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第三章:謀略
第36話:跡継ぎ
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1627年1月6日:江戸城中奥:柳生左門友矩14歳
「上様、上様のお陰で拙者も兄上も父上も大名に成れました。
しかしながら、兄上と拙者には後継者がおりません。
このままでは蒲生家と同じように取り潰しになってしまいます。
小姓を務める拙者はともかく、兄上は結婚した方が良いと思うのですが?」
拙者も馬鹿ではない。
正面から上様に結婚していいですかとは聞かない。
最近一度取り潰された蒲生家と兄上を引き合いの出すくらいの知恵はある。
それに、寝所で衆道を使って願い出たと思われるのだけは嫌だから、こうして昼間に他の小姓達がいる場で訊ねさせてもらった。
これなら年寄衆に話しが伝わっても大丈夫だろう。
「……何かあれば主膳に継がせればいい。
息子や弟に継がせるのなら何の問題もない。
又右衛門と十兵衛と左門、三人が同時に死ぬような事はないだろう。
それに、又右衛門にはもっと子供を作るように命じてある。
十兵衛と左門が無理に結婚する必要はない。
何かあれば余の力で誰であろうと養嗣子と認める。
主膳の子供を養子にしてもよいぞ」
やれ、やれ、やはり拙者と兄上は結婚できないようだ。
衆道の小姓というのは情けないものだ。
これでは終生奥から出られない女中と変わらない。
「蒲生家は特別に御舎弟が継ぐことを許されましたが、それでも六十万石が二十四万石に減らされております。
柳生家も同じように減らされてしまうのでしょうか?
そんな事に成れば、家臣が路頭に迷う事になります。
せっかく創った上様の忍者軍団が消えてなくなります」
「そのような心配は無用じゃ。
蒲生家の件は父上だけでなく忠長と母上も関わっていたからああなった。
だが柳生家の事は父上も大切思っている。
忠長と母上が何か文句を言っても、余と父上が同じ思いなら何の問題もない」
確かに上様と大御所様が同じように柳生家を大切に思ってくださっていればいい。
だが拙者には大御所様が同じ思いだとは思えない。
父上の本家は別だが、兄上と拙者の柳生家は目障りに思っているはずだ。
「父上の事は上様も大切に思ってくださっている事でしょう。
ですが兄上と拙者の事は、上様を誑かす不忠者だと思っているかもしれません。
特に大御台所様からは目の敵にされていると思われます。
どうか兄上だけは結婚を認めていただけませんか?
兄上も上様に呼び出されない時は一人寂しいでしょう」
「……十兵衛の結婚は余も考えておく。
だが左門の結婚は許さん!
まだ元服も済ませていない余の小姓が結婚するなど絶対に認めん!」
拙者の事は諦めるしかない。
上様がこう言い張るであろうことは最初から覚悟していた。
三枝殿、朽木殿、兄上、堀田、酒井と上様のお気に入りが小姓を辞めている。
しかも全員が大名と成り、早急に跡継ぎを必要としている。
衆道による常識外れの大加増だから、周囲の大名旗本には妬まれ白い目で見られているが、当人と親戚縁者にとっては上様に誠心誠意奉公した正当な報酬だ。
当人にとっては正当な報酬だから、自分の血を分けた子供に継がせたい。
上様が常識外れの加増をするほど気に入っている家は、親戚縁者にとっては何かあった時に頼れる大切な命綱だから、絶対に潰さないように力添えする。
「拙者の事は構いません。
兄上が二万石の領主にふさわしい家から嫁を迎えられたらそれでいいです。
更に言うなら、できる事なら上様の力に成れる縁組にしたい。
そう思っているだけでございます」
「ふむ、余の力になる縁組か……」
上様は決して愚かではないのだ。
どうしようもない性癖をお持ちだが、将軍としての能力がないわけではない。
兄上の結婚を利用して、自分に有利な関係を築く事くらいは考えられる方だ。
特に実の父親である大御所様を嫌って東照神君の跡継ぎを自認している上様だ。
東照神君が天下を取る礎となった婚姻政策を蔑ろにされる訳がない。
蒲生家が厳しい処分をされなかったのも、今は亡き下野守殿の母君が東照神君の御息女であったからだ。
そして以前も同様の事があった。
今は亡き東照神君の御息女である母親の嫁ぎ先である浅野家を、御家騒動から救えたのも、老練な藤堂高虎殿の御息女を正室に迎えていたからだ。
そうでなければ藤堂高虎殿の助力を得られず、豊臣家と縁の深い浅野家は取り潰されていたかもしれない。
後々東照神君の外孫の当たる方が浅野家の当主に成れるとは言っても、外孫など掃いて捨てるほどいる。
「左門は以前から蒲生家の事を何度も口にしていたな。
蒲生下野守の寡婦を十兵衛に嫁がせて藤堂和泉守を味方に付けろと申すのか?
それとも蒲生家の跡に会津に入った加藤侍従を味方にしろと言っているのか?
だがもう加藤家には他家に嫁げる娘はいないはずだぞ?」
「上様、何も実子でなければいけない訳ではありません。
東照神君のように、家臣の娘を養女にして嫁がせるという方法がございます」
「それは、余の養女としてから十兵衛に嫁がせろと申しているのか?」
「上様の養女にしてから兄に嫁がせるなど畏れ多い事でございます。
ですが、上様の味方に取り込みたい方の養女にしてから兄に嫁がせるのは、上様の為にもその方の為にもなると思われます」
「余が味方に取り込みたい者の養女にするだと?
夫を亡くした藤堂和泉守の娘を養女にするのか?
余の為にも十兵衛の為にもその者の為にもなる相手だと?
それはいったい誰だ?」
「上様、上様のお陰で拙者も兄上も父上も大名に成れました。
しかしながら、兄上と拙者には後継者がおりません。
このままでは蒲生家と同じように取り潰しになってしまいます。
小姓を務める拙者はともかく、兄上は結婚した方が良いと思うのですが?」
拙者も馬鹿ではない。
正面から上様に結婚していいですかとは聞かない。
最近一度取り潰された蒲生家と兄上を引き合いの出すくらいの知恵はある。
それに、寝所で衆道を使って願い出たと思われるのだけは嫌だから、こうして昼間に他の小姓達がいる場で訊ねさせてもらった。
これなら年寄衆に話しが伝わっても大丈夫だろう。
「……何かあれば主膳に継がせればいい。
息子や弟に継がせるのなら何の問題もない。
又右衛門と十兵衛と左門、三人が同時に死ぬような事はないだろう。
それに、又右衛門にはもっと子供を作るように命じてある。
十兵衛と左門が無理に結婚する必要はない。
何かあれば余の力で誰であろうと養嗣子と認める。
主膳の子供を養子にしてもよいぞ」
やれ、やれ、やはり拙者と兄上は結婚できないようだ。
衆道の小姓というのは情けないものだ。
これでは終生奥から出られない女中と変わらない。
「蒲生家は特別に御舎弟が継ぐことを許されましたが、それでも六十万石が二十四万石に減らされております。
柳生家も同じように減らされてしまうのでしょうか?
そんな事に成れば、家臣が路頭に迷う事になります。
せっかく創った上様の忍者軍団が消えてなくなります」
「そのような心配は無用じゃ。
蒲生家の件は父上だけでなく忠長と母上も関わっていたからああなった。
だが柳生家の事は父上も大切思っている。
忠長と母上が何か文句を言っても、余と父上が同じ思いなら何の問題もない」
確かに上様と大御所様が同じように柳生家を大切に思ってくださっていればいい。
だが拙者には大御所様が同じ思いだとは思えない。
父上の本家は別だが、兄上と拙者の柳生家は目障りに思っているはずだ。
「父上の事は上様も大切に思ってくださっている事でしょう。
ですが兄上と拙者の事は、上様を誑かす不忠者だと思っているかもしれません。
特に大御台所様からは目の敵にされていると思われます。
どうか兄上だけは結婚を認めていただけませんか?
兄上も上様に呼び出されない時は一人寂しいでしょう」
「……十兵衛の結婚は余も考えておく。
だが左門の結婚は許さん!
まだ元服も済ませていない余の小姓が結婚するなど絶対に認めん!」
拙者の事は諦めるしかない。
上様がこう言い張るであろうことは最初から覚悟していた。
三枝殿、朽木殿、兄上、堀田、酒井と上様のお気に入りが小姓を辞めている。
しかも全員が大名と成り、早急に跡継ぎを必要としている。
衆道による常識外れの大加増だから、周囲の大名旗本には妬まれ白い目で見られているが、当人と親戚縁者にとっては上様に誠心誠意奉公した正当な報酬だ。
当人にとっては正当な報酬だから、自分の血を分けた子供に継がせたい。
上様が常識外れの加増をするほど気に入っている家は、親戚縁者にとっては何かあった時に頼れる大切な命綱だから、絶対に潰さないように力添えする。
「拙者の事は構いません。
兄上が二万石の領主にふさわしい家から嫁を迎えられたらそれでいいです。
更に言うなら、できる事なら上様の力に成れる縁組にしたい。
そう思っているだけでございます」
「ふむ、余の力になる縁組か……」
上様は決して愚かではないのだ。
どうしようもない性癖をお持ちだが、将軍としての能力がないわけではない。
兄上の結婚を利用して、自分に有利な関係を築く事くらいは考えられる方だ。
特に実の父親である大御所様を嫌って東照神君の跡継ぎを自認している上様だ。
東照神君が天下を取る礎となった婚姻政策を蔑ろにされる訳がない。
蒲生家が厳しい処分をされなかったのも、今は亡き下野守殿の母君が東照神君の御息女であったからだ。
そして以前も同様の事があった。
今は亡き東照神君の御息女である母親の嫁ぎ先である浅野家を、御家騒動から救えたのも、老練な藤堂高虎殿の御息女を正室に迎えていたからだ。
そうでなければ藤堂高虎殿の助力を得られず、豊臣家と縁の深い浅野家は取り潰されていたかもしれない。
後々東照神君の外孫の当たる方が浅野家の当主に成れるとは言っても、外孫など掃いて捨てるほどいる。
「左門は以前から蒲生家の事を何度も口にしていたな。
蒲生下野守の寡婦を十兵衛に嫁がせて藤堂和泉守を味方に付けろと申すのか?
それとも蒲生家の跡に会津に入った加藤侍従を味方にしろと言っているのか?
だがもう加藤家には他家に嫁げる娘はいないはずだぞ?」
「上様、何も実子でなければいけない訳ではありません。
東照神君のように、家臣の娘を養女にして嫁がせるという方法がございます」
「それは、余の養女としてから十兵衛に嫁がせろと申しているのか?」
「上様の養女にしてから兄に嫁がせるなど畏れ多い事でございます。
ですが、上様の味方に取り込みたい方の養女にしてから兄に嫁がせるのは、上様の為にもその方の為にもなると思われます」
「余が味方に取り込みたい者の養女にするだと?
夫を亡くした藤堂和泉守の娘を養女にするのか?
余の為にも十兵衛の為にもその者の為にもなる相手だと?
それはいったい誰だ?」
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