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第1章

第21話:引っ越し

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「仮設の家が建ったので引っ越します」

 男爵と猟師を竜牧場造りに雇って二日目、土木スキルを持った猟師が家を建てた。
 仮設と言っていたが、思っていた以上に立派な厩舎兼用の家を造ってくれた。

「そう急がなくても良いだろう、ここを見張っている連中はそのままだぞ。
 カーツ殿が城壁の外で寝泊まりしたら、襲ってくるかもしれないぞ」

 仮設住宅は、これから土地の高さから盛り上げる、館を建てる場所には造れない。
 地面は今の高さのままにする、放牧場にする予定の場所に造ってもらった。
 もの凄く丈夫で、コンクリート製の家か版築で造った家のようだった。

「望むところです、襲って来てくれたら男爵閣下達に日当を払わなくてすむ」

 土木スキル持ちが土を固めて造ってくれたから、屋根も壁も扉も窓も、全部土だ。
 扉と窓を閉めたら真の暗闇になる仮設住宅だが、俺達だけで眠れる最高の家だ。
 ただ、仮設とは言っているが、もの凄く丈夫だし、凄く広い

「日当は払わなくてすむが、その分竜牧場の完成が遅れるぞ?」

 確かに、複数の土木スキル持ちの猟師が狩りに戻ったら牧場の完成は遅れる。
 だが、何もこの領地の土木スキル持ちだけに頼る事はない。
 あれだけ使い勝手の良い仮設住宅が建てられるのだ、少々の金は惜しくない。

 仮設住宅の中は、六頭の愛竜が少し駆けられるくらいの広さがある。
 屋根が落ちて来ないように、要所に柱が立っている。
 基本は版築の壁で版築の屋根を支える構造だが、希望を言えば変えてもらえる。

「完成が遅れるのは困りますが、これくらいの仮設住宅が造れるなら十分です。
 土木スキル持ちに厩舎と城壁を造ってもらえば、普通に暮らせます」

 少々の打撃で壊れる事はないし、火をかけても燃えない。
 もの凄く安心して住める、このまま普通にずっと住める仮説住宅だ。

「カーツ殿は大魔境を甘く見過ぎている、敵は人間だけではない。
 何時どんな強大な魔獣や竜が狂い出て来るか分からないのが大魔境だ。
 しっかりとした空濠と土塁、柵や塀を組み合わせておかないと一瞬で滅ぶ。
 大魔境周辺の村が常に考えておかなければいけない現実だ」

「男爵閣下の言葉は先達の教訓として深く心に刻み込んでいます。
 ですが閣下と僕では置かれている状況が全く違います」

「それは分かっている、カーツ殿は独りだが俺は家族と領民がいる。
 だがカーツ殿も自分の命は大切だろう?
 それに、竜達の事をとても大切にしている。
 危険を無視して、空濠も土塁も城壁もない場所で寝泊まりすべきではない」

「命は大切にしていますよ、危険だと思ったら急いで逃げます。
 家族も家臣も使用人もいない、僕と竜達が生き延びられたら良いのです。
 よほどの魔獣や竜でない限り、勝てないと思ってから逃げても間に合います」

「そういう事か、何かあったら一目散に逃げるのか!
 騎士には逃げるという選択が許されないから、忘れていた。
 それならば今の場所で仮設に住んでも大丈夫だろう。
 魔獣や竜が相手でも逃げきれるのなら、盗賊や冒険者崩れでも逃げきれる。
 だが、竜の繁殖をさせるのではないのか、卵を置いて逃げるのか?」

「大切な卵を置いて逃げたりはしませんよ。
 交尾から卵を生むまでに七十日かかります。
 それくらいあれば、空濠や土塁が完成するのではありませんか?
 領民だけで完成させられないのなら、ギルドで人を雇えば良いだけです。
 土木スキル持ちを雇えば空濠と土塁、版築の城壁が直ぐにできるでしょう?」

「できれば領民だけで時間をかけて造りたかったのだ。
 領主権限で他所の職人が立ち入るのを禁じる事もできるのだぞ?」

「領主の権利ですから、男爵閣下が職人の立ち入りを禁止するなら従います。
 ですがそれは悪手で、小銭に目が眩んで大金を失う事になりますよ」

「ふむ、どういうことだ、どうして大金を失うんだ?」

「少しでも早く竜牧場が完成したら、子竜を売れる日も早くなります。
 俺のように大魔境を突破できる竜を育てたいのでしょう?
 だったら俺の教えを乞うしかないのですよ。
 本気で竜と絆を結ぼうと思ったら、親離れ前から一緒に暮らすべきだ。
 親のする事を全て覚える時期に、主人が望む事を教えると絆が強くなる。
 自分で狩った餌を子竜に与える事で、人間の事を親だと思うようになる。
 そのためには、この領地で暮らさないといけない。
 五百頭の子竜を育てられたら、五百人の滞在者がここに金を落としていく。
 ある程度大きくなったら、子竜と一緒に大魔境に入って餌を狩る。
 子竜を買った者は、半年や一年はここに金を落とし続けてくれる」

「ふむ、確かにその方が、職人を入れない事で小銭を稼ぐよりも金になる。
 分かった、土木スキル持ちを集めて一気に竜牧場を造ろう。
 伝令を送りたいが、見張っている連中が目障りだな。
 独りでは危険だ、いや五人十人でも危険だな、もう滅ぼしてしまうか?」

「皆殺しにされるのなら手伝いますよ?」

「いや、カーツ殿は狩りに専念してくれ。
 あの程度の連中なら俺独りで十分だが、まだ人を殺した事のない領民がいる。
 丁度良い機会だから、人殺しを経験させておきたい」

「そういう事なら余計な手出しはしないようにします。
 今日中に引っ越します、そのつもりでいてください」

「ああ、そうだ、スライムはいるのか?
 糞尿の始末や食べ残しの始末にスライムが必要だろう?」

「ああ、スライムなら領民が集めてくれました。
 仮設住宅に引っ越してくるならスライムが必要だと言って、集めてくれました」

 成体になったスライムは危険だが、ベビースライムやリトルスライムの間は、糞尿の処理に欠かせない。

 日本は糞尿を肥料にするからキッチリと一カ所に集めていたが、中世ヨーロッパでは道に投げ捨てていたから、街中が臭くて不衛生だったと聞いた事がある。

 だが、中世ヨーロッパに似た所が多いこの世界だが、糞尿はスライムに処理させているから凄く衛生的に暮らせている。

 問題があるとしたら、スライムの成長管理だ。
 成体まで成長させてしまったら、人間の大人でも取り込んで吸収してしまう。
 ある程度まで育ったスライムは、殺して家畜の餌にしなければいけない。

「そうか、だったらもう何も言う事はない、好きにしろ」
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