中の花について、ばあさんから説明を受けていた。リトリィの方も大変嬉しそうに、その話を聞いていた。
 ばあさんだからか、全く同じことを繰り返すことも何度かあったが、リトリィは、話を聞けること自体が楽しいのか、ばあさんの話に、飽きもせず、ずっと付き合っていた。

 それを横目にしながら、修理を頼まれた、例のテラスを見て回る。

 やはりというか何というか、十年近く経つ木造のテラスは、雨ざらしになる部分がかなり傷んでいた。
 この緑豊かな庭だ。湿度も高くなりがちだろうから、木材が痛みやすくなる条件がそろっている。塗装をしているわけでもないようだし、もちろん、日本でよく売られているような防腐処理材でもない。
 だから、この傷みはどうしようもないことなのだろう。

 ただ、よく見ると、雨ざらしの部分は腐ってかなり傷んでいるが、それでも、なかなか細かい装飾が入れられているのが分かった。特に手すりの部分には、すべてではないが、素人作業とはいえ、唐草風の彫り込み装飾が入れられている。

 きっと、彫刻刀か何かで、ひとつひとつ、じっくりと刻み込んだのだろう。長年の風雨による腐朽であちこちぼろぼろになっているが、それでも、このテラスを作った人物の性格が見て取れる。

 しかし、ここ最近で、テラスが、備え付けのテーブルセットが、使われたような形跡は見当たらない。まあ、テラスの傷み具合と安全とを考慮すれば、仕方ないのかもしれない。

 ただ、ばあさんがテラスの修理が可能かどうかを聞いてきたということは、このテラスを使いたいのだろう。おそらく、ホプラウスさん――何年か前に病死したという、息子さんが造った、このテラスを。

「そうなんですか? じゃあ、このお庭、息子さんと、お嫁さんでこしらえたようなものなんですね!」
「嫁など、ほとんどなんにもしていませんよ。種を植えて水をやるくらいです。この花壇も、あのテラスも、みんな、息子が手掛けたのですよ」
「お優しい息子さんなんですね。お庭をお花でいっぱいにしたかった、お母様と、お嫁さんのために、こんな素敵な庭を――」
「そうなんですよ。優しい息子で……。あのテラスで、嫁と、息子と、孫たちと一緒にお茶をしていたことが、本当に、本当に――」

 リトリィと、ばあさんの会話が漏れ聞こえてくる。

 テラスの修理を真っ先に持ち出したばあさん。
 きっと、思い出の詰まっているであろう、このテラスで、また、お茶を飲みたいのかもしれない。

 シヴィーさんの依頼があろうとなかろうと、できれば、手掛けたいな。
 この家族の、思い出の、再生を。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~

恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん) は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。 しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!? (もしかして、私、転生してる!!?) そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!! そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?

騎士団寮のシングルマザー

古森きり
恋愛
夫と離婚し、実家へ帰る駅への道。 突然突っ込んできた車に死を覚悟した歩美。 しかし、目を覚ますとそこは森の中。 異世界に聖女として召喚された幼い娘、真美の為に、歩美の奮闘が今、始まる! ……と、意気込んだものの全く家事が出来ない歩美の明日はどっちだ!? ※ノベルアップ+様(読み直し改稿ナッシング先行公開)にも掲載しましたが、カクヨムさん(は改稿・完結済みです)、小説家になろうさん、アルファポリスさんは改稿したものを掲載しています。 ※割と鬱展開多いのでご注意ください。作者はあんまり鬱展開だと思ってませんけども。

義兄に甘えまくっていたらいつの間にか執着されまくっていた話

よしゆき
恋愛
乙女ゲームのヒロインに意地悪をする攻略対象者のユリウスの義妹、マリナに転生した。大好きな推しであるユリウスと自分が結ばれることはない。ならば義妹として目一杯甘えまくって楽しもうと考えたのだが、気づけばユリウスにめちゃくちゃ執着されていた話。 「義兄に嫌われようとした行動が裏目に出て逆に執着されることになった話」のifストーリーですが繋がりはなにもありません。

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

【完結】『飯炊き女』と呼ばれている騎士団の寮母ですが、実は最高位の聖女です

葉桜鹿乃
恋愛
ルーシーが『飯炊き女』と、呼ばれてそろそろ3年が経とうとしている。 王宮内に兵舎がある王立騎士団【鷹の爪】の寮母を担っているルーシー。 孤児院の出で、働き口を探してここに配置された事になっているが、実はこの国の最も高貴な存在とされる『金剛の聖女』である。 王宮という国で一番安全な場所で、更には周囲に常に複数人の騎士が控えている場所に、本人と王族、宰相が話し合って所属することになったものの、存在を秘する為に扱いは『飯炊き女』である。 働くのは苦では無いし、顔を隠すための不細工な丸眼鏡にソバカスと眉を太くする化粧、粗末な服。これを襲いに来るような輩は男所帯の騎士団にも居ないし、聖女の力で存在感を常に薄めるようにしている。 何故このような擬態をしているかというと、隣国から聖女を狙って何者かが間者として侵入していると言われているためだ。 隣国は既に瘴気で汚れた土地が多くなり、作物もまともに育たないと聞いて、ルーシーはしばらく隣国に行ってもいいと思っているのだが、長く冷戦状態にある隣国に行かせるのは命が危ないのでは、と躊躇いを見せる国王たちをルーシーは説得する教養もなく……。 そんな折、ある日の月夜に、明日の雨を予見して変装をせずに水汲みをしている時に「見つけた」と言われて振り向いたそこにいたのは、騎士団の中でもルーシーに優しい一人の騎士だった。 ※感想の取り扱いは近況ボードを参照してください。 ※小説家になろう様でも掲載予定です。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

処理中です...