柳生友矩と徳川家光

克全

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第三章:謀略

第37話:親戚縁者

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1627年5月11日:江戸柳生但馬守家上屋敷:柳生左門友矩14歳

「家と家を繋ぐのが結婚だ、大御所様でさえ、二度も離婚され既に子もある大御台所様と結婚されたのだ。
 十兵衛が子のない寡婦と結婚する事に何の問題もない。
 上様のお声が掛かりで、三十二万石の藤堂家の御息女を、松平忠輝公の養女として嫁入りしていただけるのだ、これほどの良縁は滅多にない。
 まあ、前に子がない事が多少気になると言えば気になるが、その点はかねてから恋仲にあった娘を秋篠和泉守の娘として側室にしてもらえるから問題はない」

 父上の本音としては、寡婦となられた藤堂和泉守殿の御息女を正室に迎えなければいけない事も、裏柳生の娘を側室に迎えなければいけない事も不本意なのだろう。

 だが、上様のお声掛かりを無碍に断る事もできないし、不機嫌な態度を見せる事もできない。

 なにより上様に頼りにされ見事に復活された松平忠輝公の力は、総目付の役目を与えられた父上であっても無視できない。

 忠輝公の正室だった五郎八姫は伊達家に戻って出家され、西館殿と呼ばれて静かに暮らされていたのだが、この度江戸の小田原藩上屋敷に入られた。
 罪を許された忠輝公の正室として戻られたのだ。

 これによって忠輝公と伊達家六十二万石の絆が再び結び直された。
 藤堂和泉守殿の御息女を養女にした事で、藤堂三十二万石とも絆ができた。
 自領と併せれば百万石を超える力を持つことになった。

 何より一番大きいのは、駿河大納言様への備えだ。
 駿河大納言様が上様に謀叛する時には、小田原の忠輝公が前面となって戦い、兄上が後詰する事になる。

 その時に伊勢伊賀を治める藤堂家が西から攻め寄せ、駿河大納言様の背後を襲ってくだされば、忠輝公と兄上が楽になる。

 伊達家が北から援軍に来てくだされば鬼に金棒なのだが、雪深い冬に戦を仕掛けられたら、直ぐに援軍に駆けつける事はできない。

 他の季節でも、大御所様と大御台所様が駿河大納言様に味方した場合は、伊達家は奥州や関東で足止めされると思っておいた方が良い。

 そう考えると、御舎弟の正之様が播磨明石におられるのが少々痛い。
 もっと近い場所にいてくだされば、上様の力になってくださるのに。
 養父の保科殿が信濃高遠におられるのは心強いが、四万石では力不足だ。

 それに、保科殿の忠誠心がどこにあるのかが少々心配だ。
 正之殿を押し付けた大御所様を恨んでいると思いたいが、徳川恩顧の譜代衆は忠誠心が強すぎて読み難い所がある。

 それに、最近の大御台所様と駿河大納言様の動きが気になる。
 尾張徳川家と肥後加藤家に近づいている裏柳生から報告があった。

 尾張大納言殿には、何かあれば本家を継ごうという野心があるように思われる。
 加藤肥後守殿は、狂気の疑いがあると言う報告が裏柳生から届いているのだ。

 尾張徳川家には、江戸柳生に敵対する尾張柳生があり、情報が集め難かった。
 だがその点は、藤堂家を通じて蒲生家と縁ができた事で改善された。
 上様が二十四万石とは言え蒲生家の存続を認めた事が大きい。

 蒲生家を去られた東照神君の御息女振姫様が浅野長晟殿と再婚されている。
 二人の間には後継者と内定している光晟殿が生まれている。
 藤堂高虎殿の御息女が蒲生忠郷殿の正室となっていて、光晟殿とは義理の姉弟だ。

 血縁で結ばれた浅野家は、上様の派閥となったのだ。
 その浅野家からは、浅野長晟殿の兄の娘、姪の春姫が尾張大納言殿の正室として嫁がれている。
 
 春姫自身は夫である尾張大納言殿に心を寄せているそうだが、付き人が全員尾張家に忠誠を誓っている訳ではない。
 浅野家のために情報を集め続けている者もいるのだ。

「父上、忠輝公と藤堂和泉守殿に働いていただかないと、兄上はもちろん上様の未来もありません。
 ここは不平不満を抑えて笑顔で婚礼を喜んでください」

「何を申しているのだ!
 私は上様のお声掛かりを心から喜んでいるのだ。
 不平不満などこれっぽっちもない。
 嘘偽りを申して私の立場を悪くするな!」

 父上は自分の表情を読まれていた事を恥じて怒ったふりをしている。
 剣の鬼だと思っていた父上が、兄上の結婚に本音を隠しきれないでいる。
 拙者の結婚でも同じように動揺してくれるだろうか……少々妬ましい。

「これくらいの事で上様が父上を不愉快に思ったりはしません。
 それよりも、駿河大納言様の狂気はどうなっているのですか?
 加藤肥後守殿の狂気はどうなっているのですか?
 蒲生中務大輔殿と浅野市松殿は、振姫様という母を同じくした御兄弟です。
 加藤肥後守殿の正室も振姫様の御息女です。
 大御所様の養女として加藤肥後守殿の嫁がれているのです。
 何より御長男は東照神君の曾孫に当たられるのではありませんか。
 ある程度の配慮は必要なのではありませんか?」

「何度も言っているであろう。
 東照神君の外曾孫など掃いて捨てるほどいるのだ。
 御嫡男信康様に切腹を命じられ、秀康公には冷淡に接し続け、忠輝公を勘当したほどの東照神君の跡継ぎと申されるのなら、親兄弟であろうと切って捨てる。
 上様にはそれくらいの覚悟をしていただきたい。
 この後で上様に会うのなら、そのように諫言してくれ」

 兄上の事で本音を漏らされた父上はどこに行かれたのだ。
 拙者と兄上に対する接し方に差があり過ぎる。
 それに、駿河大納言様と加藤肥後守殿の狂気は教えてくれない心算か?

「分かりました、上様に対する諫言は責任をもって伝えます。
 ですが、駿河大納言様と加藤肥後守殿の狂気については聞かせていただきますよ」
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