柳生友矩と徳川家光

克全

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第三章:謀略

第45話:処罰

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1627年7月21日:京二条城:柳生左門友矩14歳

「上様、中宮様の新しい女官達の件でございますが、全て認められました」

 京都所司代である板倉侍従が二条城に到着したばかりの上様に報告している。
 事前に話し合ってやると決めた事は、全部やってくれているのだろう。

「そうか、脅しが効いたようだな」

「はい、それまで反抗的だった者達が急に大人しくなっております」

 上様は帝の会うのに硬軟混ぜた対応をされた。
 和姫様の兄として、義兄弟の立場で腹を割って話す機会を設けられた。
 これで帝も猪熊事件とおよつ御寮人事件でたまった鬱憤を吐き出せるだろう。

 それに、いま懸案となっている僧に対する紫衣の許可を朝廷が出す件。
 この対応に誤れば和姫様がお生みになられて宮様方の命が危ない。
 裏柳生のくノ一を大量に送り込んだとはいえ、受け身だけでは護り切れない。

 きちんと話し合って妥協点を見つけなければならない。
 幕府も朝廷の権威を全て奪う心算などないのだ。
 裏金を払う事で、何の徳もない若造が紫衣を得るのが見逃せないだけだ。

「そうか、今回も藤堂和泉守が反対派を抑えてくれたと聞いている」

 上様は帝には優しく対応されたが、公家達には厳しく対応された。
 陰湿に反対する公家の屋敷を完全武装の兵士達に包囲させた。
 それこそ蟻の一匹も這い出る事のできない厳重な包囲だった。

 総指揮は京都所司代の板倉侍従だったが、現場は藤堂和泉守殿が指揮された。
 流石戦国乱世を生き抜かれた古強者だ。
 公家達の苦情など歯牙にもかけず、徹底的に脅された。

 単に脅しただけでなく、公家諸法度に違反した者を捕らえられた。
 反論のしようのない証拠をつけつけて、隠岐への遠島が決まった。
 帝の口添えがなければそのまま刑に処せられる。

「はい、藤堂和泉守殿はとても良く働いてくださいました。
 京都所司代では調べきれなかった、上様に叛意を抱く大名の事も調べ上げてくれました」

 拙者の家に数多くの伊賀者を送ってくださったが、本当に有能な伊賀者は手元に置いておられるのだろう。

「ほう、余に叛意を抱く者か、どこのどいつだ?!」

「美濃高須藩五万三千七百石城主、徳永左馬助。
 丹波北由良藩二万石領主、別所豊後守。
 この二人が大御台所様を通じて駿河大納言様に味方する約束をしております」

 板倉侍従ははっきりと大御台所様と駿河大納言様が黒幕だと言い切った。
 これは上様に対する忠義の証なのだろうか?
 それとも、上様を油断させて寝首を搔く心算なのだろうか?

「ふん、今直ぐ叩き潰してやりたいところだが、帝との話し合いが済むまでは処分を保留した方が良いか?」

 上様は板倉侍従を信用されたようだな。

「その点については藤堂和泉守殿から献策を受けております」

 問題は藤堂和泉守殿が心から上様に忠誠を誓っているかどうかだ。
 藤堂和泉守殿は何度も主を変えて戦国乱世を生き延びられた方だ。
 今も上様だけでなく大御所様や駿河大納言様とも上手く付き合っておられる。

「ふむ、張り切り過ぎて風邪をひいたという話だが、大事ないのか?」

「はい、使者からは軽い風邪だと聞いております。
 これから帝の会われる上様に、風邪をうつすような事があってはいけないと、念のために自重しただけとの事でした」

 この話が本当に上様だけに忠誠を尽くす物なら何の問題もない。
 だが、そうではなく、上様との交流を深くし過ぎないためなら問題だ。
 上様が失脚された時の事を考えて距離を取っているのかもしれない。

「それならば良い。
 藤堂和泉守のような忠臣を失う訳にはいかないからな。
 それで、和泉守の献策とはどういうものなのだ?」

「はい、駿河大納言様や叛意のある公家衆を恫喝するためにも、今直ぐ厳しい処分をするべきだという事です。
 同時に、帝に関しては義兄として優しく接し、猪熊事件の時に帝の意を汲まない形で軽微な罪にしか問わなかった公家達に厳罰を与えるべきとの事です」

 今更色情狂の不良公家達に厳罰を与えても遅いような気がするのだが、それが本当に上様に為になるのだろうか?

 帝が寵愛されたおよつ御寮人は猪熊の実兄だぞ? 
 一番罪の重い猪熊の妹、およつ御寮人を寵愛して他の者達の罪を蒸し返すというのは、帝の権威を傷つけるのではないか?

 いや、藤堂和泉守殿は帝の権威を落とす気なのかもしれない。
 私情によって罪科の軽重を決める帝では公家達も安心できない。
 幕府や和姫様に頼ろうとする者が増える可能性が高い。

「厳罰を与えるのは望むところだ!
 京の三条河原で斬首にでもしてやればいいのか?」

「上様、それは流石にやり過ぎでございます。
 追い詰められると気の弱い者ほど自棄を起こす者でございます。
 追い込み過ぎて中宮様と宮様方に危害を加えるようになっていけません。
 猪熊事件の時も、朝廷の法に死罪がなかったので、帝が強く全員の死剤を望まれたのを猪熊と兼康の二人だけの死罪に止めたのです。
 今回も公家の事を考えた処分にされるべきです。
 勤役懈怠を理由に改易すればいいのです。
 改易の理由を勤役懈怠にしておけば、働きの悪い大名旗本だけでなく、公家も何時でも改易する事ができます」

「なるほど、その方が京都所司代の命令をよく聞くという事だな?」

「はい、その通りでございます。
 ですが改易対象は京都所司代に対する勤役懈怠だけではすみません。
 中宮様に対する勤役懈怠を理由に改易する事もできます。
 後々帝に成られる宮様方にも使っていただけます」

「ふむ、確かに和姫や宮達の役に立ちそうだ。
 直ぐに上使を差し向けて二人を捕らえよ!」
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