ムラタのむねあげっ!~君の居場所は俺が作る!異世界建築士の奮闘録~

狐月 耀藍

文字の大きさ
上 下
199 / 438
第三部 異世界建築士と思い出の家

第180話:ムラタさんのお嫁さんは

しおりを挟む
「ムラタさん、見つけました!」

 夕飯の食材の買い出しに来ると、こうして、マイセルと出会うことがある。
 出会うというより、向こうが突撃してきて飛びついてくるのだが。

 出会うたびに、嬉しそうに、マレットさんから教えてもらった技や、新しく知った道具の使い方などを報告してくる。最近は、釘を使わない継ぎ手について、色々教えてもらっているらしい。

「早くムラタさんのもとに嫁げるように、頑張ってるんですよ!」

 なるほど、俺のために。
 そいつは嬉しい、女性から好意を向けられるのは実に結構なことだ。

 ――だが。

 うしろから、無言の笑顔で圧を放っているのを、ものすごく感じますので、リトリィさん、頼むから尻尾でばさっと音をたてたりしないでください。

 そしてマイセルちゃん、それ以上しがみつかないでもらえますか。マイセルちゃんと会った夜は、リトリィが荒ぶるのです。昨日も昼間からあれだけ搾り取られて、そのうえで今夜も、というのは、さすがに本気で長生きできそうにない気がするのです。

 ――などと言えるかっ!

「マイセル、行くぞ。ムラタ……さんが困ってるだろ」
「じゃあ、お兄ちゃんが先に帰ればいいじゃない」

 微妙に、俺の名と敬称の間に奇妙ながあったのは気のせいではないだろう。だが許すハマーよ、そのままマイセルちゃんを連れて帰ってやってくれ頼むホントに。

「……しょうがない奴だな。早めに帰って来いよ、夕飯の準備があるんだからな」
「はぁい」

 No! NoooOOOOO!!
 待て! 俺を見捨てて帰るなハマー!!



「……だからお姉さまは、髪を編みこまないんですね」

 意外に仲良く話が盛り上がるリトリィとマイセルが座るベンチの端で、俺は心を無にしていた。いつ俺に飛び火してくるか分からないこの状況で、口を開けるなんてできるものか。

「ええ。ムラタさんは、このままの髪を好まれますから」
「でも、そんなに長いと、家事の邪魔になったりしませんか?」
「わたしは、ムラタさんが好きな姿でいたいですから」

 自身の、ややくせっけのある、ふわふわした金の髪をひとふさ、手に取ると、ふふ、と笑うリトリィ。

「ムラタさんって、わたしの髪を手櫛てぐしですくのがお好きみたいで。だから、それがわたしの、最近の楽しみなんです。髪を編んでいたら、それもしていただけませんから」

 聞いてマイセルが、頬を染めてうつむく。

 が、
 それは、結婚のための三儀式の一つ、『櫛流し』の一つに数えられる行為だ。

 つまり、マイセルが頬を染めたのは、女性の髪をすくという行為が、夫婦か、でなければ、行われないはずのものだからだろう。

 ……いや、そんなに俺、手櫛なんかやってるか?
 たしかに彼女とベッドにいる間はいつもしているが、それ以外になんて……

 ……彼女とのすれちがいざまとか、彼女がキッチンに立っているときとか、彼女が洗い物を干しているときとか、図書館で調べもの中……は、ずっとか……。

 ……あ、ほんとだ、いつもリトリィの髪をいじっている気がする。
 ヤバい、いつのまにか俺、リトリィへの依存度がやたら高いぞ?

「ですから、わたしは髪を編まないんです。ムラタさんが欲しいと思ってくださる、そんなわたしでありたいですから」

 そう言って、改めてマイセルに向けて微笑みかけるリトリィ。
 ……うん、どこからどう見ても妹を見守る姉だ。いや、天使だ。というか聖母さまだ。

 でも本当は、そうやって「ムラタさんに愛されるのはわたし」を、マイセルに一生懸命アピールしているのではないだろうか。
 そう見えないのは、結局は彼女の、手の内を全部さらけ出してしまう、誠実な人柄ゆえだろう。

 そんなリトリィをしばらく見上げていたマイセルは、真剣な表情でうつむき、そして真剣な顔のまま、再びリトリィを見上げた。

「わ、私もお姉さまみたいに髪を下ろしたら、ムラタさんは、もう少し私を大人扱いしてくれるでしょうか!」
「……はい?」
「この三つ編みを下ろしたら、ムラタさんはもう少し大人扱いしてくれますか?」

 リトリィが、笑顔のまま固まる。

「お姉さまは、ムラタさんのために、髪を編まないんですよね? ムラタさんは、そんなお姉さまの髪を、いつも手櫛ですいてくださるんですよね?」

 固まったままのリトリィに、マイセルは、さらに詰め寄った。

「だったら……私も髪を下ろしたら、ムラタさんは私の髪も、触りたくなってくれますか!?」

 ……いや、その、あの、マイセルよ。
 あまりその……リトリィを困らせないでやってくれるかな?
 ていうかですね、その「ムラタさん」本人が、この俺が、リトリィを挟んですぐ隣にいるって、忘れてない?

「ムラタさん、私を前にすると、いつも笑ってごまかすんです。でもお姉さまになら、そんなこと、ないでしょう? 教えてください。私もお姉さまみたいに、ムラタさんに愛される女の子になりたいんです!」

 ぐふぅっ!?
 つまり笑ってごまかすヘタレだと、本人を目の前に突きつけられた!?

 ――っておい、リトリィ! 真剣に同情するような表情で――ちょっと! 「可哀想に」じゃないよ! そんなでっかいため息つきながら「ムラタさんを好きになってしまった女同士、しかたないですけれど」って、おい!

 俺か!? 俺のせいなのか!?
 これでも君に対してはヘタレじゃなくなっただろう!? 



「……マイセルちゃんが可哀想です」

 マイセルをマレットさんの家まで送ったあと、リトリィがため息をつきながら、ぽつりとつぶやいた。

 ――おい。
 そこは同意しないからな?
 俺はリトリィ、君のために誠実であろうとしてだな……!

「前にも言ってしまいましたけれど、ムラタさんのそれは誠実なのではなくて、ただの先延ばしです」

 ぐぼぁァッ!!
 今の一撃、……効いたぜ、鳩尾へのパンチソーラープレキサス・ブローの如く……!!

「……どうせ、二人目のお嫁さんとしてお迎えするのが決まっている子なんです。せめて、もうすこしはっきりと、歓迎している態度をとってあげてください」
「だ、だから、俺はリトリィのことを愛していて……」

 しかしその続きを、リトリィは言わせてくれなかった。
 
「それは十分にわかっています。ムラタさん、あなたがわたしのことを一番に考えてくださるのはうれしいです。けれど、でも、マイセルちゃんの気持ちも、もうすこし、考えてあげてください」
「俺がそこまで器用な男じゃないの、分かってるだろう?」
「そんなの、わたしだって同じです」

 彼女の澄んだ瞳が、透明な青紫の瞳が、――揺れている。

「わたしだって、あなたを独り占めしたい、あなたに独り占めされたい――そんなの、分かってくださっているでしょう?
 ムラタさんのお嫁さんはわたしなの――そう言いたかった!」

 怒っているのか、悲しんでいるのか。どちらとも言い切れない複雑な目で。

「でも……それでも、同じひとを好きになった女どうし、なんとか気持ちに折り合いをつけて、仲良くやっていきたいんです。それなのに、だんなさまになるあなたがしっかりしてくださらないと、わたしだって……!」

 やや非難めいた物言いに、俺は居心地の悪さを感じ、つい、売り言葉に買い言葉、口をついて出てしまった。

「だったら、リトリィは気にしないっていうのか? 俺がマイセルを抱いても――」

 言ってしまってから、気づいた。
 ――言ってはならないことだった、それだけは。

 大きく目を見開いたリトリィの、その目から、ついにぼろぼろと、大粒の雫があふれ、零れ落ちていくさまを見て。

 往来の真ん中で、また、彼女を泣かせて。

 ……俺は、愛するひとを、傷つけてからやっと気づくような、いまだに特大級の阿呆だった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

赤ずきんちゃんと狼獣人の甘々な初夜

真木
ファンタジー
純真な赤ずきんちゃんが狼獣人にみつかって、ぱくっと食べられちゃう、そんな甘々な初夜の物語。

番から逃げる事にしました

みん
恋愛
リュシエンヌには前世の記憶がある。 前世で人間だった彼女は、結婚を目前に控えたある日、熊族の獣人の番だと判明し、そのまま熊族の領地へ連れ去られてしまった。それからの彼女の人生は大変なもので、最期は番だった自分を恨むように生涯を閉じた。 彼女は200年後、今度は自分が豹の獣人として生まれ変わっていた。そして、そんな記憶を持ったリュシエンヌが番と出会ってしまい、そこから、色んな事に巻き込まれる事になる─と、言うお話です。 ❋相変わらずのゆるふわ設定で、メンタルも豆腐並なので、軽い気持ちで読んで下さい。 ❋独自設定有りです。 ❋他視点の話もあります。 ❋誤字脱字は気を付けていますが、あると思います。すみません。

こわいかおの獣人騎士が、仕事大好きトリマーに秒で堕とされた結果

てへぺろ
恋愛
仕事大好きトリマーである黒木優子(クロキ)が召喚されたのは、毛並みの手入れが行き届いていない、犬系獣人たちの国だった。 とりあえず、護衛兼監視役として来たのは、ハスキー系獣人であるルーサー。不機嫌そうににらんでくるものの、ハスキー大好きなクロキにはそんなの関係なかった。 「とりあえずブラッシングさせてくれません?」 毎日、獣人たちのお手入れに精を出しては、ルーサーを(犬的に)愛でる日々。 そのうち、ルーサーはクロキを女性として意識するようになるものの、クロキは彼を犬としかみていなくて……。 ※獣人のケモ度が高い世界での恋愛話ですが、ケモナー向けではないです。ズーフィリア向けでもないです。

キャンプに行ったら異世界転移しましたが、最速で保護されました。

新条 カイ
恋愛
週末の休みを利用してキャンプ場に来た。一歩振り返ったら、周りの環境がガラッと変わって山の中に。車もキャンプ場の施設もないってなに!?クマ出現するし!?と、どうなることかと思いきや、最速でイケメンに保護されました、

【完結】番(つがい)でした ~美しき竜人の王様の元を去った番の私が、再び彼に囚われるまでのお話~

tea
恋愛
かつて私を妻として番として乞い願ってくれたのは、宝石の様に美しい青い目をし冒険者に扮した、美しき竜人の王様でした。 番に選ばれたものの、一度は辛くて彼の元を去ったレーアが、番であるエーヴェルトラーシュと再び結ばれるまでのお話です。 ヒーローは普段穏やかですが、スイッチ入るとややドS。 そして安定のヤンデレさん☆ ちょっぴり切ない、でもちょっとした剣と魔法の冒険ありの(私とヒロイン的には)ハッピーエンド(執着心むき出しのヒーローに囚われてしまったので、見ようによってはメリバ?)のお話です。 別サイトに公開済の小説を編集し直して掲載しています。

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

美幼女に転生したら地獄のような逆ハーレム状態になりました

市森 唯
恋愛
極々普通の学生だった私は……目が覚めたら美幼女になっていました。 私は侯爵令嬢らしく多分異世界転生してるし、そして何故か婚約者が2人?! しかも婚約者達との関係も最悪で…… まぁ転生しちゃったのでなんとか上手く生きていけるよう頑張ります!

騎士団寮のシングルマザー

古森きり
恋愛
夫と離婚し、実家へ帰る駅への道。 突然突っ込んできた車に死を覚悟した歩美。 しかし、目を覚ますとそこは森の中。 異世界に聖女として召喚された幼い娘、真美の為に、歩美の奮闘が今、始まる! ……と、意気込んだものの全く家事が出来ない歩美の明日はどっちだ!? ※ノベルアップ+様(読み直し改稿ナッシング先行公開)にも掲載しましたが、カクヨムさん(は改稿・完結済みです)、小説家になろうさん、アルファポリスさんは改稿したものを掲載しています。 ※割と鬱展開多いのでご注意ください。作者はあんまり鬱展開だと思ってませんけども。

処理中です...