柳生友矩と徳川家光

克全

文字の大きさ
上 下
16 / 57
第二章:出世

第16話:抜け駆け

しおりを挟む
1626年3月9日:江戸城中奥:柳生左門友矩13歳

 ぱーん!

「ひぃいいいいい、もっと、もっと強く叩いて!」

「本当にあなたという人は、寝所での約束すら守れないのですか?!」

ぱーん!

「ひぃいいいいい、きもちいい!」

「家臣に尻の穴を責められ、尻を叩かれて喜ぶとは!
 それでも将軍ですか、上様!」

ぱーん!

「ごめんなさい、こんな出来損ないでごめんなさい!」

「悪いと思っているのなら、約束した事くらいは守ってください!」

ぱーん!

「ひぃいいいいい、まもります、まもりますから、もっと、もっとよ!」

「どこが守りますですか?!
 ぜんぜん守っていないではありませんか!
 金森殿を大名にするなど、全く聞いていませんよ!」

「それは……寝所で頼まれたから……」

ぱーん!

「ひぃいいいいい、痛い、気持ちい、もっと、もっとぶって!」

「無暗に加増しない、役職を与えない、皆の前で約束しましたよね?!」

「でも、それは、あの時集まった者達と堀田の事で、五郎八は別だし……」

「上様!」

 ぱーん!

「ひぃいいいいい、ごめんなさい、ごめんなさい。
 もっと、もっと強くぶって!」

 参ったな、こんな言い訳をしてくるとは思わなかった。
 それに、金森殿が抜け駆けをしてくるとも思わなかった。
 上様の命令には唯々諾々と従う気弱な人間と思っていたのだが、意外と強かだ。

 拙者達と堀田の間隙をついて一万石の領地を得て大名になる。
 状況を見極める才覚もあれば、拙者達と堀田を出し抜く度胸もある。
 金森殿への評価を変えなければいけない。

 問題は、金森殿が第三の勢力となって漁夫の利を得る心算かどうかだ。
 金森一族は本家が三万八千石の大名だし、大御所様の信頼も厚い。
 他の兄弟も次兄四兄五兄は旗本だし、長兄は加賀前田家と昵懇だ。

 金森一族は油断できるような軽い血縁ではない。
 有能な譜代大名衆ほどではないが、無能な譜代大名よりは力がある。
 問題は上様だけに忠誠心が有るか無いかだ。

 拙者個人の忠誠は上様だけに捧げられている。
 内心腹立たしく思っていても、忠誠を誓った以上しかたがない。
 問題は父上や他の小姓達だ。

 いったい何人が拙者と同じように上様だけに忠誠を誓っている?
 徳川家に忠誠を誓い、大御所様や大御台所様の方を向いている小姓が何人いる?
 上様と大御所様が争う事になった場合、幾人が最後まで上様に従う?

 ぱーん!

「上様、もっとしっかりしていただかなければなりません!
 このままでは何時寝首を掻かれるかわかりませんぞ?!
 堀田が大御所様に寝返らないとは言い切れないのですぞ!」

ぱーん!

「ひぃいいいいい、わかっている、わかっているから、もっと、もっと痛くして!」

「何がもっと痛くしてですか!
 心から忠誠を誓い、上様の事だけを考えている拙者達の願いも聞かず、立身出世だけが目的の者達の願いを聞くなど、愚かにも程がありますぞ!」

「違う、他の者達も余にだけ忠誠を誓ってくれているわ。
 あ、いや、いや、いや、やめないで、やめちゃいや、つづけて!」

「何が他の者達も余にだけ忠誠を誓っているですか!
 堀田や金森が上様にだけ忠誠を誓っている訳がないでしょう!
 上様にはそのような事も分からないのですか?!」

「私には分かるの、二人とも私にだけ忠誠を誓ってくれているわ。
 大丈夫、だから続けて、お願い、左門、おかしくなりそう!」

「そんな好い加減事を口にしないでください!
 続けて欲しければ、ここで拙者に誓ってください。
 拙者達や堀田だけでなく、他の者にも無暗に役を与えず領地も与えないと。
 そう誓ってくださるのなら、続きをして差し上げます」

「やくそくする、約束するから、もっと強く深く激しくして!
 裂けるくらい、強く深く、激しく痛くして!
 してくれたら、もう誰にも役を与えないし領地も与えない。
 だからお願い、早く続きをして、気がおかしくなっちゃう!」

ぱーん!

「ひぃいいいいい!」

「約束していただけたので、続きをして差し上げます。
 絶対に約束を忘れないように、上様の身体に刻み込んで差し上げます。
 いいですか、覚えていてくださいよ。
 上様が約束を破られるような事があれば、堀田と金森を斬り殺して切腹します。
 拙者の仲間達も、役目を辞して上様の側からいなくなります。
 もう誰も上様を護りませんよ。
 もしその時、大御所様と御台所様が動いて、駿河大納言様を将軍に据えようとしても、誰も上様の味方をしないかもしれませんよ!」

「いや、いや、いや、余を見捨てないで、お願い!
 もう絶対に約束は破らないから!
 隙を突くような真似はしないから!
 だから余の事を見捨てないで、お願い、左門!」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

十七歳の心模様

須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない… ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん 柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、 葵は初めての恋に溺れていた。 付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。 告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、 その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。 ※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。

【完結】I adore you

ひつじのめい
BL
幼馴染みの蒼はルックスはモテる要素しかないのに、性格まで良くて羨ましく思いながらも夏樹は蒼の事を1番の友達だと思っていた。 そんな時、夏樹に彼女が出来た事が引き金となり2人の関係に変化が訪れる。 ※小説家になろうさんでも公開しているものを修正しています。

【完結】テルの異世界転換紀?!転がり落ちたら世界が変わっていた。

カヨワイさつき
BL
小学生の頃両親が蒸発、その後親戚中をたらいまわしにされ住むところも失った田辺輝(たなべ てる)は毎日切り詰めた生活をしていた。複数のバイトしていたある日、コスプレ?した男と出会った。 異世界ファンタジー、そしてちょっぴりすれ違いの恋愛。 ドワーフ族に助けられ家族として過ごす"テル"。本当の両親は……。 そして、コスプレと思っていた男性は……。

今世はメシウマ召喚獣

片里 狛
BL
オーバーワークが原因でうっかり命を落としたはずの最上春伊25歳。召喚獣として呼び出された世界で、娼館の料理人として働くことになって!?的なBL小説です。 最終的に溺愛系娼館主人様×全般的にふつーの日本人青年。 ※女の子もゴリゴリ出てきます。 ※設定ふんわりとしか考えてないので穴があってもスルーしてください。お約束等には疎いので優しい気持ちで読んでくださると幸い。 ※誤字脱字の報告は不要です。いつか直したい。 ※なるべくさくさく更新したい。

思い込み激しめな友人の恋愛相談を、仕方なく聞いていただけのはずだった

たけむら
BL
「思い込み激しめな友人の恋愛相談を、仕方なく聞いていただけのはずだった」 大学の同期・仁島くんのことが好きになってしまった、と友人・佐倉から世紀の大暴露を押し付けられた名和 正人(なわ まさと)は、その後も幾度となく呼び出されては、恋愛相談をされている。あまりのしつこさに、八つ当たりだと分かっていながらも、友人が好きになってしまったというお相手への怒りが次第に募っていく正人だったが…?

あなたが好きでした

オゾン層
BL
 私はあなたが好きでした。  ずっとずっと前から、あなたのことをお慕いしておりました。  これからもずっと、このままだと、その時の私は信じて止まなかったのです。

【完結】『ルカ』

瀬川香夜子
BL
―――目が覚めた時、自分の中は空っぽだった。 倒れていたところを一人の老人に拾われ、目覚めた時には記憶を無くしていた。 クロと名付けられ、親切な老人―ソニーの家に置いて貰うことに。しかし、記憶は一向に戻る気配を見せない。 そんなある日、クロを知る青年が現れ……? 貴族の青年×記憶喪失の青年です。 ※自サイトでも掲載しています。 2021年6月28日 本編完結

見ぃつけた。

茉莉花 香乃
BL
小学生の時、意地悪されて転校した。高校一年生の途中までは穏やかな生活だったのに、全寮制の学校に転入しなければならなくなった。そこで、出会ったのは… 他サイトにも公開しています

処理中です...