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7話

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「直ぐに屋敷に帰って出発の準備をしろ。
 ああ、食糧や小物はこちらで用意した。
 馬車も騎士団の物を使えばいい。
 二人が用意するのは、自分たちが使う着替えと、世話をする側仕えだけだ。
 だから急いで用意しろ。
 日が暮れてしまうぞ」

「「はい」」

 父上と私に拒否権などありません。
 唯々諾々王太子殿下に従うだけです。
 地獄の大王が来いと言えば行くしかありません。
 地獄の大王がついてこいと言えば、ついていくしかないのです。

 おそらく、たぶん、親切で言ってくれているのでしょう。
 新たな領地の検分を一緒にすることで、我が家の費用負担を少なくしてくださるつもりなのでしょう。
 ですが、早すぎるのです。
 昨日の今日では早すぎます。
 我が家では対応しきれません。

「さあ、食事にしようではないか。
 旅先では大したもてなしはできないが、私に大きな利益をもたらしてくれたのだ。
 できる限りの歓待をさせてもらうぞ。
 バルフォア子爵、アルテイシア嬢」

 困ります。
 本当に困ります
 とても困ります。
 一日三食全て王太子殿下との会食なんて、なにも食べた気がしません。
 全く味が分かりませんし、身につく気がしません。
 父上は普段の半分も食が進みません。
 私も同じですが、ここで倒れるわけにはいきませんので、飲み込むようにして食べるしかありません。

 確かに偶然の産物とはいえ、私たちは王太子殿下に大きな利益をもたらしました。
 ドロヘダ侯爵家は侯爵家の中でも強く大きな家だったので、その領地は五十万石もありました。
 ソモンド伯爵家は伯爵家の中では小さい方で、領地は六万石でした。
 両家併せて五十五万石もの領地が、王太子殿下のモノになったのです。
 歓待してくださる気持ちは分かります。
 分かりますが、それは一度で十分なのです。

 そのような地獄の日々を三十日も過ごして、ようやく私は加増されることになった領地にたどり着くことができました。
 なぜ私と表現しているかと言えば、緊張に耐え切れなかった父上が途中で倒れてしまわれ、王都の屋敷の帰されたからです。
 それからは、王太子殿下と二人きりの会食が一日三度、時には喫茶の時間まで呼びつけられるのです。

「さて、ようやく片道の検分が終わったな。
 今日からはバルフォア子爵家領の検分だ。
 特に大切なのは、魔境の活用方法だ。
 この魔境は少々変わっていて、植物系の精霊が主になっていると聞く。
 木々も魔力に富んでおり、散り積もった土も豊かな魔力を蓄えていると聞く。
 持ち帰れるだけの土を本領に運ぶがいい」

「ありがとうございます。
 全て殿下のお陰でございます」

 王太子殿下も慣れればお優しい方です。
 最初は恐怖で縮み上がっていましたが、三十日百二十回以上も会食すれば、慣れてしまう者です。
 今では軽口も叩けるくらい親しくなれました。
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