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第一部 異世界建築士と獣人の少女
第97話:可能性
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「そういえば、城内街で目に付いた建物はすべて基本的に石造りなのですが、門外街は木造でもいいのですか?」
小麦肌のご婦人――ナリクァンさんに聞いてみる。
こういうのは重要だ。ヨーロッパなんかだと、例えばレンガ造りの家が立ち並ぶ中での別素材による新築は認められないことが多い。
ひどい話だと、赤レンガの家が立ち並ぶ家々の中で、自分の家だけ個性を出そうと思って、別の色に塗装するだけでも、罰せられることがあるとか。
まあ、統一された美観は街の財産、と考えるならば、それもやむなしか。家はつまり、個人の財産でありながら、街の財産でもあるわけだ。
ゆえに、好き勝手に、無秩序に家を建てまくる日本人の感覚でいると、足元をすくわれるおそれがある。特にこういう都市部では。
そういうわけで、まわりはレンガ造りの家々なのに、この小屋だけすべてが木造だったのは、違和感があったのだ。
この小屋、どう見ても木造で、しかも外壁も木。屋根材自体も木片。
周りを見ると、木材を外壁そのものに使っている家が見当たらないのだ。にもかかわらず、この小屋だけ全部木材。正直、ボロいだけでなく、浮いている。
もちろん、木材を全く使っていないわけではない。今、宿泊に使っている宿の内装は、木材も使われている。
街の家々を観察したところ、屋根や梁は木で、上にのせているのが素焼き瓦というのが一般的のようだ。区画によっては、木骨建築の家もある。
しかし、外壁まで全て木材なのは、この小屋だけなのだ。
「そうねえ……実はこの家、もともとは木造の家の周りを、レンガで覆っていたのですよ」
「レンガで?」
「そう。それを、うちの人が剥がしちゃったのよねえ。結構な罰金を払わされた記憶がありますけれど、それでもあの人はやってしまったわねえ。田舎風がいい、とか言って」
田舎風――この家を見るに、要するに木造住宅ってことか? 罰金を払ってでも木造部分を晒す――そんなに木造にこだわりたかったのか。
それにしても、木造を全面に押し出すことで罰金を取られるとは。うーむ、やはり街としての統一感を出すためなのか?
統一感を損ねる造り――この場合木造建築――は、どうしても作りたけりゃ金払え方式にして、実質禁止すると。
まあ、道楽者はそんなことでは止まらなかったようだが。
しかし、いま面白いことを聞いたぞ?
「申し訳ありません、それってどういうことですか? この木造の小屋は、もともとはレンガで覆われた家だったということでしょうか?」
「そうよ? 見た感じはレンガ造りだったの。木造の家に、レンガを貼り付けたような感じだったわね。
そのレンガを剥がして、わざわざ板切れを貼り付けて木のおうちにしちゃったの」
――なるほど。現代日本みたいなサイディングボードはないけれど、木造建築物にレンガの壁を追加することによって耐火・耐水性能を追加するわけか。
面白い発想だ。地震がほとんどないからこそ、そんな工法が生まれるのだろう。一手間増えるが、とりあえず見た目はレンガ造りにできるわけだ。
でも、やりようによってはすべてをレンガ造りにするよりも、早くできるかもしれない。
レンガづくりの家なんて作ったことがないからどうしようかと思ったが、木造の家をレンガで覆うというなら、話は別だ。
俺が日本で培ってきた技術を、うまく活かすことができる可能性が高い。
――いや、まてよ? 万が一地震が来たら、壁のレンガがボロボロ剥がれ落ちることになる。そうすると、周りにいる人に被害が及びかねない。
日本での最近のレンガ造り風の家は、たいていレンガ風の凹凸と塗装をしたサイディングボードだ。そうでなければ、レンガ風のタイルを金具か何かで壁の下地にひっかける、なんちゃってレンガがある。
だが、後者はそういう金属部品を大量生産できるから成り立つのであって、それが期待できないこの世界では、レンガを一つ一つ、下から積み上げるしかない。
そうすると、壁が薄いとある程度の揺れで、ジェンガを崩すがごとく崩れる恐れがある。
だから、レンガの積み方にはイギリス積み、フランス積み、オランダ積みなど、多少の地震では崩れない工夫があり、そのように建ててしてあるのだ。
東京駅などは、中身がオランダ積み、表面がドイツ積みとなっていて、強さと美しさを両立する工夫がなされている。
ただのブロックでも、積み方にはなかなか奥深いものがあるのだ。
もしかしたらほかのレンガ造りの家もそうやってできているものがあるかもしれないが、安いうえに安全安心な家造りがモットーの木村設計事務所のスローガンに反する。
いや、異世界に来てまで元の職場の流儀を貫かなきゃならないことはないんだが、万が一の時にムラタプロデュースの家がバッチリ残っていたら、嬉しいうえに宣伝効果バッチリじゃないか。
万が一なんて、ないほうがいいに決まっていても。
ということは、あれか。中空のコンクリートブロックに鉄心を挿すような、あんなレンガを作ればいいわけだ。鉄心がコスト高なら、竹でもいい。
レンガ業者は肉抜き部分を作ることで材料を節約、こっちは鉄心か何かを通すことができ、しかも多少は軽量化された耐震レンガを手に入れられる。
うん、いい発想をもらった。これぞwin-winな関係というやつだな! レンガの業者にもちょっと当たってみよう。
「はあ? レンガに穴を開ける?」
「いや、開けるんじゃなくて、粘土を成形する時点で、穴を作っておくんですよ。棒を通せるように」
レンガ職人の男が顔をしかめた。
「できねえことはねえが、なんのために?」
「そちらは、粘土の節約に。こちらは、軽くて丈夫なレンガを手に入れられます」
「穴がある分、もろくなるだろう?」
上からの圧縮に耐える力があれば問題ないのだ。だから、縦方向に貫通する穴であれば、上からの圧縮に対して大した問題にはならないはずだ。
要は3階分くらいの質量に耐える力があれば問題ないのだ。
「それで、もし注文をすることになった場合、できそうですか?」
「作ること自体は難しくないだろうよ」
レンガ職人は、いまだ納得はしかねる顔をしていたが、その返事こそが欲しかったのだ。
よし! これでまた、ひとつの可能性が開かれた。もしその工法を採用するときは、この業者に頼もう。
十刻――およそ午後三時のお茶の時間。
「もうすぐ、この小屋ともお別れなのねえ」
ナリクァンさんが、感慨深げに言っている声が聞こえてくる。
「でも、大丈夫?」
「困ったわねえ」
「大工さんを呼んでみます?」
……全然困っているように思えない。
「……ぷは」
そんな奥様方だ、壁を挟んだ反対側の部屋――狭いトイレの中で、俺とリトリィが、こんなことになっているとは思うまい。
「ム、ムラタさん、だめ……」
リトリィの懇願は、とりあえず無視。その鼻先を覆うように、手ぬぐいで口を縛る。
「むーっ、むーっ……!」
「我慢しろ、すぐに終わる」
首を振るリトリィを横の壁に押し付ける。
そして、背中を壁に押し付けて、足を持ち上げる。
「――! ――――!!」
口を縛られているリトリィが首を振ってやめるように訴えるが、何を言われてもやめるつもりなどない。
「……いくぞ?」
やめて、と言わんばかりに、くなくなと首を振るリトリィ。
俺は大きく息を吸い、そして――
「ふんッ!」
渾身の力を込めて、一気に突き込む!
悲鳴にならないリトリィの声とともに――
俺たちを閉じ込めていたトイレのドアが、脱出への可能性を信じて渾身の力を込めた俺のキックで、豪快にぶっとんだのだった。
小麦肌のご婦人――ナリクァンさんに聞いてみる。
こういうのは重要だ。ヨーロッパなんかだと、例えばレンガ造りの家が立ち並ぶ中での別素材による新築は認められないことが多い。
ひどい話だと、赤レンガの家が立ち並ぶ家々の中で、自分の家だけ個性を出そうと思って、別の色に塗装するだけでも、罰せられることがあるとか。
まあ、統一された美観は街の財産、と考えるならば、それもやむなしか。家はつまり、個人の財産でありながら、街の財産でもあるわけだ。
ゆえに、好き勝手に、無秩序に家を建てまくる日本人の感覚でいると、足元をすくわれるおそれがある。特にこういう都市部では。
そういうわけで、まわりはレンガ造りの家々なのに、この小屋だけすべてが木造だったのは、違和感があったのだ。
この小屋、どう見ても木造で、しかも外壁も木。屋根材自体も木片。
周りを見ると、木材を外壁そのものに使っている家が見当たらないのだ。にもかかわらず、この小屋だけ全部木材。正直、ボロいだけでなく、浮いている。
もちろん、木材を全く使っていないわけではない。今、宿泊に使っている宿の内装は、木材も使われている。
街の家々を観察したところ、屋根や梁は木で、上にのせているのが素焼き瓦というのが一般的のようだ。区画によっては、木骨建築の家もある。
しかし、外壁まで全て木材なのは、この小屋だけなのだ。
「そうねえ……実はこの家、もともとは木造の家の周りを、レンガで覆っていたのですよ」
「レンガで?」
「そう。それを、うちの人が剥がしちゃったのよねえ。結構な罰金を払わされた記憶がありますけれど、それでもあの人はやってしまったわねえ。田舎風がいい、とか言って」
田舎風――この家を見るに、要するに木造住宅ってことか? 罰金を払ってでも木造部分を晒す――そんなに木造にこだわりたかったのか。
それにしても、木造を全面に押し出すことで罰金を取られるとは。うーむ、やはり街としての統一感を出すためなのか?
統一感を損ねる造り――この場合木造建築――は、どうしても作りたけりゃ金払え方式にして、実質禁止すると。
まあ、道楽者はそんなことでは止まらなかったようだが。
しかし、いま面白いことを聞いたぞ?
「申し訳ありません、それってどういうことですか? この木造の小屋は、もともとはレンガで覆われた家だったということでしょうか?」
「そうよ? 見た感じはレンガ造りだったの。木造の家に、レンガを貼り付けたような感じだったわね。
そのレンガを剥がして、わざわざ板切れを貼り付けて木のおうちにしちゃったの」
――なるほど。現代日本みたいなサイディングボードはないけれど、木造建築物にレンガの壁を追加することによって耐火・耐水性能を追加するわけか。
面白い発想だ。地震がほとんどないからこそ、そんな工法が生まれるのだろう。一手間増えるが、とりあえず見た目はレンガ造りにできるわけだ。
でも、やりようによってはすべてをレンガ造りにするよりも、早くできるかもしれない。
レンガづくりの家なんて作ったことがないからどうしようかと思ったが、木造の家をレンガで覆うというなら、話は別だ。
俺が日本で培ってきた技術を、うまく活かすことができる可能性が高い。
――いや、まてよ? 万が一地震が来たら、壁のレンガがボロボロ剥がれ落ちることになる。そうすると、周りにいる人に被害が及びかねない。
日本での最近のレンガ造り風の家は、たいていレンガ風の凹凸と塗装をしたサイディングボードだ。そうでなければ、レンガ風のタイルを金具か何かで壁の下地にひっかける、なんちゃってレンガがある。
だが、後者はそういう金属部品を大量生産できるから成り立つのであって、それが期待できないこの世界では、レンガを一つ一つ、下から積み上げるしかない。
そうすると、壁が薄いとある程度の揺れで、ジェンガを崩すがごとく崩れる恐れがある。
だから、レンガの積み方にはイギリス積み、フランス積み、オランダ積みなど、多少の地震では崩れない工夫があり、そのように建ててしてあるのだ。
東京駅などは、中身がオランダ積み、表面がドイツ積みとなっていて、強さと美しさを両立する工夫がなされている。
ただのブロックでも、積み方にはなかなか奥深いものがあるのだ。
もしかしたらほかのレンガ造りの家もそうやってできているものがあるかもしれないが、安いうえに安全安心な家造りがモットーの木村設計事務所のスローガンに反する。
いや、異世界に来てまで元の職場の流儀を貫かなきゃならないことはないんだが、万が一の時にムラタプロデュースの家がバッチリ残っていたら、嬉しいうえに宣伝効果バッチリじゃないか。
万が一なんて、ないほうがいいに決まっていても。
ということは、あれか。中空のコンクリートブロックに鉄心を挿すような、あんなレンガを作ればいいわけだ。鉄心がコスト高なら、竹でもいい。
レンガ業者は肉抜き部分を作ることで材料を節約、こっちは鉄心か何かを通すことができ、しかも多少は軽量化された耐震レンガを手に入れられる。
うん、いい発想をもらった。これぞwin-winな関係というやつだな! レンガの業者にもちょっと当たってみよう。
「はあ? レンガに穴を開ける?」
「いや、開けるんじゃなくて、粘土を成形する時点で、穴を作っておくんですよ。棒を通せるように」
レンガ職人の男が顔をしかめた。
「できねえことはねえが、なんのために?」
「そちらは、粘土の節約に。こちらは、軽くて丈夫なレンガを手に入れられます」
「穴がある分、もろくなるだろう?」
上からの圧縮に耐える力があれば問題ないのだ。だから、縦方向に貫通する穴であれば、上からの圧縮に対して大した問題にはならないはずだ。
要は3階分くらいの質量に耐える力があれば問題ないのだ。
「それで、もし注文をすることになった場合、できそうですか?」
「作ること自体は難しくないだろうよ」
レンガ職人は、いまだ納得はしかねる顔をしていたが、その返事こそが欲しかったのだ。
よし! これでまた、ひとつの可能性が開かれた。もしその工法を採用するときは、この業者に頼もう。
十刻――およそ午後三時のお茶の時間。
「もうすぐ、この小屋ともお別れなのねえ」
ナリクァンさんが、感慨深げに言っている声が聞こえてくる。
「でも、大丈夫?」
「困ったわねえ」
「大工さんを呼んでみます?」
……全然困っているように思えない。
「……ぷは」
そんな奥様方だ、壁を挟んだ反対側の部屋――狭いトイレの中で、俺とリトリィが、こんなことになっているとは思うまい。
「ム、ムラタさん、だめ……」
リトリィの懇願は、とりあえず無視。その鼻先を覆うように、手ぬぐいで口を縛る。
「むーっ、むーっ……!」
「我慢しろ、すぐに終わる」
首を振るリトリィを横の壁に押し付ける。
そして、背中を壁に押し付けて、足を持ち上げる。
「――! ――――!!」
口を縛られているリトリィが首を振ってやめるように訴えるが、何を言われてもやめるつもりなどない。
「……いくぞ?」
やめて、と言わんばかりに、くなくなと首を振るリトリィ。
俺は大きく息を吸い、そして――
「ふんッ!」
渾身の力を込めて、一気に突き込む!
悲鳴にならないリトリィの声とともに――
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