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第一部 異世界建築士と獣人の少女

第21話:初めての共同作業(3/3)

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 畑仕事を始めて三日ほど過ぎた。

 リトリィとはだいぶ仲良くなれた、と思う。
 相変わらず、作業中、俺は何を話していいか分からず、天気や風の様子などについて話題がちらっと出ては、結局会話が続かずすぐ沈黙、の繰り返しではあったが。
 それでも、彼女の方から色々話しかけてきてくれるのはありがたかった。

 なんといっても、会話が続かなくても――それどころか、一言も交わさなくても、目が合えば、彼女は目を細めてくる。
 それがなんだかうれしくて、腰の痛みも気にならない。一日目のあの水汲み&薪割りが由来の地獄の筋肉痛も、彼女がリハビリに付き合ってくれていると思えば。

 午前中は彼女と一緒に畑の世話をするが、午後からは彼女も工房に入るので、そこからは一人で草むしりだ。
 でもまあ、俺にできることなんて限られている。やれることをやるしかない。なにより、俺がここで頑張れば、彼女が畑に費やす時間が減る。
 それは寂しいことではあるけれど、彼女は鍛冶見習いなのだ。彼女が本業で頑張れるなら、それが一番いいことのはずだ。

 畑の世話をしていて、やはり不便だったのが水だった。
 畑には、それほど水やりがいらないということを知ったのは驚きだったが、植え付けたばかりの作物はそういうわけにはいかないらしい。種が芽吹き、ある程度大きくなるまでは、それなりに水が必要なのだそうだ。

 そうすると、やはり面倒くさいのが、水を汲んでくる作業である。畑を出て、いちいち家のそばの雨水樽まで、水を汲みにいかなければならない。

 家のそばにあるのは、家の雨樋あまどいにつながっているからで、なんでそんなところにというと、家の屋根を利用して水を集めているからだった。これなら、雨が降らなくても、毎朝の朝露も少しずつ集めることができるというわけだ。
 なるほど、合理的。

 だが、やはり面倒くさいのは変わりない。一回分のじょうろだけで水やりが終わるはずもなく、そうすると何度も往復することになる。これが本当に面倒くさかった。せめて畑の真ん中にある井戸が使えたらと、何度も恨めしく思った。
 赤錆が毒々しい、あの井戸の水が使えたら。



 ……待てよ?
 家の近くの井戸は塩味が感じられたが、ここはどうだろう?
 幸い、腐るほど(腐らないけど)木炭はあるから、濾過自体はできる。あとは塩分が少なければ、畑に使えるはずだ。水質は井戸の深さによっても変わるし、確かめてみる価値はある。

「リトリィ、この井戸の水って、塩味はある?」

 聞いてみると、塩味はともかく、鉄臭さが酷いという返事だった。
 ……よし!

「これで、何ができるんですか?」

 不思議そうに、れき、砂、砕いた木炭、砂、礫と、一見、何がしたいのかわからないものを詰め込んだ桶を眺める。
 しかも、底には穴が開けられているから、桶の役割を果たさない。確かに、不思議がるのも無理はないだろう。

「まあ、見てなって」

 汲んだばかりの水を、桶に注ぎ込む。しばらくすると、真っ黒な水が出てくる。

「あの……なんだか余計にひどい水が……」

 ためらいがちに聞いてくるが、気にしない。
 しばらく続けていると、徐々に水の濁りがとれてきた。
 真っ黒な水に驚いていたときからしゃがみこんでじっと見つめていたリトリィの尻尾がぱたぱたと揺れ始める。

「すごい! ムラタさん、お水が澄んできました!」

 ああ、まぶしい。ぐるっと顔をこちらにむけてきらっきらの目でこちらを見上げてくるのが!

 これぞ木炭と砂による濾過ろか装置! 最初は木炭の微粉末が混じるから余計に水を汚したように見えるが、それが無くなれば木炭の微細な穴が汚れを吸着する仕組みで、水の汚れはこれで大抵なんとかなる。
 あとは殺菌のために煮沸消毒すれば、飲めるはずだ。現代日本のような、重金属汚染や化学物質による汚染などは、この世界では考えにくいからな。

 よし! いけるぞ! どんどん水を流し、木炭の粉末を流しきれば、この濾過装置だけでしばらくいけるだろう。

 喜んだのも束の間のことだった。
 最終的にある程度は透明度が上がったものの、澄んだ透明な水、というところまでには至らなかった。鉄臭さも、取れなかったのである。しかも、時間がたつにつれて、汲み置いた水は徐々に褐色に染まっていくのだ。

 始めは、井戸から汲んだ時よりも透明度の上がった水に歓声を上げていたリトリィだったが、やはり茶褐色に染まっていく水を見て、がっかりした様子だった。
 ――がっかり具合が、俺を責めるのではなく、どうしてうまくいったのに、という、無慈悲な神への恩寵を祈るようなものだったのが、余計に胸に来た。俺の中途半端な知識のせいなのに。

 しかし、泥水でも赤錆水でも透明になるほど濾過できるはずの炭フィルターがうまく行かないというのは、なぜだろうか。間違いなく、何かが足りないのだ。だが、その何かとは何だろう? これが日本ならスマホで検索、という手が使えるのだが、残念ながらここは異世界。たとえスマホを持ち込んでも、アンテナは一本も立たないという文明圏。
 山のふもとにあるという街にでも降りて、なにか調べることはできないかなどと考えていると、リトリィが、汲み置いて変色した水を指して、ためらいがちに言った。

「……あの、もう一度、この水を桶に通したら、どうでしょうか?」

 ――そうか。
 時間がたって変色するというのは、水中に溶けていた鉄分が酸化し、錆となって浮遊することで見えるようになった、ということなのかもしれない。
 さっそくリトリィが言うように、汲み置いて茶褐色に変色した水を濾過器に通す。
 果たして――

「ムラタさんはすごいです! あんな真っ黒な炭を使って、こんなにお水が綺麗になるなんて! どうしてこんなすごいこと知ってるんですか!?」

 飛びついて喜ぶリトリィに、俺も思わずガッツポーズで応える。
 尊敬のまなざしが向けられるというのは、正直、かなり嬉しい。ましてそれが、少なからず魅力的に思える女性からなら、なおさらだ。ついつい、知っている限りのうんちくを並べ立て――ようとしてしまった自分に気づき、ぐっとこらえる。

 大学のサークルの飲み会でも社会人になってからの合コンでもそうだった。ついおだてられて調子にのって、知っている限りのいろいろなネタを喋りまくった挙句、「そーなんだ、すごいねー」で終わっていく、あの遠巻きにされる距離感。

 それまで自分は気持ちよく話しているだけに、その楽しさを共有してもらえない、それどころか避けられるという、あの虚無感。

 所長に無理やり連れていかれたバーで、得意げに建築業界のあれこれを語ってみせて店の女性達からもてはやされていた、ように見えていた所長に、自分と同じもの――自分だけの語りに満足し、相手の話を聞こうともしない姿――を感じてゾッとした、あの瞬間。

「まだだ、これで終わりなんじゃない。むしろこれからだ。また変色したら、また同じことを繰り返さなきゃいけない。まずは様子を見よう」
「……そ、そうなんですか? ごめんなさい……」

 ――しまった! 耳も尻尾もうなだれている! がっかりさせちまった、せっかく喜んでくれたのに!

 こんなことなら、いろいろ気分よくしゃべっちゃったほうがよかったか!? 彼女、職人だしな、かえって技術的なうんちくを語ったほうが喜んでくれたかも!?
 ていうか、この濾過作業、二人で始めた本格的な共同作業じゃん! やっぱ一緒にはしゃぐべきだったよな!? ああもう、なんで俺はこう、肝心な時に童貞力を発揮しちまうんだろう!!

 気を取り直し、思い切って中身をぶちまける。

「ムラタさん!? 壊しちゃうんですか?」
「いや、中身の詰め方を変えてみる。もっといい方法があるかもしれないからな」

 そう言って、俺は家に向かう。

「木炭ですか? 私が行きます」

 そう言ってくれたリトリィ。何も言っていないのに、すぐに察してくれる。なんとさとい子なんだろう!

「ありがとう、でも一人の手じゃ数が知れるから、二人で行こうか」
「二人で……はい!」

 本当に嬉しそうに返事をする。人の役に立つことに喜びを感じるというやつだろうか。ああ、なんて素敵な子だなんだ、本当に天使だ!

 二人で、一輪車も使いながら運べるだけ運んだ木炭を、今度はある程度細かく砕いていく。リトリィは一度俺のやった工程を見ているせいか、とても手際がいい。
 ――むしろ、俺よりいい。

 さっき中身をぶちまけた桶に、ボロ切れを敷き、砂を敷き、そして一度目よりも細かく粉砕した木炭を敷き詰めていく。いっぱいになる頃に砂、そして礫。
 前のフィルターより多くの、そして細かい木炭が詰まったフィルターが完成する。

「今度は、もっと綺麗なお水になってくれるでしょうか?」
「なるよ、きっと」

 ゆっくりと水を注いでいく。
 やがて真っ黒な水が出てきて、しかしその水もだんだん透明度が増してゆく。

「ムラタさん! ほら、透明なお水になってます! 茶色だったお水が、こんなに綺麗になるなんて!」

 汲み上げたばかりの褐色に濁った水が、おおよそ透明になって出てくる。確かに、一回目のときより綺麗になっているように感じる。炭を細かくしたのは、間違っていなかったようだ。
 リトリィがきらきらした眼差しで、桶から滴る水に手を伸ばす。

 この水もおそらく、しばらくすると茶褐色に変色してしまうだろう。だが、その程度が問題だ。一度目よりそれほど濃くならないなら、何度も濾過する手間が、それだけ省ける。リトリィと二人で、始めからやり直した手間にも、意味があるというものだ。

 桶の水が濾過しきるまでにと、木炭を砕き始めると、リトリィも隣で一緒に砕き始めた。時々ハンマーの音が重なると、何が楽しいのか、嬉しそうにこちらを見て微笑んでくる。
 ――可愛い。
 ああもう、なんて可愛んだこの子は!
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