167 / 502
第二部 異世界建築士と大工の娘
第154話:あなたに逢いたくて
しおりを挟む
「ペリシャさんから、少し、不思議な話を聞いたのだけれど」
――――ッ!!
思わず立ち上がりそうになり、テーブルに腿を打ち付ける。
しかしテーブル――たぶん大理石製――はびくともせず、俺はそのまま椅子に崩れ落ち、一人で腿を押さえて悶絶することに。
「なにを、驚いていらっしゃるのかしら?」
「い――いえ、その……」
「その態度……私が、何を申し上げたいか、お分かりになられている、ということかしら?」
あれだ、あの話だ……間違いない。
腿を抱えて悶絶する俺を、感情のない目で見降ろしながら、ナリクァン夫人は続けた。
「わたしはね、あの子を気に入っているのですよ。教養はあまりないようですが、あの子の生まれや育ちを考えれば、あれで十分です。むしろ、あの子の立ち居振る舞いから、お育てになられたジルンディール夫人のお人柄が偲ばれますわ」
控え目で、けれど芯の強さを感じさせるリトリィの姿を思い出す。
「控え目なのが過ぎて、少々自信なさげなところは気になるところではありますけれど。それでも、奢るよりはずっといいわね。それでいて、あなたに関しては譲らない頑固さも可愛らしいですし。ペリシャさんも気に入るわけです」
俺に関して譲らない? リトリィ、一体ナリクァンさんに何を言ったんだ?
「――ですからね、ペリシャさんから聞いたこと、少し――気になっているのですよ?」
……ぜったいすこしじゃない。ぜんぜんすこしじゃない!
背筋に冷たいものが走る。
ナリクァンさんの顔に貼り付いた笑みが――感情をあえて面に出していない目が、ものすごく怖い……!!
「あの、マレットさんのところのお嬢さんだったかしら? 大工の娘さん――」
……来た!!
俺の心臓が大きく跳ね上がった、その瞬間だった。
「奥様、お客様でございます」
先刻、ナリクァンさんから手紙を預かっていた男が、庭の隅から姿を現した。
「――正確には、そちらのお客様に対してのお客様、となりますが」
「あら、ムラタさんにお客さんとは、どういうことかしら。マレットさんだったら、お待ちいただいて?」
ナリクァンさんの声が、冷たく、事務的に聞こえる。
今この時間を邪魔させるな、とでも言いたげな。
「いえ、リトラエイティル様でございます。……応接室でお待ちいただきますか?」
――――!?
別の意味で心臓が跳ね上がる!
リトリィ!? なぜここに!?
ナリクァンさんも目を丸くし、次いで、こちらにお連れするようにと、先ほどの冷たい笑みとは打って変わって相好を崩した。
「お久しぶりです、奥様」
……一瞬、誰かと思った。
胸元のやや大きく開いた、さわやかな青いドレス。
襟ぐりや袖口からはレースのフリルがこぼれ、彼女の胸元を艶やかに彩り、指先はかろうじて見える程度。
彼女の、こぼれそうな胸のふくらみを強調するような、細く絞られた腰回りから広がるスカートは、幾重にも重なり豊かなひだを作り出し、不自然にならない程度にふんわりとしている。
ドレスの生地自体は、艶もなく落ち着いた色合いだが、腰に幾重にも巻かれた、さらさらと揺れる細い金の鎖が、キラキラと冬の穏やかな日差しを反射し、華やかさを加えている。
手には真っ白でつばの広い帽子と、畳まれてはいるが白いレースの日傘。腕には、やや大きめの、これまたレースをふんだんに使った上品な手提げのバッグ。
そして、金の毛並みに覆われた顔、三角に突き出した耳。
髪は、あのくせっけのあるふわふわした髪ではなく、しっとりと落ち着いた、ややウェーブがかったストレートとなり、すらりと胸元に降りる両サイドの横髪は、先端がやや巻き毛のようになった、どこか良家のお嬢様を想像させる品の良い感じになっている。
やや緊張気味の、淡い、透明な青紫の瞳は、どこか潤んだ様子で、俺を見上げていた。
そっと腰を落とすようにして礼をしたその女性は、全く見慣れぬ装いではあったけれど、まぎれもなく、見間違いようもなく、リトリィだった。
「あら、可愛らしいドレスね。この配色は、ペリシャさんによるものかしら?」
ナリクァンさんは上機嫌で立ち上がると、扇を寄せるようにしてリトリィを招き寄せる。
リトリィは一礼してから、ドレスの端をつまむようにして、テラスを上ってきた。
彼女はドレスのような裾の長い服などほとんど着たことなどないはずだから、こうした作法は、おそらく、先日、ナリクァンさんにいただいた指導の賜物だろう。
「はい。タキイ夫人から……」
「よく似合ってるわ。あの子の感覚、私も好きなのよね」
やって来たリトリィを自分の隣に招く、どこかはしゃぐようなナリクァンさんは、先ほどまでの冷たい視線を放つ同一人物とは、とても思えない。執事に対してすぐにリトリィの茶と茶菓子を用意するように言うと、隣に座らせる。
しかし、驚いた。
彼女は山から下りてきたはずで、だったら服装は当然旅装のはず、という思い込みがあった。
こんな繊細なドレスを着て、山から下りてこれるはずがない。ペリシャさんが選んだ、という話のようだから、街にたどり着いたリトリィを発見したペリシャさんが拉致し、着替えさせたのだろうと想像できる。
なんのために?
――などという疑問を持つだけ野暮というものだ。
あの、世話焼きペリシャさんのことだ。
答えは、簡単だ。
俺に、見せつけるためだ。
――あなたのリトリィは、ここに、こうして、いるのだと。
――ああ、実に効果的だ。
――――ッ!!
思わず立ち上がりそうになり、テーブルに腿を打ち付ける。
しかしテーブル――たぶん大理石製――はびくともせず、俺はそのまま椅子に崩れ落ち、一人で腿を押さえて悶絶することに。
「なにを、驚いていらっしゃるのかしら?」
「い――いえ、その……」
「その態度……私が、何を申し上げたいか、お分かりになられている、ということかしら?」
あれだ、あの話だ……間違いない。
腿を抱えて悶絶する俺を、感情のない目で見降ろしながら、ナリクァン夫人は続けた。
「わたしはね、あの子を気に入っているのですよ。教養はあまりないようですが、あの子の生まれや育ちを考えれば、あれで十分です。むしろ、あの子の立ち居振る舞いから、お育てになられたジルンディール夫人のお人柄が偲ばれますわ」
控え目で、けれど芯の強さを感じさせるリトリィの姿を思い出す。
「控え目なのが過ぎて、少々自信なさげなところは気になるところではありますけれど。それでも、奢るよりはずっといいわね。それでいて、あなたに関しては譲らない頑固さも可愛らしいですし。ペリシャさんも気に入るわけです」
俺に関して譲らない? リトリィ、一体ナリクァンさんに何を言ったんだ?
「――ですからね、ペリシャさんから聞いたこと、少し――気になっているのですよ?」
……ぜったいすこしじゃない。ぜんぜんすこしじゃない!
背筋に冷たいものが走る。
ナリクァンさんの顔に貼り付いた笑みが――感情をあえて面に出していない目が、ものすごく怖い……!!
「あの、マレットさんのところのお嬢さんだったかしら? 大工の娘さん――」
……来た!!
俺の心臓が大きく跳ね上がった、その瞬間だった。
「奥様、お客様でございます」
先刻、ナリクァンさんから手紙を預かっていた男が、庭の隅から姿を現した。
「――正確には、そちらのお客様に対してのお客様、となりますが」
「あら、ムラタさんにお客さんとは、どういうことかしら。マレットさんだったら、お待ちいただいて?」
ナリクァンさんの声が、冷たく、事務的に聞こえる。
今この時間を邪魔させるな、とでも言いたげな。
「いえ、リトラエイティル様でございます。……応接室でお待ちいただきますか?」
――――!?
別の意味で心臓が跳ね上がる!
リトリィ!? なぜここに!?
ナリクァンさんも目を丸くし、次いで、こちらにお連れするようにと、先ほどの冷たい笑みとは打って変わって相好を崩した。
「お久しぶりです、奥様」
……一瞬、誰かと思った。
胸元のやや大きく開いた、さわやかな青いドレス。
襟ぐりや袖口からはレースのフリルがこぼれ、彼女の胸元を艶やかに彩り、指先はかろうじて見える程度。
彼女の、こぼれそうな胸のふくらみを強調するような、細く絞られた腰回りから広がるスカートは、幾重にも重なり豊かなひだを作り出し、不自然にならない程度にふんわりとしている。
ドレスの生地自体は、艶もなく落ち着いた色合いだが、腰に幾重にも巻かれた、さらさらと揺れる細い金の鎖が、キラキラと冬の穏やかな日差しを反射し、華やかさを加えている。
手には真っ白でつばの広い帽子と、畳まれてはいるが白いレースの日傘。腕には、やや大きめの、これまたレースをふんだんに使った上品な手提げのバッグ。
そして、金の毛並みに覆われた顔、三角に突き出した耳。
髪は、あのくせっけのあるふわふわした髪ではなく、しっとりと落ち着いた、ややウェーブがかったストレートとなり、すらりと胸元に降りる両サイドの横髪は、先端がやや巻き毛のようになった、どこか良家のお嬢様を想像させる品の良い感じになっている。
やや緊張気味の、淡い、透明な青紫の瞳は、どこか潤んだ様子で、俺を見上げていた。
そっと腰を落とすようにして礼をしたその女性は、全く見慣れぬ装いではあったけれど、まぎれもなく、見間違いようもなく、リトリィだった。
「あら、可愛らしいドレスね。この配色は、ペリシャさんによるものかしら?」
ナリクァンさんは上機嫌で立ち上がると、扇を寄せるようにしてリトリィを招き寄せる。
リトリィは一礼してから、ドレスの端をつまむようにして、テラスを上ってきた。
彼女はドレスのような裾の長い服などほとんど着たことなどないはずだから、こうした作法は、おそらく、先日、ナリクァンさんにいただいた指導の賜物だろう。
「はい。タキイ夫人から……」
「よく似合ってるわ。あの子の感覚、私も好きなのよね」
やって来たリトリィを自分の隣に招く、どこかはしゃぐようなナリクァンさんは、先ほどまでの冷たい視線を放つ同一人物とは、とても思えない。執事に対してすぐにリトリィの茶と茶菓子を用意するように言うと、隣に座らせる。
しかし、驚いた。
彼女は山から下りてきたはずで、だったら服装は当然旅装のはず、という思い込みがあった。
こんな繊細なドレスを着て、山から下りてこれるはずがない。ペリシャさんが選んだ、という話のようだから、街にたどり着いたリトリィを発見したペリシャさんが拉致し、着替えさせたのだろうと想像できる。
なんのために?
――などという疑問を持つだけ野暮というものだ。
あの、世話焼きペリシャさんのことだ。
答えは、簡単だ。
俺に、見せつけるためだ。
――あなたのリトリィは、ここに、こうして、いるのだと。
――ああ、実に効果的だ。
0
お気に入りに追加
34
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

騎士団寮のシングルマザー
古森きり
恋愛
夫と離婚し、実家へ帰る駅への道。
突然突っ込んできた車に死を覚悟した歩美。
しかし、目を覚ますとそこは森の中。
異世界に聖女として召喚された幼い娘、真美の為に、歩美の奮闘が今、始まる!
……と、意気込んだものの全く家事が出来ない歩美の明日はどっちだ!?
※ノベルアップ+様(読み直し改稿ナッシング先行公開)にも掲載しましたが、カクヨムさん(は改稿・完結済みです)、小説家になろうさん、アルファポリスさんは改稿したものを掲載しています。
※割と鬱展開多いのでご注意ください。作者はあんまり鬱展開だと思ってませんけども。

転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~
月
恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん)
は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。
しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!?
(もしかして、私、転生してる!!?)
そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!!
そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?

義兄に甘えまくっていたらいつの間にか執着されまくっていた話
よしゆき
恋愛
乙女ゲームのヒロインに意地悪をする攻略対象者のユリウスの義妹、マリナに転生した。大好きな推しであるユリウスと自分が結ばれることはない。ならば義妹として目一杯甘えまくって楽しもうと考えたのだが、気づけばユリウスにめちゃくちゃ執着されていた話。
「義兄に嫌われようとした行動が裏目に出て逆に執着されることになった話」のifストーリーですが繋がりはなにもありません。

【完結】『飯炊き女』と呼ばれている騎士団の寮母ですが、実は最高位の聖女です
葉桜鹿乃
恋愛
ルーシーが『飯炊き女』と、呼ばれてそろそろ3年が経とうとしている。
王宮内に兵舎がある王立騎士団【鷹の爪】の寮母を担っているルーシー。
孤児院の出で、働き口を探してここに配置された事になっているが、実はこの国の最も高貴な存在とされる『金剛の聖女』である。
王宮という国で一番安全な場所で、更には周囲に常に複数人の騎士が控えている場所に、本人と王族、宰相が話し合って所属することになったものの、存在を秘する為に扱いは『飯炊き女』である。
働くのは苦では無いし、顔を隠すための不細工な丸眼鏡にソバカスと眉を太くする化粧、粗末な服。これを襲いに来るような輩は男所帯の騎士団にも居ないし、聖女の力で存在感を常に薄めるようにしている。
何故このような擬態をしているかというと、隣国から聖女を狙って何者かが間者として侵入していると言われているためだ。
隣国は既に瘴気で汚れた土地が多くなり、作物もまともに育たないと聞いて、ルーシーはしばらく隣国に行ってもいいと思っているのだが、長く冷戦状態にある隣国に行かせるのは命が危ないのでは、と躊躇いを見せる国王たちをルーシーは説得する教養もなく……。
そんな折、ある日の月夜に、明日の雨を予見して変装をせずに水汲みをしている時に「見つけた」と言われて振り向いたそこにいたのは、騎士団の中でもルーシーに優しい一人の騎士だった。
※感想の取り扱いは近況ボードを参照してください。
※小説家になろう様でも掲載予定です。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる