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第三章:謀略
第44話:くノ一
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1627年5月29日:江戸柳生但馬守上屋敷:柳生左門友矩14歳
「本日上様よりご相談があり、裏柳生を中宮様付きの女官として御所に送り込む事になった」
父上が急に呼び出した兄上と拙者に言い渡された。
拙者は事前に知っていたが、兄上には青天の霹靂だろう。
「承りました。
どのような理由であろうと、一門の頭領である父上の決められた事に否やはありませんが、理由は教えて頂けるのでしょか?」
「十兵衛も猪熊事件とおよつ御寮人事件は覚えているであろう。
そして今も紫衣について御所と揉めておる。
賀茂宮様が亡くなられた件では、帝は大御所様を疑っておられる。
このままでは和姫様と宮様方が危ないのだ」
「そこで柳生新陰流を学んだ裏柳生のくノ一を御所に送り込むと申されるのですか?
それは余りに乱暴ではありませんか?
いえ、父上に逆らうというのではありません。
御所が受け入れてくれるとは思えないのですが?」
「向こうの仕来りなど上様には関係のない事だ。
妹と甥姪を助ける為ならば、皇室を滅ぼす事も辞さない。
そういう決意を持っておられるのだ」
「……私と左門に話をされているとう事は、それぞれの家にいる裏柳生のくノ一も根こそぎ御所に送り込むという事ですか?」
「くノ一だけではない。
男女関係なく使える裏柳生は全て御所と京に送り込む。
どのような事が起ころうとも、和姫様と宮様方を御救いするのだ」
「とんでもない役目を賜ったのですね。
左門は事前に話しを聞いていたのか?」
「最終的にどのような決断を下されるのかは存じあげませんでしたが、和姫様と宮様方を御救いする事について、京都所司代と御老中方、金地院様と南光坊様にご相談されているのは知っておりました」
「そうか、独断で決められたわけでも小姓の言いなりになられたのでもないのだな」
「兄上、そのような事は絶対に許しません。
この命にかけて諫言しお止めします」
「そうだな、左門なら諌死してでも止めてくれるな」
「左門、命懸けの奉公をしているのは褒めてやる。
だがそろそろ四万石の城主にふさわし言葉遣いをしろ。
金地院様と南光坊様ではなく、金地院殿と南光坊殿だ。
東照神君の知恵袋であられた方々だが、あくまでも僧でしかない。
四万石の城主となった左門が様つけしてはならん」
「承りました、以後気をつけます」
「うむ、それでじゃ。
裏柳生の大半を京に送る事になり、上様の手足となって働ける者が激減した。
総目付の役目に支障をきたすようになってしまったのだ。
総目付の役目も大切なので、おろそかにするわけにはいかない。
そこで総目付の役目を左門の所にいる伊賀衆に引き継ぎたい」
「正直に申しますが、藤堂和泉守殿から紹介していただいた伊賀衆の力を測りかねておりまして、無条件で引き受けられる状態ではありません。
それに、上様から父上に託された総目付の役目を、拙者が勝手に引き継ぐわけにはいきません」
「その点なら何の心配もいらん。
上様から直々に左門配下の伊賀衆に任せる許可を頂いた。
今回の件は和姫様と宮様方の命がかかった重大事だ。
少々の引継ぎ失敗は黙認していただけることになっておる。
それにしても、上様一番の寵童である左門が総目付の引継ぎを知らなかったのか。
上様も将軍としての責任に目覚められたようだ」
確かに、昔から昼の上様と夜の上様は別人だった。
中奥に帰って堀田や酒井の言い成りになっていないか確認しなければいけないが、政務と小姓への寵愛を分けられる様になられたのなら、拙者も安心だ。
「いえ、上様は以前から政務と私事は分けておられました。
加増などでは偏愛もありましたが、政務に関しては以前から小姓の口出しを許されませんでした!」
「私を舐めるなよ、左門。
上様が小姓に政務の口出しをさせないのは、十兵衛と左門が厳しく諫言しているからだと、裏柳生から報告を受けている。
だからこそ、十兵衛と左門には厳しくしておるのだ。
其方ら二人が堕落したら、幕府が根底から腐りかねない」
「それは言い過ぎでございます!
上様は我ら兄弟が甘言を弄したくらいで堕落されません」
「儂もそうであればいいと心から思っている。
だが、楽観的な希望で現実を見る眼を曇らせるほど耄碌してはいない。
上様には極端な衆道癖がある。
十兵衛と左門が寵愛を受けている間は良いが、堀田殿と酒井殿が寵愛を受けるようだと、御政道が歪みかねない。
それでなくても春日局の縁者が力を持ち過ぎているのだ。
大御所様が健在で、土井殿が力を持っている間は上様も自重される。
春日局も暴走したりはしないだろう。
だが刻が経って二人がいなくなられた時が怖いのだ」
「目の上のたん瘤であり、潜在的な敵である大御所様が身罷られたら、上様を抑えている者が一人いなくなってしまいます。
東照神君の御落胤であると御三家も認める土井殿が亡くなられたら、幕府内に上様を抑える者がいなくなるのは確かですね」
父上と兄上の申される通りだ。
特に兄上は上様の致命的な性癖を知っておられる。
父上以上に上様を抑える策が大切だと思っておられるだろう。
「大した力にはなれませんが、全力でお止めします」
こう言う以外に道はないな。
これでは一生小姓を辞められそうにない。
四十になって五十になっても小姓のままか……
いいおっさんが前髪を伸ばしたままなのか、情けなさ過ぎる。
家は兄上の子供に継がせるしかないか?
「本日上様よりご相談があり、裏柳生を中宮様付きの女官として御所に送り込む事になった」
父上が急に呼び出した兄上と拙者に言い渡された。
拙者は事前に知っていたが、兄上には青天の霹靂だろう。
「承りました。
どのような理由であろうと、一門の頭領である父上の決められた事に否やはありませんが、理由は教えて頂けるのでしょか?」
「十兵衛も猪熊事件とおよつ御寮人事件は覚えているであろう。
そして今も紫衣について御所と揉めておる。
賀茂宮様が亡くなられた件では、帝は大御所様を疑っておられる。
このままでは和姫様と宮様方が危ないのだ」
「そこで柳生新陰流を学んだ裏柳生のくノ一を御所に送り込むと申されるのですか?
それは余りに乱暴ではありませんか?
いえ、父上に逆らうというのではありません。
御所が受け入れてくれるとは思えないのですが?」
「向こうの仕来りなど上様には関係のない事だ。
妹と甥姪を助ける為ならば、皇室を滅ぼす事も辞さない。
そういう決意を持っておられるのだ」
「……私と左門に話をされているとう事は、それぞれの家にいる裏柳生のくノ一も根こそぎ御所に送り込むという事ですか?」
「くノ一だけではない。
男女関係なく使える裏柳生は全て御所と京に送り込む。
どのような事が起ころうとも、和姫様と宮様方を御救いするのだ」
「とんでもない役目を賜ったのですね。
左門は事前に話しを聞いていたのか?」
「最終的にどのような決断を下されるのかは存じあげませんでしたが、和姫様と宮様方を御救いする事について、京都所司代と御老中方、金地院様と南光坊様にご相談されているのは知っておりました」
「そうか、独断で決められたわけでも小姓の言いなりになられたのでもないのだな」
「兄上、そのような事は絶対に許しません。
この命にかけて諫言しお止めします」
「そうだな、左門なら諌死してでも止めてくれるな」
「左門、命懸けの奉公をしているのは褒めてやる。
だがそろそろ四万石の城主にふさわし言葉遣いをしろ。
金地院様と南光坊様ではなく、金地院殿と南光坊殿だ。
東照神君の知恵袋であられた方々だが、あくまでも僧でしかない。
四万石の城主となった左門が様つけしてはならん」
「承りました、以後気をつけます」
「うむ、それでじゃ。
裏柳生の大半を京に送る事になり、上様の手足となって働ける者が激減した。
総目付の役目に支障をきたすようになってしまったのだ。
総目付の役目も大切なので、おろそかにするわけにはいかない。
そこで総目付の役目を左門の所にいる伊賀衆に引き継ぎたい」
「正直に申しますが、藤堂和泉守殿から紹介していただいた伊賀衆の力を測りかねておりまして、無条件で引き受けられる状態ではありません。
それに、上様から父上に託された総目付の役目を、拙者が勝手に引き継ぐわけにはいきません」
「その点なら何の心配もいらん。
上様から直々に左門配下の伊賀衆に任せる許可を頂いた。
今回の件は和姫様と宮様方の命がかかった重大事だ。
少々の引継ぎ失敗は黙認していただけることになっておる。
それにしても、上様一番の寵童である左門が総目付の引継ぎを知らなかったのか。
上様も将軍としての責任に目覚められたようだ」
確かに、昔から昼の上様と夜の上様は別人だった。
中奥に帰って堀田や酒井の言い成りになっていないか確認しなければいけないが、政務と小姓への寵愛を分けられる様になられたのなら、拙者も安心だ。
「いえ、上様は以前から政務と私事は分けておられました。
加増などでは偏愛もありましたが、政務に関しては以前から小姓の口出しを許されませんでした!」
「私を舐めるなよ、左門。
上様が小姓に政務の口出しをさせないのは、十兵衛と左門が厳しく諫言しているからだと、裏柳生から報告を受けている。
だからこそ、十兵衛と左門には厳しくしておるのだ。
其方ら二人が堕落したら、幕府が根底から腐りかねない」
「それは言い過ぎでございます!
上様は我ら兄弟が甘言を弄したくらいで堕落されません」
「儂もそうであればいいと心から思っている。
だが、楽観的な希望で現実を見る眼を曇らせるほど耄碌してはいない。
上様には極端な衆道癖がある。
十兵衛と左門が寵愛を受けている間は良いが、堀田殿と酒井殿が寵愛を受けるようだと、御政道が歪みかねない。
それでなくても春日局の縁者が力を持ち過ぎているのだ。
大御所様が健在で、土井殿が力を持っている間は上様も自重される。
春日局も暴走したりはしないだろう。
だが刻が経って二人がいなくなられた時が怖いのだ」
「目の上のたん瘤であり、潜在的な敵である大御所様が身罷られたら、上様を抑えている者が一人いなくなってしまいます。
東照神君の御落胤であると御三家も認める土井殿が亡くなられたら、幕府内に上様を抑える者がいなくなるのは確かですね」
父上と兄上の申される通りだ。
特に兄上は上様の致命的な性癖を知っておられる。
父上以上に上様を抑える策が大切だと思っておられるだろう。
「大した力にはなれませんが、全力でお止めします」
こう言う以外に道はないな。
これでは一生小姓を辞められそうにない。
四十になって五十になっても小姓のままか……
いいおっさんが前髪を伸ばしたままなのか、情けなさ過ぎる。
家は兄上の子供に継がせるしかないか?
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