ムラタのむねあげっ!~君の居場所は俺が作る!異世界建築士の奮闘録~

狐月 耀藍

文字の大きさ
上 下
7 / 502
第一部 異世界建築士と獣人の少女

第7話:キッチンの天使(3/4)

しおりを挟む
 改めて、彼女をまじまじと見つめる。

 アイネは、彼女を原初のプリム・犬属人ドーグリングと呼んだ。
 しかし、この金の髪、金の体毛は、むしろ狐――フォックスリングとでもいうのか? ――を想像させる。
 狐でないということは、もしかしたら例えば狐のほうがもう少し面長であるとか、鼻梁びりょうが細いとか、そんな特徴の違いがあるのかもしれないが。

 瞳は、透き通るような青紫。
 親方たちは黒い瞳だから、やはり種族の違いが表れているのだろうか。

 よくよく、彼女は俺を見上げるようなポジションに立つ。おそらく、俺を客人ととらえ、見下ろすなどの粗相のないようにしているのだろう。

 だが、それはつまり、どうしても彼女を見下ろす形になってしまい、そのアングルから、昔、うちで飼っていたコリー犬を思い出してしまう。

 けれど、その首から下は、豊かな毛並みに覆われているとはいえ、間違いなく人間の、女性の体つきだ。シンプルな貫頭衣の上から羽織ったエプロンの下では、朝、不可抗力とはいえ目撃してしまった豊かな胸が、存在感を強烈に主張している。

 胸元の、周囲よりもやや長いふんわりとした白い毛を過ぎると、そこからは産毛のようになり、服やエプロンで隠れるあたりではほとんど体毛が無くなる。
 そしてブラジャーのようなものは身に着けていなかったはずだから、この豊かな胸は、自前の張りだけで形を保っていることになる。
 
 ――うん、仕事の関係上、鍛えられているのだろう。さっきも、あの重い水桶を片手で運んでいたしな。もし全身の毛を剃ったら、筋骨隆々とした肉体美が姿を現すのかもしれない。
 ……勝手に想像しておいてなんだが、一気に

 服も、前垂れのほうはただの一枚の布だったが、今見ると、背中側は腰から下が、真ん中にスリットが入っていて二枚に分かれているようだ。その真ん中から、彼女の尻尾が床に広がっている。

 ずんぐりとしたずんぐりとした狐のそれとは違って、毛足が長くしなやかで艶やか、尻尾の上面はやや黒っぽく、そして尖端と背面が白い。やはり、色を除けば昔うちにいたコリー犬を思い起こさせる。

 シンプルな貫頭衣だが、彼女の体毛に包まれた体と、そして尻尾の邪魔をしないためと考えれば納得がいく。

 いや、下はスカートでいいだろうとも思ったが、おそらくスカートであっても尻尾の動きを阻害するものは、彼女にとって好ましからざるものなのだろう。

 そもそもシャツも着ず、チョッキのような袖のない短い上着だけの半裸――下半身も褌のような、ズボンといっていいのかパンツ一丁と呼ぶべきなのか野生的過ぎるファッション――の野郎どもばかりの中で育ち、しかも自前の毛皮をまとっている彼女が、身を包むドレスを着る文化を、手に入れられるだろうか。

 そうすると、この貫頭衣も、おふくろさんとやらの頭を痛めた末の妥協の産物のようにも思えてくる。

 だが、「隠すからこその妙味」というか――

 質素ではあるが真っ白で、控えめながら美しい花の刺繍の入ったエプロンと、側面が丸見え――も丸見え――の貫頭衣の組み合わせからは、なんともいえぬ艶めかしさを感じてしまう。

 ――正直言えば、かなり。正面から見ると、素肌にそのままエプロンを身に着けているようにすら見えてしまうのだ。

 ひざまずいたまま、二つ目のサンドイッチを微笑みながら渡してくる彼女に、「天使だ」と表現したアイネの気持ちが、痛烈に理解できてしまう。

 そう、天使だ。
 ――天使

 いままで、こんなに素敵なを、俺は見たことがない。
 彼女いない歴27年の童貞には、強烈すぎる存在だ。この家を去ったあと、俺は、彼女以上に胸ときめく女性に、果たして出会えるのだろうか。

 ふと、困ったように彼女が目をそらす。そらしてはこちらを見て、見てはまた目をそらす。
 何かあったのだろうか?

「あ、あの、なにか、ご入用ですか? そんなに見つめられると、わたし――」

 ……しまった!
 ガン見もセクハラのうちだったか!

 あわてて目をそらし、いまだ手付かずだったスープに目をやる。
 さっき水を運んだ時、彼女はスープ鍋の前にいた。おそらく、かき混ぜていた中身がこれなのだろう。

 半透明なスープに、たっぷりのキャベツのような野菜と、芋と、豆と、そして申し訳程度の、ベーコン状の肉片。

 ポトフのようなものかとスプーンですくって啜ってみると、予想外の塩気と酸味。
 あ、これドイツ料理のアイントプフみたいなものか。野菜は、乳酸発酵させたザワークラウトみたいなものだな。酸味のあるスープっていうのはなじみがないけど、これはこれで悪くない。

「あの――お味は、どうですか?」

 サンドイッチの時には聞いてこなかった言葉。

『ムラタさんも、おいしいって言ってくれるかな』

 先の、キッチンで拾い聞きしてしまった言葉を思い出す。

 サンドイッチは、礼儀に沿わぬものだと言っていた。
 兄たちに手を出されぬように、あり合わせで作ったもの。

 もちろん、そのパンも挟んだ具材も、彼女が作ったものであることは明白だ。
 それでも、彼女が最初から意図してこしらえたものではないはずだ。

 しかし、このスープはちがう。

 彼女が時間をかけて作った、本物の「手料理」。
 彼女が、本当に俺に食べてほしかったのは、こちらなのだ。

 胸元で手を組み、じっとこちらを見つめてくるリトリィに、俺は、なんとか言葉を紡ぎ出す。

「……美味しいよ」

 その瞬間。
 彼女の目が、軽く見開かれた。
 口元がほころび、舌が少し現れる。
 尻尾が、ゆっくりと揺れる。

 ――よろこんで、くれた!
 俺の、言葉に……!

 続く言葉を必死に言葉を探す。
 言葉を尽くせ。
 美味しいなんて誰でもいえる。
 なぜ美味しいんだ。
 どこが美味しいんだ。
 言葉の貧困な食レポ芸人を笑っていたかつての自分、その笑いが今、自分に突き刺さる。

 こんなとき、なんて言えばいいんだ。
 言葉を探せ、彼女の期待に応えろ。
 なのに思いつかない。
 言葉がわいてこない。
 せっかく喜んでくれた彼女を、次の平凡な言葉で失望させたくない――!

 もう一口。
 ……もう一口。

 探す。
 言葉を探す。
 なぜ美味しいのか。
 どうして美味しいのか。
 どう説明したらいいのか。

 思い浮かばない。
 ――思い浮かばない!
 どう言えばいい、どう言えば喜んでくれる!?

「……ムラタさん?」

 小首をかしげ、ためらいがちに言葉を投げかけてきた彼女の方を向こうとして、芋がのどにつかえる。

「あ、ご、ごめんなさい、急に話しかけて! ――あ、水、水、これです!」

 むせた俺に、彼女が水差しから木のコップに水を注いで渡してくる。

 水を飲み干し、落ち着いて、
「いや、芋がのどにつかえて――」
 と言いかけて、気づく。

 難しいことを言う必要など、どこにあったのか。
 彼女は、別に料理に対する評論を求めているわけではないのだ。
 ただ、自分が思ったおいしさを、素直に伝えることができれば、それでいいのだ。
 そう考えるに至り、やっとの思いで気を落ち着かせると、もう一度、改めて一口、食べる。

 ほろりと口の中で崩れる芋。
 自分にとっては斬新な、酸味とうまみが溶け合ったスープ。
 塩味がベースだが、素材のうまみが十分に出ている。
 野菜も芯まで火が通り、柔らかくて、素朴なうまみが感じられる。

「……芋も柔らかくてほくほくだし、野菜の酸味も、俺は初めて食べる味だけど、嫌いじゃない」

 不安げにこちらをのぞき込んでいた彼女の目が再び見開かれ、その両手は口元を覆う。

「野菜は漬物なのかな? その……酸味と、ほかの具の――ええと、うまみが十分出てて、美味しいな」

 自分でも、なんと不器用な物言いなのかと思う。それに、伝えたいことはそんなことじゃないんだ。
 伝えたいことは――。

「――なんていうか、その……あったかい感じで美味しい。あ、温度じゃなくてさ。
 リトリィの、相手に美味しいって思ってもらいたいっていう気持ちが伝わるっていうか。心からあったまれる料理っていうか。
 ……俺は気に入ったよ、すごく。――ありがとう」

 何と言っていいか分からず、だから脈絡もなくまとまりもなく、ただ感想を並べるだけで、だから、本当に俺の、美味しかったという気持ち――感謝の気持ちが伝わったのか、分からない。

 彼女は口元に両手を当てたまま、うつむいてしまっていた。

 上から見下ろす関係上、表情が読めない――といっても、彼女の表情なんて、どう見たらどんな感情が読み取れるのか、よくわからないのだが――まま、彼女は沈黙を続ける。

 だめだ、こんなとき、どう続ければいい――どんな声をかければいいんだ。
 気まずくなり、とりあえず、スープを平らげることにする。
 ちらちらと彼女を見遣るが、ときどき肩が震える以外、動きがない。
 だが、その尻尾はゆらゆらと揺れ続けている。

 どうしよう。早く食べきればいいのか、それともゆっくり食べて時間を稼ぐべきなのか。

 こんなことすらもわからない。女にモテていた連中は、こんなとき、どうするのだろう。うちの事務所の、デキるがチャラい男たち――三洋や京瀬らは、どんな声をかけるのだろうか。

 そうこうしているうちに、皿は、あっという間に空になる。
 ああ、もう時間を使いつくした――どうしよう、どうすればいい!
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

騎士団寮のシングルマザー

古森きり
恋愛
夫と離婚し、実家へ帰る駅への道。 突然突っ込んできた車に死を覚悟した歩美。 しかし、目を覚ますとそこは森の中。 異世界に聖女として召喚された幼い娘、真美の為に、歩美の奮闘が今、始まる! ……と、意気込んだものの全く家事が出来ない歩美の明日はどっちだ!? ※ノベルアップ+様(読み直し改稿ナッシング先行公開)にも掲載しましたが、カクヨムさん(は改稿・完結済みです)、小説家になろうさん、アルファポリスさんは改稿したものを掲載しています。 ※割と鬱展開多いのでご注意ください。作者はあんまり鬱展開だと思ってませんけども。

転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~

恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん) は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。 しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!? (もしかして、私、転生してる!!?) そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!! そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?

義兄に甘えまくっていたらいつの間にか執着されまくっていた話

よしゆき
恋愛
乙女ゲームのヒロインに意地悪をする攻略対象者のユリウスの義妹、マリナに転生した。大好きな推しであるユリウスと自分が結ばれることはない。ならば義妹として目一杯甘えまくって楽しもうと考えたのだが、気づけばユリウスにめちゃくちゃ執着されていた話。 「義兄に嫌われようとした行動が裏目に出て逆に執着されることになった話」のifストーリーですが繋がりはなにもありません。

【完結】『飯炊き女』と呼ばれている騎士団の寮母ですが、実は最高位の聖女です

葉桜鹿乃
恋愛
ルーシーが『飯炊き女』と、呼ばれてそろそろ3年が経とうとしている。 王宮内に兵舎がある王立騎士団【鷹の爪】の寮母を担っているルーシー。 孤児院の出で、働き口を探してここに配置された事になっているが、実はこの国の最も高貴な存在とされる『金剛の聖女』である。 王宮という国で一番安全な場所で、更には周囲に常に複数人の騎士が控えている場所に、本人と王族、宰相が話し合って所属することになったものの、存在を秘する為に扱いは『飯炊き女』である。 働くのは苦では無いし、顔を隠すための不細工な丸眼鏡にソバカスと眉を太くする化粧、粗末な服。これを襲いに来るような輩は男所帯の騎士団にも居ないし、聖女の力で存在感を常に薄めるようにしている。 何故このような擬態をしているかというと、隣国から聖女を狙って何者かが間者として侵入していると言われているためだ。 隣国は既に瘴気で汚れた土地が多くなり、作物もまともに育たないと聞いて、ルーシーはしばらく隣国に行ってもいいと思っているのだが、長く冷戦状態にある隣国に行かせるのは命が危ないのでは、と躊躇いを見せる国王たちをルーシーは説得する教養もなく……。 そんな折、ある日の月夜に、明日の雨を予見して変装をせずに水汲みをしている時に「見つけた」と言われて振り向いたそこにいたのは、騎士団の中でもルーシーに優しい一人の騎士だった。 ※感想の取り扱いは近況ボードを参照してください。 ※小説家になろう様でも掲載予定です。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

美幼女に転生したら地獄のような逆ハーレム状態になりました

市森 唯
恋愛
極々普通の学生だった私は……目が覚めたら美幼女になっていました。 私は侯爵令嬢らしく多分異世界転生してるし、そして何故か婚約者が2人?! しかも婚約者達との関係も最悪で…… まぁ転生しちゃったのでなんとか上手く生きていけるよう頑張ります!

処理中です...