22 / 57
第二章:出世
第22話:仮病
しおりを挟む
1626年4月3日:江戸柳生左門家屋敷:柳生左門友矩13歳
「左門様、百人組の方々が来られています」
上様の前で忠義を示さず、激怒された連中が今さら何の用だ。
上様の寵愛を一身に受けているという噂の拙者にとりなしてもらう気なのだろう。
不忠者など首を刎ねられればいいのだ!
「拙者は不逞の者共に襲われて寝込んでおる。
早々に引き取ってもらえ」
「はっ、そのように申し伝えさせていただきます」
兄上から護衛に付けられた裏柳生の者がそう答えて部屋を出て行った。
一応柳生左門家の用人なのだが、その忠誠心は兄上に向いている。
拙者もできるだけ早く忠誠を誓ってくれる者を育てなければいけない。
それは分かっているのだが、兄上とは条件が違い過ぎて直ぐには無理だ。
兄上は元々柳生家を継ぐ身だったから、幼い頃から忠誠が集まっていた。
だが拙者は、兄上の家臣に下るか他家に養子に行くかの身だった。
そのような部屋住みに忠誠を誓ってくれる者などいない。
そもそも俺自身が剣で身を立てる気だったから、家臣を得る気などなかった。
こうして独立した五百石の旗本に成れるとは思ってもいなかった。
上様の寵愛を得て、その気になれば万石の大名にも成れる立場となった。
だが、拙者にとっては、衆道で得る大名の身分など何の意味もない。
剣の腕で得る十石の指南役の方が遥かに価値がある。
などと言ったら、父上や兄上に激怒される事だろう。
兄上なら、慰めた上で軽いお小言を言うくらいで済ませてくれるかもしれない。
だが父上からは、殺意の籠った罵声を浴びせられる事だろう。
祖父の代で一度柳生荘を失い、領主から牢人に転落した父上の領地対する執着心は、寒気を感じるほど恐ろしいものがある。
小姓の衆道で簡単に万石大名と成った兄上に愛する複雑な心境と態度は、裏柳衆から伝え聞く話しだけでも危険を感じてしまう。
父上にすれば、豊太閤に奪われた柳生荘を命懸けの奉公で何とか取りかえしたが、死をかけた奉公が三千石に過ぎなかったのだ。
その命懸けの奉公が、上様の寝所に侍る衆道よりも劣ると言われているも同然だ。
父上の複雑な心境は、徳川恩顧の譜代衆も同じだろう。
先祖代々徳川家に仕えて、駿河で今川家の下にあった頃の苦労。
三方ヶ原や姉川での命懸けの戦い。
同じ徳川家に仕える者同士が、一向宗に扇動されて血で血を洗う同士討ちの戦いになった頃の事を考えれば、子孫が拙者達に怒りを感じるのも当然だ。
幾ら上様のお気に入りでも、与えていい褒美と与えてはいけない褒美がある。
「左門様、病気で頭も上がらないと申したのですが、何としてでもお目通り願いたいと言って門前から動きません」
「上様の寵愛は拙者ではなく酒井殿と堀田にあると伝えてくれ。
拙者を殺そうとした者を捕らえることなく罰せられないようにするには、酒井殿か堀田に付け届けした方が良いと伝えてやってくれ」
「それでも帰らず、左門様にお会いしたいと申したらどうすればいいですか?」
「酒井殿と堀田に頼むのが嫌ならば、襲撃犯を捕まえる以外に上様の怒りを解く方法などないと伝えてくれ。
手段を問わず、周囲の事を気にせず、自分が生き残る事だけを考えて襲撃犯を捕まえるしか生き延びるすべはない。
そう伝えてくれ」
「承りました」
兄上の忠臣がそう言って百人頭達の相手をしに戻っていった。
たかだか五百石の用人に過ぎない者が、五千石以上の家格を持つ百人組頭を門前払いするのだから、良い度胸をしている。
いや、度胸だけでなく、剣の腕も相当なものだ。
今の拙者ではとても勝ち目がない。
拙者自身はひとかどの武芸者になったつもりだったのだが……
上様の小姓奉公で鍛錬の時間が減ってしまった。
このままでは剣で身を立てると決めた自分への誓いを破ってしまう事になる。
兄上の忠臣とは言え、農民上がりの平侍に負けていられない!
今勝てないのなら勝てるまで鍛錬すればいい。
拙者よりも強いのなら、その技を盗めばいい!
「組太刀を行う、相手をしてくれ」
「左門様、百人組の方々が来られています」
上様の前で忠義を示さず、激怒された連中が今さら何の用だ。
上様の寵愛を一身に受けているという噂の拙者にとりなしてもらう気なのだろう。
不忠者など首を刎ねられればいいのだ!
「拙者は不逞の者共に襲われて寝込んでおる。
早々に引き取ってもらえ」
「はっ、そのように申し伝えさせていただきます」
兄上から護衛に付けられた裏柳生の者がそう答えて部屋を出て行った。
一応柳生左門家の用人なのだが、その忠誠心は兄上に向いている。
拙者もできるだけ早く忠誠を誓ってくれる者を育てなければいけない。
それは分かっているのだが、兄上とは条件が違い過ぎて直ぐには無理だ。
兄上は元々柳生家を継ぐ身だったから、幼い頃から忠誠が集まっていた。
だが拙者は、兄上の家臣に下るか他家に養子に行くかの身だった。
そのような部屋住みに忠誠を誓ってくれる者などいない。
そもそも俺自身が剣で身を立てる気だったから、家臣を得る気などなかった。
こうして独立した五百石の旗本に成れるとは思ってもいなかった。
上様の寵愛を得て、その気になれば万石の大名にも成れる立場となった。
だが、拙者にとっては、衆道で得る大名の身分など何の意味もない。
剣の腕で得る十石の指南役の方が遥かに価値がある。
などと言ったら、父上や兄上に激怒される事だろう。
兄上なら、慰めた上で軽いお小言を言うくらいで済ませてくれるかもしれない。
だが父上からは、殺意の籠った罵声を浴びせられる事だろう。
祖父の代で一度柳生荘を失い、領主から牢人に転落した父上の領地対する執着心は、寒気を感じるほど恐ろしいものがある。
小姓の衆道で簡単に万石大名と成った兄上に愛する複雑な心境と態度は、裏柳衆から伝え聞く話しだけでも危険を感じてしまう。
父上にすれば、豊太閤に奪われた柳生荘を命懸けの奉公で何とか取りかえしたが、死をかけた奉公が三千石に過ぎなかったのだ。
その命懸けの奉公が、上様の寝所に侍る衆道よりも劣ると言われているも同然だ。
父上の複雑な心境は、徳川恩顧の譜代衆も同じだろう。
先祖代々徳川家に仕えて、駿河で今川家の下にあった頃の苦労。
三方ヶ原や姉川での命懸けの戦い。
同じ徳川家に仕える者同士が、一向宗に扇動されて血で血を洗う同士討ちの戦いになった頃の事を考えれば、子孫が拙者達に怒りを感じるのも当然だ。
幾ら上様のお気に入りでも、与えていい褒美と与えてはいけない褒美がある。
「左門様、病気で頭も上がらないと申したのですが、何としてでもお目通り願いたいと言って門前から動きません」
「上様の寵愛は拙者ではなく酒井殿と堀田にあると伝えてくれ。
拙者を殺そうとした者を捕らえることなく罰せられないようにするには、酒井殿か堀田に付け届けした方が良いと伝えてやってくれ」
「それでも帰らず、左門様にお会いしたいと申したらどうすればいいですか?」
「酒井殿と堀田に頼むのが嫌ならば、襲撃犯を捕まえる以外に上様の怒りを解く方法などないと伝えてくれ。
手段を問わず、周囲の事を気にせず、自分が生き残る事だけを考えて襲撃犯を捕まえるしか生き延びるすべはない。
そう伝えてくれ」
「承りました」
兄上の忠臣がそう言って百人頭達の相手をしに戻っていった。
たかだか五百石の用人に過ぎない者が、五千石以上の家格を持つ百人組頭を門前払いするのだから、良い度胸をしている。
いや、度胸だけでなく、剣の腕も相当なものだ。
今の拙者ではとても勝ち目がない。
拙者自身はひとかどの武芸者になったつもりだったのだが……
上様の小姓奉公で鍛錬の時間が減ってしまった。
このままでは剣で身を立てると決めた自分への誓いを破ってしまう事になる。
兄上の忠臣とは言え、農民上がりの平侍に負けていられない!
今勝てないのなら勝てるまで鍛錬すればいい。
拙者よりも強いのなら、その技を盗めばいい!
「組太刀を行う、相手をしてくれ」
0
お気に入りに追加
16
あなたにおすすめの小説
十七歳の心模様
須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない…
ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん
柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、
葵は初めての恋に溺れていた。
付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。
告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、
その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。
※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。
幽閉王子は最強皇子に包まれる
皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。
表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。
今世はメシウマ召喚獣
片里 狛
BL
オーバーワークが原因でうっかり命を落としたはずの最上春伊25歳。召喚獣として呼び出された世界で、娼館の料理人として働くことになって!?的なBL小説です。
最終的に溺愛系娼館主人様×全般的にふつーの日本人青年。
※女の子もゴリゴリ出てきます。
※設定ふんわりとしか考えてないので穴があってもスルーしてください。お約束等には疎いので優しい気持ちで読んでくださると幸い。
※誤字脱字の報告は不要です。いつか直したい。
※なるべくさくさく更新したい。
【完結】伴侶がいるので、溺愛ご遠慮いたします
*
BL
3歳のノィユが、カビの生えてないご飯を求めて結ばれることになったのは、北の最果ての領主のおじいちゃん……え、おじいちゃん……!?
しあわせの絶頂にいるのを知らない王子たちが吃驚して憐れんで溺愛してくれそうなのですが、結構です!
めちゃくちゃかっこよくて可愛い伴侶がいますので!
本編完結しました!
リクエストの更新が終わったら、舞踏会編をはじめる予定ですー!

淫愛家族
箕田 はる
BL
婿養子として篠山家で生活している睦紀は、結婚一年目にして妻との不仲を悩んでいた。
事あるごとに身の丈に合わない結婚かもしれないと考える睦紀だったが、以前から親交があった義父の俊政と義兄の春馬とは良好な関係を築いていた。
二人から向けられる優しさは心地よく、迷惑をかけたくないという思いから、睦紀は妻と向き合うことを決意する。
だが、同僚から渡された風俗店のカードを返し忘れてしまったことで、正しい三人の関係性が次第に壊れていく――
完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました
美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!

【完結】『ルカ』
瀬川香夜子
BL
―――目が覚めた時、自分の中は空っぽだった。
倒れていたところを一人の老人に拾われ、目覚めた時には記憶を無くしていた。
クロと名付けられ、親切な老人―ソニーの家に置いて貰うことに。しかし、記憶は一向に戻る気配を見せない。
そんなある日、クロを知る青年が現れ……?
貴族の青年×記憶喪失の青年です。
※自サイトでも掲載しています。
2021年6月28日 本編完結
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる