ムラタのむねあげっ!~君の居場所は俺が作る!異世界建築士の奮闘録~

狐月 耀藍

文字の大きさ
上 下
32 / 438
第一部 異世界建築士と獣人の少女

第31話:めざめ(2/2)

しおりを挟む
「……もう! おかしな冗談はやめてくださいね?」

 咎めるような目つきで、ぷっ、と頬をふくらませる。

「また……」

 そう言いかけ、うつむき、そして、
 俺の肩に、そっと頬を寄せ、
 体重を預けてくる。

「――また、嫌われちゃったのかなって、一瞬、思っちゃったじゃ、ないですか……」

 え、待って、どういう意味だ?
 なんで俺は今、リトリィに、の?

 ものすごくホッとしたような――安心しきったような、そんな顔で、目までつぶって、肩の匂いをかぐみたいに頬を擦り付けながら、寄りかかってくるリトリィ。
 昔、ウチで飼っていた犬を思い出すというか。

 だから、思わず、その頭――髪を撫でてみたくなる誘惑に駆られたとして、なんの罪があろうか。
 気がついたら、彼女の頭を撫でていた。

 ややくせっけの強い、それ故にふわふわで柔らかな髪。
 彼女もくすぐったそうに、だが心地よさそうに目を細めたまま、俺の方に顔を向け、まるで何か楽しい夢を見ての寝言のように、頭を撫でるたびに「ムラタさん……」と繰り返し――

 そして。

「ムラ……タ、さん……?」

 唐突に、夢から覚めたように、ぱっちりと目を開け――

「きゃあああああああああああっっ!!」

 俺の胸に置いていた右手で俺の胸元を握りしめ、
 俺の左肩を這わせていた左手はすごい力で爪を立て、
 そして俺の耳元で凄まじい大音量の叫び声――!!

 なにこの逃さないようにがっちりホールドしての音波砲攻撃……!!
 耳をつんざく衝撃に意識が遠退きかけ――

 くらりと体が揺れたところを、リトリィが涙目になってすがりついてくれなかったら、間違いなく俺は、リトリィの反対側にぶっ倒れていた。

「ご、ごめんなさい、でも……」

 リトリィがひどくうろたえながら、口ごもる。

「――でも、なに……?」

 耳鳴りが鳴りやまぬ中、半分意識のとんだ頭で、何気なく聞いた俺の言葉に、彼女は、びくりと体を震わせ、総毛立たせ、尻尾を跳ねさせる。
 そしてうつむいたまま、両手で両の頬を押さえながら、ぼそぼそとひとりごちる。

「あなたが、悪いんですよ……?」

 それ以後の言葉が、うまく聞き取れない。

「本当に、ずるい人……。とか、とか……。もう、完全に……。
 それに……だって、そのうちの二夜、……」

 なにやら、一人で、やたらと深刻そうなというか、目をぎゅっとつぶって顔を振りながら、尻尾をばさばさと振りながら。

「……リトリィ……?」

 恐る恐る声をかけた俺に、リトリィは弾かれたように顔を上げた。

 強く目を閉じていたためなのか、目尻には涙が浮かんでいる。だが、決して悲しんでいる目ではない。今にもすがりつかんとするような、だがある決意を秘めているような、そんな、弱く、強い目。
 そんな不思議な目に、怖さというよりも、どうにかして安心させてやりたいという思いが沸き起こり、できるだけ優しく微笑んでみせる。

 果たして、彼女は、
 涙を浮かべたまま、笑顔になった。

 すこし頬を膨らませるような、顔の毛がやや膨らんだような感じの、柔和な笑顔。
 のちのち理解したのだが、この表情が、彼女にとって、だった。

 そんな、泣き笑いの笑顔で、彼女は。
 俺の前で椅子を降り、椅子をどけてひざまづき、戸惑う俺など意に介さず、俺の右手を取り、俺の右の手のひらと自分の左の手のひらを重ね合わせて。
 そして、はっきりと。

「――ムラタさん。いまムラタさんがわたしにしてくださったこと、わたし、お受けします。両家の親族と第三者の証人はありませんでしたけど、お受けしたわたし自身が証人ですから」

 彼女の口から紡がれる、鈴が鳴るように清らかで、かつ凛とした声と、言葉と、そして、晴れやかな表情。

 ――はっきりと、彼女は宣言した。
 そしてふっと表情を緩めると、いたずらっぽく微笑む。

「でも、親方――お父様を交えた正式な席は、あとで必ず設けていただきますからね?」
「あ……ああ、うん」

 俺は何をしてしまったのか、彼女に何を宣言されたのか。
 訳もわからず、うなずいてしまう。
 結果的には成功、だがビジネスパーソンとしては致命的な失態だということに、その時はまだ、気づかないままに。

「約束……破っちゃ、いやですよ?」

 いたずらっぽい笑顔だが、どこか不安げな光を宿した瞳を前に、分からないなどと、どうして言えるだろう。

「……約束するよ」

 俺の言葉に、彼女は立ち上がると、ふわりと、俺を抱きしめる。

「では、、お待ちしていますね」

 俺の首筋の匂いをかぐかのように鼻を鳴らし、かすかな震えを感じる彼女に応えるために、その背中に、腕を回す。
 一瞬、驚いたように身を離しかけた彼女だったが、彼女はふたたび腰を落とし、俺の膝の上に乗るようにして、すっぽりと、腕の中に収まった。

 俺の首筋に顔を埋め、俺の背中に腕を回してすんすんと鼻を鳴らし続ける彼女が泣いているのだと気づいたのは、首筋にこぼれる雫を感じてのことだった。それについて問うと、彼女は首を振りながら、ただ、一言、答えただけだった。

「幸せだから――」

 鼻を慣らしながら、甘えるように頬を首筋にこすりつけてくる彼女を、愛おしいと、心の底から思う。
 こんなに素敵で、素直で、いじましい女性を。

 そして、気づく。
 ――じゃあ、いままでの、彼女の言動は?
 黒い、と思っていた、あれらは?
 ……本当に、ただの、素だった?

 思い切って、聞いてみた。こうしているときに、まさかうそなどつかないだろう。そう、信じて。

 ――手伝えないという、今朝の発言の意図は?

「だって、ムラタさんが前に、構わないでくれって。それで――また余計なことをして、嫌われたくなかったから……」

 ――今朝の麦焼きの意図は?

「だって、前、すごくその……美味しくなさそうな顔で、いつまでも飲み込めなさそうで、お口に合わなかったんだなあって。それなのにちゃんと食べてくださったから、申し訳なくって。
 ……それで、ムラタさんに美味しいって言ってもらえるように、工夫してみたんです。だから、美味しいって言ってもらえて、すごくうれしかった」

 ――そもそも、なぜそんなに笑顔?

「だって、ムラタさんが、自分からわたしのところに来てくださったんですよ? あんなにわたしのこと避けていたあなたが。うれしいに決まってるじゃないですか」

 ……夢から、覚めたような気がした。
 ああ、なんて、なんて俺は愚かだったのだろう。

 リトリィの顔を見るためにそっと身を離すと、彼女が、
 少し驚いたような顔をし、
 しかし何かに納得し、
 寂しそうに微笑んで、
 そして体を離そうとしたのを見て、
 今度は離さないと、そんなメッセージを込めて、彼女をしっかりと抱きしめる。

 彼女は短い悲鳴こそ上げたものの、すぐに俺の首筋に頬を寄せ、俺に負けないくらいに強い力で、その腕を俺の背中に回してくる。

 彼女のふかふかの毛並みは柔らかく、くすぐったい。
 だが、不快ではない。それどころか、柔らかな毛に埋もれることで彼女の香りに包まれるようで、とても心地がいい。

 毛に包まれているせいでややふっくらして見える彼女だが、抱きしめてみると意外に華奢だった。こんなにも細い体つきだったのかと驚く。
 ただ、華奢ではあるが、力は決して弱いわけじゃない。いま、こうして俺を抱きしめる、その腕の力強さからも、それは分かる。

 彼女は最初から、だった。
 彼女に悪意など、初めからなかったのだ。
 ――俺だけが、本当に、大馬鹿野郎だっただけなのだ。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

赤ずきんちゃんと狼獣人の甘々な初夜

真木
ファンタジー
純真な赤ずきんちゃんが狼獣人にみつかって、ぱくっと食べられちゃう、そんな甘々な初夜の物語。

番から逃げる事にしました

みん
恋愛
リュシエンヌには前世の記憶がある。 前世で人間だった彼女は、結婚を目前に控えたある日、熊族の獣人の番だと判明し、そのまま熊族の領地へ連れ去られてしまった。それからの彼女の人生は大変なもので、最期は番だった自分を恨むように生涯を閉じた。 彼女は200年後、今度は自分が豹の獣人として生まれ変わっていた。そして、そんな記憶を持ったリュシエンヌが番と出会ってしまい、そこから、色んな事に巻き込まれる事になる─と、言うお話です。 ❋相変わらずのゆるふわ設定で、メンタルも豆腐並なので、軽い気持ちで読んで下さい。 ❋独自設定有りです。 ❋他視点の話もあります。 ❋誤字脱字は気を付けていますが、あると思います。すみません。

こわいかおの獣人騎士が、仕事大好きトリマーに秒で堕とされた結果

てへぺろ
恋愛
仕事大好きトリマーである黒木優子(クロキ)が召喚されたのは、毛並みの手入れが行き届いていない、犬系獣人たちの国だった。 とりあえず、護衛兼監視役として来たのは、ハスキー系獣人であるルーサー。不機嫌そうににらんでくるものの、ハスキー大好きなクロキにはそんなの関係なかった。 「とりあえずブラッシングさせてくれません?」 毎日、獣人たちのお手入れに精を出しては、ルーサーを(犬的に)愛でる日々。 そのうち、ルーサーはクロキを女性として意識するようになるものの、クロキは彼を犬としかみていなくて……。 ※獣人のケモ度が高い世界での恋愛話ですが、ケモナー向けではないです。ズーフィリア向けでもないです。

キャンプに行ったら異世界転移しましたが、最速で保護されました。

新条 カイ
恋愛
週末の休みを利用してキャンプ場に来た。一歩振り返ったら、周りの環境がガラッと変わって山の中に。車もキャンプ場の施設もないってなに!?クマ出現するし!?と、どうなることかと思いきや、最速でイケメンに保護されました、

【完結】番(つがい)でした ~美しき竜人の王様の元を去った番の私が、再び彼に囚われるまでのお話~

tea
恋愛
かつて私を妻として番として乞い願ってくれたのは、宝石の様に美しい青い目をし冒険者に扮した、美しき竜人の王様でした。 番に選ばれたものの、一度は辛くて彼の元を去ったレーアが、番であるエーヴェルトラーシュと再び結ばれるまでのお話です。 ヒーローは普段穏やかですが、スイッチ入るとややドS。 そして安定のヤンデレさん☆ ちょっぴり切ない、でもちょっとした剣と魔法の冒険ありの(私とヒロイン的には)ハッピーエンド(執着心むき出しのヒーローに囚われてしまったので、見ようによってはメリバ?)のお話です。 別サイトに公開済の小説を編集し直して掲載しています。

我が家に子犬がやって来た!

もも野はち助(旧ハチ助)
ファンタジー
【あらすじ】ラテール伯爵家の令嬢フィリアナは、仕事で帰宅できない父の状況に不満を抱きながら、自身の6歳の誕生日を迎えていた。すると、遅くに帰宅した父が白黒でフワフワな毛をした足の太い子犬を連れ帰る。子犬の飼い主はある高貴な人物らしいが、訳あってラテール家で面倒を見る事になったそうだ。その子犬を自身の誕生日プレゼントだと勘違いしたフィリアナは、兄ロアルドと取り合いながら、可愛がり始める。子犬はすでに名前が決まっており『アルス』といった。 アルスは当初かなり周囲の人間を警戒していたのだが、フィリアナとロアルドが甲斐甲斐しく世話をする事で、すぐに二人と打ち解ける。 だがそんな子犬のアルスには、ある重大な秘密があって……。 この話は、子犬と戯れながら巻き込まれ成長をしていく兄妹の物語。 ※全102話で完結済。 ★『小説家になろう』でも読めます★

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

美幼女に転生したら地獄のような逆ハーレム状態になりました

市森 唯
恋愛
極々普通の学生だった私は……目が覚めたら美幼女になっていました。 私は侯爵令嬢らしく多分異世界転生してるし、そして何故か婚約者が2人?! しかも婚約者達との関係も最悪で…… まぁ転生しちゃったのでなんとか上手く生きていけるよう頑張ります!

処理中です...