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第二部 異世界建築士と大工の娘

第138話:家族(2/2)

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 俺は、口をパクパクさせたまま、次の言葉が出せなかった。
 昨日、俺は、マレットさん一家と昼食を取っていた。ハマーをからかいつつも、暖かな家庭だと思っていた。

 それなのに、……!?

 ――ドロドロの愛憎劇が頭をよぎる。
 平日昼間の奥様方の時間帯にテレビ放映されていそうな、そんな世界が、この家にもあったというのか!?
 兄貴ハマーの、マイセルに対する扱いが少々悪いように感じたのは、つまり正妻と愛人のパワーバランスの結果なのか!?

 ところが、そんな俺のおののきなどまるで意に介さず、マレットさんは頭をかきながら照れ笑いをした。

「いやー、俺もまさか三十六にもなってまた子供ができるとは思って無くてな。クラムには無理をさせちまったが、あいつがどうしても産みたいと言ってな」

 ……さっき聞こえた泣き声はそれか!
 って、ちょっとまて、マイセルは十六だろう? 何歳差なんだ!?

「マイセルが十四のときにできて十五のときに生まれたからな。つまりそういうことだ」

 じゅっ……十五歳差。マレットさん、あんたオトコだぜ……!
 しかし、十五歳差か。三人兄弟ぐらいだと、十近く離れて、なんてことはたまに聞くが……十五。いくら結婚が早いこの世界だと言っても、なかなかないのではなかろうか。

「俺はよ、十六でクラムを嫁さんにもらってな。お互いすぐ子供ができると思ってたんだが……」

 現代日本の常識からすれば非常に若くして結婚した二人だったが、なかなか子供ができなかったらしい。
 自分たちより後に結婚したカップルが次々と子供を産んでいくのを見て、クラムさんは表では笑ってはいたものの、家ではたまに、泣いていたようだ。

「そんなときによ、アイツ、従妹いとこに相談してさ。で、どうも、その時に何かをお願いしたらしいんだ」

 その後、ネイジェルさんが頻繁に家を訪れるようになり、やがてある日一線を越えてしまい――

「それで、できたのがハマーだ。だからネイジェルにも嫁に来てもらったってわけだな」

 ァアウトォオオォォ――ッ!!
 ちょっと待てやあッ! そんな羨ま……けしからん話があってたまるか!
 だめだ、どんどんマレットさんが人間のクズに見えてくるッ……!?

「は、話が飛び過ぎですって! ゆ、許されるんですかそんなこと!?」
「許されるかって、何にだ。養えるなら問題ないだろう?」

 いや、いやいやいや!
 なんでそんな、ごく当たり前みたいな顔をしているんだ!? 重婚だぞ重婚!
 それともあれか? ひょっとして、ネイジェルさんはいわゆるというやつで、正式な書類上の結婚をしていないとか!?
 するとマレットさんは不快そうに顔をゆがめた。

「何を言ってる、クラムもネイジェルも、俺の大事な嫁さんだ。
 確かにクラムが第一、ネイジェルが第二と法的な序列こそあるが、俺にとっちゃ、どっちも俺の子を産んでくれた大切な女だ。待遇に差をつけるわけないだろう。第一そんなことをしたら、家が荒れるに決まっている」
「法的な序列……?」
「当たり前だろう? アンタ、建築やってるなら法もすこしばかりはかじってるんじゃないのか?」

 いや、そりゃ確かに建築関連の法規はいろいろかじってるよ? だが民法は――
 と、言いかけて、はたと気づく。ここは、日本では、無いのだと。

 軽く咳払いをして、マレットさんに聞きなおす。

「取り乱して申し訳ありません。
 私の生まれた国では、一人の男性がもつことのできる妻は一人まで、と決まっていまして、それ以上は、法的には認められないのです。この国では、違うのですか?」

 するとマレットさんは、顔をしかめてみせた。

「不便だな、アンタの国は。俺たちは、届け出さえ出せばそれで終わりだぞ?」
「いや、それはこの世界が……ゴホン! ええと、揉めたりしないんですか? その、三人の間で、不公平だとかなんだとか……」
「あ? もともと幼馴染のクラムの、その従妹だぜ? 知らん仲じゃないし。それに、養えりゃ誰からも文句なんざ出ねえさ」

 くッ……幼馴染――だとッ!?
 なんてパワーワードを引っ張ってきたんだ、このリア充大工……!
 しかもその従妹――までも喰らう……だとぉッ!?
 リトリィによって得られたはずの心の平穏が、一気に焼き払われた気分だッ!!

「なんだ、いかにも喰らい付きそうな目をして。
 ――ああ、アンタの国では嫁さんは一人しかダメなんだったか。まあ、ウチもカネの問題やらなんやらで、相手はひとりだけ、ってのがほとんどだぞ。ま、あとは本人たちの問題だな」

 いや、それにしたって、嫁さんを二人以上持つことを、そんな当たり前みたいに、と言おうとして――諦めた。
 そういえば、アラブの一部の国ががそんな感じだったか?
 妻を複数持つことは可能、そのかわり全員平等に扱うこと、だっけ。

 日本でも、歴史的に見れば武将には側室なんて当然だったしな。昭和まで、法的にはともかく、おめかけさん、なんてのも結構普通にいたんだっけか。
 今でも愛人てのは聞く話だしな。さすがに、同じ家に住んでいる、なんてのは聞いたことがないが。
 ――だがここは、そういう文化なんだ。俺一人がどうこう言っても変わらない。

「ま、役所に届けを出した順番で法的に序列が付くのは、そういう決まりだからしょうがない。
 あとは、誰がかを明確にすることだけをきちんとすれば、問題ない」
「……誰が、とは?」

 ……不思議な言い回しだ。どういうことだろう?

「妻が二人以上いて、子供も何人もいて、でもって妻に身分差があったら、いろいろ問題になるだろう? とくにお貴族様の継承権なんかがよ。
 だから、特に長子については、誰が産んだことにするかってのが問題になるわけだ。大抵は、ってのが順当だな」

 ……なるほど。
 誰が家を、事業を継ぐかと言うのは、日本でもよくある問題だな。誰が産もうが第一夫人の子として育てる。それで後継問題を解決する、というわけか。
 ――血のつながりよりも家の存続――まあ、どうせ家長の男の血は残るのだから問題ない、ということか?

「だいたいそんな感じだが、ちょっと違うな。さっきも言ったが、だ。男も女も関係ない。家名を存続させるための序列の問題だ」

 珍しい――と思ったが、この世界ではそれが当たり前なら、俺のほうが珍しい考え方、ということになるんだろう。地球上の歴史的には、男の血筋を重視するというのがよく見られたのだが。

「極端な話だと、誰が何人産んでも、すべて第一夫人の子として育てる、なんて話も聞いたことがある。お貴族様ってのは大変だな。
 ウチの場合はクラムが、それを認めなくてな。腹を痛めて産んだ子は、やっぱり自分のものだと主張して、だからハマーは長子だが、ネイジェルの子として認められている」

 ……なるほど。しかし、昨日なんかは昼食の時間だったというのに、姿どころか気配もなかった。やっぱり、いろいろあったりするのだろうか。

「馬鹿言え、もしそんな事があったら俺が許さん。それに、さっきも言ったろう。クラムは体調が悪くてな、なかなか出歩けねえんだ。だがな、みんな大事な、俺の家族だ」

 そう言って、マレットさんはフン、と鼻を鳴らす。

「……クラムが、また子供ができたみたい、と言ったときには驚いたし、嬉しくもあったけどな」

 マレットさんは、茶をすすりながら言った。

「だが、もともとあまり体が強い女じゃなかったんだ。だから俺も一度はいさめたし、周りも、産むのは諦めたほうがいいとすすめてきた」

 足腰弱った年増を無理に孕ませたもんだからこんなざまになっちまったんだと、陰で言うやつがいるのも知っている――そう言って、マレットさんの目が険しくなる。
 ……それは、腹が立つな。人の幸せの粗探しをして批判する奴ほど、ムカつくやつはいない。

「――ありがとうよ。まあ、実際のところ、クラムがどうしても産むって言ってきかなかったんだ。ちっとばかり訳ありでな。
 で、やっと産まれると思ったら、夜に産気づいて、生まれたのが次の昼前だ。それで、体を壊しちまったみたいでな……」

 なるほど。マレットさんよりも、奥さんの方が子供を欲しがっていたわけか。だから、十五年ぶりに授かった子供を、なんとしても産みたがったと。

 うがった見方をすれば、信頼できるもう一人の配偶者がいれば、仮にが命を落としたとしても、もう一人が面倒を見てくれる――そんな計算も、あったのかもしれない。

 マレットさんは言葉を切ると、あとはそのまま、じっとカップの底の茶を見つめていた。
 俺はポットを手に取ると、彼のカップを借り受け、茶を注ぐ。まだ湯気の立つ茶からは、なかなか良い香りが漂ってくる。

「……ああ、ありがとう」
「いえ――」

 先ほどはうらやまけしからん、などと息巻いていたが、現実問題として考えるとなかなか大変だ。
 マレットさんの場合は二人の妻が親戚同士、よく知った仲の良い二人だったということもあって、人間関係についてはさほど問題はないのだろう。

 だが、医療の限界からの厳しい状況、というのはよくわかった。やはり、出産というのは女性にとって、文字通り命を懸けた一大イベントだったのだ。

 そして同時に、この世界には魔法のような力があるらしいのに、こうしたところで役に立たないのも分かった。難度の問題か、コストの問題か。あるいは、使うには特殊な条件を満たす必要があるのか。
 いずれにせよ、少なくとも庶民には縁遠いものなのだろう。残念だ。

 それにしても、クラムさんといったか。
 仕事仲間となる人の奥さんだ。会ってみたいが、こんな夜中、しかも体を壊しているというのだ。無理は言えない。

 まあ、マレットさん一家とは、今回の仕事が初めての縁なのだ。この街で何度も仕事をしていれば、いずれ顔を合わせる機会もできるかもしれない。
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