ムラタのむねあげっ!~君の居場所は俺が作る!異世界建築士の奮闘録~

狐月 耀藍

文字の大きさ
上 下
100 / 438
第一部 異世界建築士と獣人の少女

第93話:好きなのに……

しおりを挟む
 俺は、自分でもみっともないくらいにかすれる声で、もう一度、彼女に尋ねた。
 なぜ、ここにいるのかと。

 美しい月明かりは、このオンボロ小屋の屋根に開いた穴を通して、部屋の中にまで差し込んでくる。
 彼女の表情は逆光になって、よく分からない。
 分からないが、落ち着いた声で、彼女はもう一度、同じ答えを言った。

「きっとここにいらっしゃるって、思いましたから」

 そう言って、ロングスカートの端をつまみ、腰を落として礼をしてみせる。

「だから、お待ちしておりました」

 そして、逆光でもわかる、微笑みを浮かべた。

 なぜだ。
 なぜ分かった。
 どうして君は、そんな先回りできたんだ。

「だって、ムラタさんですから」

 彼女は小首をかしげるようにすると、よどみなく続けた。

「きっと、責任を感じて、今夜はお戻りになられないだろうなって。でも、お仕事を途中で放りだすような方ではないですし、それでもお宿のお金はお持ちになられていないでしょうから、どこか橋の下か、あるいはこちらかなと。
 じゃあ、お仕事の場所になるこちらで、一晩を明かそうとするんじゃないかなって」

 ……完璧だ。完璧すぎる。
 橋の下はさすがに思い浮かばなかったが、俺の思考をきれいにトレースしてきた。

「……だけど、俺は……」

 俺は、君を傷つけた。
 君を怖がらせ、あまつさえ、その場から逃げてきた。
 ……なのに。 

「どうして……ここに来たんだ?」

 彼女がここにいる、その事実が信じられない。
 なぜ、ここにいる。
 なにがしたくて、ここにいる。
 ――そんな俺の言葉に、リトリィは。

「だって、わたし、あなたに選んでもらえた――」

 そう言って、ふわりと、微笑む。

「――あなたの、妻になる女、ですから」

『獣人は情が深い』

 瀧井さんの言葉が脳裏をかすめる。
 俺自身、彼女についてこう思ってきた。
 ――重い女だと。

 でも、それでも。

 それでも、彼女の想いに、涙が出そうになる。
 俺は、どうして、こんな女性を――自分が好きだと自覚している女性を、悲しませるようなことをしてしまうのだろう。
 今度こそ――もう今度こそ、そんな思いをさせたくないと思いながら、なおも。



 壊れかけた椅子の上にあった、すっかり綿の潰れたクッションを床に敷き、壁にもたれかけるようにして、俺たちは座っていた。
 リトリィが壁を背にして、そして俺が、そんな彼女に包み込まれるように、彼女を背にして。

 山で滑落したとき――あの時と、同じように。

 穴の開いた屋根から降り注ぐ月明かりのなか、二人で、二枚の毛布にくるまる。なんとも用意のいいことだ。
 本当は二人が一枚ずつ、というつもりだったらしいのだが、二人で二枚重ねにした方が温かくていい。おまけにリトリィは、言ってしまえば天然毛布。彼女の腕に抱かれるようにしていると、リトリィの柔らかな毛に包まれた肢体が、とても暖かい。

 ああ、ふわふわだ。極上の毛布よりも、なお、ふわふわで、もふもふで。
 ――とても、あたたかい。なみだが、こぼれそうになるくらいに。

 どちらからともなく。
 しばらく、お互いに、感触を、ぬくもりを、確かめ合うように、唇を重ね合った。



「城門から出るのは簡単ですけど、中に入るのは制限がありますから。今からお宿に戻ることは、できないんです」

 リトリィの言葉に、自分の軽率さを恨む。言われてみれば、城門を通るときに、門番がそんなようなことを言っていたような気もする。そのときはすっかり捨て鉢になっていたから、大して気にも留めなかったが。

「ムラタさんは、どうして、わたしが来ないって思ったんですか?」

 リトリィに問われ、一瞬、どう答えたらいいのか迷ったのだが。

「……リトリィは、俺を、嫌いになっただろうなと……」

 顔が見えないからだろうか。
 意外に、するりと言葉が出てくる。

「どうして、わたしが、あなたを嫌いになるなんて思ったんですか?」
「……俺は、君を、傷つけた……」

 今度は、リトリィの答えが返ってこない。
 ただ、俺を抱きしめる腕に、力が込められたのを感じる。
 かすかに震えるその腕に、そっと触れてみる。

「本当は……怖かったんです」

 か細い声だった。

「あなたが出て行って……すぐに追えなくて。
 こんなに好きなのに、こんなにおそばにいたいって願ってきたのに、あんなことを言ってしまったわたしをもう、あなたは、ゆるしてくれないんじゃないかって……」

 徐々に嗚咽交じりになる言葉は、しかし、途切れない。

「わたし……怖かったんです。ほんとうは、あなたはだれにでも優しいだけで、わたしのことを、好いてくれていないんじゃないかって……。ずっと、怖くて、不安で」
「リトリィ、俺は……」
「好きって言ってもらえても、抱いてもらえない。何度二人きりで寝ても、愛してもらえない。ほんとうは、あなたはわたしとの仔なんて、欲しくないんじゃないかって……」

 彼女の頬が、背中に押し付けられる。

「だから、わたし、あなたが出て行ってしまったとき、動けなかったんです。嫌われたって思いました。もう、あなたはわたしの元に帰ってきてくれないんじゃないかって……」

 ……逆だ。真逆だ。
 俺の方が嫌われた、そう思ったんだ、俺は。

「……だから、こうして、あなたがここにいてくださるのが、夢みたいなんです。私の腕の中に、こうして、あなたがいてくださる……それだけで」

 リトリィの言葉は、そこまでだった。
 あとはもう、泣きじゃくるばかりで、言葉にならなかった。

 まただ。
 また、泣かせている。
 本当にどうしようもないやつだ、俺は。

 だから、
 柄にもなく、俺は、
 振り返り、彼女の背中に腕を回し、
 驚いた彼女の唇をふさぐと、

 そのまま、押し倒した。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

赤ずきんちゃんと狼獣人の甘々な初夜

真木
ファンタジー
純真な赤ずきんちゃんが狼獣人にみつかって、ぱくっと食べられちゃう、そんな甘々な初夜の物語。

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

番から逃げる事にしました

みん
恋愛
リュシエンヌには前世の記憶がある。 前世で人間だった彼女は、結婚を目前に控えたある日、熊族の獣人の番だと判明し、そのまま熊族の領地へ連れ去られてしまった。それからの彼女の人生は大変なもので、最期は番だった自分を恨むように生涯を閉じた。 彼女は200年後、今度は自分が豹の獣人として生まれ変わっていた。そして、そんな記憶を持ったリュシエンヌが番と出会ってしまい、そこから、色んな事に巻き込まれる事になる─と、言うお話です。 ❋相変わらずのゆるふわ設定で、メンタルも豆腐並なので、軽い気持ちで読んで下さい。 ❋独自設定有りです。 ❋他視点の話もあります。 ❋誤字脱字は気を付けていますが、あると思います。すみません。

こわいかおの獣人騎士が、仕事大好きトリマーに秒で堕とされた結果

てへぺろ
恋愛
仕事大好きトリマーである黒木優子(クロキ)が召喚されたのは、毛並みの手入れが行き届いていない、犬系獣人たちの国だった。 とりあえず、護衛兼監視役として来たのは、ハスキー系獣人であるルーサー。不機嫌そうににらんでくるものの、ハスキー大好きなクロキにはそんなの関係なかった。 「とりあえずブラッシングさせてくれません?」 毎日、獣人たちのお手入れに精を出しては、ルーサーを(犬的に)愛でる日々。 そのうち、ルーサーはクロキを女性として意識するようになるものの、クロキは彼を犬としかみていなくて……。 ※獣人のケモ度が高い世界での恋愛話ですが、ケモナー向けではないです。ズーフィリア向けでもないです。

キャンプに行ったら異世界転移しましたが、最速で保護されました。

新条 カイ
恋愛
週末の休みを利用してキャンプ場に来た。一歩振り返ったら、周りの環境がガラッと変わって山の中に。車もキャンプ場の施設もないってなに!?クマ出現するし!?と、どうなることかと思いきや、最速でイケメンに保護されました、

【完結】番(つがい)でした ~美しき竜人の王様の元を去った番の私が、再び彼に囚われるまでのお話~

tea
恋愛
かつて私を妻として番として乞い願ってくれたのは、宝石の様に美しい青い目をし冒険者に扮した、美しき竜人の王様でした。 番に選ばれたものの、一度は辛くて彼の元を去ったレーアが、番であるエーヴェルトラーシュと再び結ばれるまでのお話です。 ヒーローは普段穏やかですが、スイッチ入るとややドS。 そして安定のヤンデレさん☆ ちょっぴり切ない、でもちょっとした剣と魔法の冒険ありの(私とヒロイン的には)ハッピーエンド(執着心むき出しのヒーローに囚われてしまったので、見ようによってはメリバ?)のお話です。 別サイトに公開済の小説を編集し直して掲載しています。

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

美幼女に転生したら地獄のような逆ハーレム状態になりました

市森 唯
恋愛
極々普通の学生だった私は……目が覚めたら美幼女になっていました。 私は侯爵令嬢らしく多分異世界転生してるし、そして何故か婚約者が2人?! しかも婚約者達との関係も最悪で…… まぁ転生しちゃったのでなんとか上手く生きていけるよう頑張ります!

処理中です...