ムラタのむねあげっ!~君の居場所は俺が作る!異世界建築士の奮闘録~

狐月 耀藍

文字の大きさ
上 下
98 / 438
第一部 異世界建築士と獣人の少女

第91話:さけび

しおりを挟む
「ほとんど手直しもなくて、良かったですね」

 リトリィの言葉にうなずく。
 やはり、あの建物は「公民館」のようなものを想定してよかった。

 最初に見せたときには、誰もが首を傾げていたが、想定する使い方を説明すると、納得してもらえた。

 跳ね上げ式のガレージドアは馴染みがない方式らしく、結局普通の両開きのドアになった。
 しかし、キッチンが外と直接つながる方式は、炊き出しに便利だ、完成が楽しみだと、なかなかの好評ぶりだった。

 昨夜の努力は報われた、それが実感できただけでもうれしい。



 もう覚えた宿への道とは反対の方に曲がる。
 リトリィは戸惑い、きょろきょろしたが、何も言わずについてくる。

 今日、世話になった瀧井さんに、礼をしなくては。
 一緒に飲んだあの店の、日本酒みたいな酒をひと瓶、買っていくのだ。

「お酒……ですか?」

 リトリィの声に少し、棘を感じる。
 う……違うんだリトリィ、誤解しないでくれ。

「俺が飲むんじゃない、瀧井さんに贈るんだ。今日、世話になったからな」

 俺の言葉に、あからさまに安堵するのが可愛らしい。

 瀧井さんの部屋のドアをノックすると、何やらどたんばたん、がちゃがちゃものが倒れる音がして、ややあってペリシャさんが荒い息で出てきた。
 慌ててまとったかのようなローブに、少し、ドキッとする。

「あ、ああ、ムラタさん!?」

 なにやら、月明かりでもわかるしっとりと濡れた様子に、湯浴み中だったかと申し訳なくなる。
 手早く、昼間、瀧井さん夫妻に世話になったことの感謝を伝えると、瓶を渡した。

 ただ、リトリィはペリシャさんが出てきたのを見て驚き、すぐにうつむいてしまったし、ペリシャさんはペリシャさんで、そんなリトリィを意味ありげに見つめて笑っていたのはなんだろう?

「がんばってね、って、どういう意味だったんだろうな?」

 帰り際、ペリシャさんが投げかけてきた言葉の意味。あれだろうか、設計の手直しのことだろうか。

「……あの、お気づきに、なりませんでしたか?」
「ごめん、何に?」
「……その、あの……あのとき、たぶん、その……」

 俺の腕に絡めた彼女の右腕に、力がこもる。

「……えっと、その……。ご夫婦で、になられていたところだったと……」
「ふぅん、ご夫婦でお楽しみに――」

 言いかけて、「はあ!?」と叫んでしまった。いや、誰だって叫ぶだろ、あの年で!?

「だって、ペリシャさんについていた瀧井さんの匂いがすごく強かったですし、それに、その、あの匂いは……その、女の人の……だと……」

 ――ああ、リトリィはやっぱり鼻が利くんだな。

「は、はは、は……まあ、オトコは生涯現役だっていうし」
「……うらやましい、です……」

 ずぐっ、胸に特大の投げ槍が突き刺さる。
 ここ最近いろいろあって、二人っきりなのにまともに向き合って眠れていないことを思い返す。

「い、いや、リトリィ、俺たちもさ、結婚すれば……」
「いつ、ですか?」

 リトリィが、真剣な目で、問いかけてきた。
 ――哀しいほどに、真剣な目で。

「いつって、それは……」
「いつですか?」

「そう、だな……とりあえず、この仕事が終わったら……」
「それは、いつですか!?」

「……リトリィ?」
「お昼の、を、ムラタさんは、どういう思いで聞いてらしたんですか!!」

 ――絶叫だった。



 あれからもう、リトリィの言葉は言葉にならず、ただひたすらに泣き叫び、連れて帰るのに大変な労力を要した。

 あのクソガキ連中の言葉、頭からすっかり抜け落ちていた。
 ――二十歳をすぎると、妊娠しなくなる。

 この表現は不正確だろう。
 おそらくこうだ。

 『二十歳を過ぎると、妊娠

 リトリィが、あれほどまでに体の関係を切望していた理由。
 ……知らなかった、だから仕方ない。
 確かにそう、言えるだろう。

 だが、今日の昼、俺は知ったのだ。
 リトリィの種族ゆえの、タイムリミットを。
 そのうえで、何を頑張れと言われたか、分からない?
 ……分からないほうが馬鹿げている。

 宿に帰ってきてからも、リトリィはずっと泣いている。俺が忘れていた、ということが、それだけショックだったのだろう。
 何を話しかけても、ただ首を降るだけで、何も答えない。

 今夜も湯浴み用の湯はもらったが、今はまだ、手付かずのままだ。
 ただただ、ベッドに腰掛けたまま、静かに泣き続けている。



「……ムラタさんは、わたしと夜を過ごすことは、お嫌なんですね……」
「……え?」

 確かに俺が無神経だったのかもしれないが、リトリィの言葉には心底唖然とした。

「あ……いや、なんでそうなるんだ?
 リトリィ、君とはもう、何度も一緒に寝ただろ? ほら、嫌ってなんか――」
「でも……抱いてくださったことは、一度もありません」

 ぐ……。
 痛いところを突かれる。
 いや、それは――

「やっぱり、わたしが獣人族ベスティリングだから、ですか?」
「それは関係ない!」

 思わず立ち上がりかけ、咳払いをして、またベッドに腰を下ろす。

「俺は、リトリィがそうだから嫌だとか、一度でも言ったことがあるか? 俺がそんなことを理由にして、君を嫌ったことがあったか?」
「ない、です。……でも」

 しゃくりあげながら、リトリィは泣き続ける。

「でも、不安、なんです。
 だって、わたし、ムラタさんとは、違うから……獣人族だから……!」
「だからそんなこと、今まで一言だって――」

 言いかけた俺に、リトリィが再び激昂した。

「じゃあ、どうして抱いてくださらないんですか! どうして、唇以上を許してくださらないんですか!!」
「それは……」
「わたしが獣人族だから、というのが理由ではないなら、何が理由なんですか!? やっぱり、わたしがあなたの赤ちゃんを産むなんて、許されない――そう言いたいんですか!」

 こんなに感情を爆発させるリトリィを、俺は知らない。彼女にとって、もう時間が少ない。それはわかったが、そこまで思い詰めていたなんて。

「……リトリィ、ごめん。今まで、どうしてリトリィが積極的だったか、俺、知らなかった……。さっきも、無神経だった」

 これ以上言い争っても無駄だ、まずはお互いに落ち着こう。
 そう思って、努めて冷静に話をしようとした。

「俺は、リトリィと、もっとゆっくり、気持ちを育んでいけるって思ってたんだ。ゆっくり分かり合って、それで……」

 ――だが。

「……今までのことじゃ、足りないって言うんですか?」
「……リトリィ?」
「今までのことだけじゃ、足りないって言うんですか!? あんなにいろいろあって、分かりあえて……それで、わたしのこと、好きって言ってくれたんじゃなかったんですか!?」
「もちろん、リトリィ、君のことが好きだ、だから……」

「だったら、どうしてあんな……いつになるかわからないような事を、平気で言えるんですか!」
「リトリィ、俺は……!」

 言いかけた俺の言葉を拒絶するようにリトリィは耳を押さえ、叫んだ。

「知らない!
 聞きたくない!
 ムラタさんなんてだいっきらい!
 あなたは結局、ただ優しいふりをしてるだけ!
 ひとの気持ちなんか考えようともしないで、ただその場をやり過ごしてるだけ!!
 結局、なんにもしてくれない――」

 目を閉じ、頭の上の耳を押さえ、首を振るように絶叫していたリトリィだったが、最後には、言葉に力がなくなる。

 自分の言った言葉を、自分で聞いて、そして、何かに気づいたように。

 うつむいたまま、ゆっくり目を開いて。
 おそるおそる、俺の方に顔を向けながら。

「ちがう……ちがうの……。わたし、こんなこと、いいたかったんじゃ……」
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

赤ずきんちゃんと狼獣人の甘々な初夜

真木
ファンタジー
純真な赤ずきんちゃんが狼獣人にみつかって、ぱくっと食べられちゃう、そんな甘々な初夜の物語。

番から逃げる事にしました

みん
恋愛
リュシエンヌには前世の記憶がある。 前世で人間だった彼女は、結婚を目前に控えたある日、熊族の獣人の番だと判明し、そのまま熊族の領地へ連れ去られてしまった。それからの彼女の人生は大変なもので、最期は番だった自分を恨むように生涯を閉じた。 彼女は200年後、今度は自分が豹の獣人として生まれ変わっていた。そして、そんな記憶を持ったリュシエンヌが番と出会ってしまい、そこから、色んな事に巻き込まれる事になる─と、言うお話です。 ❋相変わらずのゆるふわ設定で、メンタルも豆腐並なので、軽い気持ちで読んで下さい。 ❋独自設定有りです。 ❋他視点の話もあります。 ❋誤字脱字は気を付けていますが、あると思います。すみません。

こわいかおの獣人騎士が、仕事大好きトリマーに秒で堕とされた結果

てへぺろ
恋愛
仕事大好きトリマーである黒木優子(クロキ)が召喚されたのは、毛並みの手入れが行き届いていない、犬系獣人たちの国だった。 とりあえず、護衛兼監視役として来たのは、ハスキー系獣人であるルーサー。不機嫌そうににらんでくるものの、ハスキー大好きなクロキにはそんなの関係なかった。 「とりあえずブラッシングさせてくれません?」 毎日、獣人たちのお手入れに精を出しては、ルーサーを(犬的に)愛でる日々。 そのうち、ルーサーはクロキを女性として意識するようになるものの、クロキは彼を犬としかみていなくて……。 ※獣人のケモ度が高い世界での恋愛話ですが、ケモナー向けではないです。ズーフィリア向けでもないです。

キャンプに行ったら異世界転移しましたが、最速で保護されました。

新条 カイ
恋愛
週末の休みを利用してキャンプ場に来た。一歩振り返ったら、周りの環境がガラッと変わって山の中に。車もキャンプ場の施設もないってなに!?クマ出現するし!?と、どうなることかと思いきや、最速でイケメンに保護されました、

【完結】番(つがい)でした ~美しき竜人の王様の元を去った番の私が、再び彼に囚われるまでのお話~

tea
恋愛
かつて私を妻として番として乞い願ってくれたのは、宝石の様に美しい青い目をし冒険者に扮した、美しき竜人の王様でした。 番に選ばれたものの、一度は辛くて彼の元を去ったレーアが、番であるエーヴェルトラーシュと再び結ばれるまでのお話です。 ヒーローは普段穏やかですが、スイッチ入るとややドS。 そして安定のヤンデレさん☆ ちょっぴり切ない、でもちょっとした剣と魔法の冒険ありの(私とヒロイン的には)ハッピーエンド(執着心むき出しのヒーローに囚われてしまったので、見ようによってはメリバ?)のお話です。 別サイトに公開済の小説を編集し直して掲載しています。

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

美幼女に転生したら地獄のような逆ハーレム状態になりました

市森 唯
恋愛
極々普通の学生だった私は……目が覚めたら美幼女になっていました。 私は侯爵令嬢らしく多分異世界転生してるし、そして何故か婚約者が2人?! しかも婚約者達との関係も最悪で…… まぁ転生しちゃったのでなんとか上手く生きていけるよう頑張ります!

騎士団寮のシングルマザー

古森きり
恋愛
夫と離婚し、実家へ帰る駅への道。 突然突っ込んできた車に死を覚悟した歩美。 しかし、目を覚ますとそこは森の中。 異世界に聖女として召喚された幼い娘、真美の為に、歩美の奮闘が今、始まる! ……と、意気込んだものの全く家事が出来ない歩美の明日はどっちだ!? ※ノベルアップ+様(読み直し改稿ナッシング先行公開)にも掲載しましたが、カクヨムさん(は改稿・完結済みです)、小説家になろうさん、アルファポリスさんは改稿したものを掲載しています。 ※割と鬱展開多いのでご注意ください。作者はあんまり鬱展開だと思ってませんけども。

処理中です...