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第二部 異世界建築士と大工の娘

第145話:気になる人(4/6)

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「……アンタが木造にこだわる理由は分かった」

 マレットさんが、ため息をつきながらつぶやいた。

「要は、適切な管理をすれば木造でも十分な耐久性を発揮することと、木のぬくもりは石造りにはない魅力があると、そう言いたいんだな」

 うなずく俺に、しかしマレットさんはやはり釈然としない様子だ。

「……だが、やはり外壁はレンガにしておけば、特別に何もしなくても長持ちするだろうに」

 確かにそうだが、今回は施主であるナリクァン夫人から、できるだけ早い完成が求められている。
 俺は――というか、木村設計事務所ではレンガ造りの家など担当したことがないから具体的には分からないが、要求に応えるなら、今回の選択がよいはずだ。

「そうか……ま、今回はアンタの設計で建てるんだ、思うようにやってくれ」
「そう言っていただけると助かります」
「それにだ」

 そういってマレットさんは、マイセルの肩をポンと叩く。何事かとそちらを見上げたマイセルに対して目を細める。

「――今回の工法のおかげで、娘に経験を積ませてやることができる。そういう意味でも、感謝だ」

 ほれ、おまえも礼を言え、と促され、慌ててマイセルも頭を下げる。

「いや、私が今回、この工法を選ぶことができたのは、優秀な製材職人と釘鍛冶職人がこの街にいたからです。もしそれらがなかったら、私は今回の工法を選ぶことはなかったでしょう。
 すべては……ええと――神の御導きです」

 本当は神様の名前を言うべきなんだろうが、名前か忘れてしまった。キー……なんていったっけ?
 マレットさんは一瞬きょとんとし、そして、豪快に笑った。

「アンタ、神様なんかこれっぽっちも信じてなさそうな顔していながら、今、ここでそれを言うかよ!」

 ひとしきり笑って、そして意地悪い笑みを浮かべた。

「――で、どの神の御導きだ?」

 ぐっ……や、ヤバイ。
 キーなんたら、のはずなんだが、思い出せない!

「フラゥか? フラゥアか? まさかウルディーン? それともスゥル?」

 聞いたことのない名前を次々に並べ始める。
 それらじゃない、それらじゃないのは分るんだが……。
 以前、フラフィーだったかアイネだったかが神の名を出してきて、それを知らない職人は職人じゃないと、大激怒されたんだ。

 ……で、だれだっけ!
 まずい、非常にまずい!
 ここで答えられないと……!

「お父さん! ムラタさんをいじめないで! 大工のお仲間なんだから、キーファウンタ様に決まってるじゃない!」
「いいや、女神フラゥアかもしれんぞ? 今回の仕事をきっかけに、お前と引き合わせてくれたことを感謝して」
「――――!!」
 
 マイセル、ナイス! 君は本当にいい子だ!!
 フラゥとかフラゥアとかなんて知らないが、マイセルの言った神様だけは分かる!
 ありがとうマイセル、ありがとう我が女神!!

「……もちろん、我ら職人の守護神、キーファウンタ様です」

 とびっきりの営業スマイルでもって、マレットさんに。
 ……マレットさん、舌打ち、聞こえてます。

「面白くねえ奴だ。なんでここでフラゥア様の名を出さない」
「フラゥア様は美と愛の女神様でしょ。関係ないじゃない」
「馬鹿、だろうが」

 頬を膨らませるマイセルに、げらげらと笑うマレットさん。

「まったく、アンタは気の利かねえ男だ。さっきはついに、と期待させといて逃げるしよ」
「……期待、ですか?」
「ああ、もういいんだよその話は。また今度、男を見せてくれ」

 そう言うと、マレットさんは大きな欠伸をする。

「昨日、今日と、朝っぱらから夕方まで働きづめだったからな。どこぞの設計屋は、ほんとに人使いの荒いこった。明日は休みなんだろう? 材木を取りに行くのは、アンタが行くって言ってたよな」
「はい、マレットさんもぜひ、お願いします」
「マイセルを貸してやる。二人で行ってきてくれ。俺は明日一日、寝る」
「え、ちょ……」

 ……え?
 材木運搬に、マイセル?
 いや、確かに昨日は働いてもらったが、積み込みは製材屋の職人たちに手伝ってもらったし、牛車の荷台から下ろすのは大工の面々が行ったからできたんだ。

 俺とマイセルの二人だけで、運んだ材木を現場に下ろせなんて、無茶振りもいいところだ! せめてハマーを貸してくれ!

「ハマー? ……しょうがない奴だな、使いたけりゃ勝手に連れてってくれ」

 マレットさんは再び大きな欠伸をすると、「俺はもう寝る。マイセル、ムラタさんをあまり遅くまで起こしておくんじゃねえぞ」と言い残し、部屋を出て行ってしまった。



 今日もいい月夜なのか、青白い光が部屋に差し込んでいる。

「……お父さんたら」

 マイセルがドアをにらむように頬を膨らませ、そして、すまなそうにこちらに向かって頭を下げた。

「ムラタさん、ごめんなさい。お父さん、なんか最近変なんです。前はその、もっと厳しい人だったんですけど。
 なんだかその……ムラタさんとお話しするようになってから、変に陽気なんです。なんでか、分からないんですけど……」

 そうなのか、あれは普通ではないのか。
 じゃあ、マレットさんの普通ってなんだろう。もっと厳しいっていうことは、あれか? 今日の現場で見せた、マイセルをからかった奴に見せた、アメリカの某戦争映画の某鬼軍曹ばりの、あの苛烈な姿か?

「そんな、あれはたぶん、わざとです。お父さんは厳しい人だけど、あんな言い方、普段は絶対しないです」

 ……ああ、よかった。あれが普段の姿だったら、俺、今後の仕事で胃に穴が開いていたかもしれない。

「あの……明日ですけど、資材の搬入は、午前中、でしたっけ」
「そのつもりだったんだけど、考えてみれば、製材屋を急かすことになるからな。
 とりあえずできている分だけ、朝一番に受け取ったら、残りは午後にしようと思っている」

「じゃあ、四刻あたりからお昼過ぎまでは、手が空くってことですか?」
「……そういうことになるかな?」

 俺の言葉に、マイセルは真剣な顔になってうつむき、何かを考え始めた。
 ――そうか。手が空くわけだから、昨日言っていた「誰かをいちに誘う」ことが実現できるのか。

「明日は俺はハマーの二人でやるから。ハマーも牛車は動かせるんだろう?」
「……え?」

 マイセルが目を丸くする。休みがもらえると思っていなかったらしい。

「いいよ、一日ゆっくりしてきなよ。なんなら、誰かを誘って市を見てくるのもいい」
「い、いえ! ご一緒させてください! 私、がんばります! お兄ちゃんの分まで働きますから!」

 いや、さすがに女の子に力仕事というのは難しいだろう。材の一本一本は一寸×六寸でそれほど重くないとはいえ、やはりこういう単純な力仕事は男がやるべきだ。

 そう思ったのだが、マイセルが必死に食い下がってくる。
 ――がんばります、できます、やらせてください。
 しまいには涙ぐんで。

「マイセルちゃん、今日は本当によく働いた。頑張ったと思うよ。ほら、右手。いま、あまり力が入らないんじゃないか?」
「そ、そんなこと――」

 だが、そう言いながら右腕をそっと隠すように体の向きをそっと変える。
 今日一日、初めての現場で、ひたすら釘を打ち続けたのだ。慣れぬ右腕を、かなり酷使したはずだ。

「明日にはおそらく筋肉痛だ、明日は十分に休みを取って、また明後日頑張ってほしい」
「む、ムラタさんは、……私じゃ、役に立たないって思うんですか?」
「そういう意味じゃないよ。明後日はまた頑張ってもらわなきゃいけないんだから、休みをちゃんととって、また頑張ってほしいんだ」

 しかしマイセルは納得できないようだった。どうしても明日、材木搬入の手伝いをすると言ってきかない。

「だって……だって、ムラタさんが働かれるなら、私だって……」

 マイセルが、目を潤ませて訴え続ける。
 ……しかたがない、か。

「――分かった。じゃあ、明日、頼めるかい?」

 途端に、うれしそうに何度も大きくうなずく。やっぱり、今日、初めて体験した大工仕事が、楽しかったのかもしれない。

 ただ、そうすると明日は重い物をくり返し運ばなくてはならなくなる。
 今日、延々と金槌を振り回していた右腕は、明日は絶対に筋肉痛だ。少しでもダメージを減らしておかないと、明後日以降、使い物にならなくなる恐れがある。

 それでは困る、「だから女は使えない」とかになってしまったら、彼女が以後、居づらくなってしまうことになりかねない。
 せめて、酷使した上腕二頭筋あたりをほぐしておかないと。

「マイセルちゃん。右腕はいま、ちゃんと力が入るかい?」

 茶の入ったポットを片付けていたマイセルに声をかける。

「右腕……ですか?」
「ああ。ええと……右腕の、真ん中の関節の、その上あたりなんだけど……」

 自分の腕の上腕二頭筋あたりをさすって見せる。

「痛みはないか? 力があまり入らないとか、そういうことはないか?」

 マイセルは、俺につられるように左手でなぞった。そして眉をしかめ――

「だ、大丈夫ですっ! 痛くなんかないです! 力も……えっと、ほら、大丈夫ですから!」

 そう言って、顔をしかめながらぎこちなく腕を振ったり曲げたりしてみせる。

 ……嘘のつけない子だ。微笑ましい。

「痛むなら明日の作業を取り消す、とかじゃないよ。安心してくれ。
 ――じゃあ、そこの椅子に座ってくれるかな?」

 怪訝そうに俺を見上げながら椅子に座ったところで、俺は彼女の傍らにひざまずく。

「? ――――!?」

 落ち着かぬ様子できょろきょろする彼女の右手をとると、「自分でも寝る前にやってみてね」と前置きして、彼女の腕をテーブルに載せる。

「な……、なにを――?」
「大丈夫、安心して」

 マイセルの背中側に回ると、彼女の右の手に俺の右手をかぶせ、左手で彼女の右上腕部を、関節から上にスライドさせるように、やや力を込めて撫でてゆく。

「ひっ――!?」
「こういうのは初めてかな? 大丈夫。痛くするつもりはないから」
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