ムラタのむねあげっ!~君の居場所は俺が作る!異世界建築士の奮闘録~

狐月 耀藍

文字の大きさ
上 下
128 / 502
第二部 異世界建築士と大工の娘

第118話:応援

しおりを挟む
「いいえ? 私が会いたかったんです」

 その言葉が耳に届いて、理解できるまで、とりあえず五秒くらいは固まっていたと思う。

「……は?」
「私が会いたかったんです」
「……誰に?」
「ムラタさんに」

 そしてまた五秒ほど固まっていたと思う。

「……ああ、俺、なにか落とし物でもしたのかな?」
「いいえ? あ、なにか落とし物をしたんですか?」

 一緒に探しましょうか? と問われて、戸惑いながら否定する。

「……? へんなムラタさん」

 ……また変人扱いだよ。どうもこの子、天真爛漫なのはいいけれど、すぐに人を変人扱いしてからかうのは、なんなんだ。

「……それで? 実際のところ、マレットさんの伝言以外の要件というのは、なに?」
「はい! その、……お話、したくって!」

 ……は?



 昨日とは具の違うパニーニをほおばりながら、二人で街を歩く。

「なるほど、この区画が石積みなのは、ここが最も古い区画だからか」
「はい! まだ、外壁は石でなければいけなかった頃の名残ですね」
「でも城内街と違って、小さな石をモルタルで接着して積み上げてある家がほとんどだな」

 見ようによっては、大小さまざまな石が積まれた壁面は、ある意味、レンガよりもずっと飽きの来ない面白さがある。

「だって、石切り場から切り出す石は高いですから」

 一緒にパニーニをほおばりながら、俺の質問に、いちいち嬉しそうに答える。あちらこちらの家を指さしながら、実に楽しそうに。

「だから、この区画は河原から拾い集めてきた石を使っている家が多いはずです。でも、石積みの家自体は多くないんですけどね」
「それは、どうして?」

 やはり、初期は様々な困難が伴って、市街の拡張がうまく進まなかったのだろうか。そう考えて聞いてみると、少し先を歩いていたマイセルが、くるりと振り返って微笑んだ。

「しばらくして、レンガの業者さんたちが、この門外街に目を付けたんです。石の代わりにレンガが認められたら、きっとレンガが売れるぞって」

 それで、レンガギルドが多額の寄付金と、レンガ業者が儲かれば税収も増えるということを訴えて、議会にレンガの家を認めさせたんだそうな。

「だから、門外街で石造りの家が見られるのは、この区画だけです。あとはもう、レンガが主流ですね」
「木骨造の家は?」
「あれ、柱は木ですけど、中身はレンガです。でも、ただのレンガより、ずっとおしゃれでしょう?」

 そう言って彼女は、発育途上の薄い胸を張る。

「今では、外壁の三分の二以上は不燃材にすること、という決まりになってて、それ以外――たとえば木材を外壁に使うと、建てたあとでものすごい罰金を取られます。でも、逆に言えば、三分の一は、不燃材じゃなくていいんです。だから、木骨造が流行るようになりました」

 ああ、そういえば、俺が倒壊させた例の木造小屋。ナリクァンさんの旦那さんが木造にリフォームしたらすごい金をとられた、といっていたっけ。それだな。

「ほんとうにすごいな、マイセルは。街並みのことなら何だって知ってるんだな」

 そう笑いかけると、マイセルは嬉しそうに、隣に並んだ。

「だって、好きですから。街のこと、家のこと、建築のこと」

 目をきらきらさせるマイセルは、最近の日本ではあまり見ないという、将来に夢を持つ子供、そのものだ。

「木骨造の家って、ムラタさんが昨日言ってたように、一軒一軒、みんな味わいが違うんですよね! 流行によっても表情が違うし、施主せしゅさんのこだわりでもずいぶん表情が変わりますし」

 それで――と言いかけて、俺の顔を見上げ、そして、何かに気づいたように言葉を止める。
 うつむき、そして、しばらくしてまた、俺を見上げた。

「すごいって……そう言ってくれるの、ムラタさんだけです」
「実際すごいじゃないか。将来は大工になりたいという夢も、しっかり持っているしね。俺自身も建築に関わる人間だし、応援するよ」

 ちゅぴ。
 パニーニのソースが付いた指を舐めながら、マイセルが笑う。
 どこか、寂しそうに。

「……私、男の子に生まれたらよかった。そうしたら、きっとムラタさんだけじゃなくて、みんなにも応援してもらえたのに」
「……どういう意味だ?」

 大工の娘が家に詳しく、また大工になりたいという夢を持つ――それは、誰だって当たり前、自然なことだと思うだろうに。

 だが、その質問には、彼女は答えなかった。
 俺の質問に答える前に、野良猫と思しき猫に駆け寄り、しかし逃げられてしまったことにがっかりしていたからだ。



 ある程度、街並みを見て回ったところで、マイセルに釘を作っているところはどこかを案内してもらうことにした。大工なら知っているはずだと思ったからだ。
 案の定、彼女は二つ返事で承諾してくれた。

 釘鍛冶の工房は、例の製材屋の近くだった。釘鍛冶は、鉄線の製造も行っているらしい。まあ、木の加工には釘もつきものだし、顧客にとってはどちらによっても、ついでに注文ができる。なるほど、製材屋の近くになるのは当然だな。

 ということは、製鉄も近くなのかと思ったら、製鉄の工房は、川を挟んだ向かいだということだった。万が一事故があったら、辺りを火の海にしてしまうのだ。そんな製鉄工房が製材工房と並んでいるなんて、まあ、そりゃ、あり得ないだろうな。

 道すがら、家の特徴について嬉々として説明してくれるマイセルの説明に、耳を傾けながら歩く。

「――私も将来、あんな家を建ててみたいんです。お父さんは、きっとあんなごてごてした屋根は早く痛むからダメだって、そういうんでしょうけど」

 マイセルはそう言って、複雑に組み合わさった屋根の家を指さす。

「でも、かっこよくないですか? あめ仕舞じまいが大変そうですけど、でものきを多めにとったり、をかけたりすれば、なんとか」

 なんだ、複雑な形の屋根は防水処理が難しいこと、ちゃんとわかっているじゃないか。知識として知っている、というだけでなく、ちゃんと理解をしているようだ。

「あの、ムラタさんは、今までどんな家を建ててきたんですか?」

 急に話を振られて少し戸惑うが、実際にやってきたこと、心がけてきたことを伝えることにする。

「そうだな……大抵は、若い夫婦が暮らす小さな家、という感じかな?」
「若い夫婦……ですか?」

 そう。
 木村設計事務所は、零細と言ってもいい事務所だった。とにかく安く、そこそこの性能の家、というのがウチのモットーで、極力部材の共通化を図ってコストダウン。選択肢がほとんどない代わりに、そのぶんお値打ち。
 ――いや、選択肢はあるがその分どんどん高くなる、というだけなんだけどな。

 そうやって削りに削ってお安くしたうえで、できる限り構造の希望を叶えるのだ。カネのない若夫婦が家を持ちたいと思ったときの駆け込み寺――それが木村設計事務所の存在意義だと、俺は信じていた。

 いや、いまもそういう家を作っていきたい、と思っている。
 この世界にどれだけ家の需要があるかは分からないが、金持ちが札びらで職人の顔を叩いて作らせるような家ではなく――そういう人間の趣味を満足させるセンスもないが――、新しい生活を、二人で頑張って歩んでいこうとするような、そんな慎ましい幸せを求める人々の役に立つ家を作りたい。

「……すてきです!」

 気が付くと、隣を歩いていたはずのマイセルが正面に回って、目をキラキラさせてこちらを見上げていた。

「ムラタさんの考え方って、すてきです! 愛し合う二人の夢を応援するためにおうちを作りたい、なんて!」

 思わず足を止めてしまう。

 愛し合う二人を応援――実は愛し合う、などというキーワードを思い浮かべて仕事をしていたことはあまりなかったんだが。困難な人生を切り拓こうとする、人生の共同経営者――そんな風に見ていたはずだ。

 だから、愛し合う二人だの、夢を応援だの、そういうことをいざ他人に口にされると、妙に気恥ずかしい。それを、恥ずかしげもなくまっすぐ口にすることができる彼女は、誰か、好きな人がいるんだろうか。もしそうなら、いつかその恋が叶うといいと思う。

「お兄ちゃんはちょっとアレですけど、私はムラタさんの思い、応援してます! お仕事、がんばってくださいね!」
「あ……ああ、うん。ありがとう、頑張るよ」

 やや気圧されつつ、うなずく。

「――ええと、それで、釘鍛冶はどこなのかな?」

 そして、釘鍛冶を通り過ぎていたことを知るのだった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

騎士団寮のシングルマザー

古森きり
恋愛
夫と離婚し、実家へ帰る駅への道。 突然突っ込んできた車に死を覚悟した歩美。 しかし、目を覚ますとそこは森の中。 異世界に聖女として召喚された幼い娘、真美の為に、歩美の奮闘が今、始まる! ……と、意気込んだものの全く家事が出来ない歩美の明日はどっちだ!? ※ノベルアップ+様(読み直し改稿ナッシング先行公開)にも掲載しましたが、カクヨムさん(は改稿・完結済みです)、小説家になろうさん、アルファポリスさんは改稿したものを掲載しています。 ※割と鬱展開多いのでご注意ください。作者はあんまり鬱展開だと思ってませんけども。

転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~

恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん) は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。 しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!? (もしかして、私、転生してる!!?) そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!! そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?

義兄に甘えまくっていたらいつの間にか執着されまくっていた話

よしゆき
恋愛
乙女ゲームのヒロインに意地悪をする攻略対象者のユリウスの義妹、マリナに転生した。大好きな推しであるユリウスと自分が結ばれることはない。ならば義妹として目一杯甘えまくって楽しもうと考えたのだが、気づけばユリウスにめちゃくちゃ執着されていた話。 「義兄に嫌われようとした行動が裏目に出て逆に執着されることになった話」のifストーリーですが繋がりはなにもありません。

【完結】『飯炊き女』と呼ばれている騎士団の寮母ですが、実は最高位の聖女です

葉桜鹿乃
恋愛
ルーシーが『飯炊き女』と、呼ばれてそろそろ3年が経とうとしている。 王宮内に兵舎がある王立騎士団【鷹の爪】の寮母を担っているルーシー。 孤児院の出で、働き口を探してここに配置された事になっているが、実はこの国の最も高貴な存在とされる『金剛の聖女』である。 王宮という国で一番安全な場所で、更には周囲に常に複数人の騎士が控えている場所に、本人と王族、宰相が話し合って所属することになったものの、存在を秘する為に扱いは『飯炊き女』である。 働くのは苦では無いし、顔を隠すための不細工な丸眼鏡にソバカスと眉を太くする化粧、粗末な服。これを襲いに来るような輩は男所帯の騎士団にも居ないし、聖女の力で存在感を常に薄めるようにしている。 何故このような擬態をしているかというと、隣国から聖女を狙って何者かが間者として侵入していると言われているためだ。 隣国は既に瘴気で汚れた土地が多くなり、作物もまともに育たないと聞いて、ルーシーはしばらく隣国に行ってもいいと思っているのだが、長く冷戦状態にある隣国に行かせるのは命が危ないのでは、と躊躇いを見せる国王たちをルーシーは説得する教養もなく……。 そんな折、ある日の月夜に、明日の雨を予見して変装をせずに水汲みをしている時に「見つけた」と言われて振り向いたそこにいたのは、騎士団の中でもルーシーに優しい一人の騎士だった。 ※感想の取り扱いは近況ボードを参照してください。 ※小説家になろう様でも掲載予定です。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

処理中です...