141 / 438
第二部 異世界建築士と大工の娘
第131話:団欒(4/4)
しおりを挟む
「それで、こっちが今回建てる家の完成予想図、なんだな?」
「ええ、そうです」
マレットさんは、俺の描いた絵図を見て、眉をひそめる。
「……こっちもまた、なんというか……飾り気も何もない家だな」
おっしゃる通り。ほぼ正方形の真四角な家。屋根は切妻屋根にすることにした。コストと耐久性の兼ね合いなら、これが一番だからだ。強いて特徴を挙げるなら、通りがかりの人が雨宿りをしやすいように、軒先を大きめにとっているくらいだろうか。
金をかけることができるなら、もう少しいろいろと野心的なことはできるのだろう。だが、なにぶんにも、今回の家は俺が出費するわけでもなければ、誰かが住むわけでもない。あくまでも集会所であり、また早い完成が求められているのだ。
どうしても装飾が欲しければ、だれかがDIYで勝手にやってほしい。
「余計な出費がかかりそうなことは一切しません。私のお金で建てるわけではありませんから。あと、『出来るだけ早く、安く、それでいて丈夫に』、それが私の方針です」
「それはさっきも聞いた。いつから始めるんだ?」
「すでに、寸法を合わせた材木が準備できています。あとは大工の皆さんの準備が整えば、いつでも始められます。強いて言うなら、天候の問題がありますが……」
いったん区切って反応をうかがう。冬、この時期の天候は、どうなのだろうか。
「まあ、山のほうはどうだか知らんが、基本的に冬はほとんど雨も雪も降らねえ。その辺は大丈夫だと思うが」
「それはありがたいですね。今回の工法は、床、壁、そして屋根という順番ですから」
多少の雨なら乾けばなんとかなるとはいえ、その分工期も伸びる。雨が降らないに越したことはない。
「……ちょっとまて、家ができるまでに一ヶ月だろう? レンガなら気にならねえが、木造だと雨ざらしはまずいんじゃねえのか? さすがに一ヶ月も降らねえとは言えねえぞ?」
「いえいえ、さすがにそれはありません。内装込みで一ヶ月です。毎日三人ほど大工が来ていただけるなら、平屋ですから、棟上げまで――そう、十日もあれば十分いけますかね」
「……おいおい、そんなに早くできるわけないだろう」
家造りのなかでも意外に時間がかかるのが、基礎だ。
土地をならし、掘り下げ、鉄筋を組んでコンクリートを流し込む。コンクリートが固まるのを見計らって立ち上がり部(主に柱や壁になる部分)、その養生とその他諸々の準備など、基本的に二、三週間ほどかかるからだ。
今回、もうその辺りは済んでいるので、いきなり床の工事から始めることができる。
「大丈夫ですよ。足場職人とは連絡が取れますか?」
「足場職人?」
いぶかしげなマレットさんに、こちらが不安になる。……足場職人はいないのか? 足場を組まないのか?
「……ええと、それでは鳶は?」
「……トビ?」
ここにきてマレットさんが冗談を言うメリットなどなかろう。
……つまり、この街には、足場を組む職人もいなければ、高所専門で作業をする職人もいないということなのか?
でも、そういえばプラットフォーム工法の本場であるアメリカやカナダでは、一戸建ての家を建てる程度なら足場をそもそも組まないとか聞いた事がある。
いやいや待て待て、さすがにどちらもないというのは不自然だ。訳語としてあてはまる概念が無いのかもしれない。
やはり確認してみるのが一番だ。
「ええとですね……。まず、家を建てるとき、家の周りに、高所――二階以上の場所で作業をするための、やぐらのようなものを組み立てる業者はいませんか?」
「あ? そんなもん、必要なら自分たちで組むぞ。それだけをやる業者なんているはずがないだろう」
なるほど、足場は自分たちで組むらしい。
「……では、高所を専門とする建築業者はいますか? 私たちは“鳶”と呼んでいたのですが」
「……なんでそんな専門が必要なんだ? 全部大工がやるに決まっているだろう?」
――そういうことか。全部自前でやるわけだ。
なるほど、そこらへんはやはり未分化なんだな。
そういう常識の中で、設計だけ切り離す俺の立場を理解してくれるマレットさんという人は、相当に柔軟な考え方をしていると言えるのではないだろうか。
「いえ、実は私がいた国では、足場用の資材を提供する専門の業者や、高所での作業を専門とする大工などがいたんです。まあ、それぞれがそれぞれに持ちつ持たれつ、といった感じで、仕事を分け合っていましたね」
「仕事を分け合う……ねえ」
またマレットさんが眉をひそめている。
まあ、一職人として、仕事の最初から最後まで責任を持つ、という発想は理解できる。
だが、やはりある程度専門的な知識を持つ専門集団が、得意な部分をそれぞれで請け負って担当してもらえると、それぞれが得意なことに専念できるメリットがあるのだ。
もちろん、それでいい仕事をするには、きちんと意思疎通を密にして行うというのが前提だが。
「ですが、すでに私達は、製材屋と仕事を分け合っている、と言えるはずです。
すべてを自分で管理できるがその分手間がかかるのと、得意なことを分担しあって得意なことに専念できるというのでは、どちらが良いと思いますか?」
「そりゃまあ――なるほど、そういうことか」
マレットさんも、ひとまず納得してくれたようで、よかった。
「では、詳しい図面は、以前お見せした通りです。明日からでも始めたいと思いますが、どうでしょうか?」
「俺たちはいつでも行けるぜ?」
どんと胸を叩くマレットさんが頼もしい。
「ありがとうございます。それでは、一緒に頑張りましょう!」
そう言って右の手を開いてみせると、マレットさんも笑顔で返してくれた。
よかった、この挨拶で通用した。フラフィー、教えてくれて本当にありがとう!
「泊まっていってくれれば良いのに」
マイセルが、ちょっと頬を膨らませている。
「夕食をごちそうになって、さらに一夜の宿をお借りするなんて、さすがにそこまではできないよ」
「だって、ネイお母さんと一緒に、ちゃんとムラタさんの部屋も用意してたんですよ?」
……待て、それはさすがに準備が良すぎやしないか。
今夜も冴え冴えとした月が、夜道を照らしている。青い月が出ている夜は、本当に街灯が要らないくらい明るい。
「ムラタさん、私ね?」
城門前広場までお送りします、そう言って案内を買って出てくれたマイセルは、俺の隣を歩きながら、つぶやいた。
「私、あんなに家族の前で褒められるなんて、思ってなくて――」
……ああ、マイセルの評価を求められたときのことかと思い出す。あの時は、我ながらよく舌が回ったと感心する。この世界にやってきたころ――リトリィとの会話がなかなかうまく成立しなかったときのことを思えば。
「だから、恥ずかしかったけど、すごく嬉しくて。お父さん――お母さんたちも、ムラタさんのこと、すごく気に入ったみたいだったし、よかったって思って」
「そうだな。明日からの仕事が、スムーズにいきそうだし」
なにより、棟梁たるマレットさんが「よろしく頼む」と、別れる前のあいさつで手をこちらに近づけてくれたのだ。かなりの信用を得た、と考えればいいだろう。
「……そういう意味じゃ、ないです」
なぜか、再びむくれてみせるマイセルに、俺は何か、おかしなことを言ったのかと戸惑う。
……なにも、おかしなことは言っていないよな?
マイセルはそのまま、黙りこくってしまった。それまで、何かと楽しかったらしい今日のことを、いろいろ話しかけてくれていたのだが。
結局、広場までそのまま、マイセルも俺も、黙って歩いた。
俺一人では夜の城門を通過することなどできないが、マイセルはマレットさんの娘ということが効いているのか、顔パスで開けてもらえた。大工の棟梁というのは、やはり顔が広いのだろう。
「じゃあ」と別れの挨拶をしようとした俺に、マイセルがこわばった声で、うつむいたまま聞いてきた。
「……ムラタさんのお宿、行ってもいいですか……?」
今後も、今日みたいにマレットさんの伝令として動いてくれるということだろう。「歓迎するよ」と何気なく言うと、マイセルはそれまでどこか思いつめたような様子だったのが、ぱっと顔を上げた。妙にキラキラした目を向けてくる。
「じゃ、じゃあ……!」
「ああ、だから明日もよろしくね。見送り、ありがとう」
そう言って別れの挨拶をする。
「……え?」
「マイセルも、帰ったら早く寝なよ?」
「あ、あの、ムラタさん……?」
「ほら、マレットさんと約束しただろう? マイセルも現場に立ってもらうからな?」
「え……?」
何やら戸惑っている様子に、苦笑する。
「マレットさんが言っていたじゃないか、『娘を任せる』みたいなことを。大工を目指すんだろう?」
「そ、それは……そうですけど……」
なにやら、そんなことを言いたいのではない、みたいな雰囲気を漂わせているが、大事なことだからちゃんと伝えないとな。
「だから、明日から一緒に現場に立ってもらうんだよ。まあ、最初は雑用かもしれないけれど、それでも現場で働くっていうことを経験してもらう機会にできそうだからね」
だから、明日に備えて早く寝るんだよ――そう言うと、マイセルはひどく傷ついたようにうなだれた。
……え? なんでそこでそんな顔をする?
子供扱いされた、とでも思ったのか?
「……マイセル?」
訳が分からず尋ねようとすると、マイセルは顔を上げた。ひどく事務的な口調で、「おやすみなさい、ムラタさん」と口早に言うと、俺の返事も待たずにきびすを返して城門を抜け、夜道を駆けてゆく。
俺の言葉に納得した、という様子には全く見えなかった。だが、彼女を追って城門をくぐってしまうと、俺は宿に帰れなくなってしまう。
まあ、明日また聞いてみることにしよう。そのときには、落ち着いているかもしれない。
冴え冴えとした青い月を見上げる。
リトリィは今、この月を見上げているのだろうか。
【用語解説】
『切妻屋根(きりづまやね)』
「へ」の字をかぶせたような形の屋根。シンプルかつ丈夫な構造で、雨や雪に強く長持ちするうえ安価に作ることができる、世界中で見られる代表的な屋根。
『DIY(ディー・アイ・ワイ)』
Do it yourself(自分でする)から生まれた言葉。もともとは第二次世界大戦後のイギリスで、焼けただれた街を「自分たちで復興しよう」という運動から生まれた言葉とされる。棚、犬小屋など、必要なものを自分で作ること。ホームセンターは、この需要を満たすために生まれたと言って良い。同義語に「日曜大工」がある。
『足場職人』
建築・塗装・解体などの現場で、対象物の周りに足場を組む、専門の職人。
『鳶職人(とびしょくにん)』
高所での作業を専門に行う職人。建築だけでなく、様々な高所作業現場にて、その力を発揮している。建築でも「鳶に始まり鳶に終わる」、と言われるくらいに重要で、現場の華。足場職人も、鳶の一種である。
「ええ、そうです」
マレットさんは、俺の描いた絵図を見て、眉をひそめる。
「……こっちもまた、なんというか……飾り気も何もない家だな」
おっしゃる通り。ほぼ正方形の真四角な家。屋根は切妻屋根にすることにした。コストと耐久性の兼ね合いなら、これが一番だからだ。強いて特徴を挙げるなら、通りがかりの人が雨宿りをしやすいように、軒先を大きめにとっているくらいだろうか。
金をかけることができるなら、もう少しいろいろと野心的なことはできるのだろう。だが、なにぶんにも、今回の家は俺が出費するわけでもなければ、誰かが住むわけでもない。あくまでも集会所であり、また早い完成が求められているのだ。
どうしても装飾が欲しければ、だれかがDIYで勝手にやってほしい。
「余計な出費がかかりそうなことは一切しません。私のお金で建てるわけではありませんから。あと、『出来るだけ早く、安く、それでいて丈夫に』、それが私の方針です」
「それはさっきも聞いた。いつから始めるんだ?」
「すでに、寸法を合わせた材木が準備できています。あとは大工の皆さんの準備が整えば、いつでも始められます。強いて言うなら、天候の問題がありますが……」
いったん区切って反応をうかがう。冬、この時期の天候は、どうなのだろうか。
「まあ、山のほうはどうだか知らんが、基本的に冬はほとんど雨も雪も降らねえ。その辺は大丈夫だと思うが」
「それはありがたいですね。今回の工法は、床、壁、そして屋根という順番ですから」
多少の雨なら乾けばなんとかなるとはいえ、その分工期も伸びる。雨が降らないに越したことはない。
「……ちょっとまて、家ができるまでに一ヶ月だろう? レンガなら気にならねえが、木造だと雨ざらしはまずいんじゃねえのか? さすがに一ヶ月も降らねえとは言えねえぞ?」
「いえいえ、さすがにそれはありません。内装込みで一ヶ月です。毎日三人ほど大工が来ていただけるなら、平屋ですから、棟上げまで――そう、十日もあれば十分いけますかね」
「……おいおい、そんなに早くできるわけないだろう」
家造りのなかでも意外に時間がかかるのが、基礎だ。
土地をならし、掘り下げ、鉄筋を組んでコンクリートを流し込む。コンクリートが固まるのを見計らって立ち上がり部(主に柱や壁になる部分)、その養生とその他諸々の準備など、基本的に二、三週間ほどかかるからだ。
今回、もうその辺りは済んでいるので、いきなり床の工事から始めることができる。
「大丈夫ですよ。足場職人とは連絡が取れますか?」
「足場職人?」
いぶかしげなマレットさんに、こちらが不安になる。……足場職人はいないのか? 足場を組まないのか?
「……ええと、それでは鳶は?」
「……トビ?」
ここにきてマレットさんが冗談を言うメリットなどなかろう。
……つまり、この街には、足場を組む職人もいなければ、高所専門で作業をする職人もいないということなのか?
でも、そういえばプラットフォーム工法の本場であるアメリカやカナダでは、一戸建ての家を建てる程度なら足場をそもそも組まないとか聞いた事がある。
いやいや待て待て、さすがにどちらもないというのは不自然だ。訳語としてあてはまる概念が無いのかもしれない。
やはり確認してみるのが一番だ。
「ええとですね……。まず、家を建てるとき、家の周りに、高所――二階以上の場所で作業をするための、やぐらのようなものを組み立てる業者はいませんか?」
「あ? そんなもん、必要なら自分たちで組むぞ。それだけをやる業者なんているはずがないだろう」
なるほど、足場は自分たちで組むらしい。
「……では、高所を専門とする建築業者はいますか? 私たちは“鳶”と呼んでいたのですが」
「……なんでそんな専門が必要なんだ? 全部大工がやるに決まっているだろう?」
――そういうことか。全部自前でやるわけだ。
なるほど、そこらへんはやはり未分化なんだな。
そういう常識の中で、設計だけ切り離す俺の立場を理解してくれるマレットさんという人は、相当に柔軟な考え方をしていると言えるのではないだろうか。
「いえ、実は私がいた国では、足場用の資材を提供する専門の業者や、高所での作業を専門とする大工などがいたんです。まあ、それぞれがそれぞれに持ちつ持たれつ、といった感じで、仕事を分け合っていましたね」
「仕事を分け合う……ねえ」
またマレットさんが眉をひそめている。
まあ、一職人として、仕事の最初から最後まで責任を持つ、という発想は理解できる。
だが、やはりある程度専門的な知識を持つ専門集団が、得意な部分をそれぞれで請け負って担当してもらえると、それぞれが得意なことに専念できるメリットがあるのだ。
もちろん、それでいい仕事をするには、きちんと意思疎通を密にして行うというのが前提だが。
「ですが、すでに私達は、製材屋と仕事を分け合っている、と言えるはずです。
すべてを自分で管理できるがその分手間がかかるのと、得意なことを分担しあって得意なことに専念できるというのでは、どちらが良いと思いますか?」
「そりゃまあ――なるほど、そういうことか」
マレットさんも、ひとまず納得してくれたようで、よかった。
「では、詳しい図面は、以前お見せした通りです。明日からでも始めたいと思いますが、どうでしょうか?」
「俺たちはいつでも行けるぜ?」
どんと胸を叩くマレットさんが頼もしい。
「ありがとうございます。それでは、一緒に頑張りましょう!」
そう言って右の手を開いてみせると、マレットさんも笑顔で返してくれた。
よかった、この挨拶で通用した。フラフィー、教えてくれて本当にありがとう!
「泊まっていってくれれば良いのに」
マイセルが、ちょっと頬を膨らませている。
「夕食をごちそうになって、さらに一夜の宿をお借りするなんて、さすがにそこまではできないよ」
「だって、ネイお母さんと一緒に、ちゃんとムラタさんの部屋も用意してたんですよ?」
……待て、それはさすがに準備が良すぎやしないか。
今夜も冴え冴えとした月が、夜道を照らしている。青い月が出ている夜は、本当に街灯が要らないくらい明るい。
「ムラタさん、私ね?」
城門前広場までお送りします、そう言って案内を買って出てくれたマイセルは、俺の隣を歩きながら、つぶやいた。
「私、あんなに家族の前で褒められるなんて、思ってなくて――」
……ああ、マイセルの評価を求められたときのことかと思い出す。あの時は、我ながらよく舌が回ったと感心する。この世界にやってきたころ――リトリィとの会話がなかなかうまく成立しなかったときのことを思えば。
「だから、恥ずかしかったけど、すごく嬉しくて。お父さん――お母さんたちも、ムラタさんのこと、すごく気に入ったみたいだったし、よかったって思って」
「そうだな。明日からの仕事が、スムーズにいきそうだし」
なにより、棟梁たるマレットさんが「よろしく頼む」と、別れる前のあいさつで手をこちらに近づけてくれたのだ。かなりの信用を得た、と考えればいいだろう。
「……そういう意味じゃ、ないです」
なぜか、再びむくれてみせるマイセルに、俺は何か、おかしなことを言ったのかと戸惑う。
……なにも、おかしなことは言っていないよな?
マイセルはそのまま、黙りこくってしまった。それまで、何かと楽しかったらしい今日のことを、いろいろ話しかけてくれていたのだが。
結局、広場までそのまま、マイセルも俺も、黙って歩いた。
俺一人では夜の城門を通過することなどできないが、マイセルはマレットさんの娘ということが効いているのか、顔パスで開けてもらえた。大工の棟梁というのは、やはり顔が広いのだろう。
「じゃあ」と別れの挨拶をしようとした俺に、マイセルがこわばった声で、うつむいたまま聞いてきた。
「……ムラタさんのお宿、行ってもいいですか……?」
今後も、今日みたいにマレットさんの伝令として動いてくれるということだろう。「歓迎するよ」と何気なく言うと、マイセルはそれまでどこか思いつめたような様子だったのが、ぱっと顔を上げた。妙にキラキラした目を向けてくる。
「じゃ、じゃあ……!」
「ああ、だから明日もよろしくね。見送り、ありがとう」
そう言って別れの挨拶をする。
「……え?」
「マイセルも、帰ったら早く寝なよ?」
「あ、あの、ムラタさん……?」
「ほら、マレットさんと約束しただろう? マイセルも現場に立ってもらうからな?」
「え……?」
何やら戸惑っている様子に、苦笑する。
「マレットさんが言っていたじゃないか、『娘を任せる』みたいなことを。大工を目指すんだろう?」
「そ、それは……そうですけど……」
なにやら、そんなことを言いたいのではない、みたいな雰囲気を漂わせているが、大事なことだからちゃんと伝えないとな。
「だから、明日から一緒に現場に立ってもらうんだよ。まあ、最初は雑用かもしれないけれど、それでも現場で働くっていうことを経験してもらう機会にできそうだからね」
だから、明日に備えて早く寝るんだよ――そう言うと、マイセルはひどく傷ついたようにうなだれた。
……え? なんでそこでそんな顔をする?
子供扱いされた、とでも思ったのか?
「……マイセル?」
訳が分からず尋ねようとすると、マイセルは顔を上げた。ひどく事務的な口調で、「おやすみなさい、ムラタさん」と口早に言うと、俺の返事も待たずにきびすを返して城門を抜け、夜道を駆けてゆく。
俺の言葉に納得した、という様子には全く見えなかった。だが、彼女を追って城門をくぐってしまうと、俺は宿に帰れなくなってしまう。
まあ、明日また聞いてみることにしよう。そのときには、落ち着いているかもしれない。
冴え冴えとした青い月を見上げる。
リトリィは今、この月を見上げているのだろうか。
【用語解説】
『切妻屋根(きりづまやね)』
「へ」の字をかぶせたような形の屋根。シンプルかつ丈夫な構造で、雨や雪に強く長持ちするうえ安価に作ることができる、世界中で見られる代表的な屋根。
『DIY(ディー・アイ・ワイ)』
Do it yourself(自分でする)から生まれた言葉。もともとは第二次世界大戦後のイギリスで、焼けただれた街を「自分たちで復興しよう」という運動から生まれた言葉とされる。棚、犬小屋など、必要なものを自分で作ること。ホームセンターは、この需要を満たすために生まれたと言って良い。同義語に「日曜大工」がある。
『足場職人』
建築・塗装・解体などの現場で、対象物の周りに足場を組む、専門の職人。
『鳶職人(とびしょくにん)』
高所での作業を専門に行う職人。建築だけでなく、様々な高所作業現場にて、その力を発揮している。建築でも「鳶に始まり鳶に終わる」、と言われるくらいに重要で、現場の華。足場職人も、鳶の一種である。
0
お気に入りに追加
32
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
番から逃げる事にしました
みん
恋愛
リュシエンヌには前世の記憶がある。
前世で人間だった彼女は、結婚を目前に控えたある日、熊族の獣人の番だと判明し、そのまま熊族の領地へ連れ去られてしまった。それからの彼女の人生は大変なもので、最期は番だった自分を恨むように生涯を閉じた。
彼女は200年後、今度は自分が豹の獣人として生まれ変わっていた。そして、そんな記憶を持ったリュシエンヌが番と出会ってしまい、そこから、色んな事に巻き込まれる事になる─と、言うお話です。
❋相変わらずのゆるふわ設定で、メンタルも豆腐並なので、軽い気持ちで読んで下さい。
❋独自設定有りです。
❋他視点の話もあります。
❋誤字脱字は気を付けていますが、あると思います。すみません。
こわいかおの獣人騎士が、仕事大好きトリマーに秒で堕とされた結果
てへぺろ
恋愛
仕事大好きトリマーである黒木優子(クロキ)が召喚されたのは、毛並みの手入れが行き届いていない、犬系獣人たちの国だった。
とりあえず、護衛兼監視役として来たのは、ハスキー系獣人であるルーサー。不機嫌そうににらんでくるものの、ハスキー大好きなクロキにはそんなの関係なかった。
「とりあえずブラッシングさせてくれません?」
毎日、獣人たちのお手入れに精を出しては、ルーサーを(犬的に)愛でる日々。
そのうち、ルーサーはクロキを女性として意識するようになるものの、クロキは彼を犬としかみていなくて……。
※獣人のケモ度が高い世界での恋愛話ですが、ケモナー向けではないです。ズーフィリア向けでもないです。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
キャンプに行ったら異世界転移しましたが、最速で保護されました。
新条 カイ
恋愛
週末の休みを利用してキャンプ場に来た。一歩振り返ったら、周りの環境がガラッと変わって山の中に。車もキャンプ場の施設もないってなに!?クマ出現するし!?と、どうなることかと思いきや、最速でイケメンに保護されました、
【完結】番(つがい)でした ~美しき竜人の王様の元を去った番の私が、再び彼に囚われるまでのお話~
tea
恋愛
かつて私を妻として番として乞い願ってくれたのは、宝石の様に美しい青い目をし冒険者に扮した、美しき竜人の王様でした。
番に選ばれたものの、一度は辛くて彼の元を去ったレーアが、番であるエーヴェルトラーシュと再び結ばれるまでのお話です。
ヒーローは普段穏やかですが、スイッチ入るとややドS。
そして安定のヤンデレさん☆
ちょっぴり切ない、でもちょっとした剣と魔法の冒険ありの(私とヒロイン的には)ハッピーエンド(執着心むき出しのヒーローに囚われてしまったので、見ようによってはメリバ?)のお話です。
別サイトに公開済の小説を編集し直して掲載しています。
セクスカリバーをヌキました!
桂
ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。
国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。
ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
美幼女に転生したら地獄のような逆ハーレム状態になりました
市森 唯
恋愛
極々普通の学生だった私は……目が覚めたら美幼女になっていました。
私は侯爵令嬢らしく多分異世界転生してるし、そして何故か婚約者が2人?!
しかも婚約者達との関係も最悪で……
まぁ転生しちゃったのでなんとか上手く生きていけるよう頑張ります!
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
騎士団寮のシングルマザー
古森きり
恋愛
夫と離婚し、実家へ帰る駅への道。
突然突っ込んできた車に死を覚悟した歩美。
しかし、目を覚ますとそこは森の中。
異世界に聖女として召喚された幼い娘、真美の為に、歩美の奮闘が今、始まる!
……と、意気込んだものの全く家事が出来ない歩美の明日はどっちだ!?
※ノベルアップ+様(読み直し改稿ナッシング先行公開)にも掲載しましたが、カクヨムさん(は改稿・完結済みです)、小説家になろうさん、アルファポリスさんは改稿したものを掲載しています。
※割と鬱展開多いのでご注意ください。作者はあんまり鬱展開だと思ってませんけども。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる