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第二部 異世界建築士と大工の娘

第131話:団欒(4/4)

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「それで、こっちが今回建てる家の完成予想図、なんだな?」
「ええ、そうです」

 マレットさんは、俺の描いた絵図を見て、眉をひそめる。

「……こっちもまた、なんというか……飾り気も何もない家だな」

 おっしゃる通り。ほぼ正方形の真四角な家。屋根は切妻屋根にすることにした。コストと耐久性の兼ね合いなら、これが一番だからだ。強いて特徴を挙げるなら、通りがかりの人が雨宿りをしやすいように、軒先のきさきを大きめにとっているくらいだろうか。

 金をかけることができるなら、もう少しいろいろと野心的なことはできるのだろう。だが、なにぶんにも、今回の家は俺が出費するわけでもなければ、誰かが住むわけでもない。あくまでも集会所であり、また早い完成が求められているのだ。
 どうしても装飾が欲しければ、だれかがDIYで勝手にやってほしい。

「余計な出費がかかりそうなことは一切しません。私のお金で建てるわけではありませんから。あと、『出来るだけ早く、安く、それでいて丈夫に』、それが私の方針です」
「それはさっきも聞いた。いつから始めるんだ?」
「すでに、寸法を合わせた材木が準備できています。あとは大工の皆さんの準備が整えば、いつでも始められます。強いて言うなら、天候の問題がありますが……」

 いったん区切って反応をうかがう。冬、この時期の天候は、どうなのだろうか。

「まあ、山のほうはどうだか知らんが、基本的に冬はほとんど雨も雪も降らねえ。その辺は大丈夫だと思うが」
「それはありがたいですね。今回の工法は、床、壁、そして屋根という順番ですから」

 多少の雨なら乾けばなんとかなるとはいえ、その分工期も伸びる。雨が降らないに越したことはない。

「……ちょっとまて、家ができるまでに一ヶ月だろう? レンガなら気にならねえが、木造だと雨ざらしはまずいんじゃねえのか? さすがに一ヶ月も降らねえとは言えねえぞ?」
「いえいえ、さすがにそれはありません。内装込みで一ヶ月です。毎日三人ほど大工が来ていただけるなら、平屋ですから、棟上げまで――そう、十日もあれば十分いけますかね」
「……おいおい、そんなに早くできるわけないだろう」

 家造りのなかでも意外に時間がかかるのが、基礎だ。
 土地をならし、掘り下げ、鉄筋を組んでコンクリートを流し込む。コンクリートが固まるのを見計らって立ち上がり部(主に柱や壁になる部分)、その養生とその他諸々の準備など、基本的に二、三週間ほどかかるからだ。
 今回、もうその辺りは済んでいるので、いきなり床の工事から始めることができる。

「大丈夫ですよ。足場職人とは連絡が取れますか?」
?」

 いぶかしげなマレットさんに、こちらが不安になる。……足場職人はいないのか? 足場を組まないのか?

「……ええと、それではとびは?」
「……トビ?」

 ここにきてマレットさんが冗談を言うメリットなどなかろう。
 ……つまり、この街には、足場を組む職人もいなければ、高所専門で作業をする職人もいないということなのか?

 でも、そういえばプラットフォーム工法の本場であるアメリカやカナダでは、一戸建ての家を建てる程度なら足場をそもそも組まないとか聞いた事がある。

 いやいや待て待て、さすがにどちらもないというのは不自然だ。訳語としてあてはまる概念が無いのかもしれない。
 やはり確認してみるのが一番だ。

「ええとですね……。まず、家を建てるとき、家の周りに、高所――二階以上の場所で作業をするための、のようなものを組み立てる業者はいませんか?」
「あ? そんなもん、必要なら自分たちで組むぞ。それだけをやる業者なんているはずがないだろう」

 なるほど、足場は自分たちで組むらしい。

「……では、高所を専門とする建築業者はいますか? 私たちは“鳶”と呼んでいたのですが」
「……なんでそんな専門が必要なんだ? 全部大工がやるに決まっているだろう?」

 ――そういうことか。全部自前でやるわけだ。

 なるほど、そこらへんはやはり未分化なんだな。
 そういう常識の中で、設計だけ切り離す俺の立場を理解してくれるマレットさんという人は、相当に柔軟な考え方をしていると言えるのではないだろうか。

「いえ、実は私がいた国では、足場用の資材を提供する専門の業者や、高所での作業を専門とする大工などがいたんです。まあ、それぞれがそれぞれに持ちつ持たれつ、といった感じで、仕事を分け合っていましたね」
「仕事を分け合う……ねえ」

 またマレットさんが眉をひそめている。
 まあ、一職人として、仕事の最初から最後まで責任を持つ、という発想は理解できる。
 だが、やはりある程度専門的な知識を持つ専門集団が、得意な部分をそれぞれで請け負って担当してもらえると、それぞれが得意なことに専念できるメリットがあるのだ。

 もちろん、それでいい仕事をするには、きちんと意思疎通を密にして行うというのが前提だが。

「ですが、すでに私達は、製材屋と仕事を分け合っている、と言えるはずです。
 すべてを自分で管理できるがその分手間がかかるのと、得意なことを分担しあって得意なことに専念できるというのでは、どちらが良いと思いますか?」
「そりゃまあ――なるほど、そういうことか」

 マレットさんも、ひとまず納得してくれたようで、よかった。

「では、詳しい図面は、以前お見せした通りです。明日からでも始めたいと思いますが、どうでしょうか?」
「俺たちはいつでも行けるぜ?」

 どんと胸を叩くマレットさんが頼もしい。

「ありがとうございます。それでは、一緒に頑張りましょう!」

 そう言って右の手を開いてみせると、マレットさんも笑顔で返してくれた。
 よかった、この挨拶で通用した。フラフィー、教えてくれて本当にありがとう!



「泊まっていってくれれば良いのに」

 マイセルが、ちょっと頬を膨らませている。

「夕食をごちそうになって、さらに一夜の宿をお借りするなんて、さすがにそこまではできないよ」
「だって、ネイお母さんと一緒に、ちゃんとムラタさんの部屋も用意してたんですよ?」

 ……待て、それはさすがに準備が良すぎやしないか。

 今夜も冴え冴えとした月が、夜道を照らしている。青い月が出ている夜は、本当に街灯が要らないくらい明るい。

「ムラタさん、私ね?」

 城門前広場までお送りします、そう言って案内を買って出てくれたマイセルは、俺の隣を歩きながら、つぶやいた。

「私、あんなに家族の前で褒められるなんて、思ってなくて――」

 ……ああ、マイセルの評価を求められたときのことかと思い出す。あの時は、我ながらよく舌が回ったと感心する。この世界にやってきたころ――リトリィとの会話がなかなかうまく成立しなかったときのことを思えば。

「だから、恥ずかしかったけど、すごく嬉しくて。お父さん――お母さんたちも、ムラタさんのこと、すごく気に入ったみたいだったし、よかったって思って」
「そうだな。明日からの仕事が、スムーズにいきそうだし」

 なにより、棟梁たるマレットさんが「よろしく頼む」と、別れる前のあいさつで手をこちらに近づけてくれたのだ。かなりの信用を得た、と考えればいいだろう。

「……そういう意味じゃ、ないです」

 なぜか、再びむくれてみせるマイセルに、俺は何か、おかしなことを言ったのかと戸惑う。
 ……なにも、おかしなことは言っていないよな?

 マイセルはそのまま、黙りこくってしまった。それまで、何かと楽しかったらしい今日のことを、いろいろ話しかけてくれていたのだが。
 結局、広場までそのまま、マイセルも俺も、黙って歩いた。



 俺一人では夜の城門を通過することなどできないが、マイセルはマレットさんの娘ということが効いているのか、顔パスで開けてもらえた。大工の棟梁というのは、やはり顔が広いのだろう。
 「じゃあ」と別れの挨拶をしようとした俺に、マイセルがこわばった声で、うつむいたまま聞いてきた。

「……ムラタさんのお宿、行ってもいいですか……?」

 今後も、今日みたいにマレットさんの伝令として動いてくれるということだろう。「歓迎するよ」と何気なく言うと、マイセルはそれまでどこか思いつめたような様子だったのが、ぱっと顔を上げた。妙にキラキラした目を向けてくる。

「じゃ、じゃあ……!」
「ああ、だから明日もよろしくね。見送り、ありがとう」

 そう言って別れの挨拶をする。

「……え?」
「マイセルも、帰ったら早く寝なよ?」
「あ、あの、ムラタさん……?」
「ほら、マレットさんと約束しただろう? マイセルも現場に立ってもらうからな?」
「え……?」

 何やら戸惑っている様子に、苦笑する。

「マレットさんが言っていたじゃないか、『娘を任せる』みたいなことを。大工を目指すんだろう?」
「そ、それは……そうですけど……」

 なにやら、そんなことを言いたいのではない、みたいな雰囲気を漂わせているが、大事なことだからちゃんと伝えないとな。

「だから、明日から一緒に現場に立ってもらうんだよ。まあ、最初は雑用かもしれないけれど、それでも現場で働くっていうことを経験してもらう機会にできそうだからね」

 だから、明日に備えて早く寝るんだよ――そう言うと、マイセルはひどく傷ついたようにうなだれた。

 ……え? なんでそこでそんな顔をする?
 子供扱いされた、とでも思ったのか?

「……マイセル?」

 訳が分からず尋ねようとすると、マイセルは顔を上げた。ひどく事務的な口調で、「おやすみなさい、ムラタさん」と口早に言うと、俺の返事も待たずにきびすを返して城門を抜け、夜道を駆けてゆく。

 俺の言葉に納得した、という様子には全く見えなかった。だが、彼女を追って城門をくぐってしまうと、俺は宿に帰れなくなってしまう。
 まあ、明日また聞いてみることにしよう。そのときには、落ち着いているかもしれない。



 冴え冴えとした青い月を見上げる。
 リトリィは今、この月を見上げているのだろうか。



【用語解説】
『切妻屋根(きりづまやね)』
 「へ」の字をかぶせたような形の屋根。シンプルかつ丈夫な構造で、雨や雪に強く長持ちするうえ安価に作ることができる、世界中で見られる代表的な屋根。

『DIY(ディー・アイ・ワイ)』
 Do it yourself(自分でする)から生まれた言葉。もともとは第二次世界大戦後のイギリスで、焼けただれた街を「自分たちで復興しよう」という運動から生まれた言葉とされる。棚、犬小屋など、必要なものを自分で作ること。ホームセンターは、この需要を満たすために生まれたと言って良い。同義語に「日曜大工」がある。

『足場職人』
 建築・塗装・解体などの現場で、対象物の周りに足場を組む、専門の職人。

『鳶職人(とびしょくにん)』
 高所での作業を専門に行う職人。建築だけでなく、様々な高所作業現場にて、その力を発揮している。建築でも「鳶に始まり鳶に終わる」、と言われるくらいに重要で、現場の華。足場職人も、鳶の一種である。
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