ムラタのむねあげっ!~君の居場所は俺が作る!異世界建築士の奮闘録~

狐月 耀藍

文字の大きさ
上 下
163 / 438
第二部 異世界建築士と大工の娘

閑話⑧:オクラ☆ローション

しおりを挟む
 今夜もうちに、と誘ってくれたマレットさんだったが、今日は丁重に断って宿に戻る。
 さすがに毎日、宿代を払ってもぬけの殻、というのも、宿の主人に義理を欠くような気がしたからだ。

 そして今さらだが、リトリィがいつ来るのかが分からないのに、部屋だけとってそこにいない、というのはまずいと思ったからである。
 昼間なら現場にいればリトリィも察して来ることができるだろうが、夜いないのは、さすがにおかしいだろう。いらぬ誤解を招きかねない。

 市を抜けて歩いていくと、冬だというのに青物がいくつも並んでいる。
 もう夕方に近く、売り切れているものも多いようだが、まだまだ品はそれなりに豊富だ。安売りを訴える店もいくつかあり、夕飯前のタイムセールは、この世界でも同じか、と親しみを覚える。

 夕飯に食えそうなものとして、フランスパン並に硬いパン、拳ほどのチーズの塊、そしてジャーキーのようなもの、いくばくかのドライフルーツを買う。あとは生で食えそうな青菜を少し。
 これで、今夜から明日の朝食までの確保ができた、と思ったとき、ある幼い兄弟が目に入った。

 この冷える中、二人の前に置かれているカゴに山盛りで残っている。その中身は、緑色の、手をめいっぱい開いた、その中指から親指の先までありそうな長さの、艶のないのような野菜。

指豆ゆびまめ、指豆はいりませんか!」

 この夕方になろうという時間帯に、これだけ売れ残っているのだ。多分、あまり人気のない食材なのだろう。つい同情してしまう。

 指豆、などという豆は聞いたことがない。
 だが、しかし、その形には見覚えがある。
 じっと見つめていた俺に気づいたらしい。弟と思われる少年が、一本掴んで見せてきた。

「いっぱい粘って使いやすいです! 食べても美味しいです!」

 粘るのか。ますます、アレっぽい。

 夏野菜としてなら、知っている。
 五角柱の形をしていて、断面は星型になる野菜。独特の粘りがあり、醤油をかけて納豆と混ぜてアツアツご飯にかけて食うのが最高に美味い――!

「少年、一山いくら?」

 気がつくと、俺はポケットに突っ込んであった一掴みの小銭を渡していた。驚く少年たちに、それで買える分を、と言ったら、しばらくヒソヒソと話していたが、カゴをそのまま渡してきた。

 どうも、かなり多めの金を渡してしまったらしい。少年たちはペコペコと何度も頭を下げ、礼を言い続ける。
 しまった、金持ちが貧しい少年たちに施しをした、というような受け止め方をされたみたいだ。お釣りも出さずに、二人は大喜びで走って行ってしまった。

 想定外の大量のオクラを前に、途方に暮れる。
 参った。いくら好きでも、この量は多すぎる。一人では食いきれない。
 カゴを背負いながら、リトリィが早く来てくれることを祈るしかなかった。



 部屋で、大量のオクラを前に、再び途方に暮れた。
 アツアツご飯なんてないよ、この世界。納豆もないし醤油もない。
 仕方なく、一階の食堂で塩をもらってきて、ナイフで刻んで塩をまぶして食べてみた。

 ――少々どころでなく青臭い。

 諦めきれず、一階の食堂の鍋を借りてきて、食堂の暖炉で湯を沸かし、サッと茹でてから刻んでみた。

 ……凄まじい粘りが生まれる。納豆並み――いや、それ以上の粘り。なんだこれ、スライムの素でも入っているのだろうか。
 青臭さは多少マシになったし、ネバネバ自体は健康に良さそうでいいんだが、ここまで糸を引く粘りが出るのは想定外だ。正直、食いにくい。

 意地になって食っていると、宿の主人が引きつった顔でやってきた。

「指豆をそのまま食ってるのか? 気は確かか?」

 なんだろう。オクラがまるでゲテモノのような扱いだ。美味いんだぞ、オクラ。

「俺の故郷じゃ、コイツのことはオクラって呼んでて、健康にいいって評判の野菜なんだよ」
「評判って……あんた、食い方ってものがあるだろう」

 宿の主人は、カゴの中から一つ取り出し、そいつを眺めながら続けた。

「……こいつはなかなかの上物だとは思うが、だからこそ、そのまま食うのは正気とは思えん。
 普通、指豆ゆびまめを食うときは塩でヌメリをしっかり取った上で、スープに入れたりするもんなんだぜ? 特に冬物は、夏物よりもよく粘るから、ヌメリ取りのした処理が大変だっていうのに、それをそのまま食うなんて、アホのすることだぞ」

 アホ扱いされたよ。ていうか翻訳首輪! いろんな罵倒語がある中で、あえてアホと訳したか!

「……この粘りがいいんだよ」
「何言ってやがる。さっきから、やたら粘るそいつに振り回されてるようにしか見えんぞ」

 やっぱりそう見えるか。
 ……うん、その通りだ。

「その粘り自体は、切り傷や擦り傷、火傷、打ち身や捻挫、虫刺され……まあいろんな怪我の塗り薬にしたり、水に漬け込んでできるを飲んで、腹の調子を整える薬にしたりするから、確かに健康にはいいんだろうけどよ……
 生のネバネバ状態のものをわざわざ好んで食うやつは、初めて見たよ」

 オクラを、塗り薬? それこそ聞いたことがない。オクラ水は、整腸作用のある民間療法として聞いたことはあるが。
 やはり、似ているだけで違う植物なのか。それとも、塗り薬に使うのはこの世界の迷信なのか。

「かぶれたりしないのか?」
「かぶれたら薬にならんだろうが。さっきも言ったが、指豆の粘り汁といったら、傷の治りが早くなる、ここらじゃ定番の傷薬だぞ。
 ――そんなことより、そんな気持ち悪い食べ方をしていると、気になって仕方がない。客の入りにも差し支えそうだ。好みはあえて否定せんが、部屋で食ってくれ」

 さも嫌そうに言われると、こっちも意地を張りたくなってくる。

「いや、気にしてくれなくていい。隅っこで食ってるから」
「お前さんじゃなくて、お前さんの食い方をって言ってるんだよ!」



 うーん、ご飯と醤油があればいくらでも食えるつもりだったが、ご飯も醤油もなく、異常に粘るこれを、一人で食い切るのはきつい。
 明日、万が一の傷薬と称して、現場に持っていこうか。

 ……それにしても、オクラを傷薬に使うとは。

 傷薬というと、どうしても「ポーション」とかを思い出すんだが、まあ、リアルに考えれば、飲む傷薬なんて、現実では聞いたことがないよな。消毒薬にしろ、こう薬にしろ、患部に直接塗ったり貼ったりするだけで。
 飲むとしたら抗生剤だが、そいつは体内に侵入したかもしれない雑菌を撃退するための薬であって、傷薬とは違うもんな。

 例えば、戦闘で受けた傷を治すための「薬草」というと、現実には弟切おとぎり草かヨモギだろうか。どちらも揉んでできる汁を傷口に塗るとか、直接貼り付けるかする止血薬になったはずだ。やっぱり飲み薬じゃない。
 ……うん、やっぱりこの世界はゲームの世界とかとは違うな。島津がよく勧めてきた転生モノの漫画やらアニメやらの世界だったら、もっと楽だったろうに。

 謎の「生産スキル」とやらで高級薬を作り出してお偉いさんを驚かしつつスローライフとか。

 乳鉢もすりこぎもフラスコも、器材など何一つ無しに、スキルを「えいやっ」と発動させると、原料が何故か薬に化ける。

 ゲームをしていた子供の頃は気にしていなかったが、製薬に携わる人から見たら半笑いで馬鹿にされそうだな。

 家だって、木があればすぐできるわけでもないのに。
 板――特に合板ごうはんという発明品は、じつは家づくりに限らず人間社会に革命的な変化をもたらしたことを、いったいどれくらいの人が気づいているのだろうか。



 買ってきたパンに、火で炙って柔らかくなったチーズを乗せ、火で炙って香ばしい香りを漂わせるジャーキーを乗せ、そしてスライスしたオクラをトッピング。
 おお、こうするとオクラの青臭さも、なんだかフレーバーの一つとしてそれなりにイケる。いや、チーズが臭すぎるんだって。やっぱり日本の食い物は、日本人の好みにとことん合わせられていたんだなあと実感する。

 宿の主人の言う通り、オクラを塩水にぶち込んでスープにしようとしてみると、ちょっと冷めたらすさまじい粘りが生まれて、もうどうしようもなかった。塩気が足りなかったのかもしれない。

 なんだか納豆と水あめの合いの子のようなものが誕生してしまったのだ。まさに出来立てのスライムを食べるような感触。

 ああ、これは確かに、塗り薬っぽく感じるかもしれない。保湿によさそうなかんじだ。そのままだとすぐ乾いてしまいそうだが、軟膏に混ぜるとよさそうな。

 ……ていうか、このヌメリは、なんかその、いろいろと、……気になる。
 塗る、というその、方向性が――



 ムラタの異世界レポート。
 指豆オクラの粘り汁。

 ものすごく粘る。食うのは勇気がいるほど。
 塗り薬というか、保湿に良さそうだ。布に湿布とか良さげ。ハッカあたりを練り込んだら、いい感じの冷感湿布になるだろう。ほら、あの、青いぷるぷるが塗られてる、アレみたいな。
 かぶれもしなかったし、確かに、具合は良かった。単体で薬になるとはとうてい思えないが、鎮痛剤などを混ぜて塗れば、まさにチューブ入りの軟膏のように使えるだろう。
 
 ……で、思いついた、もう一つの用途。

 このヌルヌルな感触は……
 ある用途にも、すごく、その……使

 ――でも、虚しい。
 早くリトリィに逢いたい。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

赤ずきんちゃんと狼獣人の甘々な初夜

真木
ファンタジー
純真な赤ずきんちゃんが狼獣人にみつかって、ぱくっと食べられちゃう、そんな甘々な初夜の物語。

番から逃げる事にしました

みん
恋愛
リュシエンヌには前世の記憶がある。 前世で人間だった彼女は、結婚を目前に控えたある日、熊族の獣人の番だと判明し、そのまま熊族の領地へ連れ去られてしまった。それからの彼女の人生は大変なもので、最期は番だった自分を恨むように生涯を閉じた。 彼女は200年後、今度は自分が豹の獣人として生まれ変わっていた。そして、そんな記憶を持ったリュシエンヌが番と出会ってしまい、そこから、色んな事に巻き込まれる事になる─と、言うお話です。 ❋相変わらずのゆるふわ設定で、メンタルも豆腐並なので、軽い気持ちで読んで下さい。 ❋独自設定有りです。 ❋他視点の話もあります。 ❋誤字脱字は気を付けていますが、あると思います。すみません。

こわいかおの獣人騎士が、仕事大好きトリマーに秒で堕とされた結果

てへぺろ
恋愛
仕事大好きトリマーである黒木優子(クロキ)が召喚されたのは、毛並みの手入れが行き届いていない、犬系獣人たちの国だった。 とりあえず、護衛兼監視役として来たのは、ハスキー系獣人であるルーサー。不機嫌そうににらんでくるものの、ハスキー大好きなクロキにはそんなの関係なかった。 「とりあえずブラッシングさせてくれません?」 毎日、獣人たちのお手入れに精を出しては、ルーサーを(犬的に)愛でる日々。 そのうち、ルーサーはクロキを女性として意識するようになるものの、クロキは彼を犬としかみていなくて……。 ※獣人のケモ度が高い世界での恋愛話ですが、ケモナー向けではないです。ズーフィリア向けでもないです。

キャンプに行ったら異世界転移しましたが、最速で保護されました。

新条 カイ
恋愛
週末の休みを利用してキャンプ場に来た。一歩振り返ったら、周りの環境がガラッと変わって山の中に。車もキャンプ場の施設もないってなに!?クマ出現するし!?と、どうなることかと思いきや、最速でイケメンに保護されました、

【完結】番(つがい)でした ~美しき竜人の王様の元を去った番の私が、再び彼に囚われるまでのお話~

tea
恋愛
かつて私を妻として番として乞い願ってくれたのは、宝石の様に美しい青い目をし冒険者に扮した、美しき竜人の王様でした。 番に選ばれたものの、一度は辛くて彼の元を去ったレーアが、番であるエーヴェルトラーシュと再び結ばれるまでのお話です。 ヒーローは普段穏やかですが、スイッチ入るとややドS。 そして安定のヤンデレさん☆ ちょっぴり切ない、でもちょっとした剣と魔法の冒険ありの(私とヒロイン的には)ハッピーエンド(執着心むき出しのヒーローに囚われてしまったので、見ようによってはメリバ?)のお話です。 別サイトに公開済の小説を編集し直して掲載しています。

我が家に子犬がやって来た!

もも野はち助(旧ハチ助)
ファンタジー
【あらすじ】ラテール伯爵家の令嬢フィリアナは、仕事で帰宅できない父の状況に不満を抱きながら、自身の6歳の誕生日を迎えていた。すると、遅くに帰宅した父が白黒でフワフワな毛をした足の太い子犬を連れ帰る。子犬の飼い主はある高貴な人物らしいが、訳あってラテール家で面倒を見る事になったそうだ。その子犬を自身の誕生日プレゼントだと勘違いしたフィリアナは、兄ロアルドと取り合いながら、可愛がり始める。子犬はすでに名前が決まっており『アルス』といった。 アルスは当初かなり周囲の人間を警戒していたのだが、フィリアナとロアルドが甲斐甲斐しく世話をする事で、すぐに二人と打ち解ける。 だがそんな子犬のアルスには、ある重大な秘密があって……。 この話は、子犬と戯れながら巻き込まれ成長をしていく兄妹の物語。 ※全102話で完結済。 ★『小説家になろう』でも読めます★

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

美幼女に転生したら地獄のような逆ハーレム状態になりました

市森 唯
恋愛
極々普通の学生だった私は……目が覚めたら美幼女になっていました。 私は侯爵令嬢らしく多分異世界転生してるし、そして何故か婚約者が2人?! しかも婚約者達との関係も最悪で…… まぁ転生しちゃったのでなんとか上手く生きていけるよう頑張ります!

処理中です...