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第三部 異世界建築士と思い出の家
第183話:依頼人の素性
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「どう思う?」
「どう、って、何がですか?」
シヴィーさんが帰ったあと、リトリィに聞いてみた。
「いや、シヴィーさんの話だよ」
「お綺麗な方ですよね」
いや、そうじゃなくて。
「……ムラタさん、見損ないました」
いや、どういう意味だ?
「女の人の魅力は、年齢じゃないんですよ?」
いや、だから何の話だ?
「女の人の魅力の話です。お綺麗な方でしたよね?」
……いや、だから違う。依頼内容の話だ。
そこで初めて、リトリィは、自分たちが商売人であることに思い至ったらしい。恥ずかしそうにうつむいてしまった。
「シヴィーさんの話では、二階に寝室があって、お年を召された義母のために、家を改造したいっていうことだったよな?」
「は、はい! そうでした!」
しどろもどろになっているリトリィが可愛らしい。
あえて突っ込まずにおく。
「なんだろう、違和感を覚えないか? だって、改造する前に、まずできることはあるだろう?」
「できること、ですか……?」
目をしばたたかせるリトリィ。話がよく呑み込めていないようだ。
俺は、シヴィーさんとのやり取りでメモしたことを一つ一つ、拾っていく。
「階段の上り下りが辛いなら、単純に、義母の寝室を一階に移せば済む話じゃないか」
そう。
リフォームを試みる前に、まずは家の模様替えが先ではないだろうか。
階段の上り下りが苦になるようなら、一階で生活が完結できるようにすればいいだけの話なのだ。
「キッチンも一階にあるようだし、トイレもあるらしいし。キッチンが一階なら、体を拭くための湯を沸かして持ち運ぶのも楽だろうに。なぜそうしないんだろう」
「寝室にするためのお部屋が、ないのかもしれませんよ?」
「全くない、というわけでもないだろう。たとえば、リビングの半分をカーテンや衝立で区切るというのもあると思うんだけどな」
完全な壁をこしらえなくても、タンスや本棚などを壁として配置することで、ある程度プライバシーを保つこともできるはずだ。
「……お義母様が、寝室に思い入れがあるとか?」
「壁に掛けた肖像画とか、調度品とかか? それなら新しい寝室に移動させれば済む話じゃないか」
「えっと、そうでなくて……」
二人で話をしていても埒が明かない。今度また来られた時に、そのあたりを聞いてみるしかないだろう。
「シヴィーさん? 犬属人の? ……ああ、それなら知ってるよ。あそこの家のテラスは、オレも関わってるからよ」
マレットさんがこともなげに言う。
やはり、先達はあらまほしきことなり。分からないことは、聞いて正解だった。
「基礎だけは、職人の手を借りたいと言ってきてな。オレも一緒に整えたんだ。誰とって、そりゃ、ホプラウスの奴だよ。――ああ、シヴィーさんの旦那だった男だ」
マレットさんは、マイセルからカップを受け取ると、それを一気にあおる。マイセルは慣れた様子で、空になったカップに紅茶を注いだ。俺とリトリィには、茶菓子を改めてすすめてくる。ありがたくいただくと、はにかんだような笑顔をマイセルは浮かべた。
今日のマイセルは、これまたリトリィを真似したのか、紺のシックなドレス、そしてレースのフリルでふんだんに縁どられたエプロンを身に着けて、給仕をしている。
リトリィが、思わず苦笑してしまうくらいに可愛らしい姿だ。
「私、覚えてます。私もお手伝いに行きましたし。私が七つのときでした」
「そうだったか?」
「お父さんたら、ホプラウスさんのこと、まるで弟子みたいに怒鳴りながら、一緒に作業してたでしょ? お客さんなのに。だから覚えてるの」
マイセルの言葉に、マレットさんが頭をかきながら笑う。
「専業を差し置いて自分で作りたいって言ったんだ、だったら専業と同じだけの仕事をさせてやらねえとな」
言葉は尊大だが、マレットさんがそれを、意地悪でしたとは思えない。素人なりの心意気を汲み取って、おそらく、最も重要な基礎だけは、ちゃんと形にしてやろうと思ってのことだったのではないだろうか。
「たしか、完成までに二年くらいかかったかな? 素人が一人で作るのはなかなか大変だったとは思うが、まあ、なかなかのものができてたよ。基礎ができてからはほとんど手伝ってねえから、よくやったんじゃねえかな」
そう言ってカップの紅茶を飲み干すと、マイセルがさらにおかわりを注いだ。
「……で、なんでシヴィーさんがあんたのところに?」
「私もそのあたりはよく分からないんですが、フィネスさんの紹介だそうです」
「ああ、なるほどな」
フィネスさんの名を出すと、マレットさんはリトリィを見て、そして納得したようだった。
「そういうつながりか。あんた、いい伝手を持ったな」
「いえ、そもそもあの小屋を建てた主だというのが、理由の一つになっているようです。マレットさんのおかげですよ」
マレットさんはにやっと笑い、小さくうなずいてみせたあと、しかし、真面目な顔に戻った。
「……いや、俺は関係ない。謙遜は美徳だがし過ぎるのは良くない、あんたがフィネスさんを軸に広げた人脈だ。大事にしろよ」
「人脈というか……まだ、見積もりもしていない、正直、どういう方なのかもよく分からないお客さんですけどね」
俺の言葉に、マレットさんは軽く眉を動かす。
「何言ってやがる。あのモリニュー夫人だぞ?」
「モリニュー夫人?」
「シヴィーさんだろう? 犬属人の。間違いない、シヴィライゼス・モリニューさんだ」
「ええと……?」
マレットさんが何を言おうとしているのか、よく分からない。
モリニューというのが、シヴィーさんの名字であるのは分かった。しかしそれが……?
「分からないか? 姓もちだぞ?」
「――あ……!」
そうだ、思い出した。
この世界の平民には、苗字がない。
つまり、シヴィーさんは――シヴィーさんの家は、それなりの名家である、ということか。
「そういうことだ。あんたは本当に運がいいというか、運を引き寄せるらしいな」
そう言って、ばりばりと頭をかく。
「あんたの今回の顧客は、門衛騎士ホプラスルフロッグ・モリニューが妻、シヴィライゼス・モリニュー夫人、その人だ」
マレットさん曰く、シヴィーさんの旦那であるホプラウスさんは、寡黙な男性、ということらしい。
「ホプラウスは思い込んだら一直線の奴でな。普段あまりしゃべらない奴だし、口下手なんだが、その分、行動力はすごかった」
マレットさんが、やけに遠い目をする。口元が緩んでいるのは、思い出し笑いか?
「シヴィーさんに結婚を申し込むときなんか、絶対に反対するはずだった母親を説得するために、俺たちに根回しを要求したりしてさ」
「反対?」
「そりゃそうだろ、リトリィさんほどじゃないにしろ、やっぱり獣人族だからな。反対する人も多いだろう」
……本当に嫌な話だ。獣人族への差別。リトリィはまだ、ジルンディール工房の鍛冶ということから、扱いがマシのようだが……。
「――まして姓もちの、世襲の門衛騎士だ。下級貴族の姫さんから妻を迎える権利もあるんだぞ? それが街娘の、しかも獣人族の娘を連れてきたなんて、どこの親が納得すると思う」
門衛騎士――門番の騎士、ということか? 世襲ということは、――ひょっとして、リトリィを知っていたあの門番、あの男が、シヴィーさんの息子とか?
「いや。シヴィーさんの息子はもう、亡くなっている。流行病でな」
――ああ、そういえば、ペリシャさんも、家族を流行病で亡くしていたんだっけ。戦争とかがなくても、死が、日本よりずっと身近だということか。
「ホプラウスも数年前に死んだ。あの家はもう、後継になる男がいない。今の代――縁起でもねえことを言うが、シヴィーさんが亡くなったら、門衛騎士モリニューの名は、消えることになるかもしれん」
そう言って、マレットさんは、ちいさくため息をついた。
「まあ、とにかくだ。そんなわけで、ホプラウスのヤツがシヴィーさんと結婚するってのは、これは相当な事件だったんだ」
「門外街でも、ですか」
「そうだ、それが現実だ。あんたにも、リトリィさんにも悪いが」
リトリィが、わずかに俺に身を寄せたのが分かった。テーブルの下で、そっと手を伸ばし、彼女の手を握る。弱々しく握り返してくる彼女の手の温もりに、俺はもう少しだけ、力をこめた。
リトリィが、俺を見上げる。
俺はそちらを見はしなかったが、しかし、彼女の手を、改めて、しっかりと握りしめる。
大丈夫だ。
俺が、お前を、愛している。
「どう、って、何がですか?」
シヴィーさんが帰ったあと、リトリィに聞いてみた。
「いや、シヴィーさんの話だよ」
「お綺麗な方ですよね」
いや、そうじゃなくて。
「……ムラタさん、見損ないました」
いや、どういう意味だ?
「女の人の魅力は、年齢じゃないんですよ?」
いや、だから何の話だ?
「女の人の魅力の話です。お綺麗な方でしたよね?」
……いや、だから違う。依頼内容の話だ。
そこで初めて、リトリィは、自分たちが商売人であることに思い至ったらしい。恥ずかしそうにうつむいてしまった。
「シヴィーさんの話では、二階に寝室があって、お年を召された義母のために、家を改造したいっていうことだったよな?」
「は、はい! そうでした!」
しどろもどろになっているリトリィが可愛らしい。
あえて突っ込まずにおく。
「なんだろう、違和感を覚えないか? だって、改造する前に、まずできることはあるだろう?」
「できること、ですか……?」
目をしばたたかせるリトリィ。話がよく呑み込めていないようだ。
俺は、シヴィーさんとのやり取りでメモしたことを一つ一つ、拾っていく。
「階段の上り下りが辛いなら、単純に、義母の寝室を一階に移せば済む話じゃないか」
そう。
リフォームを試みる前に、まずは家の模様替えが先ではないだろうか。
階段の上り下りが苦になるようなら、一階で生活が完結できるようにすればいいだけの話なのだ。
「キッチンも一階にあるようだし、トイレもあるらしいし。キッチンが一階なら、体を拭くための湯を沸かして持ち運ぶのも楽だろうに。なぜそうしないんだろう」
「寝室にするためのお部屋が、ないのかもしれませんよ?」
「全くない、というわけでもないだろう。たとえば、リビングの半分をカーテンや衝立で区切るというのもあると思うんだけどな」
完全な壁をこしらえなくても、タンスや本棚などを壁として配置することで、ある程度プライバシーを保つこともできるはずだ。
「……お義母様が、寝室に思い入れがあるとか?」
「壁に掛けた肖像画とか、調度品とかか? それなら新しい寝室に移動させれば済む話じゃないか」
「えっと、そうでなくて……」
二人で話をしていても埒が明かない。今度また来られた時に、そのあたりを聞いてみるしかないだろう。
「シヴィーさん? 犬属人の? ……ああ、それなら知ってるよ。あそこの家のテラスは、オレも関わってるからよ」
マレットさんがこともなげに言う。
やはり、先達はあらまほしきことなり。分からないことは、聞いて正解だった。
「基礎だけは、職人の手を借りたいと言ってきてな。オレも一緒に整えたんだ。誰とって、そりゃ、ホプラウスの奴だよ。――ああ、シヴィーさんの旦那だった男だ」
マレットさんは、マイセルからカップを受け取ると、それを一気にあおる。マイセルは慣れた様子で、空になったカップに紅茶を注いだ。俺とリトリィには、茶菓子を改めてすすめてくる。ありがたくいただくと、はにかんだような笑顔をマイセルは浮かべた。
今日のマイセルは、これまたリトリィを真似したのか、紺のシックなドレス、そしてレースのフリルでふんだんに縁どられたエプロンを身に着けて、給仕をしている。
リトリィが、思わず苦笑してしまうくらいに可愛らしい姿だ。
「私、覚えてます。私もお手伝いに行きましたし。私が七つのときでした」
「そうだったか?」
「お父さんたら、ホプラウスさんのこと、まるで弟子みたいに怒鳴りながら、一緒に作業してたでしょ? お客さんなのに。だから覚えてるの」
マイセルの言葉に、マレットさんが頭をかきながら笑う。
「専業を差し置いて自分で作りたいって言ったんだ、だったら専業と同じだけの仕事をさせてやらねえとな」
言葉は尊大だが、マレットさんがそれを、意地悪でしたとは思えない。素人なりの心意気を汲み取って、おそらく、最も重要な基礎だけは、ちゃんと形にしてやろうと思ってのことだったのではないだろうか。
「たしか、完成までに二年くらいかかったかな? 素人が一人で作るのはなかなか大変だったとは思うが、まあ、なかなかのものができてたよ。基礎ができてからはほとんど手伝ってねえから、よくやったんじゃねえかな」
そう言ってカップの紅茶を飲み干すと、マイセルがさらにおかわりを注いだ。
「……で、なんでシヴィーさんがあんたのところに?」
「私もそのあたりはよく分からないんですが、フィネスさんの紹介だそうです」
「ああ、なるほどな」
フィネスさんの名を出すと、マレットさんはリトリィを見て、そして納得したようだった。
「そういうつながりか。あんた、いい伝手を持ったな」
「いえ、そもそもあの小屋を建てた主だというのが、理由の一つになっているようです。マレットさんのおかげですよ」
マレットさんはにやっと笑い、小さくうなずいてみせたあと、しかし、真面目な顔に戻った。
「……いや、俺は関係ない。謙遜は美徳だがし過ぎるのは良くない、あんたがフィネスさんを軸に広げた人脈だ。大事にしろよ」
「人脈というか……まだ、見積もりもしていない、正直、どういう方なのかもよく分からないお客さんですけどね」
俺の言葉に、マレットさんは軽く眉を動かす。
「何言ってやがる。あのモリニュー夫人だぞ?」
「モリニュー夫人?」
「シヴィーさんだろう? 犬属人の。間違いない、シヴィライゼス・モリニューさんだ」
「ええと……?」
マレットさんが何を言おうとしているのか、よく分からない。
モリニューというのが、シヴィーさんの名字であるのは分かった。しかしそれが……?
「分からないか? 姓もちだぞ?」
「――あ……!」
そうだ、思い出した。
この世界の平民には、苗字がない。
つまり、シヴィーさんは――シヴィーさんの家は、それなりの名家である、ということか。
「そういうことだ。あんたは本当に運がいいというか、運を引き寄せるらしいな」
そう言って、ばりばりと頭をかく。
「あんたの今回の顧客は、門衛騎士ホプラスルフロッグ・モリニューが妻、シヴィライゼス・モリニュー夫人、その人だ」
マレットさん曰く、シヴィーさんの旦那であるホプラウスさんは、寡黙な男性、ということらしい。
「ホプラウスは思い込んだら一直線の奴でな。普段あまりしゃべらない奴だし、口下手なんだが、その分、行動力はすごかった」
マレットさんが、やけに遠い目をする。口元が緩んでいるのは、思い出し笑いか?
「シヴィーさんに結婚を申し込むときなんか、絶対に反対するはずだった母親を説得するために、俺たちに根回しを要求したりしてさ」
「反対?」
「そりゃそうだろ、リトリィさんほどじゃないにしろ、やっぱり獣人族だからな。反対する人も多いだろう」
……本当に嫌な話だ。獣人族への差別。リトリィはまだ、ジルンディール工房の鍛冶ということから、扱いがマシのようだが……。
「――まして姓もちの、世襲の門衛騎士だ。下級貴族の姫さんから妻を迎える権利もあるんだぞ? それが街娘の、しかも獣人族の娘を連れてきたなんて、どこの親が納得すると思う」
門衛騎士――門番の騎士、ということか? 世襲ということは、――ひょっとして、リトリィを知っていたあの門番、あの男が、シヴィーさんの息子とか?
「いや。シヴィーさんの息子はもう、亡くなっている。流行病でな」
――ああ、そういえば、ペリシャさんも、家族を流行病で亡くしていたんだっけ。戦争とかがなくても、死が、日本よりずっと身近だということか。
「ホプラウスも数年前に死んだ。あの家はもう、後継になる男がいない。今の代――縁起でもねえことを言うが、シヴィーさんが亡くなったら、門衛騎士モリニューの名は、消えることになるかもしれん」
そう言って、マレットさんは、ちいさくため息をついた。
「まあ、とにかくだ。そんなわけで、ホプラウスのヤツがシヴィーさんと結婚するってのは、これは相当な事件だったんだ」
「門外街でも、ですか」
「そうだ、それが現実だ。あんたにも、リトリィさんにも悪いが」
リトリィが、わずかに俺に身を寄せたのが分かった。テーブルの下で、そっと手を伸ばし、彼女の手を握る。弱々しく握り返してくる彼女の手の温もりに、俺はもう少しだけ、力をこめた。
リトリィが、俺を見上げる。
俺はそちらを見はしなかったが、しかし、彼女の手を、改めて、しっかりと握りしめる。
大丈夫だ。
俺が、お前を、愛している。
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