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第三章:謀略
第33話:丑の刻参り
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1626年12月5日:江戸柳生但馬守家上屋敷:柳生左門友矩13歳
「父上、兄上を帰して拙者を残したのは何故ですか?」
「分かっている事を聞くな」
やれ、やれ、随分と機嫌が悪いな。
「上様との衆道が気に食わないのですか?」
「いい気がしない事くらい分かっているだろう」
「だったら小姓の出さなければよかったのです。
そうしてくだされば、拙者も好きでもない衆道などしなくてよかったのです」
「柳生家の次男を小姓させない訳にはいかなかったのだ」
「父上が決断された事で、拙者を責めるのは卑怯です」
「責めている訳ではない。
不本意で腹立たしいだけだ。
主君の意に応えるのも家臣の務めだ。
好きな事だけやれる奉公などありえない事くらい分かっている」
やれ、やれ、普段御父上とは思えない理不尽な態度だ。
まさか、上様の特殊な性癖が知られてしまったのか?
いや、あれを知られたら拙者は殺されている。
「では、いいかげん機嫌を直して要件をお話しください。
拙者の責任でもない事で文句を言われるほど暇ではないのです。
上様にお仕えするための準備もあれば、剣術の鍛錬もあります」
「話は十兵衛がいた時にも少し触れた事だ。
駿河大納言様と大御台所様に恐怖を与えていると言った件だ」
「単純に刺客を送ったと言う訳ではありませんよね?
そのような事をして、本当に殺してしまったら大問題になります。
それこそ徳川家を二つに分けた大戦争になってしまいます」
「そのような事は言われなくても分かっている。
直接刺客を送り込んでいるわけではない。
何重にも間を挟んで、実行する者を送り込んでいるだけだ」
「何重にも間を挟んでいては、手練れなど雇えないのではありませんか?」
「手練れの忍びが必要な仕事など依頼していない。
口入屋で雇えるような女子供でもやれる仕事だ」
「そのような仕事で、駿河大納言様や大御台所様に眠れないほどの恐怖を与えられるのですか?」
「大御台所様は肝の座った方だから、鼻で笑われておられるかもしれない。
だが駿河大納言様の本性は、さほど肝の太い方ではない。
中に送り込んでいる者の話しによると、既に恐怖に囚われているそうだ」
「いったいどのような事をしておられるのですか?
教えて頂かないと、上様にお伝えする事もできません。
それとも上様には何も話さない方がいいのですか?」
「そうだな、何も話さないようにしてくれ。
ただ黙って駿河大納言様が壊れて行くところを見ていればよい。
駿河大納言様を助けようとして、大御台所様が墓穴を掘られる」
「本当にどのような事をされているのですか?
いい加減、もったいをつけずに教えてください」
「特別難しい事をやっている訳ではない。
駿河大納言様と大御台所様を呪う丑の刻参りをしているだけだ」
「はっ、たったそれだけの事ですか?!」
「ああ、たったそれだけの事だ。
ただし、駿河大納言様の領内にある全ての寺社仏閣で、何十人もの者に繰り返し毎晩やらせている」
「……領民に憎まれ呪いをかけられていると駿河大納言様に思わせるのですか?」
「そうだ、最初は笑って済ませられていても、徐々に気に病むようになる。
躓いて倒れそうになったり、軽く咳をするようになったりするだけで、領民から呪われた所為ではないかと思うようになる。
現に丑の刻参りをしている者を捕らえて厳罰に処すように命じられている」
とても恐ろしい事を考えられる。
誰が何時丑の刻参りをしたかなど、正確に調べられるはずがない。
駿河大納言様に捕らえるように命じられた者は、駿河大納言様に無能と思われるのも叱責されるのも嫌だから、無実の民を捕まえて処罰するだろう。
領主に対する呪いとなれば、残虐な刑罰を与えて見せしめにしようとするだろう。
それがまた駿河大納言様に対する呪いを増やす事になる。
もう既に父上が何もしなくても呪いが行われるようになっているかもしれない。
「駿河大納言様が父上によって自滅させられるのは分かりました。
大御台所様は呪いなど笑って済ませておられるのですか?」
「ああ、大御台所様に所縁のある神社仏閣で丑の刻参りをさせたが、全く何の反応もされなかった。
少し危険を冒して西之丸内でもやらせたが、無駄だった。
それどころか、呪い程度で殺せるものなら殺してみろと笑い飛ばされたそうだ」
「それで、拙者は何をすればよいのですか?」
「上様に伝えて欲しい。
駿河大納言様を早急に処分しようとなされないで下さいとな。
私からも言うが、聞き入れてもらえない時は、左門から強く言ってくれ」
「早急な処分は上様にとって不利なのですね?」
「ああ、早急に処分をしようとすると、大御所様と大御台所様が止められる。
大名旗本も、上様が昔の恨みを晴らそうとしていると思うだろう。
それでは上様のためにならない。
何度も駿河大納言様を改心させようとしたのに、それでも心を入れ替えなかった。
だから仕方がなく厳罰に処した事にしたいのだ。
豊太閤が関白秀次を処分したような疑いを残してはならぬ。
絶対に言い逃れができないようにして処分するのだ」
「分かりました。
上様には早急に処分されないように諫言させていただきます」
「父上、兄上を帰して拙者を残したのは何故ですか?」
「分かっている事を聞くな」
やれ、やれ、随分と機嫌が悪いな。
「上様との衆道が気に食わないのですか?」
「いい気がしない事くらい分かっているだろう」
「だったら小姓の出さなければよかったのです。
そうしてくだされば、拙者も好きでもない衆道などしなくてよかったのです」
「柳生家の次男を小姓させない訳にはいかなかったのだ」
「父上が決断された事で、拙者を責めるのは卑怯です」
「責めている訳ではない。
不本意で腹立たしいだけだ。
主君の意に応えるのも家臣の務めだ。
好きな事だけやれる奉公などありえない事くらい分かっている」
やれ、やれ、普段御父上とは思えない理不尽な態度だ。
まさか、上様の特殊な性癖が知られてしまったのか?
いや、あれを知られたら拙者は殺されている。
「では、いいかげん機嫌を直して要件をお話しください。
拙者の責任でもない事で文句を言われるほど暇ではないのです。
上様にお仕えするための準備もあれば、剣術の鍛錬もあります」
「話は十兵衛がいた時にも少し触れた事だ。
駿河大納言様と大御台所様に恐怖を与えていると言った件だ」
「単純に刺客を送ったと言う訳ではありませんよね?
そのような事をして、本当に殺してしまったら大問題になります。
それこそ徳川家を二つに分けた大戦争になってしまいます」
「そのような事は言われなくても分かっている。
直接刺客を送り込んでいるわけではない。
何重にも間を挟んで、実行する者を送り込んでいるだけだ」
「何重にも間を挟んでいては、手練れなど雇えないのではありませんか?」
「手練れの忍びが必要な仕事など依頼していない。
口入屋で雇えるような女子供でもやれる仕事だ」
「そのような仕事で、駿河大納言様や大御台所様に眠れないほどの恐怖を与えられるのですか?」
「大御台所様は肝の座った方だから、鼻で笑われておられるかもしれない。
だが駿河大納言様の本性は、さほど肝の太い方ではない。
中に送り込んでいる者の話しによると、既に恐怖に囚われているそうだ」
「いったいどのような事をしておられるのですか?
教えて頂かないと、上様にお伝えする事もできません。
それとも上様には何も話さない方がいいのですか?」
「そうだな、何も話さないようにしてくれ。
ただ黙って駿河大納言様が壊れて行くところを見ていればよい。
駿河大納言様を助けようとして、大御台所様が墓穴を掘られる」
「本当にどのような事をされているのですか?
いい加減、もったいをつけずに教えてください」
「特別難しい事をやっている訳ではない。
駿河大納言様と大御台所様を呪う丑の刻参りをしているだけだ」
「はっ、たったそれだけの事ですか?!」
「ああ、たったそれだけの事だ。
ただし、駿河大納言様の領内にある全ての寺社仏閣で、何十人もの者に繰り返し毎晩やらせている」
「……領民に憎まれ呪いをかけられていると駿河大納言様に思わせるのですか?」
「そうだ、最初は笑って済ませられていても、徐々に気に病むようになる。
躓いて倒れそうになったり、軽く咳をするようになったりするだけで、領民から呪われた所為ではないかと思うようになる。
現に丑の刻参りをしている者を捕らえて厳罰に処すように命じられている」
とても恐ろしい事を考えられる。
誰が何時丑の刻参りをしたかなど、正確に調べられるはずがない。
駿河大納言様に捕らえるように命じられた者は、駿河大納言様に無能と思われるのも叱責されるのも嫌だから、無実の民を捕まえて処罰するだろう。
領主に対する呪いとなれば、残虐な刑罰を与えて見せしめにしようとするだろう。
それがまた駿河大納言様に対する呪いを増やす事になる。
もう既に父上が何もしなくても呪いが行われるようになっているかもしれない。
「駿河大納言様が父上によって自滅させられるのは分かりました。
大御台所様は呪いなど笑って済ませておられるのですか?」
「ああ、大御台所様に所縁のある神社仏閣で丑の刻参りをさせたが、全く何の反応もされなかった。
少し危険を冒して西之丸内でもやらせたが、無駄だった。
それどころか、呪い程度で殺せるものなら殺してみろと笑い飛ばされたそうだ」
「それで、拙者は何をすればよいのですか?」
「上様に伝えて欲しい。
駿河大納言様を早急に処分しようとなされないで下さいとな。
私からも言うが、聞き入れてもらえない時は、左門から強く言ってくれ」
「早急な処分は上様にとって不利なのですね?」
「ああ、早急に処分をしようとすると、大御所様と大御台所様が止められる。
大名旗本も、上様が昔の恨みを晴らそうとしていると思うだろう。
それでは上様のためにならない。
何度も駿河大納言様を改心させようとしたのに、それでも心を入れ替えなかった。
だから仕方がなく厳罰に処した事にしたいのだ。
豊太閤が関白秀次を処分したような疑いを残してはならぬ。
絶対に言い逃れができないようにして処分するのだ」
「分かりました。
上様には早急に処分されないように諫言させていただきます」
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