柳生友矩と徳川家光

克全

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第二章:出世

第18話:提案

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1626年3月13日:江戸柳生隠岐守家上屋敷:柳生左門友矩13歳

「俺達が両番の番頭になった事で、上様に対する目がこれまで以上に厳しくなった。
 堀田が大変な失敗をしでかす可能性がある以上、何としても我らが元小姓番頭の評判を高めなければいけない。
 そこで提案があるのだが、聞いてくれるか?」

 拙者達は上手い肴を喰い、銘酒を酌み交わしていた。
 懇親の場が十分温まったのを確認した兄上が話し始めた。
 気持ちよく酔いが回った状態なら本音が聞ける、というのが兄上に考えだ。

「ふむ、十兵衛殿が何を言いたいのか大体わかっているぞ。
 だが実際に話を聞かなければ返事のしようもない。
 嘘偽りのない本音を聞かせてもらおうか」

 三枝殿が最初に返事をされた。
 今日同席する者達の中では三枝殿が最年長だ。
 次に年長の朽木殿よりも十歳も年上だから、何事も優先される事が多い。

 三枝殿の祖先は代々甲斐に住んでいた。
 武田信玄公に仕え、武田家譜代家老の山県昌景の与騎となっていた。
 本来なら甲斐に所領もらって大名になりたかっただろう。

 だが、甲斐に武田家縁の者を入れる訳にはいかない。
 未だに信玄公を慕う甲斐の者が跡を絶たないのだ。
 三枝殿を奉じて甲斐の民が一揆を起こしたら上様が殺されかねない。

 そこで上様が考えられたのが、三枝殿の父上が褒美を辞退された上野国だ。
 三枝殿の父上、三枝昌吉殿は東照神君に仕えて功名を重ねられた。
 神君の関東入封時に那和で一万石を賜る話があったのを辞退している。

 父親が辞退した領地を与えて忠誠心を確保しようとされた。
 上様はそういう気配りがとても上手だ
 幕府の直轄領、他藩との相給地を整理し、飛び地も併せて一万石を確保された。

「それぞれの組下番士、与力同心を柳生家の道場に通わせないか?
 今よりも一段も二段も強くしてやれるぞ。
 西之丸の両番とは比べ物にならないくらい強い番にしてやれる」

「十兵衛ならそう言うと思っていた。
 確かに悪い案ではないと思うが、組下が言う通りにするかどうかだ。
 連中は譜代旗本としての誇りが強すぎる。
 安祥譜代、山中譜代、岡崎譜代、駿河譜代と言い立てて自慢する。
 我らのような、後々仕えた者を下に見ているのだ。
 柳生新陰流を学べと言っても、言う通りにするかどうか……」

 三枝殿自身は兄上の考えに反対する気はないようだ。
 だが同時に、徳川恩顧の譜代衆が言う事を聞かないとも思っている。
 確かに徳川恩顧の譜代衆の誇りや自慢は厄介だからな。

「三枝殿はまだいいではないか。
 三枝殿の御祖先が東照神君に仕えたのは、まだ総見院殿の時代だ。
 総見院殿が甲斐の武田氏を滅ぼした時だろう?
 それに比べて我が家は、父上が関ヶ原で三成を裏切って生き延びている。
 完全な外様の家で、卑怯な裏切者と譜代連中が忌み嫌っているのだ」

 朽木殿の苦しみはよく分かる。
 父親が関ヶ原で石田三成を裏切った事は、譜代連中の良い攻撃材料だ。
 だが一族領民の命を預かる当主ならば、裏切る事も戦国乱世の戦略だ。

 以前の拙者なら譜代連中と同じように朽木家を悪く思っていただろう。
 だが父上と兄上から色々と教えられてからはそう思えなくなった。
 自分が上様に仕えてから、愚かな主君に仕える苦しみが分かるようになった。

「そうだな、朽木殿が組下連中に言う事を聞かせるのは難しいだろう。
 強制的に柳生新陰流を学べとまでは言わなくていい。
 上様が学ばれている柳生新陰流を一緒に学ばないかと言ってくれればいい。
 その反応を見て、大御所様や駿河大納言様に通じているか見定めよう」

「分かった、十兵衛殿がそういうのなら、上様のためにやってみよう。
 上様にはお返ししきれないほどの御恩があるからな」

 朽木殿が上様に恩を感じるのは当然だろう。
 兄達を押しのけて本家を継ぐのではなく、全く別に一万石の大名に成れたのだ。
 東照神君や大御所様なら、自分が信頼する者に本家を継がせただろう。

 父親の朽木元綱殿は隠居させられていただろう。
 長兄の宣綱殿は廃嫡され強制隠居させられていた。
 次兄の友綱殿も若隠居させられて冷や飯食いとなっていただろう。

 それが、飛び地になってしまったとはいえ、九九五〇石の移封が認められた。
 将来は宣綱殿が六四一五石を引き継ぎ、友綱殿が三〇〇〇石を分与される事になると、内々で伝えられている。

 これで兄弟間の争いを事前に防いでいる。
 まあ、どれだけ手を尽くしたと思っても、相続では揉める。
 兄弟で刺客を放ち合う事など珍しくもない。

 柳生家もそうだったからよく分かる。
 上様の駿河大納言様との事で嫌というほど理解されているのだろう。
 だからこその心を尽くした加増だった。

 朽木三兄弟に対する気配りはとても素晴らしい物だった。
 特に本貫地で大名に復してもらった事には恩しかないはずだ。
 これで朽木家は完全に上様派になったと思う。

「では、我内の間での話はついたな。
 問題は五郎八殿にどう伝えて番士をどれだけ鍛えるかだ」
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