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第三章:謀略
第47話:捕縛
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1627年9月28日:江戸城中奥:柳生左門友矩14歳
「大御所様、わざわざお運びいただき申しわけありません」
「いや、いや、京で重大な事が分かったと言われれば、足を運ぶのは当然だ。
それで、余を呼び出すほどの重大事とは何事だ」
「それが、京都所司代と藤堂和泉守が調べ、帝までご存じの事です。
今更隠しようのない、公家や大名まで加わった将軍暗殺計画があるのです」
「……将軍暗殺計画とは、そなたを殺す計画があると申すのか?」
「はい、事もあろうに、実の母親が、大御台所ともあろう方が、幕府の根幹を揺るがす将軍暗殺を主導したのです」
「馬鹿な事を申すな!
実の母親が自分の子供を殺そうとするわけがない!」
「本気でそのような世迷い事を口にされておられるのですか?
大御所様がこの計画に加担されている事、帝はもちろん多くの公家が知っているのですよ!」
「あのような性根の腐った連中が口にする事など嘘に決まっておる!」
「大御所様、もう逃れようがないのです。
大御台所様が既に亡くなられている事も、忠長が加担している事も、全て天下に知られているのですよ。
もう大御所様と大御台所様、忠長の愚かな行いは隠しようがない。
天下を平定された東照神君の偉業を無にする出来損ないの子供だと、歴史に名を刻む事が決まっているのです。
大御台所様に至っては、北条政子に匹敵する毒婦と歴史に名を遺すでしょう」
「おのれ家光、それでも余の子供か?!」
「同じ言葉をお返しさせていただきます。
お前は本当に余と正之の父親か!
秀康公や忠輝公の足元にも及ばぬ出来損ないが!」
「動くな!
動けば問答無用で斬る!」
大御所の護衛についていた鬼小姓達が上様に殺気を向けたので。脅してやった。
元服するはずの年齢をとうに超えても、大御所様の身を護る為に小姓を続ける腕自慢の者達だ。
以前は柳生の門弟が大御所様の身辺を護衛をしていた。
だが兄上と拙者が非常識なほど上様に寵愛されたので、そのまま柳生の門弟を身辺に置くのは危険だと判断されたのだろう、全員小姓から外されてしまった。
だがその手段は悪手である。
その所為で柳生は上様に全てを賭けるしかなくなってしまった。
どこかでつながっていれば、大御所様に賭ける事もできたのだが……
「左門、貴様余を殺そうというのか?!」
「柳生家は将軍家に忠誠を誓っております。
浅井の女にふぐりを握られ、東照神君が三代将軍をお決めになられた上様を殺そうとするような、腑抜けに味方する訳がないでしょう。
そのような事も分からぬから、いつまでも東照神君に頭が上がらなかった、出来損ないの二代目と陰口を言われるのです」
「おのれ柳生、目をかけてやった恩を忘れてあだで返すか?!」
「柳生を取立ててくださったのは大御所ではなく東照神君です。
上田での失態を庇って東照神君に口添えさせて頂いたと聞いております。
大阪との大戦でも、怯えて逃げ出そうとした大御所を庇って命懸けで戦ったと聞いております。
命懸けの奉公を続ける柳生を、殺す心算の上様に付けたのは大御所です。
上様に忠義を尽くし家を保つ為に命懸けの奉公をしただけです」
「おのれ、おのれ、おのれ、恩知らずが!」
ふん、今さら何を言われても胸は痛まない。
お前達がこれまで上様にしてきた事を想えば、当然の報復だ。
正之様に対して行った事を考えれば、とても人とは思えない下劣な行いだ。
いや、上様や正之様に関係なく、拙者には個人的な恨みがある。
何度も命を狙われて殺されそうになった。
相手が主君であろうと、命を狙われたら返り討ちにするのが武士だ!
「大御所様、いや、秀忠!
将軍暗殺の罪で捕らえる。
既に死んでいる江の言い成りとなり、実の息子である将軍を殺そうとした罪は、鬼畜にも劣る外道の行いだ。
天下万民に知らせた上で車裂きの刑とする。
既に死んでいる江に関しては、密かに埋葬している墓を暴いて百叩きの刑を行った上で磔獄門とする」
「おのれ家光、この恩知らずの親不孝者が!
誰かある、誰かこの親不孝者を殺せ。
この親不孝者を殺した者には十万石を、いや、百万石を与える。
何をしている、さっさと殺すのだ!」
乱心したように泣きわめく大御所を助ける者など誰もいない。
女房が恐ろしくて、徳川家の血を引く息子を家臣に押し付ける。
その家臣の養嗣子は、大御所に気を使って家を飛び出すしかなかった。
血と家名を残すために命懸けの奉公をする武士にとって、主君の子供を押し付けられ家を乗っ取られるなど、奉公する意味がなくなるほどの恩知らずなのだ。
恩知らずなどとは片腹痛い!
恩は家臣が無償で主君に与えるものではない!
主君が家臣の奉公に見合う恩を与えるからこそ忠誠心を得られるのだ。
「もはや大御所に従う者は誰一人おりません。
女房怖さに実の子供を捨てるような男に、将軍を名乗る資格などありません。
徳川は北条に幕府を乗っ取られた源氏の二の舞は演じないのです」
建前はそうだが、己の立身出世と身の安全のためなら主君を裏切る者も多い。
だがそんな連中は、拙者達小姓上がりの番頭が番方から追放してある。
今本丸を守っているのは元小姓が率いる書院番と小姓組番だ。
大御所に味方する西之丸の書院番と小姓組番もいるにはいる。
だが先祖の功だけで番方に選ばれた連中など、実力を基準に選ばれた本丸の書院番と小姓組番の足元にも及ばない。
「左門、事が落ち着くまで大御所を座敷牢に閉じ込めておけ」
「大御所様、わざわざお運びいただき申しわけありません」
「いや、いや、京で重大な事が分かったと言われれば、足を運ぶのは当然だ。
それで、余を呼び出すほどの重大事とは何事だ」
「それが、京都所司代と藤堂和泉守が調べ、帝までご存じの事です。
今更隠しようのない、公家や大名まで加わった将軍暗殺計画があるのです」
「……将軍暗殺計画とは、そなたを殺す計画があると申すのか?」
「はい、事もあろうに、実の母親が、大御台所ともあろう方が、幕府の根幹を揺るがす将軍暗殺を主導したのです」
「馬鹿な事を申すな!
実の母親が自分の子供を殺そうとするわけがない!」
「本気でそのような世迷い事を口にされておられるのですか?
大御所様がこの計画に加担されている事、帝はもちろん多くの公家が知っているのですよ!」
「あのような性根の腐った連中が口にする事など嘘に決まっておる!」
「大御所様、もう逃れようがないのです。
大御台所様が既に亡くなられている事も、忠長が加担している事も、全て天下に知られているのですよ。
もう大御所様と大御台所様、忠長の愚かな行いは隠しようがない。
天下を平定された東照神君の偉業を無にする出来損ないの子供だと、歴史に名を刻む事が決まっているのです。
大御台所様に至っては、北条政子に匹敵する毒婦と歴史に名を遺すでしょう」
「おのれ家光、それでも余の子供か?!」
「同じ言葉をお返しさせていただきます。
お前は本当に余と正之の父親か!
秀康公や忠輝公の足元にも及ばぬ出来損ないが!」
「動くな!
動けば問答無用で斬る!」
大御所の護衛についていた鬼小姓達が上様に殺気を向けたので。脅してやった。
元服するはずの年齢をとうに超えても、大御所様の身を護る為に小姓を続ける腕自慢の者達だ。
以前は柳生の門弟が大御所様の身辺を護衛をしていた。
だが兄上と拙者が非常識なほど上様に寵愛されたので、そのまま柳生の門弟を身辺に置くのは危険だと判断されたのだろう、全員小姓から外されてしまった。
だがその手段は悪手である。
その所為で柳生は上様に全てを賭けるしかなくなってしまった。
どこかでつながっていれば、大御所様に賭ける事もできたのだが……
「左門、貴様余を殺そうというのか?!」
「柳生家は将軍家に忠誠を誓っております。
浅井の女にふぐりを握られ、東照神君が三代将軍をお決めになられた上様を殺そうとするような、腑抜けに味方する訳がないでしょう。
そのような事も分からぬから、いつまでも東照神君に頭が上がらなかった、出来損ないの二代目と陰口を言われるのです」
「おのれ柳生、目をかけてやった恩を忘れてあだで返すか?!」
「柳生を取立ててくださったのは大御所ではなく東照神君です。
上田での失態を庇って東照神君に口添えさせて頂いたと聞いております。
大阪との大戦でも、怯えて逃げ出そうとした大御所を庇って命懸けで戦ったと聞いております。
命懸けの奉公を続ける柳生を、殺す心算の上様に付けたのは大御所です。
上様に忠義を尽くし家を保つ為に命懸けの奉公をしただけです」
「おのれ、おのれ、おのれ、恩知らずが!」
ふん、今さら何を言われても胸は痛まない。
お前達がこれまで上様にしてきた事を想えば、当然の報復だ。
正之様に対して行った事を考えれば、とても人とは思えない下劣な行いだ。
いや、上様や正之様に関係なく、拙者には個人的な恨みがある。
何度も命を狙われて殺されそうになった。
相手が主君であろうと、命を狙われたら返り討ちにするのが武士だ!
「大御所様、いや、秀忠!
将軍暗殺の罪で捕らえる。
既に死んでいる江の言い成りとなり、実の息子である将軍を殺そうとした罪は、鬼畜にも劣る外道の行いだ。
天下万民に知らせた上で車裂きの刑とする。
既に死んでいる江に関しては、密かに埋葬している墓を暴いて百叩きの刑を行った上で磔獄門とする」
「おのれ家光、この恩知らずの親不孝者が!
誰かある、誰かこの親不孝者を殺せ。
この親不孝者を殺した者には十万石を、いや、百万石を与える。
何をしている、さっさと殺すのだ!」
乱心したように泣きわめく大御所を助ける者など誰もいない。
女房が恐ろしくて、徳川家の血を引く息子を家臣に押し付ける。
その家臣の養嗣子は、大御所に気を使って家を飛び出すしかなかった。
血と家名を残すために命懸けの奉公をする武士にとって、主君の子供を押し付けられ家を乗っ取られるなど、奉公する意味がなくなるほどの恩知らずなのだ。
恩知らずなどとは片腹痛い!
恩は家臣が無償で主君に与えるものではない!
主君が家臣の奉公に見合う恩を与えるからこそ忠誠心を得られるのだ。
「もはや大御所に従う者は誰一人おりません。
女房怖さに実の子供を捨てるような男に、将軍を名乗る資格などありません。
徳川は北条に幕府を乗っ取られた源氏の二の舞は演じないのです」
建前はそうだが、己の立身出世と身の安全のためなら主君を裏切る者も多い。
だがそんな連中は、拙者達小姓上がりの番頭が番方から追放してある。
今本丸を守っているのは元小姓が率いる書院番と小姓組番だ。
大御所に味方する西之丸の書院番と小姓組番もいるにはいる。
だが先祖の功だけで番方に選ばれた連中など、実力を基準に選ばれた本丸の書院番と小姓組番の足元にも及ばない。
「左門、事が落ち着くまで大御所を座敷牢に閉じ込めておけ」
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