ムラタのむねあげっ!~君の居場所は俺が作る!異世界建築士の奮闘録~

狐月 耀藍

文字の大きさ
上 下
17 / 512
第一部 異世界建築士と獣人の少女

第17話:変える(1/2)

しおりを挟む
 例の半地下室。
 それが、俺に割り当てられた寝室となった。少々かび臭い部屋だが、個室を割り当てられているのはまあ、ありがたいと思っておくべきか。

 明かりのない部屋だが、ベッド以外は壁に据え付けられた棚以外何もない部屋であり、ベッドまでの直線上には何もないから、寝に帰ってくるだけなら何の問題もない。リトリィから受け取ったシーツを手に階段を降りてベッドを整える。

 こうして、改めてベッドを整えていると、ベッドの材料が、か何かだったことに気づく。そう言えば昔見た、少女がアルプスの山で生活するアニメかなにかで、わらでベッドをこしらえていたシーンがあったか。
 自分がそれを実践する日が来るとは思わなかったが。

 ごろりとそこに横になる。まあ、悪くはない。多少ゴワゴワする部分はあるが、まあ茎の固い部分が当たっているんだろうが、まあなんとかなるだろう。どうせ仮眠で、事務所の椅子を並べて寝ていた俺だ。大抵の場所でなんとか寝られてしまうのも俺の良さと言えよう。

「おう、いるな。……ええと、ムラタ」

 ノックもせずに入ってきたのは、フラフィーと、アイネだった。
 こちらの返事も待たずにずんずんとこちらに歩いてくると、サイドテーブルにカンテラを置き、二人とも、部屋の隅に転がっていた木箱を椅子にして座る。

「リトリィから聞いたぞ。明日からおめぇ、畑当番だってな」

 黒々と焼けている方――フラフィーが口を開いた。

「ああ、そうらしい」
「まあ、しっかりやってくれ。オレらが鍛冶に専念できるなら、大歓迎だ」

 そう言って、真っ白な歯を見せてわらう。

 全身、真っ黒に焼けているフラフィーだが、それだけに、笑うと歯の白さが印象的だ。暗くても――いや、暗いからこそ余計に印象が強い。

「兄貴、オレは納得いかねぇ。なんでリトリィも一緒なんだ。一人でも多いほうが作業がはかどるってのに」
「親父――親方が決めたんだ。親方の決定は絶対だぞ。分かってんだろ」

 不満げなアイネを小突くと、フラフィーは笑って手を挙げた。

「そういうわけでよ。よろしく頼むぜ」

 なるほど。アイネと違って、フラフィーは常識的、と。
 ああ、とうなずく。

 ところが、それに対してアイネが目をむいた。

「おい! 兄貴が挨拶をしてんだぞ! 目をそらすっつーのはどういうわけだ!」
「……挨拶?」
「てめぇ……いい度胸してんな、オイ!」

 言われて、フラフィーが、右手を挙げたままということに気が付いた。

 ――つまり、あれが挨拶?
 そうか、飯を食う前にみんな右手をあげて祈っていたが、あれは飯を食う前の作法じゃなくて、いろんなときに使う挨拶なのか。

「あー……こうでいいか?」

 俺も真似をして、右手を挙げる。

 ところが、フラフィーは余計に怒りをあらわにした。

「てめぇ、ふざけてんじゃねぇよ!」

 いきり立ってベッドから立ち上がったアイネを、フラフィーが笑いながら制する。

「まぁ待て兄弟。ムラタ、おめぇ、この国の出身じゃないんだったな? 生まれはどこだ?」
「――ああ。“日本”だ」
「“ニホン”じゃあ、挨拶ってーと、どんなやり方をするんだ?」

 挨拶。
 言われてみて、一言では言えないことに気が付いた。

 おはよう、こんにちは、おやすみ。いらっしゃいませ、ありがとうございました。さようなら。
 ――会釈をしながらの挨拶。
 親愛の情を示すために、会釈をせず、片手をあげて振りながらすることもある。
 欧米式になると、手を握るのが一般的か。
 特に仲がいい間柄だと、ハイタッチをしたり、グーとグーを押し付け合ったりするようなジェスチャーを含むこともあろう。

 思いつくままに説明すると、フラフィーはからからと笑った。

「なんでぇ。面倒くさいな、“ニホン”の挨拶ってのは。オレたちは、こうだ」

 そう言って、改めて右手を挙げる。

「おめぇも同じようにやれ。右の手のひらを、相手に見せる。指はこうやって――全部開くのが男。女はやや丸めるようにして閉じておく」

 言われるままに、あらためて、右手を挙げる。

「――それで、こうだ」

 フラフィーが手を伸ばしてくる。俺も真似をして、フラフィーの手のひらに、自分の手のひらを近づける。
 俺が手をフラフィーのほうに近づけたのを確かめるようにして、フラフィーは手を引っ込めた。

「これで終わりだ。今やったように、相手に手のひらを見せて、近づけてみせればいい。別に触れさせる必要はない。基本は、それで十分だ。特別に仲のいい相手なら、お互いに手を触れさせることもするがな」

 右手を見せる――なんだろう、互いの手の内を見せることで、敵意のないことを示すということなんだろうか。

「――逆に言えば、そう仲がいいわけでもなかったりする相手の手に触れちまうと、それは無礼ってことになる。よっぽど仲がいい相手でなけりゃ、相手の手には触れないほうがいい。特に、相手の身分が高い時に触れちまったら、危険だ。不敬罪で捕まることもある。気をつけな」

 ……こっちの世界の挨拶は、無礼や不敬罪と隣り合わせなのか。なかなか難しいな。触れてはいけないのか、気を付けないと。

「まあ、そう怖がるこたぁねぇ。手を近づけるのも、基本は一対一。相手に対して親愛の気持ちを示したり、敵意がないことを特別に示したりするときとかで、普通は手を挙げるだけで十分だ。わざわざ近づく必要も、手を近づける必要もない。
 あと、特別に仲がいい場合、相手の右手に合わせて、左手を上げることもある。手を重ねやすいってことだからな。まあ、よほど特別な相手でなきゃやらねぇから、いずれ帰るおめぇには多分、関係ねぇだろ。
 おめぇがいつまでこの国にいるのかは知らねぇが、ま、この国にいる間だけは、オレたちの流儀に従ってくれってこった」

 懇切丁寧に、腕を上げる角度などについても、身振り手振りを交えて教えてくれた。全身真っ黒に焼けたいかつい兄ちゃんだが、なんとも面倒見のいいやつだ。
 フラフィーは、役割としては長男の立ち位置だというし、弟妹の面倒を見て育ってきた結果が、この面倒見の良さなのかもしれない。ありがたいことだ。

「……ええと、じゃあ、こうでいいのか? 『ありがとう』」

 そう言って、右肘が肩の高さになるまであげながら、手を挙げパーをして見せる。それをみて、フラフィーも満足げに、同じように右手を挙げた。

「おう、そうだそうだ。それでいい。どんな挨拶の時もそれだ。返事も同じ、相手が右手を挙げたらすぐ挙げ返せ。忘れんなよ?
 ――って、おいおい頭を下げんな。なんだその卑屈な仕草は。相手をまっすぐ見られないって、おめぇ、オレに対してやましいことでもあんのか?」

 うっかり会釈をしてしまったことを咎められ、慌ててフラフィーに顔を向ける。

「そうそう、そうだ。自分にやましいことがあるか、あるいは目も合わせたくないほど相手を嫌ってるか――とにかく、相手から目をそらすってのは、んだ。
 もちろん、それをやられた相手は、ぜってぇにおめぇに対して腹を立てるはずだ。だから、よほどなんか理由がなきゃ、挨拶のときには絶対に目をそらすなよ?」

 ありがたい助言にうっかり頭下げ、アイネに怒鳴られる。

「てめぇ! 兄貴が今、やるなっつったことをやりやがって! 馬鹿にしてんのか!」
「アイネ。ムラタんとこは頭を下げるってのが挨拶だったってことなんだろう。人間、しみついた習慣がすぐ変わるわけねぇだろ。そこは許せ」

 ああ、フラフィー。俺は君を誤解していた。そこのクソ野郎と比べたら、あんたは聖人だよ!

 しかし、日本の営業マンとして当たり前の「頭を下げる」行為が、ここまで相手の怒りを買うとは。これはなかなか慣れるまでが大変そうだ。
 だが、これで基本的な生活習慣の一つが分かった。郷に入りては郷に従え。明日からやってみよう。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

幼馴染は何故か俺の顔を隠したがる

れおん
恋愛
世間一般に陰キャと呼ばれる主人公、齋藤晴翔こと高校2年生。幼馴染の西城香織とは十数年来の付き合いである。 そんな幼馴染は、昔から俺の顔をやたらと隠したがる。髪の毛は基本伸ばしたままにされ、四六時中一緒に居るせいで、友達もろくに居なかった。 一夫多妻が許されるこの世界で、徐々に晴翔の魅力に気づき始める周囲と、なんとか隠し通そうとする幼馴染の攻防が続いていく。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

騎士団寮のシングルマザー

古森きり
恋愛
夫と離婚し、実家へ帰る駅への道。 突然突っ込んできた車に死を覚悟した歩美。 しかし、目を覚ますとそこは森の中。 異世界に聖女として召喚された幼い娘、真美の為に、歩美の奮闘が今、始まる! ……と、意気込んだものの全く家事が出来ない歩美の明日はどっちだ!? ※ノベルアップ+様(読み直し改稿ナッシング先行公開)にも掲載しましたが、カクヨムさん(は改稿・完結済みです)、小説家になろうさん、アルファポリスさんは改稿したものを掲載しています。 ※割と鬱展開多いのでご注意ください。作者はあんまり鬱展開だと思ってませんけども。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

番から逃げる事にしました

みん
恋愛
リュシエンヌには前世の記憶がある。 前世で人間だった彼女は、結婚を目前に控えたある日、熊族の獣人の番だと判明し、そのまま熊族の領地へ連れ去られてしまった。それからの彼女の人生は大変なもので、最期は番だった自分を恨むように生涯を閉じた。 彼女は200年後、今度は自分が豹の獣人として生まれ変わっていた。そして、そんな記憶を持ったリュシエンヌが番と出会ってしまい、そこから、色んな事に巻き込まれる事になる─と、言うお話です。 ❋相変わらずのゆるふわ設定で、メンタルも豆腐並なので、軽い気持ちで読んで下さい。 ❋独自設定有りです。 ❋他視点の話もあります。 ❋誤字脱字は気を付けていますが、あると思います。すみません。

処理中です...