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第三章:謀略
第43話:紫衣
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1627年5月22日:江戸城中奥:柳生左門友矩14歳
「また左門と上方見物ができるのなら、上洛も悪くないな」
「上様、そのような気楽な話しではありません。
徳川家から帝を出すことができるかどうかの瀬戸際でございます」
「東照神君の政策はできるだけ実行したいと思っている。
だが、だからと言って、魑魅魍魎の住む御所に可愛い甥や姪を人質にとられ続ける訳にはいかぬ。
賀茂宮の件もある。
先に手を出したのは此方の方だ。
いつ報復されてもおかしくないのだ」
「上様、何の話をされているのですか?
こちらから先に手を出したとか、報復されてもおかしくないとか?」
「左門は知らなかったのか?
和姫が入内するのが決まっているのに、帝が女官に皇子を生ませたのだ。
後々皇位継承で揉めないように、大御所様が弑いるよう命じられたのだ」
「まさか、本当にその様な事をなされたのですか?!」
「証拠はない、証拠はないが、あの母上と父上だ。
自分の娘を中宮とし、孫を帝にするためなら、手段は択ばない。
余は父上と母上が賀茂宮を弑いたと思っている」
「それが本当の事でしたら、中宮様と宮様方が危険でございます!」
「ああ、そうだな、いつ報復されてもおかしくはない。
だが、証拠の残るような報復をすれば、御所に血の雨が降る。
向こうも相当の覚悟と準備をしなければ和姫と宮達に手出しはできない」
「とは申されましても、上様の申される事が本当でしたら、帝は心から愛した者との間に生まれた皇子を殺されているのです。
武家に無理矢理押し付けられた妻との間に生まれた子供達を、殺された皇子と同じように愛せるとは思えません。
一刻も早くお救いしなければ取り返しのつかない事になってしまいます」
「左門は優しいな。
だが、和姫も千姫姉上と同じだ。
徳川家に生まれた以上、幸せな結婚などとても望めない。
そう覚悟して入内している」
「それはそうですが、お助けできるのなら助けるべきです。
上様は東照神君や大御所様とは違うのです。
最初から将軍となるべくお生まれになられたのです。
今までとは違うやり方で上様の力を見せつけてください」
「左門が政務に口出しするとは珍しいな。
常々小姓が政務に口出しする事を嫌っていたのに」
「今も小姓が政務に口出しすべきではないと思っております。
寝所でお願いせず、昼に他の方々がおられる前で献策しているのは、普段の言葉と違わないようにでございます」
「それでも、余が左門の言葉を入れたら小姓の言いなりになっていると言われるだろうが、左門が間違った事を言っている訳ではない。
大御所様はもちろん、東照神君との違いを見せるのは悪くない」
「紫衣についてはどうなされますか?
その処分しだいでは中宮様と宮様方が弑いられかねません」
「余の一存で決める方が危険であろう。
御所の事は京都所司代の板倉の方が余よりも知っておる。
板倉の話を聞かずに余の一存で決め、和姫と子供達が殺されては何の意味もない」
「その通りでございました」
「余と和姫、子供達の事を想っての事だと分かっている、気にするな」
「はい、そのような言葉を賜り、恐悦至極でございます。
では、京の板倉侍従に問い合わせられるのですか?」
「うむ、御用飛脚を使って状況を問い合わせる。
但馬守にも知っている事はないか尋ねる心算だ」
「仏僧の間の事は、金地院様や南光坊様にお聞きになられた方が良いのではありませんか?」
「そうだな、幕府の力、余の力を見せつけるべきではあるが、寺社の事は僧にたずねてから決めた方が良いだろう」
「しかしながら上様、言っている事が前後してしまいますが、あくまでも上様が決めなければなりません。
分からぬ事を尋ねられるのは良い事ですが、言い成りになってはいけません。
天下は上様が治めておられるのです」
「分かっておる、何事であろうと最後に決めるのは余じゃ。
御所の事は板倉に話を聞き、僧の事は金地院と南光坊に聞く。
幕府の事は老中の土井や酒井達の話しを聞く。
その上で決めるから安心せよ」
「はい、そのようにして頂けるのでしたら安心でございます。
徳川恩顧の譜代衆も何も言わないでしょう」
「ふん、あのような先祖の功を誇るだけの役立たず、何時でも潰してくれる。
左門のお陰で結構な数の役立たずを潰すことができたが、まだまだ役立たずの穀潰しが多過ぎる。
いっそまた何か起こってくれた方が連中を潰す理由になるのだが……」
「上様、あまり彼らを追い込まれませんように。
当代は役立たずでも、次代に有能な者が生まれるかもしれません。
少々の才や武勇は、 乱世ならばともかく上様の治世ではさほど役に立ちません。
上様のお役に立てるのは、才や武勇よりも忠誠心でございます」
「左門、その忠誠心が決定的に欠けていると申しているのだ!
余ではなく父上や母上に媚び諂ってきた者共は絶対に許さん。
どれほど些細な理由であろうと、機会があれば必ず潰す。
潰した分だけ余に忠実な者を召し抱える事ができる。
そうではないか、左門」
間違ってはいませんが、その媚を売るような視線は止めてください!
そのような視線を送るから、大御所様や大御台所様に疎まれたのです!
「また左門と上方見物ができるのなら、上洛も悪くないな」
「上様、そのような気楽な話しではありません。
徳川家から帝を出すことができるかどうかの瀬戸際でございます」
「東照神君の政策はできるだけ実行したいと思っている。
だが、だからと言って、魑魅魍魎の住む御所に可愛い甥や姪を人質にとられ続ける訳にはいかぬ。
賀茂宮の件もある。
先に手を出したのは此方の方だ。
いつ報復されてもおかしくないのだ」
「上様、何の話をされているのですか?
こちらから先に手を出したとか、報復されてもおかしくないとか?」
「左門は知らなかったのか?
和姫が入内するのが決まっているのに、帝が女官に皇子を生ませたのだ。
後々皇位継承で揉めないように、大御所様が弑いるよう命じられたのだ」
「まさか、本当にその様な事をなされたのですか?!」
「証拠はない、証拠はないが、あの母上と父上だ。
自分の娘を中宮とし、孫を帝にするためなら、手段は択ばない。
余は父上と母上が賀茂宮を弑いたと思っている」
「それが本当の事でしたら、中宮様と宮様方が危険でございます!」
「ああ、そうだな、いつ報復されてもおかしくはない。
だが、証拠の残るような報復をすれば、御所に血の雨が降る。
向こうも相当の覚悟と準備をしなければ和姫と宮達に手出しはできない」
「とは申されましても、上様の申される事が本当でしたら、帝は心から愛した者との間に生まれた皇子を殺されているのです。
武家に無理矢理押し付けられた妻との間に生まれた子供達を、殺された皇子と同じように愛せるとは思えません。
一刻も早くお救いしなければ取り返しのつかない事になってしまいます」
「左門は優しいな。
だが、和姫も千姫姉上と同じだ。
徳川家に生まれた以上、幸せな結婚などとても望めない。
そう覚悟して入内している」
「それはそうですが、お助けできるのなら助けるべきです。
上様は東照神君や大御所様とは違うのです。
最初から将軍となるべくお生まれになられたのです。
今までとは違うやり方で上様の力を見せつけてください」
「左門が政務に口出しするとは珍しいな。
常々小姓が政務に口出しする事を嫌っていたのに」
「今も小姓が政務に口出しすべきではないと思っております。
寝所でお願いせず、昼に他の方々がおられる前で献策しているのは、普段の言葉と違わないようにでございます」
「それでも、余が左門の言葉を入れたら小姓の言いなりになっていると言われるだろうが、左門が間違った事を言っている訳ではない。
大御所様はもちろん、東照神君との違いを見せるのは悪くない」
「紫衣についてはどうなされますか?
その処分しだいでは中宮様と宮様方が弑いられかねません」
「余の一存で決める方が危険であろう。
御所の事は京都所司代の板倉の方が余よりも知っておる。
板倉の話を聞かずに余の一存で決め、和姫と子供達が殺されては何の意味もない」
「その通りでございました」
「余と和姫、子供達の事を想っての事だと分かっている、気にするな」
「はい、そのような言葉を賜り、恐悦至極でございます。
では、京の板倉侍従に問い合わせられるのですか?」
「うむ、御用飛脚を使って状況を問い合わせる。
但馬守にも知っている事はないか尋ねる心算だ」
「仏僧の間の事は、金地院様や南光坊様にお聞きになられた方が良いのではありませんか?」
「そうだな、幕府の力、余の力を見せつけるべきではあるが、寺社の事は僧にたずねてから決めた方が良いだろう」
「しかしながら上様、言っている事が前後してしまいますが、あくまでも上様が決めなければなりません。
分からぬ事を尋ねられるのは良い事ですが、言い成りになってはいけません。
天下は上様が治めておられるのです」
「分かっておる、何事であろうと最後に決めるのは余じゃ。
御所の事は板倉に話を聞き、僧の事は金地院と南光坊に聞く。
幕府の事は老中の土井や酒井達の話しを聞く。
その上で決めるから安心せよ」
「はい、そのようにして頂けるのでしたら安心でございます。
徳川恩顧の譜代衆も何も言わないでしょう」
「ふん、あのような先祖の功を誇るだけの役立たず、何時でも潰してくれる。
左門のお陰で結構な数の役立たずを潰すことができたが、まだまだ役立たずの穀潰しが多過ぎる。
いっそまた何か起こってくれた方が連中を潰す理由になるのだが……」
「上様、あまり彼らを追い込まれませんように。
当代は役立たずでも、次代に有能な者が生まれるかもしれません。
少々の才や武勇は、 乱世ならばともかく上様の治世ではさほど役に立ちません。
上様のお役に立てるのは、才や武勇よりも忠誠心でございます」
「左門、その忠誠心が決定的に欠けていると申しているのだ!
余ではなく父上や母上に媚び諂ってきた者共は絶対に許さん。
どれほど些細な理由であろうと、機会があれば必ず潰す。
潰した分だけ余に忠実な者を召し抱える事ができる。
そうではないか、左門」
間違ってはいませんが、その媚を売るような視線は止めてください!
そのような視線を送るから、大御所様や大御台所様に疎まれたのです!
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