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第一部 異世界建築士と獣人の少女

第37話:建築士のおしごと…?(4/4)

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 結局、その後は何度かバランスを崩しかけたものの、全体としては滞りなく作業は進んだ。予定外のスレートを二枚、へし折ってしまった以外は問題もなく、修理は一応、完了することができた。

 まあ、素人の施工ゆえに、かわらきのプロから見ればツッコミどころはいろいろあっただろうが、それでも今の自分にできる、事実上の最高の出来栄えだったとは思いたい。
 少なくとも、手は抜いていない。上手い下手は――知らない。

 たしか、元の世界ヨーロッパのスレートは金具か何かで固定するはずだったから、このような接着剤をつかうということはないだろう。そういう意味ではイレギュラーな作業だったが、スレート屋根の修理、という作業自体が貴重なんだ。ありがたい勉強をさせてもらった、と思うことにする。

 なにせ、元の世界で、しかも日本で、天然石スレート葺きの経験はなかなかがたいものだからだ。コンクリートでできた、ペラペラの安っぽい化粧スレートとは雲泥の差、一枚一枚の板に表情があって、重厚さを感じさせる。叶うなら、自分の家の屋根にも使ってみたくなった。

 天然石だけに、こちらの世界でもなかなかにお高いはずの、この素材。まして現代日本なら、俺ごときの給料で気軽に使える素材じゃない。まあ、自分に使える屋根材といったら、素焼きテラコッタ風のS形瓦くらいだな。

 あと、今回の施工をするにあたって使った、傷んだ野地のじいた――屋根材を支える木の板の屋根に施した、防腐処理を兼ねた塗料。
 日本では、野地板の上に防水アスファルト・シートルーフィングを貼り、その上に瓦などの屋根材を葺く。

 この世界では、野地板に直接アスファルト接着剤を塗り、それを使ってスレートを接着させた。あの接着剤、耐用年数は何年なんだろうか。

 まあ、アスファルトが主成分なのだとしたら、とりあえず、しばらくはもつだろう。なんたって道路に使う素材だ。腐りもしないし、元がタールなんだから防腐効果も非常に高いはず。かなり厚めに塗りたくったから、多少は長持ちすると信じたい。

 ただ、困ったのは――

「……で? てめぇは悪くないと?」
「いいえ! 俺が全部悪いです!」
「いいえ! わたしが全部悪いんです!」

 例の接着塗料はかなりの粘性があり、刷毛など使えないので、はじめはコテで塗っていた。
 だが細かい部分を塗るのが面倒くさくなった俺は、結局手のひらで塗りたくることにしたのだ。
 特に、腐ってささくれていた材の奥まで塗料を浸透させるために、何度も指で擦り付けるように塗り付けたのである。

 結果、手は接着剤で真っ黒。
 垂れてくる汗をうっかり手の甲で拭っては、顔に接着剤。
 借りたエプロンで手を拭っては、拭ったところに接着剤。

 こうして、全身点々と接着剤の罠だらけになって帰還した俺を、リトリィは涙の抱擁で迎えたのである。

 どうにかこうにか仕事を終え、なんとか屋根窓をくぐって部屋に戻ってほっとした瞬間、泣きながら飛びついてきた彼女を、どうして引き剥がせようか。
 ついこちらもうっかり彼女を抱きしめてしまい――

 そして、現在に至る。

「おい、ムラタ。俺は言ったよな、リトリィは俺たちの天使だと」
「はいっ! 伺いましたッ!」
「何かあったら――それこそ何かあったら、ただじゃ済まさねぇことも、言ったよな」
「はいッ! 伺いましたッ!!」
「――で、ソレか。いい度胸してんな?」
「アイネにぃは黙ってて!」

 リトリィにぴしゃりと言われ、アイネが背を丸める。

「い、いや、オレはだな、お前のことを心配して――」
「わたしを心配する前に、屋根を直してくれたムラタさんにまずお礼を言って!」
「いや、だからよぅ……!」
「だから、なんですか!」

 憤怒の形相で、しかし言いにくそうにするアイネ。なかなか面白い顔だ。

「――だからよぅ、その、二人で抱き合ったまま寝っ転がってるのを見せられてるとだな! 俺は兄貴として……!」
「そう思うんだったら、説教をかまそうと思う前にまず起こせって、今すぐ!! こっちもマジで困ってたんだよ!!」
「ムラタさん、お嫌だったんですか……?」
「いやそうじゃない、リトリィを嫌だなんて思ってない! 思ってないけどいつまでもこの状況は困るって意味!」

 そうなのだ。
 リトリィの背中と腰に回した俺の右腕と左腕は、露わになった彼女の左脇腹と右腰に、それぞれ接着剤でべったりとくっついてしまっているのである。
 彼女の胸のふくらみ、特にその先端が俺の胸部をいたく刺激するが、今、クソ兄貴の目の前でこの状況を楽しめるほど、俺の神経は太くない。

 今じゃなかったとき? ……ノーコメントだ。

 無理やり剥がすとしても、俺が痛いのを我慢するだけならいいのだが、問題は彼女である。彼女の美しく長い毛並みは、接着剤が絡みつくのに最適――つまり最悪の状況なのだ。

 毛の表面だけの問題なら、見てくれを我慢して刈り取れば済むのかもしれないが、あいにくと彼女の皮膚まで、しっかり浸透しているのである。とくに、左の脇腹。頭が沸騰したアイネがどうにか引き剥がそうとして、どうにもすぐには取れそうにないと理解するまでに必要だった時間は、リトリィの悲鳴一発で十分だった。

 だが、それこそがリトリィが飛びついてきてから落ち着くまでの間、いかに長く抱擁していたかの証拠となってしまったのだ。

 ……いえ、誓って何もしておりません!

 というか、対女性経験値ゼロの男が、抱きしめる以外に何ができるというのだ!
 いわゆる「普通の」女性では味わえない、温かで、少しくすぐったい毛並みの柔らかさを全力で堪能しながら、彼女が泣き止んで落ち着くのを待っていただけなのだ。

 ……そう、毛並みの柔らかさだけではないのだ、堪能できてしまったのが。
 すると当然、オトコとしては反応してしまう部分があるわけで――

「あ……あの、ムラタさん。が――」

 その言葉に慌てて体を引き離そうとしたときには、時すでに遅し。リトリィの悲鳴とくっついて動く二人の体、崩れるバランス。倒れる二人、せめてと俺が下になるようになった結果無理のある体勢でぶっ倒れて痛い目を見る俺。
 うまみなんて――

 うん、まあ、なにもなかった、としておく。
 いや? 普通に倒れていただけだよ?
 うん、多分、数分ほど。

「どうしたリトリィ!!」
 ノックも無しに突然、アイネによって部屋のドアが開かれた拍子に、驚いたリトリィがを噛たというトラブルが発生した以外は。
 倒れてただけ。うん。


 
 ムラタの異世界レポート。
 獣人さんの舌は結構長い。
 思ったより長い。
 あと、歯もそこそこ鋭いので、うっかり噛まれると痛い、二人とも。
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